ひとりきりの旅
終わりの朝。カーテンを開ける。
青白い月と、輝く星のエンブレム。
よくわからないが、静かに頭を下げた。
何故か酷く、気分が凪いでいた。
起き抜けのコーヒーでも飲んでゆっくりしてというつもりだったが、なんとなく早目に自分の家だった場所に行く。
まだ日は上りきらないが出勤時間は終わった初夏の街をぼんやり歩いている。夜の街は営業終了。バスに乗る気分にもならず、空っぽな街を夢遊病のように歩いていく。
たどり着いた、まだギリギリ「俺の部屋」。もうやるべきことは最終確認に、ゴミ捨てぐらい。何もない。
少し早くやってきたお歳を召されたガス屋さんと話をする。天気に疫病、近所の話。ぽんぽんと会話を重ねると、随分と雑談が多くなったと苦笑する。
ガス屋さんが元栓閉めて、残り1時間。
15時には管理会社が来る。喉が渇いた。昨夜のペットボトルの水を飲み切った。もう、本当に何もない。
換気に窓を開けると少し風が入ってきた。
更に玄関口を開けると、後ろから風が通り越して行った。
風が部屋に染みついた香りを引き剥がす。
柔らかな沈香や白檀など俺が好きな香りを纏って風が流れていく。次の空へ。
管理会社の人が30分前にやってきた。
玄関先にいたから、普通に挨拶した。
「こんにちは」
「こんにちは。ご準備はお済みですか」
「はい。どうぞ」
部屋に招き入れて見てもらう。
風はずっと流れている。
最期に「彼」は俺に言う。
「使ってないみたいに綺麗ですね」
いや?きちんと「俺の城」だったよ。小さな、小さな、自分だけの城。夢の中に構築されたような「俺の居場所」。
そしてマスク越しに笑顔を描き、俺の目を見ながら「言った」。
【では、私が最期の確認をしますので、そのままご退出ください。ありがとうございました】
風に乗り、聞こえたその音は「境界線」。
ああ、また、だ。また、引かれた。
立ち入り禁止区域ばかりが増える。
とうに涙も枯れ果てた。苦笑いしか顔に張り付かない。それでも動く俺は、やはり人形なのだろう。
「ありがとうございます。宜しくお願いします」。
バックパックを背負って、靴を履いた。
そして、開かれた扉から踏み出した。
荷物を持って、イオンモールへ向かう。バスに乗る為に。
入社したとき時と、同じバスで出て行く。
あの時も不安だった。でも。
風が強くなってきて、髪型がぐちゃぐちゃになりながらバスを待つ。
そして、あの時とは違う電車で次へ向かう。
もう、疲れた。
過ぎ去って行く時間。追憶。
気がついたら駅のホーム。
今、俺は特急待ちをしているようだ。
ここからも、会社が見える。写真を撮る。
途絶えた夢。
俺の知財屋として叶えたかった夢は、この国からの標準規格を作ること。いつも欧米に押し付けられてばかりのこの国から「安全」に係る標準規格、特許を作りたかった。だからこの会社に来た。その設計思想からお客様の安全を願う気持ちが一緒だと思ったから。だから、一緒に夢を追いかけた。
だから、異動できなかった。俺は俺の夢を叶えたかった。
だから、大学に戻りたくなかった。批評家などになりたくない。別の道はあるとわかっていた。だけど、嫌だった。
だから、「あの音楽」は聞かなければよかった。
目を覚ましたくなかった。
夢が、叶えられない。
俺には、その実力がないと、わかっていたから。
さあ、出よう。この街を。
さようならしよう。本当に。
特急が来た。
空が見える。
蒼すぎる空に向かって「話しかけた」
And for that name, which is no part of thee, Take all myself.
空っぽのペットボトルを捨てた。




