第48話:誰の仇
「グロリアさん、全員下がらせてください」
「はい? どうなさいました?」
まだ見えてもいないのだからしょうがないのかもしれないが、一瞬俺の言ったことがわからなかったようだ。
しかし、すぐ事態に気づく。
「来ましたか」
「グロリアさんは実物知らないんですよね? これ、2000人じゃまるで足りないです」
俺の言葉も堅くなる。手にも力が入る。
ドラゴンは想像よりもよっぽど強い存在だった。
正直、軽く見ていた。
「ですが、このまま下がってしまったら、町の方に被害が出ます。撤退はできません」
「俺がなんとかします。万が一でも進路変更だけはさせてみます」
「それでも、町を受け持つ立場として出来ません」
「はっきり言いますね。人数の問題じゃなくて、まるで役に立ちません。足手まといです」
例えば、ドラゴンの炎をどれだけ耐えられるかという話になる。
この世界の防具じゃ耐火、耐熱性能が足りないので防御は期待できない。
俺がドラゴンの魔法を防ごうにも、ドラゴンは魔法を無効にできるらしいので、それも難しい。
正面に立てば焼かれ、両サイドも首の可動域次第で焼かれる。
近づけば巨体に潰される。回り込んでも尻尾がある。魔法は消される。矢は効果が薄い。
そういう相手。
「どれだけ邪魔になるか見せても良いんですけど、魔力を無駄使いしたくないので、出来たら下がってほしいです」
それに、魔力を使った事でドラゴンに気づかれて警戒されたくない。
それで下準備が無駄になったら嫌だし。
「……わかりました。すぐに下がらせます。あまり、無理はなさらないよう……いえ、なんでもありません」
すぐにグロリアさんが兵士の人に声をかける。
それから少し兵士の人とやり取りをして、後退していった。
当然、撤退ではないだろう。
向こうとしては俺を犠牲にして、後方で戦う準備をするはずだ。
町が懸っているなら、無理だから止めるなんて出来るわけがない。
とはいえ、これでこの場は俺だけになった。
◇
まだ遠く、姿の見えないドラゴンを見る。
気が付くと睨む目付きになっている。
――ずっと不思議だったんだ。
こんなに強いドラゴンを相手に、なぜジジイは足止めできたんだろう。
できない。無理。
俺の知っているジジイじゃ討伐はもちろん、足止めだって出来るはずもない。
ジジイでは、こいつを相手にするのは無理。
けど足止めできた。実際に。
それは、どういうことだ? なぜ?
簡単だ。ドラゴンに遊ばれたんだ。
知能の高い生き物は遊びで他の生き物を殺すって聞いたことがある。シャチとかがそういう生き物だったと思う。
つまり、ジジイは弄ばれて殺された。
生き残った120人はお情け。英雄でも何でもない。
偶然張り切ってる奴がいて、ドラゴンの目について、おもちゃにされて、その間に120人は逃げた。
それだけ。
とても許せそうにない。
「それにしても、随分のんびり歩くんだな」
後退したグロリアさん達が離れて、小さくなっていくところで、ようやくドラゴンが見えてきた。
少々不思議に思ったけど、よく考えたら普段から全力疾走の生き物なんてそうはいないか。
視力を上げ、魔力視を使う。
するとドラゴンを覆うオレンジ色が見えた。
この色は強化だ。身体強化を使っている。想像通りに。
巨体を動かすなら使っているだろうとは思っていた。
だから巨体の割に素早くも動けるし、相性の良い火も使う。
ただ、魔法をかき消すブレスというのがよくわからなかったけど。
まあいいか。そんなこと。どうでも。関係なく殺すから。
とうとう、ドラゴンが範囲に入る。
本当はもっと遠くからでも攻撃できたけど、逃げられたら困るからな。
確実に殺すんだ。
この胸にあるこのどす黒いものは、きっと殺意だ。
生きるために仕方なく殺すのではなく、感情でもって殺す。
おもちゃのように遊ばれて、殺されたジジイの仇だ。
ノイエの集落の仇だ。
アンコの村の仇だ。
リリセラの兄貴――は病気で死んだんだったな。じゃあジジイと一緒に戦ってた、リリセラの国の兵か? それこそ俺には関係ないな。
えーっと……アレだ。その、……なんだ、このもやもやした感情は。
「あー……」
急に冷静になってしまった。
肩の力が抜けた。視界が広がる。空は曇っている。俺がやった。
視界の先にはドラゴンが見えた。
「苦戦をするつもりはない」
ハッキリと口にしてみた。出来る気がする。
仇を取る時に苦戦して、泥仕合なんてみっともない。
相手が悔しがる位、一方的に終わらせてやる。俺ならできる。謙遜じゃない。
手を上にあげ、魔法を使う。
さっき作った雲の水分を、魔法で凍らないように注意しながら、温度を下げる。
なんだったかな。超冷却水とか過冷却水とか、確かそんな名前の水。
水でありながら、0℃より冷たくて、衝撃を与えると一瞬で凍る不思議な水。
ずっと昔にテレビだか学校だかで知ったアレ。はっきりとはもう思い出せない。ただ、そういう物があったという事だけ。
ドラゴンはもう射程内にいる。
「無念を晴らせ『アシュクロフト・ナーミン』」
これはジジイが居なくなった森で、一年掛けて開発した魔法だ。
ドラゴンを殺す為だけに作った魔法。
氷よりも冷たい雨が降る。
この魔法だけは最初から名前を決めていた。
ドラゴンを相手にした時に、どうするかと考えた時に、思いついた大魔法だ。
雨は避けれない。当たれば凍る。凍れば死ぬ。
魚は冷凍されても、場合によっては溶かせば蘇生する事もある。なんて聞いたけどドラゴンはどうだろう。
ダメだったら他にも手段はある。でも、この魔法で倒したいと思った。
大がかりな準備も必要だったし、見た目にもわかりやすかったので、三人には『ラプタースロー』なんて投擲の魔法を見せたけど、ずっと決めていた。
この魔法で殺すと。
「堕ちろ、変温動物」
降ってくる雨の異常に気づいたドラゴンが、何らかのブレスを吐く。
おそらくあれが魔法を無効化するブレスなのだろうが……。
残念ながら、それはもう魔法じゃなくてただの冷たい水だ。
触れた部分から凍っていく。
次に炎を吐いた。
全身に降り注ぐ大粒の雨の前には範囲がまるで足りず、炎が当たった部分も温度が上がる前に落ちてくる。
雨はどんどん凍りついていく。
そこに至って、ようやく逃げる事を思いついたようだ。
だが、既に鈍った体では雨を躱せるわけもなく、逃げ切れる訳もなく、身体が凍る。
そして、俺も逃がさない。
雨を集め、どんどん大粒の雨にしていく。
気が付けばドラゴンは氷で覆われていて、動くこともできなくなっていた。
ドラゴンの氷像の出来上がっていた。
風の音が聞こえるくらい、静かに終わっていた。
死亡を確認してからドラゴンに近寄り、『カーネーション』の大魔法で魔力を奪って無事終了。
これで蘇生の可能性もない。
「何もさせなかったから、強かったかどうかもわからなかったな」
なんかこれ、悪魔の時も言ったような気がする。
なんていうか、すごくすっきりした。
雲を使い切った空のように、胸が晴れたような。
今更になって、別の個体だったかもしれないなんて気づいたけど、まあいいや。
どうせ普段から狩ったり屠殺しているんだから。
さて、グロリアさんを呼び行くか。
◇
「……これはなんとも。いえ、まさか、一人でドラゴンを退治なされるなんて……」
「すみません。手柄を全部もらっちゃったみたいで」
足でまといだからって追い払って、一人で退治とか面子丸つぶれだよね。
でも、こいつはどうしても俺一人でやりたかったんだ。仇討ちだから。
ノイエも断ったし、誰にも見られたくなかった。
「いえいえ、兵に被害を出さずに済みましたし、この一面の氷漬けを見れば、私たちでは何も出来なかった事は明白ですから……」
「そう言ってもらえると有難いです」
ちなみに後方の兵士たちは、俺を化け物を見る目で見ていた。
すごいとかそういうのじゃなくて、もう理解の外側って感じだった。
そういえば、ここまで全力戦闘したのはノイエ達も見たことがないか。
相手が居なかったからな、今まで。
「じゃあ、首から上は俺が持って帰るんで」
話し合いの末、俺が頭を貰って、アトレイアの人達が胴体を貰うことになった。
「本当によろしいのですか?」
うん。全部持って帰るの面倒だし、重すぎ。
アンコにはお土産にするって言ったけど、思ってた以上にでかかった。
尻尾を除いても、大型のトラックよりも大きいドラゴン。
しかも、太さっていうか体格が別次元。重さとか考えたくもない。
ウロコなんて、一枚がでかい亀の甲羅くらい厚みがあるし。
これなら矢が通らない理由もわかる。
なので頭だけでも持って帰れば、みんなの土産になるし、別に大丈夫だろ。
それにアトレイアの人たちの取り分もあるし。
「これで私の立場も大きく上がって、歯向かう人も減るでしょう」
ドラゴン退治に成功しちゃう位だもんね。
しかも損失0で。
ほぼ完品を持って帰るんだから、上がるなんてもんじゃないでしょ。
実際には俺が一人でやったんだけど、それはつまりグロリアさんの後ろ盾に、ドラゴンより強い奴がいるという訳で。俺がいる訳で。
嫌いな奴全員地方送りにしちゃえば? これを機に実権取っちゃえば?
「アラキ様――」
「はい。……はい? どうしました?」
「本日は、本当にありがとうございました。グロリア・シイマ・アトレイアより最大級の感謝を」
恭しく感謝されてしまった。でも、
「それはリリセラと仲直りした時に聞きたかったですね」
俺にとってはそちらの方が大きい出来事だ。
できればグロリアさんにとってもそうであってほしい。公人としてはそうもいかないかもしれないけど。
「確かにそうですね。では、最大級より少しだけ少ない感謝を」
「? どういう事です? もう一回言ってもらえます?」
「ですから、少しだけ感謝の質を落としました」
「なんじゃそりゃ」
この人も結構お茶目だな。
俺が笑うと、グロリアさんも笑った。
2人でケタケタ笑った。
ポカーンとしている周りの兵がちょっと面白い。
こんなに笑う姫を見るのは初めてなのかも知れない。
普段は気を張ってそうだし、この人。けどこれで少しは良くなりそうだ。色々と。
「じゃあグロリアさん、さようなら。次に会うのはいつかわからないけど。また手紙出します」
「お疲れ様でした」
さあ、家に帰ろう。クエストクリアだ。




