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第一楽章 4


「絵茉ちゃんはね、俺が指導に行ってる学校のフルートの一年生。公立の、それも強豪ではない中学なのに珍しく入部当初から自分の楽器を持ってきた子なんだ」


奏はオーボエ奏者でありながら、依頼を受ければ学校やら個人やらの指導に出向くこともある。

演奏者としてそれも立派な仕事の一つである。


奏の話は続いた。


どうやらその絵茉という子は、自分の楽器を持ってはいるが、あまり上手ではないらしい。

それどころか、楽器を持っていないフルート希望の別の子の方が、あまり質の良くない学校の楽器なのにも関わずはっきりとした発音で音が出せているのだそうだ。


新一年生を迎えたばかりの吹奏楽部は、まずは楽器の振り分けから行う。

強豪校では楽器適性を見てから振り分けたりもあるらしいが、この学校は違っている。


ある程度仮入部期間でいくつかの楽器を吹き、自分のやりたい楽器を見つけてもらってからの入部が大半なので『本当はトランペットに憧れていたけど小さいマウスピースでは音がならなかったからユーホニウムに行く』やら『吹奏楽部には入りたいけど管楽器は難しいから打楽器にしようかな』などと消極的な理由で希望楽器に手をあげる新入生は多い。

『背が高いし腕も長いからトロンボーンやってみない?』という勧誘をうけて、身体的な特徴を活かしてそのまま楽器を決める生徒もいる。


だが最初からどうにも決めた楽器がいいという新入生も勿論いる。

だから希望楽器が被ってしまう事もあるが、そこは編成の都合でどうしても希望とはそぐわない楽器に回ってしまう新入生もいるわけだ。


本来は一人いればいいパートに二人以上の希望者が出た場合、大抵は当人たちの話し合いでなんとか決まる。

だが仮入部中に既に頭角を表し始めた子がいた場合、先輩のゴリ押して決まる事もある。


そしてもう一パターン。


それは新入生が楽器を持っていた場合だ。この場合、勿論無碍にはできない。

なのでこのパターンが一番希望楽器になれる可能性が高い。


この学校の場合、新入生でフルート希望者が二人いた。一人は板垣絵茉。

今現れているFの持ち主だ。


そして、もう一人は松風佳那。

仮入部一日目でフルートを鳴らし、基本的な音の指使いを覚えたという、なんとも音楽センスのありそうな子だった。


元々人見知りの気があり、静かで大人しい印象の絵茉。

音楽知識もありハキハキと先輩と話をする佳那。


どちらが先輩の受けがいいかと問われれば一目瞭然。加えて佳那にはフルートのセンスもあると思われる。


最終的にパート決めの日、この二人がフルートに立候補をしたのだが、例に漏れず、楽器を持っているという理由で顧問からフルートに指名されたのは絵茉だった。


当然佳那本人も、また先輩も納得がいかない。

顧問にフルートの先輩数人で話合いに乗り込んだが、聞く耳を持たない状態で「フルートは板垣絵茉さん」とそれ一択だったという。


結局その音楽センスを買われ佳那は、オーケストラに置けるヴァイオリン的な役割を持つ、クラリネットに配属された。

吹奏楽において、クラリネットの響きが豊かであればあるほど、他のパートも伸びやかに表情豊かに演奏ができると言われている。


毎年この学校では、クラリネットから「学生指揮」と呼ばれる、顧問がいない時の練習の中心人物とされる役割を担う役職が任命される事が多かった。

そのため必然的に、ピアノなどを習っていて、且つ音楽知識のある生徒がクラリネットに配属される事になりがちなのだ。


佳那は幼い頃からピアノを習い、小学校の頃から金管バンドクラブでトランペットをやっていた事もありバンド経験もある。

中学生レベルの音楽知識は勿論のこと、その経験を活かして一年生たちを引っ張ってくれるだろうとの理由での顧問団は佳那をクラリネットに配属したという。


これを喜んだのはクラリネットパートの先輩たちだった。

佳那は仮入部期間にクラリネットにも挑戦していて、まだ荒削りながらもクラリネットらしい音を奏でていたからだ。


先輩たちから歓迎されれば、佳那も悪い気がしない。

配属が決まったと同時に可愛がられ、同学年としてもう一人配属されたクラリネットの久保田瑠花からも一目置かれて、それは鼻の高い入部時だったという。


だがフルートパートとしては面白くない。

なぜ吹ける子を手放し、あまり上手くない絵茉の面倒を見なければならないのかと、明らかな溜息まで吐いて絵茉を萎縮させた。


改めて一年生を交えて部活が始まると、各パート共新入生を歓迎して、基本的な事を先輩から後輩へと教えていく。


強豪校では無いこの学校だからこその雰囲気で、それは大体和気あいあいと進み、

大抵一週間もあれば新入生は部に馴染んでいく。


フルートパートを除いて…。


フルートパートも、絵茉が吹けないことには始まらないと、当然先輩は指使いやら楽器の鳴らし方を教えた。

けれど打てば響く様に吸収していった佳那とどうしても比べてしまう。

すると絵茉から離れてクラリネットパートに遊びに行き、佳那とのお喋りを楽しんでしまう。

一人の先輩がそれをすると、また一人、また一人と絵茉の面倒を見る先輩が減っていく。


気付けば絵茉は、一人になってしまっていた。


それでも絵茉は練習を続けている。

夏のコンクールまでには先輩たちと肩を並べて演奏する為に。

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