図書館に死屍累々
『やぁ、ナタリア。調子はどう?』
『ここに居たんだね。探したよ』
『ナタリア、一緒に座らないか。前の方がよく見えるだろう?』
『あはは、隠れんぼでもしているの? かわいいな』
──お父様。お母様。
学園は素晴らしいところですが、同時に危険なところでもあったのですね。
一見、主役級なのだけれど、様子のおかしな人に目をつけられてしまいました。
マデリン様の様子を見守りたいのに、いつもあの黒髪の方に妨害されてしまっている。
これでは学園に来ている意味がない。
「見ーつけた。探し物?」
私がびくつくのがおもしろいのか、何度目かの背後をとられた今日。
おなじみの黒髪の青年の登場である。
図書室で何やら調べ物を始めたマデリン様を本棚の隙間から盗み見て、三分も経たないうちにこれだ。
「ちょっと、距離が近いですよ」
「あれ。もう驚かないの? 慣れてくれたのかな。嬉しい」
確かにもう何度も何度も驚かされていたので、またかという感想しかない。
「……探し物はおわりました。もう帰りますので」
「だが、マデリンはまだここに残るみたいだ──ん?」
彼が来てしまえば、私の推し活はここで終了だ。
そそくさと引き上げようとするが、今日はそうもいかない。
彼の視線の先を目で追えば、マデリン様の足元には何やら人が横たわっていた。
緊 急 事 態 発 生 ──!!
今は黒髪の青年の相手をしている場合ではない。
彼をスポンと意識外に追いやり、私は本棚の隙間にかじりついた。
彼もマデリン様が気になるのか、私が覗いている隙間の数段上から覗き始めた。
マデリン様の足元に転がる人らしきものは、起き上がらず伏して泣き始めていた。
静謐な図書館に、くすんくすんとすすり泣く声が聞こえてくる。夢に出そう。
夢に出るならマデリン様の方を希望したい。いかほどの誠意を積めば願いは叶いますか。
私はその床に伏したままの女子生徒に見覚えがあった。
「あの方は……っ」
「知ってるの?」
もちろん知っている。
あの桃色の髪の女子生徒は、エドワード殿下が最近懇意にしていると噂の男爵令嬢ではなかろうか。
その男爵令嬢が、なぜマデリン様の足元で泣き伏しているのだろうか。
その疑問が解決するのは早かった。
『──マ、マデリン様ったらひどいですぅ! わたしの足をひっかけて転ばせるだなんて!』
男爵令嬢自身が、わざわざ名指して状況を説明したからだ。
現場を見ていなくても状況がわかるわ!
『──あら。独りでに転んだのではなくて?』
そしてそれを即座に棄却するマデリン様。
たしかに、男爵令嬢の頭はマデリン様の足元に向いているのだから、マデリン様が足をひっかけ転ばすには無理がある。
むしろマデリン様の御御足に気安く触れると思わないで欲しい。
パワースポットになるぞ。
『──う、嘘です! 最近エドワード殿下と仲良しのわたしに嫉妬しているからっ、だからこんなことを』
男爵令嬢は涙を堪え、ふるふると頭を振った。もちろん野次馬にことの経緯がわかるように、だ。
「あらら。修羅場だね」
「マデリン様にあんな事を……許せません」
こ、これは男爵令嬢の挑発では!?
あなたの婚約者(エドワード殿下)と仲良くしているのは私でーす☆という、宣戦布告ではないか。
マデリン様が接触しないから自らやってきたというのか。
図書館まで追いかけて。
な、なんて熱量のある追っかけ……!
私以外にもいたのか。
驚きを共有しようとバッと上を見上げると、ニコニコとやたらご機嫌そうな青年がこちらを見ていた。ねぇ? そう思いますよね!
「どうする? 助けに行く?」
うんうんと神妙に頷いていると、青年は良いことを思いついたと驚きの提案をした。
「私が、ですか……いえ、私は……」
我、モブぞ?
あの局面で間に入っていくって?
首を絞められた小動物のようにキュウキュウとか細い音を出していると、わかっていたとばかりに青年は舞台で対峙する二人に視線を戻した。
「まぁ、そうだよね。あれぐらいマデリンが御せる」
そう黒髪の青年は、訳知り顔で言いきった。
言葉にはマデリン様への篤い信頼があった。
なんだか息が苦しくなって、逃げるように彼女たちを見た。
臆病な自分を見なくて済むように。
視線の先ではマデリン様が気だるげに男爵令嬢を見下ろして、男爵令嬢が華奢な肩を震わせて庇護欲を誘うように涙を滲ませていた。
その構図が、ただただ眩しい。
私の中で男爵令嬢に対する印象は、マデリン様の心を煩わせるという一点でマイナスに振れている。
だけど。
一方で、ほんの少しだけ私は男爵令嬢に嫉妬を覚えていた。
私は常々思うのだ。
主人公と脇役の違いとはなんだろう、と。
それは魅力だとか色々あるだろうが、一番は行動力の差だと考える。
男爵令嬢は行動力でマデリン様の舞台に上がったのだ。
つい噛みしめていた唇が、痛い。
私はここでずっと見ているだけだ。だからいつまでもモブなのだ。
私達が見つめる先、図書館に居合わせた生徒たちも固唾をのんでマデリン様と男爵令嬢の大一番を見守っていた。
しばらくの間があって。
マデリン様がこてりと頭を傾げ、豪奢な金の髪が肩をすべり落ちた。
その一つ一つの動きから目が離せない。
『──…………申し訳ないのだけれど、わたくしはあなたのことを存じ上げないわ』
ぴしゃりと言い切るマデリン様は、みじんも申し訳なさそうな顔をしていなかったし、本当に男爵令嬢のことを視界に入れていなかったことが窺える様子だった。
つまり、『視界に入っていないのだから、わたくしがあなたごときに嫉妬などするはずないでしょう?』ということだ。
か、格の違いを存分に見せつけてくださる~~~~!
それでこそ、何様・神様・マデリン様である!
「かっこいい……!」
「えっ、かわいい」
おっといけない。感情が爆発して口から飛び出てしまった。
パフリと口に手をやれば、同じポーズをした黒髪の青年と目が合う。
はわわと口元に手をやる彼の仕草はまるで乙女のようでかわいらしい。
それはモブの私をつつき回して遊ぶ時の胡散臭い笑顔ではなく、かわいらしい普通の青年の感情の発露のようで。
謎の親近感を覚えてしまう。そう、親近感だ。
なぜかマデリン様ではなく私の様子ばかり、ちらちらと窺う様子の彼の行動。
もしかして。
「あの」
「わっ……話しかけてきた……! かわいい」
「もしかして」
「わっ……目が合ってる……! かわいい」
「あなたも推し活仲間なの・・・・・?」
「え? 何? 仲間ってナニ? 結婚のこと?」
彼はモゴモゴと口の中でなにやら騒がしくしていたが、感激した様子で何度もコクコクと頷いている。
それはマデリン様の堂々たるお姿を目の当たりにした私と同種の仕草である。
今まで挙動不審なしつこい青年だと思っていたことを許して欲しい。
まさかこの趣味を共有できる仲間がいるとは思わなかったのだ。
そういえば彼は先ほどから『俺の方が推しに詳しい』という、オタク仕草を見せてきていたではないか。
ここにいたのか。仲間が──!
あまりの嬉しさににやけてしまうじゃないか。
もしかして私、お友だちができたのでは……!?
嬉しさが隠せなくなった私は、持ち上がる頬を両手で包み込みながら、へらりと笑ってしまった。
苦節入学から一月と少し。
ついに私にも趣味を共有できるお友だちの獲得である。
私がめくるめく友人との青春に胸を躍らせると同時だった。
ゴトリと重い音が図書館に響く。
なんだ? 見上げた先にいるはずだった、かの青年はいなかった。
おや?? と、視線を下げると。私の足元に、ごろりと力なく倒れた黒髪が。
「ヒッ……」
固まる私と、激しい物音に慌ててかけよっていらしたマデリン様。
推しの悲鳴が図書館中に響いた。
悲鳴と同時だった。
従僕らしき身のこなしの男性が、やれやれと肩をすくめて黒髪の青年を担ぎ「何やってるんですか──アルフレッド殿下」と言ったのは。




