名を失った賃金
共同倉庫の台帳には、いくつもの仮名が並んでいた。季節雇いの人足なら珍しくないが、ある列だけ賃金の受け取り人が毎週変わっている。ネラは同じ筆跡と印の位置を照らし、実際には一人の仲介者がまとめて金を受け取っていると気づいた。
フォルの祖母は帳簿を見ても孫の名を見つけられなかった。ヨエルは彼女へ焦らず待つよう頼み、本人確認のため昔の仕事仲間を呼んだ。祖母は頷いたが、夜になると門前で帰りを待ち続けた。紙の上に名前がないからといって、孫がいなかったことにはならない。
シオンは仲介者の特徴を聞き、ハーディの片腕だった男へ思い当たった。いつもきれいな手袋をしており、見習いには直接話しかけなかった人物だ。男の名はロマス。王都へ赴任した会計係の紹介で、数か月前に河港へ来たという。
会計係は同じ筆跡を隠すため、名簿の一部だけ違うインクを使っていた。ネラは文字の太さから一人の手と判断したが、裁判で通るには専門の鑑定が要る。シオンは指先で違いを確かめ、見抜くことと証明することの距離を知った。祖母は鑑定の日取りを聞き、帰宅する道で一度だけ疲れたと漏らした。
ロマスは倉庫で給与を受け取ると、七枚花弁の札を使う男たちへ少しずつ配っていた。別の口座へ移した金の痕もある。だが誰も本人が札を彫るところは見ていない。シオンは名前だけで決めつけるのを避け、支払いの日時を調べた。
夜、祖母から古い羊毛の手袋が届いた。フォルが幼い頃に編んだものだという。シオンは手袋を預かり、祖母へ返す約束をした。誰かを恐れさせる道具ではない品が、いま自分の机で最も重く見えた。




