2 過去の話
「ここから遠い...遠い山の中に小さな村があって、そこで母様と父様と、妹と四人で暮らしてた。」
「獣人の村だったみたいで、たまに訪れた冒険者の人に小さな宝石をもらったこともおぼえてる。」
「私が10歳になった時、ベルキーという名前をもらったの。もともと母様からはネオンと呼ばれていたから、ネオン・ベルキーってそれから名乗るようになった。」
「獣人の文化なのかはわからないけど、村では10歳を超えたら成人みたいで、それから狩りとか少しずつお仕事をするようになった。」
「その日も、お仕事で隣の人間の街へ行って、帰るところだったの。」
森の中、いつもより静かなその森を抜け、村へと戻る。
「なに...これ...」
村は燃えていた。血が流れ、地面は紅く染まっていた。見知った顔の獣人たちが皆倒れていた。
急いで家に向かうと、家の前に父の姿があった。壁によしかかり、血を流して倒れていた。
「父様!しっかりして!」
「ネ...オン...」
「何があったの?!」
「北...洞窟に...悪魔が......剣神が...村を...燃や...し...て...」
父は動かなくなった。死を知った。空虚で、残酷で、哀しい、死を。
「父様も母様も倒れてた。妹は行方不明。知っているのは村が燃えた事実と、剣神が村を燃やしたということだけ。悪魔が関係しているかまではわからなかった。」
「それから、生きている人を必死に探した。でも、見つからなかった。ふと遠くに立っている人が見えた時、思わず叫んだの。」
『逃げて!!!!』
「妹だったの。でも、その後ろには誰かがいた。その誰かは妹を斬り殺して、私の方を向いた。勝てるはずもなくて、ただ逃げた。後ろを見ることなんてできなかった。」
「気づいたら、フェルゼンにいて...逃げ出した奴隷だと思われちゃって。」
「クロティスと暮らしていくうちに、幸せを思い出したの。でも、辛かった。妹を見捨てた自分、誰も助けられなかった自分、敵を倒そうともせず逃げて、奴隷になるとこだったのよ?自分がすごく弱くて、情けない存在だと思った。部屋の中で一人で泣いていたの。」
「時々クロティスがそこへやってきて、最初は驚くの。でも、何も聞かずただ隣に座って、私が落ち着くのを待って、泣き止んだら静かに部屋を出ていって。いつからか家族のように感じていて。」
「でも、そう思うほどにまた辛く...苦しくなって。」
話をしていたネオンは涙を流していた。僕はそっと彼女を自分の体に寄せて、何かをするわけでもなく、そっと彼女が落ち着くのを待った。クロティスならきっとこうするだろう...とネオンが話す前からずっと思っていたことだった。
「痛みってのはね、すぐに消えるものと、ずっと残り続けるものがある。残り続ける痛みは取り除くしかない。でも、時にそれも無理なことがある。そういう時は、少しずつ和らげていくのが一番なんだ。どれだけ時間がかかっても良い。君がいつか死んで、天国で家族に出会った時、みんなの分まで幸せになってきた、だなんて言えると良いかもね。」
僕は喋るのが下手だから、あまりいいことは言えない。それでも、どこか似た感じがして、どうしてもつらさを感じてしまうんだ。
「ネオンちゃん、僕の話も聞いてくれるかい?」
「...うん」
僕も自分のことを語るとしよう。
僕は自分の生まれた場所も、家族もわからない。ただ、目を開けた時、洞窟の中にいた。その洞窟は森の中にあった。そこで頭を整理していくうちにわかったんだ。
「記憶を...失った...」
理解してからは早かった。とにかく自分の頭の中を探った。フロウという名前と、家族のこと。でも思い出せなかった。家族がいたことだけは思い出すことができたけれど、それが妻なのか、あるいは両親なのか、娘なのか、兄弟なのか。一切わからなかった。考えている間に頭が痛くなって、とりあえず洞窟を出て、近くの街へと向かった。街は慌ただしくて、たくさんの人が右往左往していた。不思議に思ってとりあえずそこで話を聞いてみたんだ。
「すみません、どうしてこんなにみんな急いでいるんですか?」
「冒険者の人かい?なんでも隣町が壊滅しているって商人が言ってたみたいで、今から騎士が見に行くんだとよ。」
その時、僕は直感した。その壊滅した町が自分に関わっているかもしれない...と。
「隣町ってどっちの方角かわかりますか?」
「たしか...あっちの方だね。」
その店のご主人が指した方角は、僕が街へと来た時の道を示していた。
「ほぼ確定...って思ったんだよ。それで向かってみた。いろんな家を見た。でも、思い出せなかった。」
ネオンは真剣に僕の話を聞いていた。自分と通じるものがあったのだろうか。
「数年前に世界を旅して家族を探した。でも、見つからなかった。それでここに定住することにしたんだ。それで、クロティスや君に出会った。記憶を失ったことはすごく辛いよ?でも、記憶を失っていなかったら君たちに出会えなかったかもしれない。だから、僕は今の僕をすごく幸せに思ってる。」
「どれだけ辛い思いをしても、後ろの景色なんか変わらない。なら進む道を変えるしかない。もしかしたら、僕は魔法使いだったかもしれない。商人として街を行き来していたかもしれない。たくさん思いつく、全部あり得ることだけど——僕は剣士になった。ただそれだけなんだよ。」
ネオンは何も言わなかった。僕は一言、夜風を浴びてくると言って外へ出た。少しの間一人にしてあげたほうが、気持ちの整理もつくと思ったんだ。
冬だから外の風は冷たい。けれど少し気持ち良かった。
「おししょー...。」
「はーい、ネオンちゃん。」
「おししょーは私がクロティスを倒すって言ったら...反対するの?」
「どうして倒したいんだい?」
「クロティスは剣神の息子だって...言ってた。もしクロティスが剣神の息子なら...クロティスを倒せばあの時の仇も取れるかなって。剣神より強くなれるかな...って。」
この子は強い。そう思った。家族を殺した仇敵の息子を殺そうとするのではなく、上回ることで剣神よりも強くなろうとしている。
「良いんじゃないかい?超えたい相手をもつのは剣術では基本中の基本だからね。」
「そっか...ありがと...。もう眠たいから、先に寝るね。おやすみ、おししょー。」
「おやすみ、ネオンちゃん。」
自分の弱さをほんのちょっぴり感じて、なんだか虚しくなる。僕はこんなものだったのか、と頭の片隅に悪い考えが浮かぶ。
(悪い考えはダメ...あの子にも悪影響になる。)
心を落ち着かせて、家へと入る。
「ネオンちゃんは...僕が育て上げる。最高の剣士に。最高の魔法使いに。」
次の日から、ネオンちゃんは前よりもはっきりとした剣筋を見せるようになった。功を奏した...と言っていいのだろう。
「戻りが遅いよ!しっかり後の動き考えて!」
「はい!」
数ヶ月が経つ頃には僕が本気を出してもそう簡単には負けないレベルにまで成長していた。
『彼女を魔獣討伐の依頼に連れて行っても、魔法と剣の併用で魔法剣術の戦い方をほぼ再現している。僕との打ち合いでも十二分に成長したと言える。僕が保証する。彼女はもう一人前だ。』
『君との約束を果たすまでは、ネオンちゃんのことを見ておくとするよ。』
手紙にはそう綴られていた。
ネオンを置いてきたことに最初は後悔していたが、今となっては安堵している。フロウのもとに置いて来なければ、そこまでの成長はネオンには見込めなかっただろうから。
『新しい出会いがあった。セレティとハルトだ。2人とも剣士だが、ハルトは魔法で後衛を頼み、魔獣討伐の依頼をこなしている。いつか、このパーティーにネオンとフロウが加われば世界最強になれるだろう。いつになるかはまだ分からない。だが、必ず迎えに行く。それまで待っていてくれ、ネオン。』
そう手紙を締めくくった。
その時の俺はネオンのもとへ戻れるなどと思っていたようだ。
フロウの元を去ってから1年と少し。春がやってきてセレティたちとのパーティーもそろそろ終わりだ。もともと1年ほど一緒にパーティーを組もうという話だったので、おそらくは今年中には一人になってまた旅をすることになるだろう...と思っていた。
「クロウ、悪い知らせだ。正式に勇者の招集が決まったようだ。東部森林で魔獣を狩りまくった私たちにも、当然のように手紙が来ている。なんなら、迎えが来てる。」
魔族との対立がこの数カ月で激化。数週間前の王族襲撃事件をきっかけに、大陸は魔族との戦争を決意し、各地で高ランクの狩人や剣士、魔法使いを招集し、魔法軍を組織しようとしているのが今の大陸である。
森林に生息する魔獣を狩り尽くすがごとく狩りをしていた俺たちも、当然対象だ。
セレティとの出会いは、森で魔獣を討伐していた時だった。大量の魔獣に囲まれていたところをお互いに助けたことで共に魔獣を狩り、セレティから『お前といるほうが合理的だ』と言われたためにパーティーを組んだ。
「一人のほうが効率的だが、お前がいたほうがリスクは減る。」
「それはどうも。ところで次はどこ?」
「北だ。」
それから街で依頼を受けに行った時に出会ったハルトと意気投合し、現在の三人パーティーとなった。
ハルトは剣士だが、魔法を得意としていた。そのためハルトが後ろから魔法攻撃、セレティと俺で近接戦闘という形が定着しつつある。場合によっては三人で近接戦闘...なんてこともあるが、ハルトを後ろにおいたほうが格段に楽だし、敵の数が相当多くない限り三人を費やす必要がないのだ。
一行は王都から派遣された迎えとともにフェルゼン王都へ。王都には既に10以上の勇者パーティが集まっていたが、どいつもこいつも、魔力量を見ても微妙な人間ばかり...というより、顔を知らない時点で地方の有名人が集まっただけなのだろう。
「もしかしたら...俺等が一番強いってのも...」
「有り得そうだな...。」
セレティもなんとなく察しているようで、帰りたそうな目をしてこちらを見てくる。お互いに視線を送り合う意味のない戦いを繰り広げていると
「クロティス、あれ」
皆が注目するその先には厳かな人物が立っていた。
「勇者たちよ、よく集まってくれた。」
その声の主はフェルゼンの国王である。
「知っているとは思うが、日に日に魔族軍との対立は激化している。そのため、この度先手を打ってやろうと、勇者候補である14のパーティを招集した。どうか頼む。我々の世界を守るため、魔族を討ち滅ぼしてくれ。」
その声とともに周りの人間達は声を上げる。それを冷ややかに見つめるセレティを見ながら、少し納得した自分がいる。
「クロティス、帰ろう。こんなくだらない場所、いるだけ無駄だ。」
「そういうわけには行かないよ...たぶん反逆と見なされるよ?」
「めんどくさい...だから騎士とか嫌いなんだよ。役職が付いてるやつ...」
「とりあえず従っておこうよ。報酬もたっぷりあるみたいだし。」
セレティは嫌々ながらもついてきてくれた。ハルトは最初から最後までほぼ空気で、後ろからずっとニコニコして俺達を見守っている。ハルトは戦うことよりも俺達と一緒にいることが好きみたいだ。
「そうかそうか...通りで。」
不気味な笑いがその空間に響いていた。




