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歩く賢者の石  作者: 望月二十日
二章
37/56

第35話:姉妹の仲直り

「あそこがお姉様の部屋です」


 リリセラに部屋の場所を聞き、夜の闇に紛れ音をかき消し、窓から忍び込む。


 本心がわからないうちはリリセラを正面からグロリアに合わせるわけにはいかないので、部屋の隅に立たせ、姿を光魔法で隠した。


 全方向から隠すのとかはできないが一方向からだけなら隠すことができる。

 なんとか反射の要領で。


 昼間だったらバレるだろうけど、小さな灯りしかないこの時代の夜の部屋ならバレることはまずない。


 これぞ王都に来るまでの間に開発した新魔法。

 見えているのに気づけない、幸福の白い鳥『ブルーバードアルビノ』だ。


 リリセラから音が漏れないように、空気で軽い防音も施すとリリセラの姉――グロリアに話かける。





「こんばんわ」


「だ、誰!?」


 ランタンの灯りを頼りに、机に向かってなにかしていた姉姫が心底驚いた様子でこちらを向く。


 その際、大声を出そうとしたので防音してワンクッション置いた。

 部屋の外にも漏れないように二重の防音を施しておく。


 これで、一応邪魔の入らない密室ができた。


 で、誰かって?

 もちろん、トーヤと申します、よろしく。なんてことは言わない。


 主導権を握るためにも、この会合は演出多過で行くことにしていたので、ここはこう答えさせてもらおう。


「うーん、悪魔……かな?」


「あくま?」


 声をかけた瞬間は驚いていたけど、随分肝っ玉が座ってるな。即座に冷静に戻るなんて。

 リリセラとは違うな。


「そう悪魔」


 この姉なら悪魔という言葉を無視はできないはずだ。

 だって悪魔を理由に使って妹を殺したんだから。


「私を殺しに来たのかしら?」


 冷静になった姉姫は、俺を殺し屋か何かと当たりをつけたようだ。

 たしかにこの状況で考えられるのは普通殺し屋か何かだろうけど。


 そうすると悪魔と名乗った俺は大分滑稽である。

 まあいいけど。


「何もしなくても、もう死にそうに見えるけど?」


「それもそうね」


 あぶないあぶない。とっさに大丈夫ですか? って言いそうになってしまった。


 このグロリアさんとかいう姉姫は、はっきり言ってガリガリだ。頬もこけてる。

 もう人前に出すこともできないんじゃないか? 姫として。

 化粧でなんとかなるレベルじゃないと思う。


 やっぱりリリセラの言っていたように、大臣だかなんだかが秘匿していたのかもしれない。

 噂になってるのは城に勤務してる誰かがが漏らしたのかな?


 ちなみにこちら側の声も光景もリリセラには届いていない。

 ただ、流れは教えてあるので、魔法を解除したら登場する手はずになっている。


「殺しに来たんじゃないなら、なにかしら? 人質にでもするのかしら?」


 態度は冷静だが、今の状況に諦めているようにも見える。

 この部屋に(一見)二人きりだし、今から人を呼んでも人が来るまでに殺されると思っているのだろう。


「俺としては、本音を聞かせてもらいたい」


「本音?」


「昔はリ……妹と仲が良かったと聞いたが、なぜ処刑した。もっとやり方があっただろう。やっぱり地位が惜しかったのか?」


「……それを貴方に言う理由はあるかしら?」


 強気な口調は変わらないが、リリセラの名前を出した事で態度が変わった。

 俺への扱いが脅威から敵意に変わった感じだ。


 だが、当然こちらにも手札くらいあるぜ。


「答えてくれたら、なぜリ……ローレルが、髪だけを残して現場から消えたのか、教えてあげますよ」


 本音を聞くにあたって、一番気になるのは、この姉が本当にリリセラに悪意があったのかどうかだ。

 けど、俺はそうじゃないと信じたい。


 あの処刑の日、この姉は取り乱していたし、こんなに衰弱してるのは自分を痛めつけてる証拠として見たい。妹に対する罪悪感からきてるもの。そう信じてる。


 だから俺はイチかバチかに掛けて、ここからの話をリリセラに聞かせる事にした。


「それを本当に知っていると? 証明できると?」


「一部を答えたら、もうそれが全部になってしまうんで。ちょっと先には言えないですね」


 実は生きてるからでーす。

 とリリセラ見せたら一発で証明終了だけど、それをしたらお仕舞でもある。


「別にいいじゃないですか。そもそも貴女が妹をどう思ってるか、なんて隠すような事でもないでしょうに」


「そうでもないわ。私の発言一つで国が傾く事だってあるわ」


 あれ? もしかして説得失敗した? こっからどうやって取り返す? リリセラを出すか?

 いや、まだ早い。


「それは、ここに第三者がいる場合じゃないですか? 証人が居なきゃ、俺が他所で何か言ったって、誰が信用するのかって話で」


「……そうね」


「それに、俺、あの処刑の時広場の近くに居たんですよ。広場ではなく、広場の近くに」


 それでわかったのだろう。

 あの時、あの場に居て、あそこでの発言を聴かれたと。


 本当は誘導するような事なく本心を聞ければ良かったが、不信感を拭う為にはしょうがない。

 話してもらえなければ、それこそ意味がない。


「……そう」


 それからグロリアさんはどんどん消沈していき、少しずつ語りだした。

 とりあえずセーフ。




「お兄様は亡くなってしまったわ」


 急に思ってたのと違う話題で驚いたが、出だしが遠いだけで関係ある話なのだろう。

 体調不良もひどそうだし、頭の整理ができてないのかもしれない。


 とりあえずリリセラの兄、セドリックという人が病気で亡くなったのは、前にリリセラから聞いた。


「お父様も、お母様も、お人形のようになってしまったわ」


 男子に恵まれなかった両親は、そのセドリックに大きな期待をしていたが、突然亡くなって、心が折れてしまったような話もリリセラから聞いた。

 今は、最低限の行事に顔を出す以外、すべて他人任せにしているような事も聞いた。


「今、この国はボロボロよ」


 話を聞く限りそうなんだろうけど、そういう事を俺に話しても大丈夫なのかな……。

 口を挟まず聞くけど。


「城の中にも、この国を売ろうとしている人間はたくさん居るわ。どこに敵が居るかもわかったもんじゃないわ」


 多分この少女はずっと誰かに話を聞いて欲しかったのだろう。

 誰が敵かもわからなくて、味方は味方で弱った姿も見せられず。

 誰かに愚痴りたかったのだろう。

 で、突然現れた、なんか敵じゃないっぽい感じの俺。


「そんな中で、あの子にこの国を纏めるのは無理よ」


 俺もそう思う。


「私がやらないと……、私がやらなければ……」


 そこまで言うと、グロリアさんは崩れ落ちた。

 椅子に座ったまま、腰を深く曲げ、手で顔を覆い、吐き出すように呟いた。

 とても演技には見えない。


「それがどうして、あの子が、死ぬ事になってるのよぉ……」


 きっと色々な人の思惑が重なって、リリセラの処刑に繋がったのだろう。

 本来味方であるはずのこの人も味方じゃなくなってしまって、止める事ができなかった。そんなところか。


 これで、聞きたかった事は聞けた。というよりもう聞きたくない。


「ありがとうございます。聞きたかった事が聞けました。それではこちらも、何故髪だけ残してローレル姫が広場から姿を消したのか教えてあげますね。それは――」


 少し不謹慎だが、喜びのサプライズを披露するのは妙な快感を覚える。


「生きているからですよ」


「……は?」


「リリセラ、いいぞ」


 今度こそ魔法を解除して、リリセラを表に出す。

 暗くて見えない、なんてことがないように部屋も魔法で少し明るくした。


 これで俺の役目は一旦終了。

 壁際まで身を引き、後は2人に任せる。


「お姉様……」


「ローレル!! なんで? あなたなの? 本当になんで? どうして……?」


「お姉様ったら、こんなにやつれてしまって……」


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……私はあなたにひどいことを……」


「いいんです、平気です。ワタクシにはわかっていますから」


 これはもう殴って解決とかなさそうだ。

 リリセラならそうすると思ってたけどさ。いいよ、どうせ俺は野蛮だよ。


 負い目云々の話も、もう忘れてるだろうさ。いいけどさ。


「あなたなのね、本当に……。生きて、いるのね……。あの時、広場から消えてしまったと聞いて、もしかしたらと……本当にアレは悪魔で、ちがくて、あなたはどこか別の場所にいるのではと……でもそんなわけなくて……ぁぁぁ」


 泣いて声も出ないグロリアさんと、それをあやすリリセラ。それから、軽くもらい泣きをする、俺。

 涙腺が弱くなってるのは歳のせいかな。きっとそうだ。俺ももう20代も後半だし。


「それはトーヤ様が、トーヤ様が助けてくださいました。もうダメだと思ったワタクシをトーヤ様の魔法で救ってくださいました」


 呼ばれたから登場。


「どーも、悪魔あらためトーヤ・アラキ・アシュクロフトです」


 今更だけど、この名前を自称するの失敗だったかも。

 アシュクロフトの名前が浮きすぎてて、こういう場面で脱力する。


「あなたが……本当に、本当にありがとうございます。なんとお礼を申し上げたらいいか」


「いえいえ、そんな。さっきはすみません、失礼な態度を取ってしまって」


 本気でお礼を言われると照れるな、悪い気分じゃないけど。


 そういえば、俺、途中までタメ口っぽい感じだったのに、いつの間にか敬語になってた。

 演技とかやっぱり苦手らしい。


「ねえローレル、私に任せて? あなたの居場所をすぐに用意するから、だから、お城に戻ってきて?」


 おいおい、何言ってんだこいつ。いきなり勧誘すんな。


 返して欲しいだ?

 ふざけるな。俺から返せる答えは当然NOだ。


「ちょっと待ってください。悪いけどこの子はもうローレルじゃなくて、リリセラだから。返せと言われて、「はいそうですか」とはいかないから」


 あの夜だったらまた違った答えを出すけど、今はもう無理。

 リリセラの肩を抱き寄せて自分のものだと主張する。やってからちょっと恥ずかしくなったけど我慢。


「それに、居場所ってどうやるんです? この子が死ぬ瞬間を大勢が見ているんですよ? 幽閉でもしますか? それともどこか遠い場所にでも送りますか? それくらいなら俺たちが保護します」


「それは……」


 グロリアさんも勢いで言ったのだろう。リリセラの為を思って。

 けど方法がわからない。

 国の要人としてはどうかと思うが。


「そう、そうね。都合のいい話だったわ。忘れてちょうだい」


「別に今生の別れをさせようって訳じゃないんです。俺はこれから俺の国を作ろうと思っていまして、そしたら同盟でも貿易でもすればまた会えますよ」


 俺の国は地球産のアイデアが豊富だからな。

 間違いなく世界の中心になると確信しているよ。


 人さえ集まって、そいつらが労働力になれば。だけど。


「すみません、トーヤ様。初耳なのですが」


 だよね。俺も初耳。

 じゃなくて。


「俺さ、思ったんだよ。ノイエもアンコも居場所が俺たちのそばにしかないことに。……差別があるならない国を作ればいいんだ。俺たちの場所は、俺たちが作ればいい」


「それは……、それはいいですね」


 俺が出会う前のノイエとアンコは、2人で寄り添って生きていた。

 今は4人で少し賑やかになったけど、でも足りない。


 差別を気にして町のはずれに家を建てるような。人目を気にして出歩くのを控えるような。

 そういうのじゃなくて。


 俺と、リリセラと、ノイエと、アンコが何も気にすることなく過ごせる場所を。

 旅の途中や家の中の気安さを、町の中に用意してあげたい。



「あの、」


 グロリアさんが申し訳なさそうに声をあげる。


「簡単に話されていますが、国を作るなんて本当に出来るとお思いなのですか?」


 国っていうか町だけどね。

 誰かの下に入るつもりがないから国って言っただけで、都市国家ってやつになるのかな。


 しかし、絵空事に妹を差し出すのが怖いのだろう。

 不安そうにこちらを見るグロリアさん。


 なので、いかに俺がすごいか見せる。

 前にリリセラに見せた魔法の上位版だ。


 周りに多彩な属性で、多くの魔法の球体を出し、浮かせてクルクルと回す。

 もっと威力のあるものを見せれればいいんだけど、城が壊れたら困るし。


「俺はこれでもこの世界の誰よりも強い自負があります。それに知識だってあります。妹を見てください、何も心配してません。大丈夫。町を、国を作る位、大した苦労はないです」


 この世界には土地がいくらでもある。資源だってある。

 ライフラインは俺がなんとかできる。住む場所も用意できる。食料は狩りに畑に目処が立った。

 防衛だってできる。あとは味方になってくれる人がいれば。

 そう、人が居れば町になる。


 自信を持ってハッキリと言う。謙遜はなし。

 大事な妹を差し出させているのに、日和るのは恰好悪い。


「ローレル……」


「大丈夫ですよ、お姉さま。こちらにはトーヤ様が居ます。ノイエさんだって居ます。アンコさんだって居ます」


 ん? リリセラはアンコをどういう役割で見てるんだ? いや、別にアンコが役立たずって言ってるわけではなくて。


「…………わかりました。信じてみます。信じさせてください、トーヤ様」


「あ、すみません。トーヤだとリリセラと呼び方が同じになるので、アラキで頼みます」


 声の質がリリセラに似ているので、同じ呼び方をされると混乱する。


「はい。よろしくお願いします、アラキ様。……それから、ローレル」


「はい?」


 グロリアさんがリリセラを呼び寄せる。

 それから、その細く折れそうな腕でリリセラを抱き寄せた。


「……私にこんな事を言える資格は残ってないけれど、……幸せになって」


「……お姉さま、大丈夫です。もう十分幸せです。ワタクシは、こんなにも幸せですから」


 仲直りも無事できたっぽいし、俺はもう必要なさそうだな。いや、最後に。

 グロリアさんに『エーデルワイス』を唱え、それから2人で城を出た。







 夜の町をリリセラと歩く。何故か手を繋いでいる。


「トーヤ様、トーヤ様っ」


 隣を歩くリリセラのテンションが高い。

 仲直りしたからか、えらくご機嫌のようだ。


 俺も、大きなイベントが終わって少し高揚している。

 仲直り出来て良かった。


 一時はどうなるかと思ったけど、なんとか着地できた。


 俺は一人っ子で兄弟や姉妹は居ないけど、ああやって仲よくしているのを見ると、素直に羨ましいと思う。


「見てくださいトーヤ様。今夜は、満月ではないけれど――今まで見た月の中で一番キレイです」


 足を止め空を見上げた。


 この世界にも月はある。

 もちろん地球のとは違い、日によっては裏面も見えるし、この星の周りをクルクルと回るただの衛星だけど。


「そうだな。たしかにキレイだ」


 少し、地球の事を思い出した。


 なんでだろう。月見をしたような記憶も思い出も別にないのに。

 ノスタルジーのようなものを感じた。



「……トーヤ様。一つ、よろしいですか?」


「んー? 今日は恥ずかしい事をたくさん我慢したから、あんま変な要求はやめてほしいんだが」


「いえ、一つだけ宣言を」


 いつもとは違い、少し作ったような声色をしていたので、そちらを向くと、リリセラがこちらを見つめていた。

 少し大人びた様子のリリセラ。


 なんとなく俺も佇まいを直す。


「ワタクシはこれより貴方様へ全幅の信頼を寄せ、真心を尽くす事をこの身の喜びに致したいと思います」


 リリセラは姫である事を辞めると言いながら、初めて姫だった。

 誰かの、俺の為の一人になると言っていた。


「ワタクシを、貰っていただけますか?」


「……俺も、今夜、お前が欲しいよ」


 俺たちは四六時中一緒にいるし、もしかしたらこういう事もあるかと思っていたし、どう振舞うかも考えていたつもりだったけど、思ったよりも唐突にきた。


 ノイエやアンコの顔が浮かぶ。

 もし、ノイエ達がそういう意味で俺を好きじゃないならそれでいいし、逆なら逆で覚悟を決めるだけだ。


 俺はみんなを幸せにしたいんだ。

 自分も含めた全員をだ。


 日本に居た頃の倫理観も残ってるし、まだ少し抵抗はあるけど、俺はこれでいいと思っている。

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