第六楽章 3
佳那は元来の音楽好き。
フルートが好きな楽器な事は今でも変わらない。
けれどそこに、クラリネットも好きな楽器として加わっただけの事。
元より佳那から絵茉に喧嘩を売ったことはなかったのだ。
先輩の目が自然と新入生をコントロールし、いつの間にか生まれてしまった環境が絵茉を苦しめてしまっていた。
一方の佳那も、最初こそあった悔しさは、一曲、また一曲とクラリネットで吹ける曲が増える度に霧散していった。一人で辛そうに吹く絵茉を見る度に胸が締め付けられる思いだった。
この環境を作った原因は紛れもなく自分。
その自覚は充分にあった。
そんな時だった。
祖母が今日の演奏会のフライヤーを佳那にくれたのは。
いつも祖母がパンフラワーの教室の後に、仲間たちと休憩がてらに寄るカフェで貰ったというそのフライヤーには、よく見知った奏の名前があり、オーボエと可愛いフルートのデュオコンサートとあった。
一人でカフェに来るのは少し敷居が高いと思いはしたが、演奏者は他でもない自分たちの先生。
加えて祖母に連れられ何度かこの店に来ていた事もあったため、足が進めばその足取りは軽かった。
そうして迎えた開演時刻、顔を出したのは奏以上によく見知った顔。
素直に驚いた。
そしてその顔は、いつも見ている以上に弱気な表情。
それに加えて緊張がプラスされている。
それもそうだろう。
決して大きくはない店内とはいえ、知らない人に注目され、プロである奏の隣で演奏をする。
そんな立場にもし自分が置かれたらと考えると、手に取るように絵茉の緊張が伝わってくる。
気付けば佳那は、配られたばかりのクッキーを手に絵茉に向かって足を進めていた。
何か言いたいことがあったわけではない。
この場において「緊張しないで」などと野暮な事を言うつもりもない。
自分が姿を現したことで、却って絵茉を萎縮させてしまうかもしれないとも考えた。
自分が好かれていない自信はあったから。
けれど佳那は、今声をかけなければ二度と素直に絵茉と話が出来ないかもしれないと思った。
ずっと胸の奥底にあった言葉が、ピアノの前で立ちすくむ絵茉を見て喉まで上がってくる。
気づけば足が勝手に動いていて、それから無理やりに自分のテーブルまで連れて来たのだ。
そして今佳那は、ようやくその言葉を言う決意が出来た。
「絵茉」
そう呼びかけ絵茉の髪を整え終えた佳那は、櫛をバッグへとしまってテーブルを挟んだ絵茉の向かいの席へと座る。
クッキーをすっかり全部食べ終えた絵茉は、ペーパーで口元を拭って佳那に向かって首を傾げた。
姿勢を正した佳那に倣って絵茉も思わず背中を伸ばす。
一体何を言われるのだろう。
キュッとスカートを握り、無意識に唇も結ぶ。
そんな顔を見せたら佳那を不愉快にさせるかもしれないと、自然と顔を俯けてしまう。
そんな絵茉の様子に佳那も気付いた。
クッキーで綻んだ表情がまた曇らせてしまった。
絵茉に条件反射のように俯かせてしまうのは、全部自分たちのせいだ。
佳那も唇を震わせた。
言うなら今しかない。




