書庫の鍵穴
ロマスの商会が使う古い書庫には、二つの出入り口があった。表の扉には良質の錠前があり、裏は燃料庫へ通じる。シオンは商会の建物を遠くから見て、そこに給与台帳の原本があると推測した。だが中身を確かめた者はまだいない。
彼はかつて証拠箱を盗んだ時の鑿を、道具袋の底から取り出した。釘の頭をずらす方法を知っている。書庫へ入ることも不可能ではない。それでもすぐには動かなかった。忍び込んで帳簿を奪えば、ヨエルの調査が止まるかもしれない。今度はそれを承知で行うかどうかが問われていた。
夜間、商会の裏では労働者が石炭を積んだ。シオンは一人に声をかけ、書庫の使用人が何人いるか尋ねた。男は答えず、荷を抱え直した。聞かれただけで職を失うかもしれない。シオンは銀貨を渡そうとし、相手が首を振るのを見てやめた。
商会の表玄関では従業員が店の銀食器を磨いていた。客は静かに帳場へ通され、出された茶を飲んで契約を交わす。昼間の顔だけ見れば整った商売だった。シオンはロマスの悪を証明するために、商会で真面目に働く者まで同じ色に塗らぬよう自分へ言い聞かせた。怒りを正しく向けるのは、刃物を振るうより難しい。
翌日、ヨエルへロマスの書庫について話した。衛兵は捜索令状を求める書類を用意したが、理由の根拠が足りないという。手続きの遅さにシオンは苛立った。役人は自分たちの都合で動いているのではなく、誤って無関係な商会を潰さぬために慎重だった。
夕刻、商会の書庫の窓に灯がともった。シオンは橋の欄干からその光を見上げた。黒い花を掲げる日は近いのか。彼は懐の鑿を握り、手の中の重さを確かめた。今度はあの頃のように、気まぐれに一枚を盗むだけでは終わらせたくなかった。




