あなたのこと好きなんじゃない?☆
某月某日。
学園の休日。つまりマデリン様に会えない日。
休日といえば、朝から膝を抱えて家の中で丸まって過ごす、栄養も味もない日なのだが。今日はひと味違う。
なんとなんと、ついに私にも友人ができたのだ。
音楽会イベントの幕間。
桃色の髪の女子生徒の闇の部分を目撃してしまうという出来事もあったが、それはそれ。
私の仕事はマデリン様の素晴らしい歌唱を支えること。
暇な猫のようにグリグリと身体を擦りつけてくるアルフレッド殿下を軽く流しながら、緊張軽減のまじないを呟いていたところ。
計算では、あと20回ほど人間に見立てた文字を飲み込めば、まじないは完成する……! という追い込み中に、舞台袖でしゃがみこむ女子生徒を発見したのだ。
なんと、ドレスの糸が切れてしまい手が離せず、このままでは楽器を持てないということだった。事情を盗み聞きした訳ではない。嘆く声がしっかり聞こえた。
出番は目前。彼女の組は棄権するしかないと悔し涙を流している。
緩まるドレスが落ちないように握りしめ震える女子生徒の横で、まじないをしている場合ではない。
ガタガタと縦にも横にも震える私だが(主にアルフレッド殿下が構えと揺すってくるのだけれど)
意を決して、立ち上がった。
声を殺して涙を流していた女子生徒の顔が、恐怖に染まる。
あ、いや、助けようと思って……!
針と糸をかかげる私に襲いかかられると誤解したのか、首を絞められた子ウサギのような声を上げられたが、アルフレッド殿下のとりなしがあって意図は通じた。
なんと、私は裁縫道具を忍ばせていたのだ。
万が一にもマデリン様の晴れ舞台を欠席することはあってはならない。備えが生きてよかった。
だがしかし。ここにいるのは貴族子女のみ。しかも高位の家格でまとまっている。ここにいる生徒たちは、刺繍は得意でも繕い物を自身でしたことがないのだ。
もちろん私もドレスを縫い合わせたことがなく、厚みのあるドレスに針を刺すことができないでいると、すかさず駆けつけてくれた他の生徒が素早い動きで縫い合わせていた。速すぎて見えない。
即席の繕いでは心許ないと不安そうにしていたので、これまたちょうど持っていた金のリボンで止めて完璧だ。
『おまじない、です』
『……っ、ありがとうございます!』
彼女たちからは先ほどまでの悔し涙は消え、今度はうれし涙になっている。
よかった。
金のリボンは、マデリン様に同じチームとして結束力を持つため、お揃いのリボンを巻くのはいかがですかと提案しようと思い持っていたものだ。もちろんマデリン様は単体で完成されていたので言い出せず、持って帰るだけになっていたもの。役立って良かった。
これでやっとまじないに戻れる。また100からやり直しだ。
マデリン様もアルフレッド殿下も、こういった場には慣れているのだろう。生徒会の書類に目を通していた。アルフレッド殿下は、じっとりと何かモノ欲しげにこちらを見ているが。
聞きませんよ。
私は今、忙しいので。人間が80、人間が79、人間が78……。
「もう。つれないな……。俺からもナタリアにおまじないをかけてあげよう」
アルフレッド殿下は訴えかけるのを諦めたのか、勝手に私のポケットから余りのリボンを取り出して私の髪に巻き付けていた。器用ですね。
人間を飲み込んで緊張軽減ってどういうこと?
という、まじないの禁忌に近づいた頃合で、本番は上々な結果に落ち着いた。
マデリン様の素晴らしい歌唱もさることながら、アルフレッド殿下の演奏も相まって思い出深い一日になった。
ルポは別紙にまとめようと思う。
そして、本日は。その音楽会のドレス裁縫がきっかけで仲良くなった、侯爵令嬢のキンヴァリー様と伯爵令嬢のオリビア様と共に。街で人気なスイーツを食べに来ているというわけだ。
産まれた国に戻ってきて、学園に入学し。初めての友人と、貴族街への散策へ。
青い空に、爽やかな陽気。目の前にはキラキラ可愛い甘味。
話題はもちろん、学園の噂話や恋の話まで。
そう、恋の、はなしである。
キンヴァリー様は、この紅茶に浮かぶオレンジのような瞳を潤ませて、ほぅと熱いため息をついた。
「……あの時のアルフレッド殿下はまさに、乙女の危機にかけつけた王子様のようでした」
かけつけたのは私ですよ、と思ったが黙っていよう。
針を握りしめ近寄ってきた私に怯えていたキンヴァリー様の記憶を刺激してはまずい。忘れているならいいのだ。
「もちろん、ナタリア様のおかげで無事、舞台に立つことができました」
「いえいえ……」
「そして!」
パチン、とキンヴァリー様の扇が鳴る。
よほど話したいのか、私の反応は視界に入っていないようだ。
まあ、アルフレッド殿下の賛美を、どんな顔をして聞けばいいのか困っていたので助かっている。
彼はだいぶ様子のおかしい王子様ですよ……?
「私たちの次が、アルフレッド殿下とマデリン様の番だったのですけど」
私もいましたが?
「袖に掃けた時、すれ違いざまにわたくしに巻かれたリボンを解かれたのです。何が起きたのかと驚いて不躾にも視線を合わせてしまったのですが、ニコリと微笑みをお返しくださったのです……っ!」
「まぁっ!」
「まぁ……っ」
「その金のリボンを手に巻かれ、舞台に行くアルフレッド殿下のお背中はとても凛々しくて……っ。演奏中にひらりひらりと舞うリボンが私との共演のように感じました。そして最後、わたくしの方を流し目でちらりと見やり金色のリボンにキスを……!」
「きゃあっ!」
「ひぃっ!」
恋愛劇を見たようなリアクションをしたのがオリビア様で、恐怖体験を聞いたようなリアクションをしたのが私の方である。




