手折られた紅梅
「すいません。この辺のスーパーとか買い出しっておすすめありますか?」
「ああ、それならそこの掲示板に書いてあるですよ」
最初は街に馴染むことが必要。衣食住の最低限を満たす。ロールプレイングゲームと同じく、聞き込みからスタート。
「ありがとうございます」
感謝は笑顔で。
マスクで隠れると思ってサボってはいけない。
「引っ越してきたばかりだから大変だろうけど無理しないでね。最近、暑くなってきたから余計に気をつけて」
「そうですね。すっかり夏ですね。ありがとうございます」
「入社式は本社?」
「はい、そう聞いています」
「なら、横浜までの行き方は調べておいたほうがいいよ。朝、結構満員電車だから」
「そうでしたか。ありがとうございます」
「まあ、調べてもー、ここはみんな次を見つけると、すーぐいなくなっちゃうから、あんまり意味がないかもですね」
「そうなんですか?」
「ほら、ここ社員寮だし工場実習終わったらみーんないなくなる。荷物置きになってる人も多い。プライベートが24時間監視されてるって」
「人様の時間を確認するだけに、ご自分の時間を使うとか、労力というか、死んだ時に神様に「私は他人を観察し続ける人生を送りました」と申し開きするのは、ちょっと嫌ですね」
まあ、それは普通に無駄な人生だろう。
金があれば、時間を短縮は出来るし、豊かにもできる。だけど「時間そのもの」は買えない。どんな金持ちも権力者だって、いつか死ぬ。くだらない。
ガラスの扉からの差し込む光が余計に玄関先を暗く感じさせる。真っ白と真っ暗、灰色な小空間。
「仕事でやるとしても24時間三交代制で週40時間だとすると欠員なしで最低5人、残業前提なら4人。もうライン一本組めますね」
「言われてみればそうだね。それだとうちだと予算降りないでしょうね」
介護施設やら病院を考えれば「自明」。
人を監視し続けるというのは、相手を壊すし自分も壊れる。まして現実世界に実害なければ無視でゲームオーバーな何もできない「神様ゲーム」。
この世界は広大だ。
それこそ国外に飛び出せば終わる。無一文だってバイトして金貯めて、向こうでの求人票とかネットとかで探して飛び出せばいい。
捨てられないから、雁字搦めになる。
「神様擬き」は所詮、擬き。
人は人でしかない。
管理人さんと笑いながら、会話。
扉の外は太陽光で溢れている。
暑そうだな、まじで。
だりーな。まあ、いいか。
さあ、助走の時間。
さあ、自分自身に言い訳しながら進もうか。
あまりに醜い俺自身。
光に嫌われた闇だとしてもなお、この報われない世界に頑なに牙を剥こう。
それが「俺」だから。
やたらと重たい扉を開けた。




