第一楽章 5
「絵茉ちゃんは頑張ってるんです」
長い話を終え、奏はとっくに冷めてしまったコーヒーを喉へと流して溜息を吐き出した。
状況を整理すると、現実がよりリアルに感じたせいか、Fも気落ちしたように項垂れている。
明るい筈の店内に重い雰囲気が店内に満ちていく。
音弥はいつの間にか流れていた音楽が止まっていた事に気付き、カウンターから出て気分転換にと新しいレコードを探し始めた。
ふと目についたのはフルートの巨匠のソロのLP盤。ふむ…と小さく唸ってからそれをセットすると、静かに針を落とす。
僅かな独特のノイズの後、流れ始めたのはフルートソロとして有名なアルルの女 メヌエットだった。
柔らかなハープのアルペジオが揺蕩う水の流れの様に穏やかな音量で聞こえ始める。
そこに響き始めたのはフルートの旋律。
音弥がカウンターへと戻ると、Fの姿は消えていた。
問題提議だけして擬人化した楽器が消えるのはよくある事だ。
楽器たちは大抵ものは言わない。
代わりに口から出るのは音色だ。その楽器特有の音色で音を奏でるように歌う。
Fは何も言わぬままに姿を消したが、メヌエットに納得がいったのかもしれない。
だとすれば音弥がやる事は一つ。
「メヌエット、か…」
ボソリとと音弥が呟くと、奏がにんまりとわざとらしい笑顔を向けている。
「何かやってくれるんですか?」
「それを期待してたんだろ」
「ばれました?」
いずれにせよ、Fが姿を現したのを見過ごすわけにもいかない。
面倒事だと思いながらも、音楽を愛しているのが音弥という人間なのだ。
「その代わり、奏も手を貸して」
「勿論です!」
「ついでに来月のここのサロンコンサートにも出てね。ノーギャラな」
「勿論でっ…え?!ギャラなし!?それはないですよー」
一人賑やかな奏だが、音弥が引き受けた事に安堵している。
口を尖らせ文句を言っているが、至極楽しそうに見えた。
「五日…いや、三日待って。メヌエットをアレンジするから。あ、そのフルートの子の今の実力も教えて」
「絵茉ちゃんですね。今は…」
こうして依頼を受けた音弥の、Fへのアンサーが始まった。




