私のめくるめくモブ学園生活は、このようにして始まった。
短編版のウケが良かったので、味をしめて書き直しました。
主人公たちは毎日毎日。雨の日も風の日もドラマチックな日々を過ごしている。
瞬き一つで物語は動き、風が吹くだけで音楽が鳴り、運は味方する。
困難で強くなり、己を知る。
私はそれをただ見守りたいモブなのに。
メインストーリーの外側にて。
モブたる私は、主役級の王子様から壁ドンを受けていた。
なんなら壁に私の髪ごとドンされているので逃げられない。
揺れているのは、恋心ではなく、私の歯の根である。
「ナタリア、良い子にしてたらご褒美があるんだもんね?」
「エッ、アッ」
見ようによっては恋愛物語の一幕に見えるかもしれないが。
間違いなくここにあるのは、脅しである。
「・・・・・・・・・・・・ない、の?」
近距離だからこそ私の視界からは、はっきりと見えた。
わんこ系王子の瞳孔が、底のない闇の入り口のようにぶわりと開いたことが。
ヒューヒューと風を切る音がやかましいが、それは私の生命維持活動の音だ。
喉が生きようともがいている。
ほんと、あの、私のことより、どうぞメインストーリーを進めてください!
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私、ナタリア・ヒューズは脇役である。
脇役とは、物語の中で主人公を引き立てる舞台装置のようなものだ。
──某月某日。春。
王立学園の入学式のため、私は決められた順番で馬車から降りて会場へと向かっていた。
一応、ヒューズ家は公爵位であり、高位貴族という区分だ。
一部の生徒は前日から寮で生活を始めていて、入学式典会場へも先に入場していると聞いている。
そんな、寮で生活しない生徒は、お友達作りの初日に参加できないってことじゃない! と狼狽えたが、一般的な貴族たちは入学前から人間関係を構築しているので無関係だ。
昨日やっと帰国した私にはなんとも耳の痛い話である。
つまり、ぼっち確定なのだから。
まあそんなこんなで、周囲が友人たちと新生活に浮き足立っている中。
新入学生が集まる講堂を分け進むことになるわけだ。
公爵位である私の次、最後の入場は王室の方々となる。
角で差をつける勢い、かつ、慌てているように見えない速度で足を動かし、講堂に入場を済ませた。
だって、王室の方々が入場する時にタイミングが重なったら、見逃してしまうもの。
講堂の席順は後方から埋まっていく。上位の家格の者の席は前の方だ。
出入り口をくぐれば、何千もの目が一斉にこちらに向く。
慣れない注目にヒッと引きつりそうになるが、ここで引いては学園に通う意味がない。
ギシッとこわばる背をシャキリと正して、視線は前方やや上に向ける。視界にヒトを入れなければいいんです。
モブではあるが私も公爵家の端くれ。なんとかなった。
通りすがりに「どなたでしょう」「銀髪に金目なんて見たら忘れないと思うが」「留学生でしょうか」とかなんとか言われているようだが、なんとかなった。
空席あたりに差し掛かり、自分の席を探して視線を流せば、偶然にも噂をしている方を睨み付けたような形になってしまったようで「ヒッ」と叫ばれた。それはこちらの台詞である。私の席はどこ。
「・・・・・・アッアノ」
「も、申し訳ございません!」
次に目が合った生徒に声をかけただけなのだが、椅子から飛び出しおなかを抱えて伏せられてしまった。体調は大丈夫だろうか。
困ったと扇の中でハワワと震えていたら、偶然にもヒューズ公爵家の席次札を見つけ事なきを得た。
私がこの席に座ったことで何やら盛り上がっていたが、それも長くは続かないだろう。
この世界の主役は私ではない。
これから入場する、彼女こそが圧倒的主役なのだから──
私の期待通りに、彼等が姿を見せた瞬間、空気が変わった。
視線も。光すらも、集まってみえる。
歓声やどよめきすら、彼・彼女たちの影響力を知らしめる舞台装置。
この年の新入生は主人公たちの集まりだ。
この王国の第一王子や、そのご婚約者であられる公爵令嬢。
そして、それぞれに背景を抱えていそうな側近候補の有力貴族の子息たち。
彼等の前では、誰しも等しくモブだった。
彼女の席次は私よりも前に位置する。
横を通られる際に軽く一礼したが、視線が合ったのは第一王子のご婚約者であるマデリン様だけだった。綺麗な二度見だった。私も二度ほど身体が跳ねた。
彼女が跳ねろと命じれば、跳ねる。そういう玩具だと思ってくれて差し支えない。
わなわなと美しい唇を震わせたマデリン様が、一歩だけ私の方に近付いた。
ついでに私の視界から見たマデリン様の解像度が10dpiから300dpiに上がった。主人公の視覚情報を得ようと身体が反応している。
「ナ──」
「おい、マデリン。はやく行くぞ、もたもたするな。全く」
マデリン様が第一王子殿下の方に視線を逸らすと同時に、私は顔を下げた。
私のようなモブよりも殿下(準主役)を優先してほしいという意図が正しく通じたのか、マデリン様の靴先は一瞬戸惑ったようにジリリと動き、やがてそのまま去って行った。
一瞬の出来事に、何が起きたのかとまた周囲が私の存在を思い出した様子だが、もうそれどころではない。
マデリン様が私に向かって「ナ」と発した。
それ以外の情報は第一王子殿下がマデリン様を呼んだため、全くわからないが記念すべき「ナ」の摂取である。私の好きな言葉が決まった。ナ、である。未来の子どもの名前も「ナ」にしよう。
私の価値観を一変させる力を持つ存在。それこそが主人公。
私はこの主人公たちを間近で観察できる日を今か今かと待っていたのだ。
運良く公爵家に生まれたのは、彼等のそばに立っていても不自然ではない立ち位置にいるため。
そう、私は壁になって彼等の青春を見守りたいモブなのだ。
その中でも最推しはマデリン様である。
そのマデリン様の視界に入るという、初回ボーナスまで獲得してしまった。どうしよう。
もしよければこの喜びを共有できる友人もできたらいいが、今はまだいないので日記にしたためるとしよう。
あまりの嬉しさに表情が戻らず、しばらく顔を上げられなかった私は気付いていなかった。
この新入生の中に、王族は二人いることに。
俯く私の横を第二王子殿下が通ったことも。
その第二王子殿下が、私のモブ生活を脅かすことも。
何も気付いていない私のめくるめくモブ学園生活は、このようにして始まった。
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