第36話:深夜の告白
「トーヤ、トーヤ、ちょっと来て」
「……眠い」
「いいから来なさい」
――姉姫とリリセラを仲直りをさせた次の日。
王都を抜け出し、何処でもない何処かを目指している旅路の深夜。
寝ているところをノイエに起こされ、外に連れ出された。
「なんですか。なんなんですか、こんな夜も深いのに。話があるなら明日にしてくれよ」
「国を作るんだって?」
「あの、違うんです」
一気に目が覚めた。
これ怒られるやつだ。何で勝手に決めるの、って。
2人が居ない間に、容赦なく怒られるやつだ。
「なにも聞いて無いのだけれど?」
ほら来た。
やばい、ノイエが怒っていらっしゃる。
「待って、違うんだよ。違う、待って……。まだ構想中だったところに、リリセラの姉がリリセラを返せっていうから、つい口にしただけで……」
早口でまくしたてる俺。はい、ビビってます。
だってそうでしょう。ノイエは普段割と不貞腐れるタイプなので、怒る時はキレてる時だ。普通に叱られる時もあるけど。
「もう……まったく、もう」
よかった。思ったより怒ってなかった。
ノイエって基本クールだから怒られるとドキドキしちゃう。
動悸息切れって奴? そういう生活習慣病的なものじゃなくて。
「私達の為なんだって?」
ノイエに促されて2人で小屋に寄りかかるように座る。
なんだかあの日、一度目の王都を離れて直ぐのあの日、夜に空を見上げていたリリセラの時の再現のようだ。
ただ、あの時よりも俺との距離は近い。
「リリセラから聞いたのか」
当然だが、リリセラが出処らしい。
そういえば今日のリリセラは浮かれまくってて、見てるこっちが恥ずかしくなったな。微笑ましかったけど。
まあ、俺も浮かれてたような気はする。昨日の今日だし仕方ないね。
「どうしてあなたはいつもいつも……」
ノイエは俺の話を聞くというよりも、溜まったものを吐き出すように言葉を続ける。
「あなたは私たちをどうしたいの?」
「どうって、そりゃ」
楽しい気持ちにさせたい。一言で表すとそれに尽きる。
「ねえ、知っているの? 私やアンコやリリが、どれだけあなたに感謝しているのか」
感謝されてるのは分かる。
自分で言うのはどうかと思うけど、みんなの為に結構頑張ってるつもりだから。
けど、どのくらいかと言われたら俺には想像する位しかできない。
それに、それを言ったら俺だってみんなに感謝してる。
俺がここに居るのは3人が居るからだ。
誰も知り合いの居ないこの異世界で、3人の存在にどれだけ救われてるか。
どれだけの拠り所になっているか。
「あなたは地球っていうところから来て、きっとその地球にはあなたより優れた人がたくさん居て、あなたより優しい人もたくさん居て」
並んで座る俺の腕に、頭を乗せるように寄りかかってきた。
ノイエの背がもっと高かったら、腕じゃなくて肩だったんだろうな。なんて思う。
「それでも、あなたじゃなきゃダメだったのよ……」
「そんなことはないよ」
俺はそんなことないと思う。
俺は、俺じゃなきゃ駄目だと思ったことなんてない。
偶然手に入れた、賢者の石っていう力があるから色々できてしまっただけだ。
偶然だった。
俺じゃない誰かだったら、もっと上手くやっている。
これだけの力を持って、何年も、10年以上もこの世界に居て、何も成果を出していない。
3人と仲良くなって、怪我や病気の人を少し助けただけ。
「あなたより優れていたら私はきっとあの日ギルドで逢えなくて、あなたより優しかったらきっと私達よりもっと沢山の人のところへ行っていたわ」
そう言われたら、確かにそうかもしれない。
俺じゃなかったら、そもそも森の中で11年ものんびりしてなかったはずだ。
ん? あれ? なんか俺、今ノイエに告白されてる?
「まさか、この若さでこんな人に出会えるなんて思ってもみなかった。この初めての気持ちが、エルフでもない男の人にだなんて思わなかった……」
間違いなく告白されてる。
どうしよう。まだリリセラの一件から時間も経ってないし、心の準備が出来てないのに。
まさかノイエからこんな直球がくるとは。
「ねえトーヤ、だからお願い、どこにもいかないで。……私たちを見捨てないで」
ノイエと顔を見合わせる。
目が潤んでいる。伝わって欲しいという気持ちが伝わってくる。
――心の準備、できました。
屈むように唇を寄せる。……と何故か押し返された。
え? あれ? 違う? そういうシーンじゃなかった?
「今はやだ。リリが、あの子が浮かれている間はあの子だけを見てあげて」
えぇ~、なんだこのお預け。それならそうで雰囲気作り上げないでくれよ。
告白するなら、そっちがOKな時にしてよ。まったく。
「そういえば、リリの方はどうだったの?」
もう完全に雰囲気も壊れてしまいました。リカバリ不能です。
それにしてもリリセラとの情事を聞いてくるとか、ノイエもそういうの気になるんだな。エルフの34歳はお年頃か。
「どうって言われても……。あまり痛くならないようにヒールしたり、」
なんだこれ。拷問か、俺に対する。
そういうのは女の子同士で話してくれよ。女子会、みたいな感じでさ。普段やってるじゃん。ガールズトーク。
「ちょっと、もう、違うわよ。そっちじゃなくてお姉さんとの方、仲直りできたんでしょ?」
勘違いとか恥ずかしい。死にたい。顔が熱い。
……いや、ちょっと待って。
「今のは俺、悪くなくない? どう考えてもノイエの聞き方が悪かったでしょ」
話の流れもそっち方向だったし。
「そうだったかしら、ごめんなさいね」
……このすっとぼけ女。
甘い雰囲気はなくなったけど、この空気もこれはこれでいいものだ。
でも、さっきの甘い雰囲気が勿体無い。だって、あまり縁のないものだったし。ああ、勿体無い。
ごめんリリセラ、俺は節操なしだ。昨日の今日なのに。
「仲直りならできたよ。俺が思ってたのとは違ってたけど、変なわだかまりみたいな物はもう無いと思う。てか、リリセラ本人に聞いたんだろ?」
「聞いたけど、あなたの意見を聞きたかったのよ。……あの子はちょっと浮かれすぎてて、上手く伝わってこなかったから。仲直りできたってのは強く伝わってきたけど」
普段から割とテンション高い子だけど、今日のリリセラは死ぬほど浮かれてたから。
「グロリアさんが泣いて謝って、リリセラがそれを許しておしまいだよ。あとは、お城に戻ってこないかって言われたのを俺が断っておしまい」
「そう、よかった」
まったくだよ。
これでリリセラが城に戻ることになってたらどうなってたか。
城を乗っ取ってみんなで暮らしてたかもしれない。それもいいな。
「リリは……あの子はいい子ね」
「そうだなー。……そうかな?」
「最初はあの子と一緒に旅をするのが怖かったけれど、今は一緒に居られることが嬉しいわ。本当よ」
「怖い? 何処が」
リリセラが怖いとか、あの子に怖がる要素ないだろ。
見るからにほえほえした感じじゃん。
まさか、ノイエがリリセラを怖がっていたとは驚きだ。
だから最初リリセラを他所の国に明け渡そうとしてたのか。
「あなたは人だったけれど変な人で、お人好しだったから心配なかったけど、……リリはわからなかったから」
だから差別の目で見られるのが怖かったと――。
俺は全てを偏見の目で見てたから、逆に普通に振る舞えたんだな。……普通だったかな?
とにかく、結果オーライだったならよかった。
「ねえトーヤ、ありがとう。私達の為に国まで作ってくれるって言ってくれて、本当に嬉しかったわ」
ノイエが喜んでくれるなら、国のひとつやふたつ作る位どうってことない。
いや、どうってことないは言いすぎか。でも頑張れる。
「ねえトーヤ、私はきっとあなたに頼ってもらえる人になるわ。寄りかかるのではなくて、寄り添って立てる人になるわ」
わかった。もうわかった。今日わかった。
ノイエは弱い。もしかしたらパーティの中で一番弱いかもしれない。
それでも頑張るって言ってるから、俺も頑張ろう。
いつか、俺たちの楽園を作ろう。
「だから、そばで見ててね、ずっとよ?」
言いたい事を言い切ったノイエは、おやすみと言い残してさっさと寝床へ戻ってしまった。
あれ? ノイエさん、また雰囲気作った? 最後に? 去り際に? ひどくない?
これで2章は終わりです。
3章の前におまけのような閑話を入れます。