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第七楽章 2

気付けば佳那が絵茉の手を引いてカウンターの傍まで歩み寄っていた。


「奏先生、アンサンブルって私たちの学校のですか?」

「え?あぁ、そうだよ。先生から今のメンバーに合った編成と曲を相談されてるんだ」


奏の返答を聞いて佳那と絵茉はやっぱりと目を輝かせた。


「今相談されてるのは俺だけどね」

「だって、音弥さんの方が曲の知識豊富だし…」

「アレンジも頼める、だろ?」

「正解!」

「ちゃっかりしてるなー」


二人のやり取りを聞いて佳那が絵茉に耳打ちをする。


「二人、仲良いよね」


うんと頷いた絵茉を見て音弥が溜息を吐きだした。


「奏が勝手に案件を持ってくるだけだよ」


そう言いながらも音弥は奏の出したクリアファイルを取り全部員のパートの割合を眺め始めた。

するとすぐに音弥の頭の中の楽器たちが鳴り始める。

いくつかのアンサンブルが構成され、あまつさえ曲も頭に浮かんでくる。


その表情は至極上機嫌に指揮を振る時と同じようで、そんな満足そうな音弥を見て奏も朗らかに微笑んだ。


「そう言いながらも音弥さんは考えてくれるから好きです」


音弥が淹れてくれたコーヒーを飲みながら、奏も機嫌よく笑った。


「俺は奏が追加注文して、尚且つ彼女たちにご馳走もしたら好きだぞ」


資料から目を上げしれっと告げた音弥の提案に、絵茉と佳那の目もキラキラと輝いた。


「私も好きです。プリンも好きです」


元気に佳那が言うと、絵馬もうんうんと頷いて「私もです」と、もはや奏とプリン、どちらが好きなのかわからない返答をしている。


「あー、もう分かったよ。海月ちゃん、二人にプリン出してあげて。それからドリンクも同じものを追加してあげて」


キッチン奥から元気な「はーい」という声が聞こえる。

やったねと絵茉たちはハイタッチをして、小さく飛び跳ねた。


ドリンクの追加オーダーも入ったところで、音弥は資料を置いてその準備を始めた。


「ねえ、アンサンブルコンテストもいいけど…」


手元でカフェオレの準備をしながらカウンターにいる二人に声を掛ける。


「前にやったアルルの女、アレンジを変えて二人で吹いてみない?ここで」


音弥がそう言うと、佳那の目が更にキラキラと輝いた。絵茉は驚きの提案に何度も瞬きを繰り返している。


「絵茉ちゃんの難度は少し上げて、奏のパートを難度を下げて佳那ちゃんが。どうかな?」


ついでに「ピアノは奏ね」とも付け足すと、佳那の顔は更に明るくなる。


だが一方の絵茉はどことなく浮かない顔をしている。


絵茉はあのコンサート以来確かに自信はついた。

佳那との練習の成果もあり以前よりはその腕前もレベルアップしている。


だが元来、人前に進んで出るタイプではない内向的な性格が、どうしてもその表情を曇らせてしまう。


けれどそれに気付いた佳那がすぐに絵茉の手を握った。

そのままにこっと笑いかける。

佳那から伝わる体温が絵茉の震えた心を解いていく。

絵茉の表情が少しずつ柔らかくなり、口角がゆっくりあがってくる。

それを見て佳那はまたぎゅっと絵茉の手を握り直した。


そしてそのまま勢いよく音弥の方を向く。

「ねえ、音弥さん。私たちが頑張って演奏したら、ご褒美に黒糖ラテご馳走様してくれませんか?」

ねえと絵茉に同意を求めると、絵茉は一瞬慌てながら、え?と声を上げてしまった。遠慮する絵茉を尻目に、奏もそうですよと佳那に加勢する。すると音弥は少し考えてから小さく頷いた。

「わかった、いいよ。その代わり二人はアンサンブルコンテストでも頑張ること。そしたら黒糖ラテを淹れてあげる」

「黒糖ラテ…」

絵茉は小さく呟くと、それからまた笑顔を浮かべる。やった!と佳那も喜びながら黒糖ラテの確約に嬉しさが滲み出る。

どうやら黒糖ラテの魔力は絶大なようだ。

そこにキッチンから、海月がトレーにプリンを二つ乗せてやってきた。

「お姉さんたち、プリン用意できたよ」

今度はそちらにわあっと歓声をあげ、海月を誘導するようにして窓際の席へと戻った。

これ大好きと言いながら二人でスプーンをとり、少し固めの所謂「昔ながらの喫茶店プリン」に舌鼓を打つ。玉子と牛乳、それと砂糖の甘くてどこか懐かしい芳香が口に広がると、二人はなんとも言えない表情で微笑みあった。

「音弥さん、黒糖ラテはいいけど、黒糖はどうするんですか?近々沖縄に行く予定あるの?」

賑やかさの減ったカウンターでコーヒーを飲みながら奏が尋ねる。

和音特製の黒糖ラテは、沖縄で直接音弥が仕入れてきている物だ。その辺の物では代用ができない事を奏はよく知っている。だから尋ねてみたのだが、音弥の返事はあっさり「ない」と一言。けれどその顔に心配そうな色はない。

「は!まさか俺に行けとか言うんじゃ…」

確かに沖縄は好きだ。けれどこの為に行くのでは割に合わないとばかりに奏は訝しげに音弥を見つめた。すると奏の前にプリンが置かれ、これはいよいよ自分への依頼なのかもしれいと慄いてしまう。プリンなんかで懐柔されないぞと、奏は唇を強く結んだ。だが音弥はそこに新しく淹れた熱いブレンドも置く。

「言わないよ。これはあの子たちの笑顔代。俺からのサービス」

それを聞いた奏の顔も、先程の彼女たちのようにぱぁっと明るく笑みに溢れた。

「音弥さん本当に大好き」

「はいはい」

カウンター越しに抱きつかんとする勢いの奏を軽くあしらい、音弥は再びアンサンブル関連の資料を読み始めた。

先程浮かんだ編成や曲がリセットされる。

クラリネット単独ユニットの編成を考えていたが、絵茉と佳那の演奏をステージでも聞いてみたい。

「ねえ奏、ちょっと提案なんだけど…」

音弥の口元に悪戯めいた表情が浮かぶ。視線がチラリと窓際の少女たちへと向くと、頭に浮かんだばかりのアイデアを奏に語り始めた。

窓際の少女の背後からメロディが聞こえる。それは優しいフルートの音色。それと、暖かいクラリネットの音色だ。同時に穏やかな光がきらきらと彼女たちの頭上を舞う。

聞こえる音色はメヌエット。

音弥は入れ替わるメロディラインの美しさに思わず目を閉じ、指揮を振るように小さく指先を動かす。奏の耳にも響いたメロディに、彼もまたオーボエを演奏するように小さく指先を動かした。

相変わらず窓際の少女たちは微笑ましくお喋りをしながら幸せな空間を楽しんでいる。

ミューズの祝福が、今彼女たちに降り注いだ。


Fin.

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