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投げ捨てられた心

「泣いている」のは「ナイチンゲール」ではない。

朝を告げる「雲雀」が「鳴いている」。


さあ、行こう。今日の香水は「セルジュ ルタンス」。

どこか気取った感じがする、渋めのオールドパルファン。


普段はコロンを好む俺は、あまりオールドパルファンを持っていない。だが、今の気分はこれかな。


今更、感傷に浸っていて遅刻では笑えない。

さあ、扉を開こう。


何もないこの場所を走るのも、あと僅か。

ただでさえ、寂寥感溢れるクルマしかない場所が更に寂しく感じてしまう。


街外れのいつもの場所。

カラン。ガチャ。

入ればすぐにカーテンが開く。

シャ!「いらっしゃいませ」


行けば変わらぬ、綺麗な笑顔のエステティシャン。

この笑顔も、今日が「最期」。


簡単な雑談後に、綺麗な白い部屋に通される。

いつもと変わらない場所。なのに、俺の精神状態は崖っぷちのギリギリにいる感じだ。


So he would, were he not his name called, Retain that dear perfection which he owes, without that title.

「彼」は「彼」の「名前」が無くとも、「彼」足り得る。

何故なら「彼」を定義するものは「名前」ではない。


「名前のない景色」たる俺は、今パブリックを精算し、プライベートを精算している。「俺」は「俺」足り得るものがない。だから当たり前か。一体、後何回、この苦さを飲み込むのか。毎回全てを捨てている「俺」の手には「何もない」。


太陽の光で、さらに綺麗に見えるこの場所。

とりあえず、先にお礼のラスクを渡す。感謝と共に。


俺はかなりうっかりしている。契約書の見落としとかはないが、口を開けずに水を飲もうとして盛大にぶち撒けるなど、仕事外はかなり雑な生き方だ。人間の三大欲求を「好奇心」に全振りしている。運動神経と思考回路は大体一致していない。


鏡に映る自分。

あれから1ヶ月。ノイローゼ含めて食事をしていないからか、痩せるには痩せてきた。だが不健康な痩せ方。参った。1ヶ月でマイナス10キロって、よく死ななかった。残念だ。


コンコン。「お着替えお済みですか」

「はい。お待たせしました」


改めて、お姉さんが入ってくる。

バスローブ一枚で受ける施術。

記憶している順番通りの優しい手付き。


温かい「手」は、何故か、あやされているようで。自然と涙が溢れる。これでは、せっかくのエステが台無しである。


機密は話していないが、それでも、心情はいろいろ聞いてもらった。嘆いてばかりの弱い自分。


エステティシャンは何も言わない。言わないでいてくれた。

いつもと変わらない「手順」。

ただ、泣いてる俺を、変わらず優しく施術する。

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