芍薬
雲って不思議だ。
まるでそこに床でもあるかのように、全く同じ高さから落ちてこない。ガラステーブルの上で寝ている猫をテーブルの下から見ているみたいに、雲を見上げている。
いい天気だな。ゆっくりと空が流れていくのを見ていた。
葉っぱが一枚、頭に落ちてきて目が覚める。
さて、と。やるべきことは明確だ。
まずはお役所系手続きが最初。
なすべきことをしないと、あっという間に時間がすぎる。
何もなさないまま。それは困る。たぶん。
もぐもぐと口を動かしながら、急いで寮に戻り準備をする。書類を持って「花火」という香水をつける。深呼吸している間に、また意識が揺らぐ。
そのまま坂道を上って駅へ向かい、電車を待つ。15分に1本ぐらいか。郊外とはいえ電車がある。
些細なことに「違い」を感じる。心臓の音が聞こえない。
来た電車に乗って隣街に向かう。
しかし、暑い。完全に夏だな。海が近いからか、湿度が違う。不思議だ。「あの街」から電車で3時間ぐらいなんだが全く違う。
身体は何事もないように区役所と警察署に向かっている。転入届にマイナンバーカード更新と。もう「国民総背番号制」というか、戸籍簿あるのだから「解像度」が上がるぐらいでしかない。逆に持たない意味もない。俺みたいな「根無し草」が誰なのかを「証明」する数少ないもの。
昼飯とか考えていたら区役所で時間が取られすぎて、警察署が間に合わなかった。マジかよ。ついてない。マイナンバーまで直すとここまで時間が掛かるのか。諦めてまた来るしかないか。
なんとなく、他人事。
あとは選挙投票か。とりあえずやることはやり始めた。意識が拒否していても嫌でも動く。変えていくしかない。
色もなければ、味もわからない。
少しずつ、少しずつ。
「きゃはは、これはひでー」男の子がノートを奪っている。
「おい、まじかよ」「返せよ!」自転車の男の子が焦っている。
「ちょっと、ねえ」女の子が男の子に声を掛けている。
「あーそれほしー」男の子は見ていない。
「ままー」幼い子が声を掛けて、裾を引いている。
「それでね」母親は携帯電話で話をしていて気が付かない。
シャカシャカ鳴る自動車に、ガラゴロと転がって行く電車の音にお店から流れるラジオ放送。
湿度高めな太陽光がアスファルトを照らしている。
海でも行こうかな。気分転換に。
そんなことが脳裏に断片的に浮かんでは消えていく。




