下準備
楽しんでいただけたら嬉しいです。
登場人物の名前を変える場合があります。また、文章の加筆をしていく予定です。
トマズの発言は食堂を静寂へと導いた。
ある生徒は理解できない、という表情を。
アリシア、ヘレネ、エクラ達は驚愕した表情を。
レティスは彼らの様に表には出さなかったが、どこか落ち着かない様子だ。
(成る程ね。そう来たか)
コクトはそんな皆の影に隠れ、一人納得していた。
ただ、アクションを起こすのが早いな。
そこだけ疑問になる。もう少し様子を見ていても良かったんじゃないか。
「何を言っているんですか!?」
コクトの思考はアリシアの叫び声で止められた。
「何を言っているんだ。アリシア。私が嘘をつくとでも」
「突然。そんなことを言われて信じるなど、どうかしておりますわ」
「確かに私は少し浮かれていたようだ。いいだろう。証拠を見せよう」
懐から巻かれた一枚の紙を取り出した。
「これは、シーランド商会の傘下だった店の全てが署名した証明書だ」
堂々と見せつけるトマズ。
その表情は勝ち誇っていた。
アリシアはそれをひったくるようにして奪うと自分で文面に目を通していく。
次第に紙を持っていた両手が小刻みに震えだした。そしてその場に崩れ落ちた。
「アリシア!?」
ヘレネは急いで彼女を支える。
「どうだね。私が嘘をついていると思っていたのかね。アリシア」
彼女は青い顔をしていくだけで何も言い返せなかった。
彼女のショックがどれほどのものであるかを物語っていた。
「アリシア。近い内に私の父がそちらに向かう。せいぜい待っていたまえ」
そう言い残すとトマズは食堂を出ていった。
食堂には言葉に表せないどんよりとした空気が支配していた。
コクトは気づかれず静かにその場を後にした。
コクトが出ていったことに誰も気づく者は一人としていなかった。あのエクラでさえ。
それほどのショックをトマズは残していったのだ。
コクトはトカゲの部屋の前に来ていた。
「ああ。予定通りだ。あの女の絶望しきった顔を。親父にも見せてやりたかったぜ。それで、あの女の父親のところにはいつ行くんだ」
トマズから貴族口調は消え、荒い言葉使いなっていた。
「何。そっちに帰ったらすぐ。ああ。わかった」
トマズは通信を切る。
「ふふふ。もうすぐだ。もうすぐ手に入るぞ」
一人になった部屋で彼の邪悪な笑い声が響くのだった。
そういうことか。
ドアからゆっくりと離れると自分の部屋に戻る。
暫くして
部屋のノックする音が鳴った。
「コクト・カミシロ様ですか。御友人からお手紙が届いています」
シーランド商会の者が封筒を渡して来た。
「ありがとうございます。ちょうど来るんじゃないかって思っていたんですよ」
その者にチップを渡して下がらせる。
「さてと、」
封筒を開け、中身を出す。
封筒から出てきたのは折り畳まれた一通の手紙。
コクトはそれを広げ、書かれた文面を読んでいく。
無言のまま読み終えると準備を始めた。
「義兄上。私です」
準備していたコクト。そこにエクラが訪ねてきた。
「エクラ。ちょうどお前に頼みたいことがあったんだ」
部屋に彼を入れる。
「動いたな」
「はい」
「彼女」
「自身喪失。という言葉が似合います」
エクラはあの後アリシアをヘレネの部屋に入れるようにと伝え、二人が部屋に入るまで付き添った。
その間に見ていたアリシアの様子は見ていられるものではなかった。
生気がない。脱け殻。
そんな言葉が脳裏に浮かんだものだ。
「見ていられませんでしたよ。彼女のあんな顔!?」
エクラの顔がやりきれない悔しさで歪む。
コクトはそんな義弟を静かに見守り
「エクラ。俺は学院に戻るぞ」
「え、それは」
「あの男は調子に乗り過ぎた。そろそろ現実を教える時が来たようだ」
コクトは淡々と喋る。
しかしエクラにはわかった。
義兄上が怒っている。
荒れるわけでなく、暴れるのではなく、静かにゆっくりと、その様子はよく見ていた自分でも背筋が凍るものだ。
「エクラ。お前は、俺に学院への報告する役を与えてくれ。向こうでやるべきことは済ませる」
「わかりました。お願いします」
そして、今日の昼頃に出港するシーランド商会の船に乗せてもらい、学院へと向かった。
深夜。学院に隣接する街の一角に佇む屋敷。
その部屋の一室に一人の男と老人が互いに頭を抱えていた。
「どうしましょう。父さん」
「どうしようもない」
老人の言葉に悔しさが交じる。
カイズ・シーランドがロックレス商会からの書状を見た時は冗談かと思った。
「父さん。あれは、交渉の手紙じゃありません!脅迫です!」
「そうだ。脅迫だ。だが、こうするしかない」
膝の上でギリギリと拳を握る。
「お取り込み中。いいかな」
「だ、誰だ!?」
「出てこい!?」
部屋に響く二人の知らない声。
「言われなくても出て来ますよ」
二人の前に黒いフードを被り、顔全体を覆う仮面を付けた者が現れた。
「何者だ!?」
「通りすがりの者です」
「ふざけるな!通りすがりの者が人の屋敷に侵入できるわけがないだろ」
「確かにその通りだな」
男はあくびれもせずカイドの怒声を受け流す。
「よせ。カイド。儂らを狙ってきたのだな。ロックレスの連中も愚かなことをする」
カイズは思った。年貢の納め時だと。
「おいおい。人様をあんな奴らの刺客と一緒にするなよ」
しかしカイズが思っていたのとは別の返答だった。
「どういうことだ」
「俺は言うなれば、あなた達を絶望させようとする者を許せない側さ」
「なんだと」
「俺の言う通りに明日、動いてほしい。そうすれば、明後日からお前達に絶望を与えた者達は消える」
「信じると思っているのか」
「最もな返答だ。だが、手をこまねいている場合じゃないだろ」
「く、」
「もし・・・」
「?」
「もし・・・。お前さんが動けば、」
「何かが変わる・・・かもな」
「いいだろう。お前さんの提案に乗ろう」
「父さん!?」
「どっちみち儂らにできることはない」
「わかった。じゃあ。話そう、明日のことについて」
男はゆっくりと語り出す。
シーランド商会の運命を分ける提案を。
話しが終わった後。
「わかった。そうしよう」
「父さん!」
「なんじゃ」
「本当にするのか」
「危ないかもしれないが」
「危ないなんてものじゃない」
カイドは反対する。
相手の提案が危険だからだ。
「まあ。危険だな。だが、やる意味はあると思うけどな」
「わかった。お前さんの提案に乗ろう」
「わかった。じゃあ。俺はこれにて」
男はゆっくりと窓に歩み寄り窓を開ける。
窓が開いて風が部屋に入り男のフードをなびかせる。
「最後に1つ教えてくれ」
男にカイズは問いかけた。
「お前さんは、何者なんじゃ」
男は僅かに顔を二人に向け
「俺は剣であり、影だ。守りたい者達のために動く者だ」
男はそう答えると窓から飛び降りる。
そして男は夜の世界へと消えていった。




