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歩く賢者の石  作者: 望月二十日
二章
32/56

第30話:「ずっと、愛してる」

 家はあった。

 表札も新木になっていた。


「ただいま」


「おかえりなさい」


 普通に出迎えられた。


 そりゃそうだ。

 心配する方がおかしい。心配して損した。いつから俺はそんなビビりになったんだ。


「ピースピース」


 リビングに入ると両親とも部屋に居て、こちらを見ていた。ハッピーな顔で出迎えてくれた。

 心なしか嬉しそうな声。上機嫌なようだ。


 なんか老けたような気もする。

 けど、元々こんなだったような気もする。


 写真もなく記憶の中だけで維持してたから、10年も経過するとさすがに具体的に思い出せないな。





「えっ、じゃあみんな夢の中だってわかってんの?」


 リビングで俺と両親の3人で雑談をしていると、どうやら夢の中だと自覚していることがわかった。


「そうだぞ。父さんなんか夢だってわかったから会社から帰ってきちゃったくらいだ」


 このノリ。まさしく俺の血族って感じ、すごく久しぶりだ。


 それにしても、夢の中の登場人物がみんなで夢だと自覚する夢ってすごいな。


 学校の人たちはどうだったんだろう。

 多分、学校の人たちは夢の中って自覚はなかったはず。

 なぜならあの人達は本来、卒業しているから。授業を受ける理由がない。


 そう考えると、俺や両親だけ、ちゃんと時間が経過しているのもなんだかおかしいな。まあいいか。どうでも。


「十矢はどうしてたの? もしかしてずっと学校にいたの?」


「学校で勉強してた」


「お父さんどうしましょう。この子、ちょっと見ない間にこんなに立派になっちゃって」


 ちょっとっていうか、10年は経ってるんだけど――。


「なんてことだ……。えーと、なんてことだ。……困ったなあ」


「え? 困るんですか?」


「グダグダじゃないすか」


 いいよね。この家族のグダグダで軽いノリ。


 3人娘とも、もうちょっと仲良くなったらグダグダな感じで会話できるようになるかな? ならなくていいかも。

 気安い会話ならもう十分してるし。グダグダなのはちょっと嫌だ。


 話によると俺が出てくる夢はわりと頻繁に見てたらしい。

 どうりで『ただいま』した時に普通だったわけだ。




 その後も雑談をしている中、ふと沈黙が降りたので聞いてみた。

 当然、質問に意味はないけど。夢の中で聞いても意味はないけど。


「それでさ、あれからどうなったの?」


「あれから?」


「俺がいなくなってから」


 2人が止まった。時間が止まったか。

 かと思うと母さんが泣き崩れた。


 しまった、考えなしだった。

 2人が軽く喋るから、勘違いしていた。無神経すぎた。


「十矢はやっぱり死んでしまったのね。歩道橋から落ちるのを見たって人が居て、車にも轢かれちゃったって聞いて、でも十矢はどこにもいなくて……」


「もしかしたらどこかに連れ去られたと思ったんだが目撃証言がなくてな。…………もう行方不明でも時間が立ちすぎて死亡扱いになっているよ」


 どっかで聞いたことがある。

 行方不明になって、数年経っても消息がわからなかった場合、死亡扱いになるのだとか。


「やっぱりそうなってるんだ。……死んでないんだけどね、実は」


 異世界に召喚されて、魔法使いになって、森の中で生活したあと、旅に出た事を話した。

 信じてもらえるとは思わなかったけど、話しておきたかった。


 夢の中で意味があるとは思わないけど、言い訳しておきたかった。

 安心させたかった。


「そうなの……、大変だったわね」


「えっ? 信じてくれるの?」


 逆に、俺の方がそれを信じられなかった。

 魔法とか異世界とか、どう考えても信じられない言葉ばっかりだったじゃん。


「当然よ。十矢が嘘をついたって私にはわからないけどね、本気の時は声と表情でわかるわよ、母親ですもの」


 ……そっか、母親ってすごいんだな。


「父さんは、ちょっとわからないな」


 父さんは簡単に自分の株を下げようとするよね。


 そもそも父さんは仕事で帰りが遅かったりするし、飲んで帰ってきたりするし、顔を合わせる時間が少ないんだよ。子供の時は結構不満だったんだから。

 中学位からは解放感を感じてたけど。ごめんね。



「ねえ十矢、魔法って今使えるの?」


「さっき試したけど使えなかった。…………んー、やっぱダメみたい」


 いま試してもやっぱり使えない。

 リアルでは使えるのに、夢の中で使えないってのも違和感があるな。


「どうしましょう、お父さん。やっぱりさっきの十矢の作り話だったのかもしれないわ」


 やっぱりって言うのやめてよ。

 さっき普通に感動したんだから、自分で台無しにするのやめて。


「使える日と使えない日があるんだろう」


 そんなのないよ。

 両親は知らないから当然なのだろうけど、俺からすると頓珍漢すぎる。

 着眼点が少し違う。


「そうだ。もしかしたらもう既に魔法を使ってるのかもしれないな、夢と夢のインターネットな魔法をさ」


「父さんはちょっとポエム力がおかしいね」


 インターネットな魔法ってなにさ。

 君と僕の繋がってる何か的な?


「そんな魔法ないよ。使えても光にしたり、火や風を起こしたり、そういうのだけだよ」


 あとはちょっと特殊な方法で治癒に使ったりできるけど、魔法はそんなに万能じゃない。アンコのことで思い知ったんだ。


「ん? あるだろ? 十矢が最初に触れた魔法は、世界を移動する魔法だったんだろ?」


 その一言で、もしかしたらに色がついた。


 みんなが夢と自覚していること。魔法が使えないこと。現実と見紛うばかりに鮮明な夢。

 繋がったような気がした。


 父さんの言うとおりかもしれない。

 俺の魔法で夢だけが世界を越えたのかもしれない。

 きっと意識のない大魔法なんだ。だから他の魔法が使えない。


 それが本当かなんてどうでもいい。救われる答えを信じたい。

 答え合わせのできない都合の悪い真実よりも、みんなが救われる幻の方がずっといい。


 だって見ていた。ジジイがずっと俺を帰そうとしてくれてた。

 魔法を作ろうと頑張ってた。結局は完成しなかったけど、途中までは見ていた。



 ――ジジイの10年は無駄じゃなかった。



 ここに居る父さんも母さんも俺の妄想じゃなくて、本物で。

 俺も、両親も、ジジイだって救われる納得のいく答え。

 これが真実じゃなくても全然よかった。


「父さんありがとう。この夢が都合のいい幻じゃないって信じられそうだよ」


「お母さんは?」


 母さんが謎の催促をしてきた。

 だから、なんでこう余韻を消し飛ばそうとするのさ。俺の血族は。


「母さんもありがとう」


「どういたしまして」


 なんだかなあ。







「俺の部屋ってどうなってる?」


 もしこれが夢で繋がっているなら、2人にも信じてもらえる答えを返そう。

 ……本当はちょっと人には言いたくないんだけど。


「掃除はしたけど何も捨ててないわよ」


「そっか。俺の部屋の学習デスクの一番上の引き出しって、鍵がかかってるでしょ?」


「こじ開けたわよ。エッチな本が入ってたわね」


 だから言いたくなかったんだよ。わかってても言わないでよ。暗黙の了解ってのがあるでしょ。


「その鍵ね、俺の部屋に四角いゴミ箱があるでしょ? アレ内側が二重底になっててそこに鍵が貼り付けてあるから」


 もし起きたら確認して欲しい。俺はその答えを聞くことは出来ないけど。

 母さん達は答え合わせできるから。この夢が偽物でないのなら。


「わかったわ、起きたら確かめてみるわね」



 あと”最後”に伝えなきゃいけないことがあるんだ。


「父さん、母さん。俺、謝らないといけないことがあるんだ」


「なんだ?」


「俺、向こうで大切な人ができたんだ。大切にしたい人達ができたんだ」


「いいことじゃない、何も謝ることなんてないじゃない」


 違うんだ。

 謝らないといけないんだ。


「大切な人達を守ってあげたいんだ、ずっと。……だから、もしも。……もしも帰る手段が見つかっても、俺は帰らないから」


 だから、ここでお別れです。この夢で最後です。

 向こうの大切を選んで、こちらの大切を捨てます。


「そう……なのね」


「そうか……。十矢、お前は本当に立派になったんだな。……きっともう、俺よりもずっと立派な男だ」


 立派かな。わからない。

 好きになった人の為に、って言うのは立派かもしれない。

 でも、育ててもらっておいて。と申し訳ない気持ちが拭えない。


「だから胸を張りなさい。顔をあげて前を向きなさい。十矢、お前は決して折れない十本の矢なんだから」


 はい、決して忘れません。

 育ててもらったこと。今の言葉。この夢のこと。全部忘れないから。


「十矢がこんなに立派になったなんてね。お友達にも言いふらさなきゃ」


 お願いやめて。





 それから俺は、3人の話をし、向こうでの生活の話をし、気が付くと机に突っ伏していた。

 頭がぼんやりする。夢の中なのに、眠りにつきそうな。まだ話していたいのに。抵抗できない。


 ウトウトとした意識の中で、頭を撫でる母さんの手と、肩に置かれた父さんの手を感じた。

 そして、永遠を含む約束を聞いた。


「ずっと、――――」



 ごめんなさい。

 いつだったか、此処に帰ってきても居場所が残ってないなんて思ってしまって、ごめんなさい。

 どうかお元気で、さようなら。

両親の最後の言葉は、あれです。

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