モブの一日は早い
モブの一日は早い。
某月某日。晴れ。
毎朝の行事となった生徒たちの出迎え待機列から、少し離れた木陰にて。
視線の先には、ベルフローレ公爵家の重厚で華やかな馬車が止まった。
その馬車から降りてこられたのがマデリン様だ。
陽の光を力強く跳ね返す金の髪。
輝く真珠のような肌。
集まる観衆を視線一つの褒美で熱狂させる。
あの方こそが私の最推し。マデリン様だった。
今朝の供給、ありがとうございます。
このひとときのために集まっている生徒たち、そして私。
マデリン様がすでに揃っていた側近候補様たちと合流してすぐのタイミングで、流れるように馬車止めに入ってきたのは王家の馬車だった。
そこから降りてこられたのが、第一王子のエドワード殿下。
何やら親しげに側近候補の令息たちと笑顔を交わしているが、マデリン様とは一言二言の挨拶で終わってしまった。
阿吽の呼吸ってことだろうか。いいですね。信頼し合っている関係。良い。
エドワード殿下の隣で、控えめに微笑むマデリン様。まさに聖母。あぁ神々しい。
一応私もこの国で生まれた貴族。
幼い頃には彼等と親交があった。たぶん。マデリン様のことしか覚えていないが。
私の記憶の中の幼いマデリン様は、唯我独尊・女王様・マデリン様というような女児だった。
人の上にマデリン様。天の上にマデリン様。そういう存在感だった。
あの頃の堂々とした威厳たっぷりのマデリン様も素晴らしかったが、成長するに従って思慮深さと慈愛が増したということなのだろうか。
素晴らしい。この湧き上がる感謝をカタチあるもので表せたら楽なのに。
無形を有形にする衝動に駆られ、今日のマデリン様の髪飾りをメモしていると。
ロイヤルな方々のお出ましイベントは終了したと思ったのだが、また一際大きな歓声が耳に届く。
また誰かが現れたらしい。今年は豊作ですね。
「──宵闇の方、今日も素敵だわ。あぁん、見初められたらどうしましょう」
「──あら……どなたか探しているのかしら」
「──やだ、こっちを見たわ!」
近年希にみる当たり年に、何人かの女子生徒は興奮状態で狂喜乱舞し始めた。
楽しそうで何より。
賑やかだなぁ、とその場を後にして。
そそくさと教室へ入れば、前方中央にはマデリン様がすでに着席されているはずだ。
定位置になった席にそっと腰掛けて、と。
マデリン様の美しい後頭部を見守りながら授業を受けるのだ。へへへ。
だけれど、今日はいつもと様子が違う。
マデリン様の隣にいるのは、婚約者のエドワード殿下ではない。黒髪の青年だった。
黒髪の青年はマデリン様の隣に立っても見劣りしない、まさに美男といった風貌。
身体バランスも良く、騎士寄りなのか体幹にブレがない。
そして何より、マデリン様の美を損なうどころか相乗効果で輝かせるほどのポテンシャルをもっていた。
マデリン様の婚約者であるエドワード殿下も、側近候補の令息たちも、それぞれファンを抱えるほど魅力的な方々だったが、それら以外にもまだ主役級の人材が存在したとは。
やはり王都はすごい。
魅力的な人材が豪華盛りでやりすぎている。
だが、しかし。日常の変化は、それだけでは済まなかった。
ぐしゃりと強く握ってしまったメモが、手の内を刺す。
あろうことか、その黒髪の青年は親しげにマデリン様に話しかけているではないか。
美しい眉を少々寄せつつも、しっかりお返事をなさるマデリン様。
……大変だ。見ようによっては、婚約者のエドワード殿下に対する様子よりも親しげに見えた。ぽっと出の青年に対して、である。
な、なぜ。
かの黒髪の青年は、いったい誰なのでしょうか。
普段と違うマデリン様の様子を見逃したくなくて、瞬きも忘れて盗み見ていると。
黒髪の青年は勝ったと言わんばかりの得意げな顔でふっと小さく笑い(被害妄想である)、何かをマデリン様に耳打ちするではないか(羨ましい。代わりなさい!)
何を耳打ちされたのか、マデリン様の宝石のような青い瞳がこちらに向き────
私は顔を伏せた。
ひ、ひええええええええ!
絵になるぅ~~~~~~~!
悔しいかな、美男美女の麗しい会話風景──もうそれ、絵画です。
いくらお支払いしたら購入できますの?
差分は何パターン供給されますの??
予想外の供給に打ち抜かれていて、私は気付かなかった。
深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ。
***
ランチは食堂で情報収集の時間だ。
決して友人がいないから黙々と食事をとるしか選択肢がないわけではない。
ほら、友人ができたらマデリン様を見守る時間も減ってしまうし?
だから逆に一人の方が趣味を満喫できるでしょ?????
あっ、今日の軽食は塩味が利いているわ……。
マデリン様はまだ食堂に現れていないらしく、不発だ。
まだ入学してから日も浅く、彼女の行動の統計は甘い。もっとデータを集めて、精度を高めなければならない。
手帳を睨みながら一口サイズのサンドイッチをもぐもぐ。ひたすらもぐもぐ。
話し相手がいないから、ずっともぐもぐしているわけではない。もっもっ。
「──失礼。隣、いいかな?」
男性の声がすぐそばに落ちた。
こんなに席が空いているのに、なぜ同じテーブルに? と警戒心が浮かぶ。
食堂は様々な学年の生徒が集まる場所だった。
今までも、たびたびこうして部活動の勧誘か何かで話しかけられることがあったが、現状私はそれに満足に返事ができていない。
やって来た。これは何度目かのお友だち獲得チャンス──!
前回までは、振り返った瞬間に「アッ……金の瞳に、銀髪……まさかッ!? 話しかけてすみません!! この件はあの方には内密に!」と逃げられること数回。
あの方ってどの方ですかと聞く隙もなく、去って行くのだけれど。
今日は逃げられなかった。
どちらかというと、私の方が逃げたかったのだけれど。
なんと。今日。私に話しかけたのは黒髪の青年で。
その向こうには、マデリン様がいたからである。
「ヒッ」
「……ほら、怖がらせているじゃない」
眉を寄せたマデリン様、美しい~~~~~~!!
食堂に女神が降臨した。
我慢できず手を合わせたが、順番を間違えてサンドイッチを圧縮してしまった。
女神降臨に呆然としている私とマデリン様の間に、黒髪の青年が身体を割り込ませた。
「ここ、いいかな?」
涼やかで良い声色だ。人に命令することに慣れていて、断られることなんて微塵も感じていないソレ。きっとこの声を囁かれたら卒倒する女子生徒で城壁を築けるだろう。
いやほんと魅力的な声で……ええ、まあ、なにやら笑顔の裏に黒いオーラを感じなければ。
「アッ、ハイ」
「ありがとう」
笑顔なのに黒いオーラを出す器用な黒髪の青年の前で許されていた二択のうち、「ハイ」を選択して正解だったようだ。ちなみにもう一つは「アッドウゾ」だ。
「アッ」は断る選択肢なんてもちろんないですよ。返事が遅くなっただけです、という意味を含んだ演出です。はい。
そしてなぜかマデリン様が私の目の前に座った。
急 接 近 ───!!
「君、名前は?」
どどどどどうしましょう! はわ! マデリン様がお食事をなさってる! ヒトみたい! あ、ヒトか。生きとし生けるヒトか。限りある命、今のこの瞬間に立ち会えた奇跡。ありがとう感謝────
私の手と手の間ではサンドイッチがギュムギュムしているが、感謝の念がこもった美味しいサンドイッチになっているだろう。
「ねぇ、聞いてる?」
「……急に話しかけたから怯えているのよ、かわいそうに」
「怯えているっていうか、混乱しているよね。マデリンばっかり見て、こちらも見てくれないかな」
「ちょっと、だからその独占欲を隠しなさいって言っているでしょう?」
「隠しているじゃないか。せっかくマデリンを餌にしたのに、まさか餌にしか意識が向かないとは。計算外だ」
私が感謝を捧げている間。
何やらマデリン様のお口はお食事以外でも動いているが、何を話しているのか耳が仕事を放棄している。
ここからどうやって帰ったのか記憶はない。
気付いたら家のベッドだったというわけ。
あぁ。今日は濃い一日だった。
まさかマデリン様と同じテーブルに座るとは。
次回は、マデリン様が召し上がっていたビーフシチューを頼もうと日記に書き記した。
……ところで私の感謝のサンドイッチはどこへ?




