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第三楽章 4

そこからは一気に仕上げだとばかりに、手際よくパンケーキを焼いていく。

顧問と母親には二枚ずつ、絵茉には三枚を盛り付け、ついでに海月と奏にも一枚ずつを皿へと盛り付けた。


「海月、奏、手伝って」


そう呼びかけると二人がすぐにカウンターへとやってきたので、海月にはパンケーキと生クリームとバニラアイスが乗った皿を、奏にはキャラメルやチョコソース、フルーツのコンポート各種のトッピングを乗せたトレーを渡す。


二人がそれをテーブルに置くのを見届けると、音弥は少し冷めてしまったコーヒーを自分のマグカップへと入れてカウンターの外に出た。


いつもの奏の定位置に腰を下ろし、一口コーヒーを飲んでから「俺からのサービスです」と言うと、一番いい反応を見せたのは絵茉ではなく顧問だった。


「ありがとうございます。えー、何乗せようかな。やっぱりフルーツ…いや、ドライフルーツにキャラメルソースも合うかも?ねえ、絵茉ちゃんはどうする?」

「私は…」


キラキラと目を輝かせる顧問とは対照的に、絵茉は大人しい表情のままゆっくりとチョコレートソースを指さした。


「絵茉は本当にチョコが好きね。私は何にしようかしら」


そんな母親はナッツをふりかけてからキャラメルソースをかけている。

絵茉は選択したチョコレートソースを控えめに生クリームとパンケーキの上にかけ、顧問はこれでもかという位フルーツのコンポートを乗せて色鮮やかなパンケーキに仕上げていた。


「よし、まずは食べよう」


いつの間にか奏と海月も自分用のパンケーキを作り終えていて、もう我慢出来ないとばかりに真っ先に「いただきます」と唱えたのは海月だった。

後をついてみんなも口々にいただきますと声を出し、それぞれに切り分けた一口目を口へと運んだ。


「んー!美味しい!フワフワ!」

「本当ですね。クリームも甘すぎずにふわふわです」

「ですよねー。どう?絵茉ちゃん、美味しい?」

「あ、はい。美味しいです」


年齢は様々とて、みんないい顔で反応を示してくれる。

急ごしらえでも用意してよかったと、音弥は満足そうにコーヒーを飲んだ。


だがどうにも飲み込んだコーヒーの喉切れが悪い。

この正体はなんだろうと、音弥はFに視線を向けた。


Fの表情がまた陰っている。


よく見ると、視線は絵茉ではなくもう少し下、パンケーキのようだ。


パンケーキに何があるというのだろう。


音弥はそれを読み取るために絵茉と絵茉の皿を観察する。


絵茉の視線が時折揺れる。


自分の皿から顧問の皿へと、そして音弥が置いたトッピングの乗ったトレーへ。


「ねえ、絵茉ちゃん、チョコレートのかかった生クリーム、ちょっともらっていい?」

「あ、はい」


一口を食べた顧問が絵茉に声をかけた。

顧問はチョコレートソースのかかった部分の生クリームを一掬いし、それを口へと運ぶ。

んー!と満足そうに頬を押さえると、絵茉がクスッと小さく笑った。


「絵茉ちゃんも私のどうぞ。ここのベリーのところ、甘酸っぱくて美味しいよ」

「あ…私は…」


このやり取りに音弥は眉間を寄せた。


大人の皿に手を伸ばす事が憚られたのだろうか。

いや、そこはむしろ逆だろう。大人である顧問の方から絵茉の皿に手を出した方が大人気ない。


「じゃあこっちのオレンジとかパインの方がいい?こっちはね…」

「あの!」


顧問の会話を遮るようにして、絵茉は声を荒らげた。


「大丈夫…ですから…」


そして今度は一転、弱々しい声でそう言うと、顧問も「あら、そう?」と言って自分の皿を下げた。


ここに来てから大人しい印象しかなかった絵茉の別の一面。


よく見ると、ナイフとフォークを握る手が小刻みに震えている。


他人に触れられたくない、ある種の潔癖症のようなものだろうか。


そう考えながらFを見ると、その考えを見透かしているかのようにFは小さく首を振った。


頭の中を整理してみる。


絵茉は顧問から「もらっていい?」と聞かれて快諾していた。

ならばそれを不快には感じていないのだろう。

けれど顧問からの「どうぞ」と勧められた後には不機嫌になっている。

その前に顧問のパンケーキを見ていた時は、僅かに興味を感じていた気がしたのに。


そこまで考えてある気付きが音弥に生まれた。


そう、あれは憧れに近い羨望の眼差しだった。


自由にトッピングをしていいのにできなかったのではないだろうかと。


いくつかの仮説が音弥の中に生まれた。


一つ、甘い物を母親から制限されている。

だがチョコレート好きを母親から公言された以上これはないだろう。

二つ、自分で制限をかけている。

その理由は分からない。

だがチョコレートを選択した時も、大好きだからという表情には見えなかった。


音弥には絵茉が何故自らそんな制限をかける必要があるのかは分からない。

けれどそれも、彼女を開放するためのキーかもしれないと、カウンターから立ち上がりテーブルへと歩み寄った。

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