第七楽章 1
「音弥さん今日も素敵だね」
うっとりとした表情でそう呟いた佳那は、少し肌寒さを感させる秋風から身を守るために羽織ってきたカーディガンを脱いで膝へとかけた。
和音での演奏会を終え、部活時間は元よりそれ以外でも絵茉と佳那が一緒にいる時間は増えている。
今日も部活が終わった後に和音に集合した。
待ち合わせ場所はいつも窓際のテーブル席。先に来た方からドリンクを頼み、片方が来るのを待つ。
大抵絵茉はミルク多めのカフェラテ。
あの日以来黒糖ラテには会えていない。
いつもロイヤルミルクティーを頼む佳那もその話を聞いてから気になっているらしい。
いつかその黒糖ラテを飲んでみたいと、たまに海月に尋ねるが、音弥に返答を委ねると「いつかね」と曖昧な返答しかない。
そんな時佳那は少しだけ駄々っ子のような顔をして音弥に恨み言を向けるが、黒糖ラテをネタにして音弥の話せるのが楽しい事を絵茉は知っている。
学校では、頼り甲斐はあれど少し気が強く仲間たちから一歩引かれる事もある佳那だが、自分はそんな佳那の可愛いところを知っている。
ほんの少しの優越感に絵茉はクスッと笑った。
それを見つけた佳那が絵茉にグイッと顔を寄せる。
「奏先生、まだいないね」
「なっ…佳那ちゃんってば!別に私はそんなんじゃ…」
ふふっと悪戯めいた表情で笑う佳那に、絵茉は顔を真っ赤にして俯いた。
「今日も二人、仲良いね」
そんな二人のやり取りの中、海月が豆皿を持ってやってきた。
二人の間にそのお皿を置くと、音弥さんからのサービスですと言ってにっこり笑った。
豆皿にはカラフルな包みに身を纏った有名なチョコレートが四粒。
二人はすぐにカウンターに向けて「ありがとうございます」と音弥に礼を言った。
「こういう気配りが好き」
「私はこのチョコレートが好き」
音弥に向けてまた熱っぽい視線を向ける佳那。
皿の上のチョコレートに向けて視線を注ぎながら、どれにしようかなと既に物色を始めている絵茉。
話のベクトルは噛み合わないが、中学生らしい恋バナが好きな佳那とまだ色気より食い気な絵茉のちぐはぐなバランスが、二人の可愛らしい友情が楽しい事を物語っている。
そこに店内のドアが開き、奏が姿を現した。
「お、また二人共来てたんだね。いらっしゃい」
そう声をかけていつものカウンターへと腰掛ける。
奏の姿を確認するなり、大粒のチョコレートを口に放り込んだ絵茉が盛大にむせ込んだ。
そんな絵茉を見て佳那がふふっと笑ってるいる。
「いらっしゃいって…ここは俺の店。ったく、いつものでいい?」
「はい。コーヒーで。それと…」
何やら鞄を探り、クリアファイルを取り出した。
「アンサンブルの相談を…」
「別料金」
ボソリと呟いた音弥に、奏が嫌そうにえーと声を上げた。
アンサンブルという単語を聞き、窓際の女子二人の耳がぴくっと反応する。
「聞いた?アンサンブルだって」
「うん。私たちのかな?」
「どうだろう?でもまだ編成聞いてないよね?」
「だけど私なんかが…」
「絵茉はできるの」
あれ以来、佳那のリードで二人で練習する事も増えている。
元々音楽が好きだった絵茉にとっては、練習自体は苦ではなかったようで、魚が水を得たように生き生きとフルートに打ち込んだ。
教えてもらった知識を吸収し、動画などで技術を学び、今では他パートの一年生よりも楽器を吹きこなせている。
前向きにフルートと向き合う事になったここでのあのコンサートはきっかけに過ぎず、佳那とのここでの出会いが間違いなく絵茉に大きな転機を与えた。
未だにたまに出てくる弱気な心は、Fが心配をする暇なく佳那が諭してくれる。
佳那に寄り添うCの表情も、以前よりきつさが抜けてきている気がする。
そして時折、FとCの両者が視線を絡める事も大きな変化だ。
年若い女子の事はわからない音弥も、FとCを見ていて気付く。
この二人と音楽の関係は良好だ。




