そうだ、財団を設立しよう
某月某日。風が少し強い。
学園の恒例行事、【交流音楽会】に向けて、演目決めを行う。
学年の垣根を越えて生徒同士アンサンブルを組むらしい。
と、聞いていたのだが。
なぜか私は黒髪の青年と組むことになった。
同じ学年なんですけど???
今日も同じ授業を受けていましたし、マデリン様の隣にいましたが???
学年の垣根を越える件はどうなったのか。
あぁ、年上のお友だちをつくるチャンスが……。
何か闇の力が働いている気がしてならない。
と、当日はどんな体調不良を起こそうか考えていたのだが、急遽マデリン様も合流すると聞き、一転し万全にコンディションを整えることに決めた。
闇の力バンザイ。
彼女を輝かせるためなら、今後どんな天災があろうとも這ってでも来なければならない。
絶対にだ。
そうして私は物陰に隠れられるという利点から、ピアノを担当することになった。
マデリン様は声楽。素晴らしい。
できることなら私も観客席から浴びたいところだが、同じチームということで練習場面の特典映像に加え、特等席から近距離で拝聴できるという観点で前向きに捉えたい。
ちなみに黒髪の青年はヴァイオリンとのこと。
ハイスペックなお二人に見劣りしないよう、努力したい所存である。
前向きな日記はここまでにして。
さて。おかしい。妙だ。
いったいどこにルート分岐があったのだろうか。
「ナタリアはピアノも上手だね。小さな手がちょこまか動いて可愛い」
立派な体躯をちんまりと折りたたみ、こちらを上目遣いで見上げるワンコ系黒髪青年。
だが、その実態は我が国の第二王子アルフレッド・ドラグナール殿下である。ひぇえ。
ヴァイオリンの練習を始めるのかと思いきや、ずっと私の足元にいるではないか。ひぇえ。
「れ、練習……シナイト、アノ」
「あぁ、この曲は子どもの頃にやったし……今更、ね」
へへっと照れたお顔は愛らしさマラソンぶっちぎりの一位だが、発言が高みのソレである。さすがロイヤル。
一応、言い訳させてもらいますが、私も履修済みの曲ですからね。
でも、マデリン様の声を引き立てる塩梅を調整しなきゃいけませんのでね。
あまりこちらを注視しないでほしいのだけれど!?
はっきり言って、全然、練習に集中できない。
それもこれも、ロイヤル王子様であることが発覚した黒髪の青年のせいである。何が楽しいのかたまに鼻歌なんて奏でちゃって。
あ、ここは伸ばすんですね。はいはい。
……先日まで国外にいた私も、生国の事情については軽く予習済みだ。
外遊先で聞いた話なので、詳細は曖昧だけれど。
まずマデリン様のご婚約者であられる、エドワード殿下は現王妃様の第一子。
現在足元で待機している第二王子アルフレッド殿下の“弟”である。
ふ、複雑~~~!
なぜ兄である、アルフレッド殿下が第二王子となっているのか。
それには可哀想な背景がある。
アルフレッド殿下の実母である妃殿下は、現国王の最初の王妃であった。
だが、彼が十歳の頃に先代王妃様は亡くなり、第二妃だったエドワード殿下の母君が現在の王妃となったわけだ。
母親という後ろ盾を失ったアルフレッド殿下は第二王子に下り、第一王子エドワード殿下の補佐という立ち位置となった。
ここまで聞いた私は思った。
つまり、アルフレッド殿下は、メインストーリーのほうで尺を使って差し支えない過去を背負った方なのである。
は~~~~! なんですか仲間って。解散解散!
ヒロインと関わって過去のトラウマとか悩みとか晴らしてもらって、愛を育むといいですよ。
ん? この場合、ヒロインは誰になるのでしょうか。
もしかして桃色髪の男爵令嬢か。
マデリン様の邪魔をする男爵令嬢がヒロイン……?
一瞬だけ想像して、なんだか胸がモヤァっとした自分に戸惑う。
仮にもし、私が主役級の役どころを真似てみせても説得力がない。行動力もない。ナイナイづくし、ナイざんまい。
ヒロインは主役級の人々を成長させ、強くする存在だ。
私ができそうなことといったら傷を見て一緒に泣いて落ち込むぐらい。
だって、私はモブだもの。
別に羨ましくなんてない。ないったらナイ。
心のモヤァを振りきるように、ふい、と右に顔を背けても。
ぐるりん、と左に身体ごと回っても。
わふわふと笑顔でついてくるアルフレッド殿下は、うちのワンコと同じぐらいの愛らしさを見せつけてくる。
あぁ、ロータスに会いたい。
彼がロータスであれば癒やしになるのに。
ロータスではない、ロイヤルな複雑な背景を背負っている彼が与えるのは圧である。
「……も、申し訳ございません。アルフレッド殿下」
「そんな他人行儀な。いっそ、私のことは”アル”と呼んでくれて構わない。仲間でしょう?」
さぁ、今すぐ、即時に呼べ! と言わんばかりの期待の籠もった目が怖い。圧力すごい。浸透圧でふっくら中まで味が染みそう。
と、私が圧に耐えている時間に、マデリン様の元へ来訪者があった。
バタンと突然開く扉。
ここは学園なので扉の前に警備が立っているわけではない。それは理解しているが、もう少し予兆をお知らせするなど、小さな気遣いで学園を過ごしやすくするべきでは!?
『──マデリン、こんなところで逢い引きか?』
『──あら。エドワード殿下。それに皆様も、なぜこちらに』
王族の来訪でした。
しかもなぜかすでに不機嫌なオーラ全開である。ひぇえ。
絶対に巻き込まれたくない。
そっと見つからないように身を低くした。
「ねぇねぇナタリア、はやく呼んで。早く君の口から聞きたい」
「シッ! 今はだめです」
「ちょっとナタリア? よそ見しないで?」
アルフレッド殿下につんつん頬をつつかれているような気もするが、今はそれどころではない。
私の視線の先では、音楽室の窓際でハミングをしながら練習に励んでいたマデリン様の元へ、エドワード殿下や側近候補の方々がやってきた。
しかも、不穏な空気をまとって。




