返ってきた黒封
ロマスからの返事は早かった。封筒には丁寧な字で『印の使用についてお話ししたい』とある。場所は河港の高級旅館、日時は営業終了後。シオンは罠を疑いながらも向かった。旅館の玄関には灯が並び、使用人が靴の泥を拭うよう勧めた。
ロマスは清潔な手袋を着け、穏やかに茶を淹れた。黒花の札は自分が作らせたと認める。しかし脅迫に使われるとは知らなかった、商人の荷を守る縁起物として広めただけだと言う。シオンは契約書に『夜間警護代』と記された理由を尋ねた。
「守る者には費用がかかるでしょう」。ロマスは笑い、机へ数字を並べた。見習いの給与、倉庫の鍵、夜警の灯、渡し場の船頭。どれも金が必要だ。自分は混乱する港で、それを一つにまとめたのだと主張した。
ロマスの部屋には、商人から贈られたらしい小さな賞状が額に入っていた。冬の輸送路を守った功績を称える文面で、偽物には見えない。シオンはそれを指摘した。ロマスは当時の寒さを語り、人を助けたのは事実だと笑った。功績のある者なら、いま奪っている賃金まで正しくなるのか。その問いだけは答えなかった。
シオンは茶を飲まなかった。ロマスが七枚花弁の札を指で回すたび、祖母の古い手袋が頭に浮かぶ。「働いた者の名が帳簿から消えている」。ロマスの笑みがわずかに薄れた。「季節雇いではよくある話です」。
会談は終わった。ロマスはシオンへ、黒花の本物として自分の商会に加われば利益を分けると持ちかけた。シオンは断り、旅館の扉を開けた。廊下では料理人が翌朝の仕込みをしている。ロマスが誰より危険なのは、口にした言葉を一つずつ礼儀で包み、人を数字にして隠すことだった。




