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第六楽章 5

今度こそ仕切り直しとばかりに佳那は姿勢を正したが、リラックスしたまま話した方が絵茉に気持ちが伝わるかもしれないと、カップを手にしたまま絵茉と向き合う。


「絵茉、ごめんね」

「え?何が?」


絵茉もカップに口を付けたまま、軽く首を傾げた。


「今までの事、全部。絵茉が困ってた時、教えてあげられた事もあったのに無視してた」

「そんな事…」


絵茉にとって佳那の謝罪は青天の霹靂だった。


佳那にとって自分は、邪魔なだけの存在だと思っていたから。

疎まれる事こそあれど、謝罪をしてもらう立場などではありえないと思っていたのだ。


けれどその後言葉が続けられなかったのは、もっと早くに助けて欲しかったという思いが絵茉の中にあったからかもしれない。


一人では何も出来なかった。

一人では寂しかった。もっと皆の輪の中に入りたかった。


絵茉が入部してから約三ヶ月の想いが溢れてくる。


「本当にごめんなさい。だから泣かないでよ…」


絵茉の想いは瞳に大粒の涙となって浮かび上がってきた。溢れる涙に、佳那の心も苦しくなってしまう。何度も「ごめんなさい」と繰り返す。


「違う…違うの…」


絵茉の涙は温かかった。


辛いことも確かにあった。

けれど佳那がこんな風に考えてくれた事がたまらなく嬉しい。


だから絵茉は首を振った。


それを佳那にも伝えたくて、泣いてる場合じゃないと、グイッと手の甲で涙を拭った。


「あのね…」


まだ涙声だ。

それでも絵茉は、自分の気持ちを佳那に伝えたいと鼻をすすりながら声を発した。


「佳那ちゃんの気持ち、嬉しい。だって私はすごくフルートが下手だし、佳那ちゃんみたいに頭もよくないし。だからみんなから無視されても当り前だって…」


絵茉の言葉を聞きながら佳那の瞳にも涙が浮かぶ。

自分たちが絵茉にした幼稚な仕打ちを、今更ながらに後悔している。


今度は佳那が首を振った。

悪いのは絵茉ではなく自分の方だと。


「違うよ。分からない人が誰かに教わるのは当り前の事だし、絵茉はできないわけじゃない。ちゃんと教えてくれる人がいなければできないのは当たり前だよ。だからね…」


佳那はカップを置いてまた絵茉に向かって手を差し出した。


「これからは一緒に練習しよう。フルートの事は私が教えられる事は少ないけど、リズムとか記号とかなら教えてあげる。動画見ていっぱい聞いたり一緒に吹いたり、出来ること一緒にやろう?」

「佳那ちゃん…」


ゆっくりと手を出し、けれどなかなか佳那の手に触れようとしない絵茉の手を佳那がガッシリと握った。

いいよねと佳那らしい、けれど嫌ではない少し強引な握手が絵茉の瞳にまた涙を浮かべてしまう。


だがその口元は緩く笑みが浮かび、その涙は温かく優しい。


まるでこれからの二人の友情を暗示させるようだ。


「ありがとう」


絵茉がそういうと、佳那も「ありがとう」と返す。


私を見てくれてありがとう。

私を許してくれてありがとう。


二人が手を繋いだままゆっくりと頷くと、二人の背後のFとCも穏やかな笑みを浮かべた。


そんな様子をキッチンから見守っていた音弥も、ようやく胸をなで下ろした。きっともう大丈夫。F、そうだろう?と視線を向けると、彼女はフルートの音色のように暖かく穏やかな微笑みを讃えた。


二人の手が離れ、佳那が笑顔で「行ってらっしゃい」と絵茉を送り出す。

絵茉も「行ってきます」と笑顔を返して立ち上がる。


これ以上ない味方を得た絵茉の緊張はもうない。


楽器を手にしてピアノの方へと向かおうとした絵茉に、佳那が慌てて「歯磨き!」と声を掛けると、それが思った以上に店内に響き、店内は笑いに包まれた。

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