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歩く賢者の石  作者: 望月二十日
二章
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第29話:夢の中で

「新木、……新木ー」


 アラキって――なんだかすごく懐かしい呼ばれ方をした気がする。

 ここのところずっとトーヤって呼ばれてたからな。

 ジジイから何からみんなしてトーヤだ。

 アンコだけはご主人って呼ぶけど。


「新木、授業中に寝るな」


 授業? ああ、そうか魔法の授業か。次はなにを教えるんだったかな。



「あれ?」


 目を開けると、何の変哲もない教室が視界に入ってきた。


「ああ、夢か」


 地球の夢なんて久しぶりに見た気がする。

 もしかしたら、あっちが長い長い夢だったとか。なんつて。

 もしそうなら本当に長すぎる夢だ。


「授業中に夢を見る程しっかり寝る奴があるか」


 先生の呆れた声。

 ハハハ、と教室内にクラスメイトの笑い声が響く。


「すみません」


 この適当に謝る感じもすごい久しぶりだ。


「まだちゃんと起きてないみたいだな……。んー、よし、授業を再開する前に、ここで一つ質問をしようか」


 質問? 何の?

 もう高校の勉強とか覚えてないから、出来れば勘弁して欲しいんだけど。


「夢の中からひとつだけ持ち帰れるものがある。なんだと思う?」


 夢から持ち帰れるもの?

 ゲームとかなら強力なアイテムか、キーアイテムを持ち帰って攻略を進めるんだけど。


 実際のところ、物理的に考えて夢から持ち帰れるものなんてない。当然だ。

 けど、そのまま言うのも躊躇われたので、こう答える。


「わかりません」


 すると先生は満足そうに頷いて、正解をくれた。


「答えは記憶だ。夢の中で覚えたことでも、起きた世界に持ち帰ることができるんだ。思い出す、とも言うな。睡眠学習というやつだ。わかったらみんなも夢の中でも勉強するように、さて授業を再開するぞ」


 先生は冗談のつもりで言ったんだろう。

 でも俺は妙に納得していた。


 夢の中で覚えたことは持ち帰れる。たしかにそうだ。

 なんとなくもう一度教室内を見渡す。



 机があり、黒板があり、時計があり、窓ガラスがあり、クラスメイトがいた。



 この中には欲しいものがたくさんあった。

 ……なるほど、そうか。そうしよう。


「すみません。早退します」


 そう言いながら、教室を出る。

 中から先生のうろたえた声が聞こえたが、時間が惜しいので引き止められるわけにはいかない。


 ごめんなさい。

 でも先生、さっきの質問の答え。今まで受けた授業の中で一番為になる言葉でした。







 教室を抜け出して目指した場所は図書室。


 あの異世界が夢なのではなく、こちらが夢なのはわかっている。

 流石に授業中の居眠りで、10年分とかありえない。

 まあ、それを言えば、異世界に行っちゃった、なんてのもありえないが。


 先生の言葉を聞いて、少しやってみたいことがあった。


「手当たり次第だな」


 図書室の中から、あちらの世界でも役に立ちそうな知識が載ってそうな本を片っ端から持ってくる。


 まずはガラスの作り方。

 本を開いてみると、書いてあった。


 けい砂、ソーダー灰、石灰石を混ぜて作ったもの。

 けい砂がどういうものか、など知りたいことが載っていた。


 それからはとにかく色々な本を見た。


 石鹸の作り方。蒸気の仕組み。醤油などの調味料の作り方。建築の基礎。エレキテルの構造。モーターの仕組み。日時計のこと。電球……というよりフィラメントのこと。



 しかし、他にもパラパラと本をめくると真っ白なページがあった。


 ここから分かることはおそらく、既に知っていることが載っているだけなんだろうな。夢の中だし。

 過去に本や、図鑑や、テレビや、インターネットなどで見た知識。

 引き出せないけれど、記憶の何処かにはある知識。


 真っ白な部分は今まで生きてきた中で、一度も頭に入ることがなかった部分なんだろう。

 だからこれは今まで見たものを、夢の中で再確認する作業。




 他にも色々読んだ。

 向こうで生活をしていて、欲しいと思ったものは大体呼んだ。

 特に覚えておく必要がありそうなものは二回も三回も読んだ。


 ついでに物の歴史がわかる本も読んでみると、異世界とはやはり存在する物が違う。


 古代の文明の時代に開発されていたものが異世界にはなかったり。

 逆にあの時代の感じならもうちょっと後に開発されるべき物があったりした。例えばパンツ。


 覚えきれるかわからなかったがとにかく頭に詰め込むだけ詰め込んでみる。

 もしかしたら向こうで頭に強化を使えば活性化して思い出せるかもしれないし。


 そこでふと気づいた。魔法が使えない。


「なんでだろう? 夢だからかな?」


 魔法が使えないことに疑問を覚えたが、別に本を読むのに必要でもなかったので、今は読むことに没頭した。

 向こうに戻った時に少しでも思い出せるように。







 チャイムが響き、ふと視線をあげると時計は5時を指していた。

 思ったよりたくさん読めた気がする。思ったより全然読めなかった気がする。


 今になって気づいたが図書室に入ってから一人も会っていない。

 授業の時間に図書室が開いていたのも不思議に思ったが、授業で資料を使うこともあるから別にそれは不思議でもないか。


 本当は眼が覚めるまで読んでいたいが、集中力が切れてしまったので、学校を後にした。

 空も朱くなってきたし。


 個人的な意見だが、問題を解くときよりも、暗記する時の方が集中力が必要な気がする。




 家に帰る道は、見慣れたはずの風景だったのに新鮮だった。


 上をみれば電線があって。ビルがあって。信号があって。

 空の色も異世界とは微妙に違っているし、土じゃなくアスファルトの上を歩くのも新鮮で、360°どこかしらに車が目に入るのもおかしかった。


 街の植物の少なさを嘆く話を昔は笑いながら聞いていたが、あの世界を知っていると、たしかに少ないと思う。

 そういえばジャガイモ買って帰ろうかな。無理かな? 無理だっつーの。

 あっちにもジャガイモくらい便利な食物があればいいのに。

 っていうか米が欲しい。麦が欲しい。穀物が欲しい。


「…………」


 足取りが重い。

 色々考えて気分をごまかそうと思ったがやっぱり難しい。本当は家に帰るのが少し怖い。

 帰っても家がなかったらどうしよう。親が俺を覚えてなかったらどうしよう。


 なんて、怯えているのも馬鹿らしい。

 どうせ夢の中なんだから適当でいいじゃないか。


 そう自分に言い聞かせながら、懐かしき我が家への帰路を歩いた。

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