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音楽祭も終わり、穏やかな日常に戻った本日。
アルフレッド殿下がやたらとしつこく着いてくるので、ノイローゼになる前に解放を打診したのだ。
私はマデリン様のことを物陰から見守ってはいるが、こんなに話しかけたり接触を試みませんからね。一緒にしないでいただきたい。
交渉の末、マデリン様と私の出会いについてお話することで解放してくれるということになった。
だからこうしてお話しているのだけれど、ちゃんと聞いてます?
王子を引き連れて校内を歩くところを見られるわけにはいかず、人気のない学園の奥庭の東屋にやってきたのだが。
なぜかアルフレッド殿下は闇落ちしてしまった。
情緒不安定だな。お腹が空いているのだろうか。
可哀想なので、隠し持っていたクッキーを差し出した。
アルフレッド殿下は、やはりお腹が空いていたのか、おずおずと伸びた手がクッキーをつかみあげ、天にかざした。変なものは入っていませんよ。
クッキーの検分が終わったのか、味を確かめるようにもくもくと食べるアルフレッド殿下は少し可愛らしい。
ちらちらと漏れる木漏れ日がアルフレッド殿下の黒髪に映る。
この光景、どこかで見た覚えがあるのだけれどいったい、いつの思い出だろう。
「それからすぐ後に私は国外の母方の祖父母のところへ移り住みました。その間もマデリン様のことを忘れたことは一度もありません」
「──婚約者のことは?」
ふわふわと揺れる黒髪に何かを思い出しそうになった。
靄がかかった記憶が今と重なって、輪郭を濃くする。
「婚約者とは、私の、ですか?」
「そう。ナタリアにも婚約者がいたでしょう?」
先ほどまでふわふわとした様子だったアルフレッド殿下は、今度は少し心配そうに私の方を覗き込んでいる。
何をそんなに怯えているのだろうか。
「申し訳ございません。私には婚約者はおりませんので……」
「そんなはずはない」
まあ、公爵家の一人娘に婚約者がいないはずがないと思われるのも無理はないだろう。
「じゃあ、俺のことは覚えている? 子どもの頃に会ったことがあるのだけれど」
「アルフレッド殿下と、お会いしたことが?」
縋るような視線を投げられているが、全く記憶にない。
つい先ほどマデリン様のことは忘れたことがないと語った後で、アルフレッド殿下のことは全く、なんて気まずいにもほどがある。
ごくり、と喉が鳴った。
「申し訳ございません。実は、子どもの頃の記憶が一部欠けていまして……。そのことが原因で、私は公爵家の人間ですが婚約者もおらず……」
「記憶が……? では、婚約者のことも忘れているだけということも」
本当は自分の瑕疵になる事情について話すつもりがなかった。
だけれど、そんなに真剣な顔で、捨てられた子犬のような顔をされると……!
「で、ですから、婚約者も本当にいないのです。その証拠に今までお手紙の類いもございませんでしたし、本国に戻っても誰かが会いに訪れたりもしないので……」
「それはっ、」
アルフレッド殿下は苦しそうに顔を歪めると、言葉を飲み込んだ。
握られた拳は力が入り、白くなっている。
「嘘は、ついていないのです」
緊迫した様子に、いつもの茶化す気は失せていた。
だってなんだか、彼の様子が怒っているというより、なんだか悲しんでいるように見えて。
一瞬、堅く握られた手に触れようと手を伸ばして思い止まる。
私たちはそういう仲、距離感ではない。
伸ばした手を胸に戻し、今度は彼の背に触れた。
これぐらいなら、友人を慰めるような距離感で合っているだろう。
そう思って。
強張っていた肩から力が抜けていくのが伝わってくる。
「……ごめん。てっきり、いるものだと思っていたから」
「婚約者がいたら、こんなところでお話もしませんよ」
「そっか」
一拍だけ間があって。
「いや俺以外と二人になってはいけないよ? 約束して」
「え、なぜで」
「俺以外とは不貞行為だ! 破廉恥! いかがわしい!」
「え、ちょ、大きな声でなんてことを言ってるんで」
「そんな子に育てた覚えはない!」
関係性の捏造はやめてもらえますか、という私の呆れ声はアルフレッド殿下の怒濤の長文呪詛に吸い込まれた。ちょっと、私の秘蔵のクッキーでは飽き足らず、私の台詞まで食べるつもりですか。




