1 ディナータイム
「ネオン、大事な話がある。」
ある日の朝、ネオンをわざわざ呼び出し、居間にて皆を集め大事な会議を始める。内容はネオンの今後についてのことだった。ネオンは確かに剣は使えないが、魔法は有る。ならばネオンに剣の才を与えればいい話だ。そして、それに適した人材も俺は知っている。
「剣の修行をするつもりはないか?」
私が名前を出したのは北の国、リーベン王国に住む魔族の剣士、フロウ・アスカルディアだ。彼は性格良し、剣の能力も高く魔法も全属性B程度には使えるほどの実力者であった。
「ちょっとまて。そのフロウという魔族は本当に信頼できるのか?魔族は昔から獣族と仲が悪い...いくらお前の仲間でも、少し心配だ。」
父の言葉は事実であった。だが、少し違和感を感じてしまうのは、魔族との生活をこの身体で体感した僕ゆえのものだろう。
「信頼に関しては、僕の顔を立ててください。3ヶ月過ごし、剣と魔法を学び——彼の能力は僕が保証します。」
そう言ったクロティスに対して、父は反対しなかった。クロティスが俺に対して
ここまで言うのは初めてだ。そう父は驚きつつも、ここまでのものならば信頼に値すると判断していた。
「ネオン、最後に判断するのはネオン自身だ。今のままでも十分に戦えるほどの実力はある——だが、僕は才能を中途半端に終わらせたくない。」
「行ってきます、父さん。」
ネオンは結局、フロウのもとへ行くことを選んだ。
「いつでも戻ってきていいからな。いってらっしゃい———それと、これ。」
父からとあるものを受け取って、ネオンとともに旅へ出た。
前の旅では一月かけて進んで道のりも、今回は2週間ほどだろう。馬車というものはこれほど良いものだったのか——なんて思ったり。
二週間というのもあっという間だった。途中の道で採集したり、火を起こしたり、ちょっとしたピクニックみたいで、しかも隣にはネオンがいる。家族ってのはこうも楽しくて幸せなものなんだ——そう考えると、ネオンと離れるのもまた酷なものだな。
進めば進むほど、あたりは白く染まり、北の国についたころには雪景色が広がっていた。もちろん、フロウの家も例外ではなく、足跡を残しながらフロウの家へ。馬車は帰ってしまったので、大人しく歩いて向かった。寒そうにするネオンに上着をかけてやりながら、その日のうちにフロウの家へと着いた。
「フロウ——久しぶり。思ったより早い再会だな。」
「早いって言っても三年経ってるけどね...まぁ久しぶりってことで。さぁ入って。」
招かれるままにフロウの家へ入る。そうして椅子に座り、さっそく本題へ。
「手紙に書いていた通り...僕がネオンちゃんに剣を教えるのは良いけど、なんで僕なんだい?」
「あえて言うなら、フロウが一番信頼できるから...だな。それと——」
「それと?」
ふとネオンの方を向いた俺にフロウが何かを察する。
「いや...なんでもない。」
俺がそう言うと、フロウは何もなかったかのように俺達を家へと招き、その日はネオンが寝た後に思い出話を語り合った。
次の日からネオンの特訓が始まった。前会った時には知らなかったが、あれからフロウは剣術の先生となったようで、時折騎士や少年がやってきて剣の特訓をしていた。フロウの教え方が上手いと感じたのは私だけではなかったようだ。
ネオンの魔法技術は学校で完璧なところまで行っていたが、剣との組み合わせやそもそも剣術もまだまだだ。
「剣を振り下ろしたらすぐに上げる!隙を見せすぎだよ!」
「わ、わかってる!」
フロウの厳しい声が飛ぶ。だが、ネオンも諦めずに剣を振る。あの3年間は無駄じゃなかったと少し嬉しくもなったが、同時に少しの後悔が生まれる。本当にネオンをここに連れてくるのが正解だったのだろうか。
彼女にはもっと幸せな道があったのかも...と考えるうちに二人の打ち合いは終わっていた。
「クロティス、次は君が魔法剣術を教えるんだろう?」
「あ、あぁ。ごめん、考え事してた。」
フロウの剣術を教えてもらったネオンの動きには気を抜くことができない。とは言えど、魔法と剣技を同時に使うのはどうしても苦手らしい。とりあえず、一旦炎剣と水剣を教えることにする。
「炎剣と水剣は名前の通り剣と魔法を同時に使うだけだから...一旦やってみて。」
どうにも人に教えるってのは苦手だ——でもフロウも魔法剣術は初心者だし...。
「こんな感じ?」
「そうそう。その調子。」
ネオンはこんな説明でも上手に剣術を使えていて、反対にフロウはどうしても魔法を使うのが苦手なようだ。
魔法剣術を教えながら打ち合いをしているといつの間にか日が暮れていた。そして、そんな日が何回も過ぎ、気づけば春がやってきた。その頃にはネオンはある程度魔法剣術も身につけていて、魔法を使えばフロウ相手でも互角に戦えている。ここまで成長したら、もう十分だろう。
「で、話っていうのは何だい?まさか...ここを出ていくとでも言うつもりかい?」
「はぁ...本当に隠し事できないな...その通りだ。」
「まだ見つかっていないのかい?」
静かに頷いた。フロウには全てお見通しのようだ。
「前の旅は正直家出の側面もあったが、今回はどうにもできない———ネオンのこともあるからな。」
「気づいてるんだね。」
フロウはとっくに気づいていた。だから俺は包み隠さずにすべてを話した。彼が“協力者”にならなければ、どうにもできない。だが、首を横に振った。彼は自分の力では敵わないと半ば諦めるようだった。
「フロウ、これは俺達だけの問題じゃない。」
「そんなことはわかってるさ。でも僕では力不足だ。そもそも、君はまだ本気を出していないはずだ。」
そうだ、俺は本気を出していない。しかし、だからといって本気を出せるわけじゃない。生まれつき魔力の足りない俺では、本気の能力を解放することは出来ない。
必死の説得を続けると、フロウは諦めたようで俺の提案に渋々了承した。
「条件がある。あの子を僕のもとへ置いていくこと。わかったことがあったらすぐに報告すること。それと...」
俺はその全てを了承した。そして次の日、俺はネオンと模擬戦をすることになった。
「ネオン、本気で行くぞ。」
ネオンの動きは特訓によって完璧だった。隙がなく、魔法も併用してくる。その練度と速度に、油断していた自分が情けなかった。
最初は優勢だったネオンも少しずつ表情が険しくなっていく。だが、ここで俺の剣が限界を迎えた。
「そこまで!」
フロウが止めるが、俺は止まらない。剣に魔法を纏わせ、刃を擬似修復する。世界中を見ても、魔法の剣を使えるものはほとんどいない。だからこそ、これをネオンに見せるまでは去る事はできない。
「敵の技術を盗むのは魔法剣術の基本だぞ。」
ネオンの剣の隙を少しずつ狙い、攻撃を叩き込む。少しずつ傷が増える彼女を見ても、俺が止まることはない。何度攻撃によって地面に伏しても、ネオンは立ち上がる。だが、それにも限界がやってくる。
日が沈み、あたりが赤く染まる刻、ネオンはついに限界を迎え倒れた。
「まだ...でき...る...」
「ネオン、強くなれ。自分のために、仲間のために、家族のために。」
そう言って、俺はその場を去った。フロウにはネオンの手当てを任せてある。俺には行くべきところがある。ネオンについているままでは、お互いに成長できない。彼女の後ろには常に俺がいる。だが、それのせいで彼女が強くなることが出来ないのなら、意味はない。
日が沈む前に、俺は馬車に揺られて故郷へと戻った。馬車の中で、思い出すたびに、涙が出てくる。ネオンがいたからこそ、母もいない、父も冷たかったあの日々の痛みが薄れていった。それは紛れもない事実だったから。
「一人か...」
ネオンはあのままでは行けない。そして僕もこのままではいけない。僕にはやらなければならないことがある。わかっている。わかってるんだ。共依存になったところでダメだってわかっている。
ただ、手に入れた幸せを手に入れるのが辛かっただけなんだ。
「ネオンちゃん、身体痛い?」
「...ちょっとだけ」
ネオンちゃんの傷はひどくない。ただ、心の傷は少し深いかもしれない。
「夜ご飯、何が良い?」
「...なんでもいい」
いつもなら元気に受け答えしてくれてるのに...少し落ち込む。でもあんなことがあったんじゃ仕方がない...。
「ネオンちゃん、僕の話聞いてくれる?」
「...うん」
少し嫌な顔をしながらも、ネオンちゃんは僕の話を聞いてくれるようだ。
そうして僕は昔話をした。
『あるところに、男の子がいました。』
『彼はお母さんと小さい頃に別れて、お父さんともあまり仲良くなれずに何年も経ちました。彼はお母さんが死んだ理由を探そうと、旅に出ました。』
『世界中を巡りながらお友達も増えて、魔法や剣も上達したけれど、お母さんの情報は一切集まりません。』
『彼の記憶の中にある泣きながら家に出てその後二度と戻らなかったお母さんはもしかしたら幻だったのかもしれない。そんなことを思いながら、彼は世界中を旅して、やがて一匹の猫を拾います。大人にいじめられていた猫を拾って、彼と猫は家へと帰りました。』
『家に帰ってから何年か経って、お父さんとも仲良くなって、猫も立派に育ちました。』
既にネオンちゃんは気づいているみたい。やっぱり、例え話は苦手かもしれない。
『でもある時、彼はこのままでは行けないと思いました。結局何も見つけないまま帰ってきたのに、ずっとこのまま家で過ごして本当に良いのか。生きていたとしたら急がないと死んでしまうかもしれない。』
『猫のことも大切だから———彼はずっと迷っていました。でも、猫と離れることを決意したんです。』
「そうして、彼は僕の下へ来た。猫を預かってほしい、『僕にはやらなきゃいけないことがあるから。』ってね。」
ネオンちゃんはクロティスが去った理由を理解したらしい。その証拠に、すごく複雑な表情をしている。
「ネオンちゃんがさ、どう思ってるかはわからないよ。でも、クロティスは確かに君のことを大切にしていた。」
「でも...本当にそうだったら...あんな別れなんて...」
この子は本当に純粋だ。クロティスのこと全然気づいていないんだから。
「クロティスはね、笑わないんだよ。誰といても。」
「でもね、君といる時だけ笑ってる。幸せそうに。」
「『僕はネオンが好きだし、ネオンも僕のことが好きだ。でもだから一緒にいて良いわけじゃない。』クロティスはそう言ってたよ。」
「そんなわけ...」
まだネオンちゃんの心の霧は晴れない。クロティスへの疑心はまだ拭いきれないところがある。
彼は何でも知っていた。ネオンちゃんの得意なこと、苦手なこと、好きなもの、嫌いなもの。それだけじゃなく、剣の癖や魔法の技術など、あらゆることを教えてくれた。それはただネオンのためにではなく、彼自身、クロティスのためなのだろう。
ただ一つだけ、彼にも知らないことが有る。
「クロティスからは、3つだけお願いごとをされてるんだ。1つ目は君が一人前の剣士になるまで見守ること。2つ目は君に嫌な思いをさせないこと。」
「そして3つ目は...君のすべてを知ること。クロティスが知らない君の過去のこと。」
ネオンちゃんの痛みは消えたのだろうか。それは僕にはわからないけど...少なくとも幾分かましな表情に放った。
「...どうしてクロティスは...あんな別れ方をしたの...?話してくれたって...良かったのに。」
「そのほうが二人にとって良いからだと思うよ。苦渋の決断だったんだ。実際、クロティスは泣いていたから。」
「そっか...」
そうしてネオンちゃんが目を覚ましてから30分も話し込んで、すっかり食事の準備を忘れていた。うっかり。
「もう30分も経っちゃった!ネオンちゃん、何が食べたい?」
「...おにく」
ネオンちゃんリクエストのステーキを焼きながら、どうしようかと考える。ネオンちゃんには早く立ち直ってもらわないと、家の空気が...二人きりだからなおさら...
焼けたステーキをテーブルに置くと、ネオンちゃんは何も言わずそこへやってきて座った。先に食べてていいよ、と僕が言うと少しずつ食べ始めた。クロティスが食事はみんな揃ってから、と言っていたからかネオンちゃんにはそれが強く根付いてしまっているらしい。僕は基本的にそういうのがないので、食べたきゃ食べようというスタンスだ。
「⋯おししょー」
「は〜い?どうしたの?」
「...一緒に食べよ」
「もちろんいいよ」
自分の分がちょうど出来上がったのでネオンちゃんとともに夜ご飯のステーキを食べる。我ながら、良い焼き加減。美味しい。
勝手に自分の世界でステーキを堪能しているとネオンちゃんが口を開く。
「おししょーは...私の...私の過去の話を聞いてくれる?」
「うん。」
少しだけ心を開いてくれたように感じて嬉しくなったけど、喜んでいる場合じゃない。できるだけ早く、この子を強くしなければ...。
「ネオン・ベルキー、すごく興味がある...彼女は存在であり人ではない...。面白い。」




