上野
6月26日
琴の音も 月もえならぬ宿ながら つれなき人をひきやとめける
琴を弾く必要がない俺の爪は、常に短い。職務規定通りだったはずなのに、今は少し長くなっていた。
朝、目を開いて見えたのは「誰か他人の手」としか見えないどこか見慣れない手だった。
改めて、起きてみればよくわからない場所にいる。
6時20分。携帯電話は変わらない時間を指している。
やるべきことをやる。それだけなのに、もどかしい。
枕元に置いている水を飲みながら、予定を決めていく。
思考回路にノートを広げる。
俺は俺自身の中だけで「完結」している。ゆっくりと、息を吐き出して、思考に潜る。
俺自身を分解する。分解して再構築し、最適解を探す。
残された「時間」「体力」「気力」パラメータを構築し、全体から現時点までの時間に割り振り直す。
前提として俺は既にこの年齢だ。一般的な数値より下げる。
転職限界年齢はとうに超え、しかも未経験な仕事だ。準備すべきこと、想定範囲を算出する。
逆算的に今すぐにやるべきは荷解きと先の仕事への準備。
あゝ、そうだ明日は必要な書類を取りに大学へ向かわないと。それが終わったら免許証の書き換えして。
他人事のように
・・・上書きされていく記憶。
何一つ、残さず上書きできたらいいのに。
ノートを取りながら、思考を文字化して、脳内に展開する。
「時薬」なんてものは、悲しみを風化させるが、無くすことはない。悔しさも、口惜しさも。ただ、自分なりの理屈を捏ねくり回して。納得させたフリをするだけ。
周りには適当なことを言って、自分を納得させるだけ。心底にあるものが、時折浮かび上がってきて苦しくなるけど、表面に貼り付けるのは自己正当化した言葉にしないと気が狂いそうに、堪らなくなる。
自分自身の弱さと向き合う。
酷く、もどかしい。誰かを傷つけそうなといえばいいのか、壊しそうなとでもいえばいいのか。
時間は、歳を重ねるというのは「忘れるか」「美化するか」「言い訳がうまくなるか」言ってしまえば怒る気力が湧かないだけだ。傷は癒えない。だが、嘘は付ける。自分にも他人にも、純真無垢に。
感謝を。精一杯の感謝と努力を。
自分自身に絡む鎖や貼られるレッテル含めて、噛み砕き、飲み下し、血肉とする。過去があるから今がある。
だから忘れてはいけない。
痛いことも苦いことも血反吐吐いても笑って進むしかない。




