木札を捨てた職人
七枚花弁の札を売っていた少年が、商いをやめた。黒い花が脅迫に使われたと知り、店を畳んだのだ。父親は早くから止めるよう言っていたが、少年は稼ぎのため耳を貸さなかったという。残った木札は町会へ提出され、証拠として保管された。
シオンは少年を責める気になれなかった。自分の版を面白がって使った者には腹が立つ。それでも少年が売った札の大半は、旅人の荷に結ばれただけだ。商いとしての責任と、後からそれを悪用した者の責任は同じではない。
少年は「怖い人が来るかもしれない」と怯えていた。シオンは自分の顔を知らぬ相手に名を告げるか迷い、やめた。出会えば恐れを与えられるかもしれない。しかし相手が恐れているのはすでに、誰が来るか分からぬことだった。
買い取った木版は縁が欠け、押す角度によって花の形が歪んだ。店主は新しい版を作ればもっと売れると勧めたが、シオンは断った。盗用の道具を増やしてどうするのか。店主は商売にならぬ客だと肩をすくめ、次の注文へ戻った。シオンは版に包み紙を巻き、証拠として刻まれた傷をそのまま残した。
木彫師は店の奥で、花の版を暖炉へくべようとしていた。シオンが止めると、店主は意地悪く笑った。「欲しいなら買え。商売は終わりだ」。彼は版を買い、受領書を書かせた。手に入れた七枚花弁の型には、細かな傷と複数の押印の跡があった。
帰り道、木版を抱えたシオンは不思議な満足を覚えた。模倣された名を取り返すために、金を払う日が来るとは思わなかった。それでも自分が行った買い物は合法で、誰も脅していない。残りの七枚の印は、別の手に渡っている。




