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だから、皆様、練習しないんですか……?
幸いにも同じ室内に私もアルフレッド殿下もいるのだが、ピアノの陰にいることに気付かれていない様子だ。
だからこそ、真面目に練習を行っていたマデリン様が『逢い引きか?』なんて疑われているのだけれど。
重要な局面のようなのでアルフレッド殿下にかまっている暇はない。
しつこくツンツンと攻撃をしかけてくる、やかましい指を握り視線を横に流す。
「……殿下。あ と で。じっくりとお話しましょう? 今は時間が足りませんので」
「っっっっっっっっっっ!?」
真摯にお願いすれば、きちんと理解してもらえたようだ。
殿下はなんらかの衝撃波を真正面から浴びたようなカタチで、床に転がった。
静かになるなら、それでいい。
何はともあれ、メイン側は私たちを待ってくれはしない。
『──ベルフローレ嬢は声楽を発表されるのですね。楽しみです』
『──……エドワード殿下の婚約者として、恥はかけませんもの』
不機嫌さを隠そうともしないエドワード殿下の隣にいた、中性的な美貌を輝かせた麗しい殿方はそれとなく状況を説明し仲裁に入る。
さすが王族の側近候補。優秀である。
そしてマデリン様も、決して自分の立場を忘れていないことを強調するような言葉を選んだ。
ここで話が終わればよかったのだが、エドワード殿下はずいと前に出る。
『──ハッ、口ではなんとでも言える。婚約者として恥をさらす云々の前に、一般女子生徒に怪我を負わせたらしいじゃないか。私の関心をとられると嫉妬したのか?』
『──なんのことでしょう』
エドワード殿下の尊大なため息に、ピリッとあちらとこちらに緊張が走る。
『──殿下、まずことの経緯と事実を確認するためにベルフローレ嬢を探していたのでしょう。一方の訴えを鵜呑みにするのはいかがかと』
『──うるさい。だからこうして聞いているんだ、嫉妬なのかと。王族の婚約者である自覚があるなら、そのようなみっともない真似をせずとも私に直接申せばよいものを』
側近候補の方はあくまで中立の立場を貫くらしく、マデリン様をかばおうとしているようだ。二人は真剣な顔で言い合いを始めてしまった。
対してマデリン様は、本気で何を言われているのかピンと来ていないご様子。
まるで道端で踏み潰されていた花でも見かけたような、興味関心のない冷えた目をしていた。そんな表情も素敵。
ここでご注目いただきたいのは、お美しい表情ではなく手元である。
古来より心理状態は表情ではなく、足元や指先に顕著に出るもの。
彼女の指先は、扇をパチリパチリとわずかに開いて閉じてを繰り返している。
まるで苛つきを表すような仕草だが、私にはわかる。
入学からこのかた、ずっとマデリン様を追い続けていた私にはわかってしまったのだ!
これはマデリン様が、記憶を辿っている仕草だと──!
本当に【嫉妬】というワードで思い当たることがないのですね、流石です!
だがそんなおとぼけな内面を隠す天才的で冷静なお顔! 王子妃教育の成果が出てますよ!
パフォーマンスを賞賛する掛け声を心の中で叫んでおく。
「怪我……? なんのことだ」
「シッ、お静かに」
いつの間にか生還していたアルフレッド殿下も、一連の話を聞いていたようだ。
声を出されると気付かれてしまうかもしれないので、お静かに。
指を握っていた手に少し力を入れたら、どこからともなく『キュイーン』と聞こえた。なんだ、愛犬ロータスの幻聴か? まあ大人しくなったのでヨシ。
それはそうとして、マデリン様はまだ記憶を検索中の様子だが、私はひとつ思い当たるものがあった。
あの図書館で死屍累々の件である。
かの男爵令嬢も嫉妬だのと言っていたが、もしかしてエドワード殿下に泣きついたのかもしれない。
まさか目をかける男爵令嬢の言い分を鵜呑みにし、婚約者である公爵令嬢を糾弾しにやって来たとは言うまい。
……言わないよね?
『──マデリン、なんとか言ったらどうだ!』
『──嫉妬、とおっしゃいまして?』
パチリ。
マデリン様の扇が最後に一鳴き。
その小さな仕草だけで、魅入られた衆人は息をのむ。
『──わたくしが誰かに嫉妬するような矮小な女だとでも?』
湖面のように青い瞳が、すらりと抜き身の剣のように構えられた。
『──このマデリン・ベルフローレが、わたくし以外に嫉妬を覚えるほど落ちたと。そうおっしゃりたいの?』
そう言い切ったマデリン様は、艶やかに笑んだ。
彼女は嫉妬しない。彼女が最高にして頂点なのだから。
他の誰かをうらやむ必要がないのだ。
あぁ、彼女が眩しい。
彼女の強い光にあてられて、私の心に巣くった嫉妬が浄化されていく。
「ナタリア、泣いているの……?」
「え……、あ、やだ……これは違うんです」
頬を触れられ、涙を流していたことに遅れて気づいた。
あぁ、私はこの唯一無二、唯我独尊、圧倒的主人公のマデリン様を愛しているのだ。
彼女のようになりたいとまでは言えない。彼女と私は異なる存在だ。
憧れであり、絶対に手の届かない高い場所にいる存在。
ただ彼女を見ているだけで、私は居場所をもらえた気がして。
うぅ。存在に感謝。そうだ、財団を設立しよう。
生きとし生けるモブに救済の手を差し伸べよう。
溢れる愛が、涙のように止まらない。
もうほんとうに好きで好きで、大大大……
「好────」
好き、という言葉は最後まで紡ぐことは叶わなかった。
大きな手が、私の口を塞いだからだ。
「だめだよ。それ以上は、まだ早いよね。こんなところじゃなくて特別な場所で聞きたいな。ノイズを消してから」
大きな手は私の顔を掴んでもまだ余りがある。
指が耳をくすぐる感覚に、ぞわりと悪寒が駆け抜けた。




