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未定義

目が覚める。


カーテンが薄いから朝日で目が覚めてしまう。嫌でも健康的だ。死にたがりになんの嫌味だと寝起きから唇が釣り上がる。


だが、誰がそばにいてくれたような温かさを感じていた。死んだ「何か」が静かに満たされている。何もイベントは発生していないにも関わらず。


仕方なくカーテンを開き、窓を開けて、光を浴びて深呼吸をする。眼下を走る自動車の走行音が聞こえる。


手持ち時間は残り48時間を切った。

明後日には別の会社。


どうにもままならない行き先とやらを嘆き続けた日々は、残念ながらこれで終わる。


あの日、俺自身が引き起こした事象。成り行きは偶然だが、それでも俺自身で言葉を媒体に固定し、画面の向こう側で「誰か」が反応したことは変えられない「事実」。


その「事実」を起点とし、現在まで続いた時間は不可思議を極めていたし、結局、ここまできてしまった原因は、これだけ時間を割いて考えてもわからない。


こうも特定できないと、これから対処しようがなくて困る。発作的にどこかにいなくなるような無計画な時間は大迷惑。


まあ、このくそったれな世界はどこまでも、俺が俺として生きることを拒否し続ける。変質、変化、変わることを余儀なく絶え間なく求めてくる。


深呼吸ともため息ともつかない息を吐き出して窓を閉めて、カーテンを閉める。そのままシステムバスの洗面台で顔を洗って、鏡に映る自分を見る。


濡れた前髪の年老いた、平たい目の女がこちらを見つめている。ギラギラしたとも、凪いだとも言えない、冷えた顔。


いつまでも寝ぼけていることを、この世界は許してくれない。


残りは2日。持ち物から気の持ちようまで、あらゆる「手持ち」をアップデート、というのだろうか。次の会社に合わせないとならない。


俺はプロだから。

法律屋として長い間、そうして生きてきた。


だから、鏡の中の「誰か」は、あっという間に「別の誰か」になる。


冷たい顔が作り笑いになり、死人のようなあばた肌はメイクによって滑らかな血色のよいおばちゃんになる。


そう思うと、怖くなった。


今持っている気持ちは、今しか表現できない。俺は常に最適化を図る。職種も職業も変わる度に自分自身を変えてきた。


そう、俺が俺である今しかない時間。いつだって、今が最新だ。今日、今現在より「若い」ことはあり得ない。


新しい会社で、新しい職種で、新しい人間関係で、アップデートした気持ちは、今の気持ちではない。それは、新しい会社の俺だ。


覗く鏡の中に映る「誰か」に変化はない。

思考回路が騒ついたところで「表示」は変わらない。


書き殴っていた日記や、気晴らしがてらに適当に受けたオーディション。とりあえず暇潰しに作った書きかけの論文。


片手間に調べていたバンドに関する情報に、次のために必要だと思われる英語や法規の書籍。断ち切った日、繋いだ縁。


これらは今の「俺」を示すもの。

少なくとも、次の「私」ではない。


俺は変わる前に今の俺を残しておきたいと、強烈に思った。色のない世界に、淡く色が付き始める。


イラついて二度寝を決め込もうと、ベッドにダイブ。


硬いベッドは軋みもしないで、反力を返してくる。

体育館のマットの方が柔らかい寝床。


投げっぱなしで投げやりなことがその辺にとっ散らかっている。気が向かなかったのか、向き過ぎたのか。苦笑いが溢れる。


まあいい。残り稼動可能時間はおおよそ20時間。自分自身への葬式は終わった。なら、始めよう。また「俺自身」を。


さて、何から手をつけようか。

どうせなら新しいことに飛び込みたい。


俺自身に残された、最適化されていない残り時間。別に二度寝を決め込んでもいいし、本気で何かを始めてもいい。


どこかもがきたくなっている腕が、空を掴んだ。

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