第五楽章 3
「さ、チューニングしよう」
「はい」
店内の喧騒が薄く聞こえる中、演者三人も準備が整った。
その頃店内は、コーヒーや雑談を楽しみながらコンサートを待ち望んでいる暖かな客で溢れていた。
顔ぶれは先程とほぼ変わらず。
常連の年配男性にその奥さん。
その男性とここで顔見知りになった常連二人組の四人でテーブル席に腰を下ろしてハムトーストを摘んでいる。
その後ろのテーブルには自分の時間を楽しむ余裕が出てきたであろう年代の女性三人組がカフェラテとプリンを目の前にお喋りに花を咲かせている。
窓際のテーブルにはおばあちゃんとお母さん、そして小さな男の子の三世代揃ったファミリーが。
大人たちはコーヒー。
男の子はオレンジジュースとチョコレートパフェを前にしてにこにこと口の周りをベタベタにしながらカフェ時間を楽しんでいるようだ。
そして窓際一番奥の二人席には、一人の女の子が座っている。
年齢は絵茉と同じくらい。
オーダーしたロイヤルミルクティーを飲みながら、文庫本を開いている。
肩よりも少し長めの髪は、読書の邪魔にならないように耳の辺りでピンで止められていて、少し品のいい頭の良さそうな印象。
本を読みながら眼鏡をかけ直す仕草が手馴れている。
このコンサートの為に来店したのか。
それとも自分時間を楽しむために来店したのか区別がつきづらい。
普段店では見慣れない少女だ。
和気あいあいと談笑する他のテーブルと違い、一人で座るその子の空間は忙しく動く音弥の目にも少し異質に感じていた。
あまり見ない子だなと入店時から思っていたが、どうやら待ち合わせでもないその様子が気にかかる。
ふと、カウンターの端にFが具現している事に気付いた。
まだ絵茉は裏にいるはずなのにと音弥は手を動かしながら視線を巡らせる。
やはり絵茉の姿はまだない。
おかしいなと思っていると、Fの姿が僅かに揺らいだ。
身体の向きが変わっている。
その方向を見ると、その先には窓際の女の子がいた。
一旦手を止めてその子をもう一度見てみる。
座る彼女の傍らに立ち、片方の肩に手を置いている女性が見えたからだ。
その女性はボブヘアーで細身の姿。
細身のボトムスの上に生成のシャツワンピースを羽織っている。
眼鏡をかけた目元は細めで少しつり気味。
はっきりと姿を現したその姿を見て、音弥は自分の中の具現化した楽器たちを思い出す。
あのシンプルかつ精錬された出で立ち。
あれは、C
クラリネットだ。
なるほどねと音弥は口元に笑みを浮かべてコーヒーを淹れる作業へと戻った。
バックからオーボエの音色が聞こえる。
チューニングが始まったのだ。
音弥はオーダーに入っていた最後のコーヒーを淹れ、それを海月がテーブルへと運ぶ。
音弥が一息入れ、それから少しするとFが動いた。
店内はまだ談笑のざわつき。
そこにカチャッとバックへと通じるドアが開き、演奏者が入場してきた。
さあ、間もなく開演。
ミューズ達よ、力を貸して下さい。
音弥はFに視線を送り、まだ正体知らぬCへも視線を向けた。




