第二楽章 1
約束の三日後、奏は和音を訪れていた。
音弥からメヌエットの進捗を伺うために。
だが進捗どころか、音弥から渡されたのは完成したメヌエットの楽譜だった。
店内にはまたアルルの女が流れている。
奏はそれを聴きながら受け取った封筒から楽譜を取りだした。
「音弥さん、仕事早すぎ」
「三日って言っただろ?」
「さすがです」
誰だと思ってるんだと、得意そうな音弥から視線を楽譜へと移す。
楽譜は全部で三枚あった。
一枚目はフルート。メロディ譜のようだ。
だが原譜と違い大分簡素化されている。
二枚目はオーボエ。見ればフルートと対になっているようで、フルートよりも装飾された部分が多い。
そして三枚目はピアノ譜だった。
「ピアノは俺がやる。それをフルートの子に渡して、なんとか来月のサロンコンサートまでに吹けるようにしてもらって」
「え?俺が教えるんですか?」
「女性のフルートの知り合いいるだろ。その子には女性の先生の方がいい気がする。青木でも岸谷でも声掛けてみたら?俺の名前だしてもいいし。レッスン場の確保が難しいならここを使ってもいいから」
一度スイッチが入ると、途端に面倒見がよくなるのは音弥のいい所。
少し話を聞いただけで、自分のようないかつい男がいきなり話すより、大人の女性の方が心を開きやすいだろうと悟っての事だ。
何より音弥にとって、音楽が悲しい事の材料になる事が嫌だった。
日本の吹奏楽人口は高い。
だが大人に関してはそう多くは無い。
中学、高校時代と吹奏楽に明け暮れ、いずれもコンクールで金賞をとるために『演奏させられている』ためだと言われている。所謂燃え尽き症候群なのだろう。
金賞をとるために、来る日も来る日もコンクール曲ばかり。
縦の線を揃えろ。横の線を揃えろ。
歌え。動け。揺れろ。
そんな厳しい指導に加え、顧問や部員との人間関係にも心を病む。
音を楽しむと書いて音楽だ。
だがコンクール重視の部活動でもそんな簡単な事すら忘れられている。
勿論そこに籍を置いている時は、それが生き甲斐且つ青春の一ページとでも思えてそこに投身している。だがそれを終えた時、プツリと糸が切れるのは分からないでもない。
音楽はコミニュケーションの一種としても高い手段だと思っている音弥にとって、たかが学生時代のくだらない思い出で音楽を切り捨てて欲しくなかった。音楽は一生寄り添っていける相棒なのだ。
音階があれば言葉はいらない。
異国で楽器一つ、その国の人達と演奏を楽しんだ事もある。
そして楽器の化身であるFに悲しむ顔をさせたくない。
Fが笑うためにはその持ち主の笑顔が必須。
音弥が動くのはいつでも音楽のためだ。
音楽に関してだけは譲歩したくない。
今回も、相手は中学生だというのにその意見は聞かずことを進め始めている。
保護者への連絡等は奏の仕事になりそうだ。
かくいう奏も、そう動き出そうとしている段階で音弥のやる事に反対はしていないのだが。




