動いた悪意
楽しんでいただけたら嬉しいです。
「お父様」
「お帰り。アリシア」
愛する娘を優しく迎える。
今の娘からはいつもの元気がまったくない。それほど向こうで知らされた時の衝撃とショックが大きかったのかを教えてくれる。
「大丈夫だったか」
「はい。お父様。積み荷は被害はありましたが、届けることができました」
「よくやった。流石は俺の娘だ」
立派な娘だ。自分の任務を果たしてきたんだ。
こんな立派な娘を。
考えても背筋が寒くなる。
「アリシア。聞いていると思うが」
「わかっています。もうすぐ来るんですね」
自分を見る彼女の瞳には覚悟の炎が宿っていた。
自分よりも年が低いのに決意に溢れている一人の少女として見える。
「すまない。アリシア。父さん達がしっかりしていれば「お父様」
カイドの言葉を彼女は止める。
「わかっています。私は大丈夫です。だから、信じてください」
アリシアには親の自分を思う気持ちが充分に伝わっていた。
今にでも目に溜め続けたものが溢れてしまいそうだ。
だが、自分は堪える。
それは弱気になってはいけないからだ。
これから起こることに目を背けないために。
「アリシア。これから父さんの言うことをよく聞いてくれ」
「はい」
それから二人は家族の時間を過ごした。
屋敷の一室にアリシアはいた。
服装は制服から青を基調としたドレスに着替えている。
髪の色と相まって一層際立たせていた。
「いや。待たせたね。アリシア」
ドアが開かれ、彼女と同じように礼服を着たトマズが入ってきた。
「レディを待たせるなんて、男失格ですわね」
「いつまでその物言いができるかな。アリシア」
トマズの顔がほんのちょっとではあったが歪む。
「それで、私と二人だけで話しをするというのは?」
「君との将来に関してだ」
「将来とは、大きく出ましたわね」
「今、隣の部屋では親父とお前の父親達が話しを進めていることだろう。シーランド商会のロックレス商会との合併とお前との婚約を」
「合併?吸収の間違いではありませんか。それに、婚約とは、随分なことですわね」
「シーランド商会は、もう終わる」
「そうなりたくなければそちらの商会の傘下になれと」
「お前は、私達の商会が合併した証として嫁ぐのさ。アリシア」
トマズはここで高らかに笑い出す。
勝利の喜びを押さえることができなかったのだろう。
アリシアはただ、下を向き、俯く。
トマズは彼女が折れたのだろうと思った。
「わかりました」
一室にトマズの笑いを下記消すようにアリシアが喋った。
「そうか。ようやく理解したか」
「ですが、最後に教える教えていただけませんでしょうか」
「何をだ」
「あなた達の本当の目的。私の予想では、私達シーランド商会を取り込み、ここ一帯の商業を独占するのが目的だったのでしょう。ですが、本当の目的は何なんですか」
この推理にトマズの表情が固まった。
そして邪悪とも言える笑みを浮かべて、
「きゃ!?」
アリシアの手を掴み、床へと倒した。
「才がありすぎるのも罪ってものだな。アリシア」
「っ」
「お前の言う通り。これは、私達のシナリオさ。海賊騒動で貿易と流通を妨害、そしてお前達の傘下を私達の方へと引き釣り込む」
「私達の傘下の店をどうやって」
「方法などいくらでもある。例えば、『娘や家族がどうなってもいいのか』とか」
「卑怯者!」
「いい目だ。その目を絶望へと叩き落とせるのは私への報酬と言えるだろう」
アリシアのドレスへと手が伸びる。
彼女はそれをギリギリのところで掴み止めた。
「抵抗するのか。面白い」
「く、」
「お前が
トマズはこの時思った。いや、確信をしたと言った方が正しい。
この次に紡がれる一言でアリシアを我が物にできると。
「抵抗すれば、父親やこの商会がどうなってもいいのか。って言いたいんだろう。後定番の台詞は、第三者がいないところで言うべきだな」
「何。グハァ!?」
トマズの腹に誰かの足、蹴りが叩き込まれた。
床をゴロゴロと腹に両手を当てながらトマズは転がる。
「が・・はぁ・・」
「そこに転がっているがいい。シーランド嬢。怪我はないか」
「あなたは」
アリシアを起こしたのは黒一色で統一された仮面の人物だった。
「申し訳ない。あいつから証言を吐いてもらうためだけあなたに辛い思いをさせてしまった」
その一言で数十分前にあった父親との会話を思い出す。
「いいか。アリシア。これからトマズ・ロックレスと会う。だが、あいつが何を言おうと何をして来ようと決して動揺しないで欲しい」
「どうしてですか」
「すまない。詳しく解説している暇はない。だが、結果はお前の目の前に現れる。その時になれば、理解するだろう」
回想から現実に戻り、今に至る。
彼女はこの瞬間、父親の言っていた意味を理解した。
「成る程。こういうことだったのですね」
「ご理解いただけて恐縮です」
仮面の男は呟く。
「敵を欺くには、まず味方からと言います」
「レディをタブらかし、利用するなど紳士ではありませんわね」
「失礼」
仮面の男はさっきまで座っていた椅子に彼女を降ろすと彼女を庇うようにして前に出た。
「腹の調子はどうですか」
「貴様」
「場所を変えよう。レディのいる場で血生臭いことをしたくない」
「お望み通りにしてやるよ!リバイアサン」
海竜の刃が男に迫る。
男は不意討ちに動揺することなく、抜刀。
リバイアサンの切っ先が弾き上がる。
トマズは手首を動かし、鞭の特性を生かした変幻自在の二撃目を放った。
男はいつ抜いたのか、左手に持つ鞘で二撃目を受けた。
そして、鞭をわたあめを作るように蛇剣の刀身を巻いていく。
「何!?」
これにトマズは驚く。アリシアも同じだった。
トマズの攻撃は学園でも厄介な部類に入り、あのレティスやエクラでさえ彼の射程範囲には入らないようにしていた。
(何者なの)
彼女は思った。
トマズの攻撃をこうもあっさりと無効にさせてしまう男。
この男の技量は凄まじい。
「さあ。どうする」
「く、」
「今度はこっちの番だ」
仮面の男が動いた。いや、彼の動きが見えた者はいなかっただろう。
トマズ、アリシアが気づいた時には男はトマズの懐に入っていたのだから。
トマズの左右の脇腹に一撃が入った。
「神滅一双流黒ノ型〝黒羽〟(クロバネ)」
黒ノ型の中でも基本の技ではあるが、殺傷力は引きをとらない威力を持っている。
前へと崩れ、床に倒れるトマズ。
男は刀を鞘へと納める。
「シーランド嬢。ここは危険です。早く移動した方がいい」
男はアリシアを部屋から出そうとした。
「!」
男は咄嗟に鞘に納めたままの刀を背後に出した。
金属音が鳴る。
背後にはリバイアサンを蛇ではなく普通の刀身になった状態で鍔迫り合いをしているトマズがいた。
男は焦ることなく押し返した。
空中に飛ばされるが空中で姿勢を整えてトマズは着地した。
「見た目に比べて頑丈だな」
「斬られていない!?」
アリシアはトマズが斬られていたはずの箇所が血の一滴もなく無傷であることを知った。
「酷いことをしてくれるじゃないか」
「傷一つない奴が酷いと言うとはな。神器の能力か」
男は至って冷静に問う。
「そうだ。リバイアサンの能力、海竜の鱗。リバイアサン。神話では、その鱗であらゆる武器は通用しなかったと言う。そのためにこいつはいかなる攻撃も受け止める無敵の鎧。あの聖剣エクスカリバーの一撃すら受け止めることができる」
トマズは自信を持って言う。
「成る程」
男は冷静に呟く。そこに一切の動揺は見受けられない。
「試したのか」
「何?」
その言葉にトマズは訝る。
「その能力を使ったのか。その聖剣に」
「何が言いたいんだ?君は」
「いや。試してもいないのに豪語されるとな。信憑性が薄らいだ気がするんだ。そうは思わないか」
「なんだと」
そう言うとアリシアから離れ、トマズと相対する。
腰を落とし、刀に手を掛ける。
「その自慢の鱗。切り裂いてやろう」
男は仮面の下で笑みを浮かべた。




