0 運命
フェルゼン王国に到着。王都へと向かうが、王都は森に囲まれていて、進む内に森の中へ。フェルゼンの王都は三方を森と山に囲まれ、唯一の交通路は南側だけである。レゲルの北西の町から来たために、フェルゼンへは北東の山岳地帯と森の境から向かう羽目になり、道なき道を進む。王都が栄えているためか、森には所々に道があり、道伝いに進むとついに王都の見える崖へとたどり着いた。
フェルゼンの王都は歴史書によれば数十年で発展したと言われており、王都の中心部には家や店が集まり、郊外の森の近くには家が点々と位置する。またフェルゼン王都は大陸の中心に位置しており、交易や商業の中核とも言われるほどに発展している
————————逆を言えば、犯罪や奴隷といったものもフェルゼンには深く根付いている。
王都を眺めながらレゲルでもらった食事を食べ、風を浴びていた。子供の頃から森によく遊びに行っていたので森は自分の安息地だった。鳥の声や木々が揺れる音、騒がしくも有るがそれこそが僕の心を落ち着かせてくれていた。レゲルでは町について早々病にかかり、故郷と似た食事につい寂しさを感じていた。だからこそ、この休息は大切なものだった。気づけば3日間そこにいた。
音を聞いていると時に人間の生み出す音が聞こえることが有る。下の道を冒険者が歩いている音だったり、商人が馬車を走らせている音だったり...奴隷が追われている時もある。
誰かの叫びが聞こえ、下を見ると明らかに人相の悪い商人たちが一人の獣人を狙っていた。おそらくは奴隷とされていた獣人が逃げ出したのだろうが———年齢は僕よりも幼く見える。
かつての自分なら見過ごしたかもしれないが、今の僕にはどうしても見過ごすことが出来なかった。崖を離れすぐに下へと降りる。道についた頃にはその獣人が荷車に押し込まれようとしていた。
「何をしている!」
商人たちは驚いたような顔をしたが、僕を見るなりナイフを抜いた。
「くそ...見られちまったか。しゃあねぇお前はここでおさらばだ。」
弱者がよく使う言葉とワンパターンの構え。あまりにも幼稚でくだらない。後ろから剣を抜き、構える。剣に風の魔法を纏わせる。あいにく森の中で氷や炎は使えないので、道は狭いが速さの風を使うしかない。
無詠唱で突撃、ナイフを弾き、一閃。あまりにも一瞬だった。これこそが風の剣である。商人たちの手元にあったナイフは弾き飛び、その手はあらぬ方向へ曲がっていた...のかもしれないが、自業自得だ。
「その子を放せ。」
そう言うと商人たちは荷車を置いて一目散に逃げていった。獣人はまだ怯えていて、僕に対しても強い警戒心をあらわにしていたものだから、しばらくの間荷車ごと静かに運んでいたら、警戒を解いてくれたようだった。
「あの...助けてくれて、ありがとう」
「いいよ、つい気になっちゃって、手を出すつもりはなかったんだけどね——ところで君の名前は?あとなんでこんなことに?」
獣人はネオンと名乗った。そして自分の状況についても話してくれた。10歳で孤独の身、生きるために盗みを働き、奴隷にされそうになったと言った。北の国や東の国ではこんな光景を見たことはないが、それはただ僕の世界に映らなかっただけだったのか————それともフェルゼン特有のものなのか。
「私、もう行くよ。これ以上迷惑をかけるの...やだ。」
「迷惑なんかじゃないよ。でも...実はさ、ちょうど旅の仲間が欲しくて。どう?」
旅と聞いたネオンはすぐに興味津々な表情を浮かべたが、すぐに冷静になり、迷惑はかけられないと言う。逆に僕は色んな話でネオンの気を引こうとするが、すごく上手くいく。今までの旅の思い出を語るだけで、目が輝いているのがわかる。
「こんないきなり会ったやつと二人きりで旅なんて...とは思うけど、全然俺は迷惑に感じないから...もしよければ一緒に旅に出よう。」
「あなたがいいなら...私は行きたい。」
「じゃあ、決まり。王都へ行こう!」
荷車から必要そうなものだけ取り、ネオンとともに王都へと向かった。森を抜けると見渡す限りの家、人、馬車。故郷では絶対に見ることのできないその賑わいに思わず胸が躍った。ネオンは慣れているのか、なぜこんなに驚くのか不思議だと言わんばかりの表情をしていた。
中心部へ入ると、街は店や人で賑わっていた———その一方で、奥では獣人が働かされていたり、言いなりにさせられていたりと、現実は裏で常に僕の世界の一部に映っていた。とりあえず、ネオンの服を揃えようと服屋を探すことにした。
「どんな服が良い?お金の心配はしなくていいから、好きに選んで。」
正直なところ、レゲルでたくさんの人から食事やお金をいただいたので金銭的には余裕があった。それにもともと独りで旅する予定ではなく、フロウと仲間になって一緒に行こうと思っていたが、フロウに断られてしまったのでその分の旅費も少し余っている。
「これがいい。」
そう言ってネオンはいくつかの服を選んで持ってきた。値段はそこそこで、案外安かったので即決。近くの宿へ行ってネオンの汚れた服を洗い、体を洗い、新しい服を着てもらった。見違えるようにきれいになったネオンは、少し照れていた。
「あの...隣で寝ても良い?誰かと一緒に過ごすの...久しぶりで。」
「全然いいよ、ほらおいで。」
ネオンを隣に招き、ともに眠る。彼女の寝顔は安堵に包まれていた。
次の日の朝、ネオンとともに再び街を回っていた。食べ物や何か面白いものがないかを探し回っていたのだ。すると、ネオンは気づいていなかったが二人の周りには少しずつ殺気立った人間が増えていた。
「おじさん、これ2つ。」
「はいよ。」
道中にあった果物屋でりんごを買い、ネオンにも差し出す。そうやって寄り道しながら街を回っていた時—————突然後ろから声をかけられた。
「昨日森にいたのは君か?」
そんなはずはない。あの時商人たち以外誰もいなかった。ありえるはずがない。だが、対象的にネオンは既に答えを出していた。
「ダミーよ。あなたがあそこにいたことを証明して、大勢で取り囲む気だわ。」
「そんなこと、わかってるよ」
二人は最後の答えを出した。声をかけてきた青年は商人たちの関係者、周りを殺気を出しながら取り囲んでいるのはおそらく王都の衛兵だろう。私のことを奴隷を連れ去った犯罪者だと認識しているのか、それとも裏の流れがあるのか。どちらにせよ、この場を切り抜けなければならない。
無詠唱魔法、水。ネオンを抱え、水魔法によって瞬間的に加速しその場から離れるように高く飛ぶ。その場から離れ、街を出て森の近くへと向かう。どうやらあっち側は本気らしい———相当な速度で逃げてきたはずが、既に目の前に複数の剣士が立っていた。
「だまってその奴隷を渡せ。奴隷の窃盗も立派な犯罪だぞ。」
「同じ人族を奴隷——しかもモノ扱いしてる時点でお前らの倫理は立派に崩壊してるよ。」
間髪に入れずに剣士たちが同時攻撃を仕掛けてくる。本来であれば防ぎきれるはずの攻撃、しかしネオンを守りながらでは満足に戦えない。だが、ここで負ければこの子の勇気を、僕についてくると行った覚悟を踏みにじることになる。
無詠唱魔法・嵐。風と水の魔法を混ぜ、風の速度を持ちながら水の重さを活かす。一撃一撃が相手にとっては重たい槌のような火力になる。剣士たちのもとへ一気に攻め、距離を離す。
「お前たちは、恥ずかしくないのか!家族もいない少女が——生きるために必死な少女が、汚い商人どもによって奴隷へとされるところだったんだぞ!」
「奴隷に人権はない。貴様は商人を襲撃し、奴隷を奪った。それは法に背く行為だ。」
「話の通じねぇ...くそが。」
そうして再び剣に魔法を纏わせ、斬り続ける。ネオンを守るため、それ以上の理由も求めずにただひたすらに剣を振る———するとどこからか誰かが走ってきている音がする。僕が確認しようとあたりを見回すが、その間にも剣士どもは剣を振り私へと襲いかかる。
「やめろ!」
その声は剣士たちの動きを止め、混乱を起こした。剣の才能があるかはわからない。ただ強者だと直感で感じられるほどの力を持っていた。
「私は騎士フォルド・ヴィンセントと申す。そなたがなぜその獣人を連れているか問うつもりはないが、少なくとも盗んだものでは有るまい。」
その騎士は私を庇った。
「———だが、この国は奴隷制がまだ根付いている。その獣人を連れて行くなら早々にこの街を去ったほうが良いだろう。」
そういった後、騎士はネオンの目線へと腰を下ろし、優しく微笑んだ。
「獣人、名は?」
「——ネオン」
「いい名前だな。また機会があったら会おう。次に君と出会うときには奴隷なんて制度を無くしておこう。」
———ネオンと話している姿を見ていると、少し違和感を覚える。身長こそ高いが、年齢は大きく変わらないように聞こえる。どこか喋りの節々に子供っぽさというか、未熟さが滲んでいる。
「その...騎士様は何歳なんだ?」
「18だ。」
その言葉にとても驚いた。自分の方が幼いのは当然だが、4歳しか変わらない人間がまさか騎士として街を守っているとは...そう思うと少し自分が情けなく見えた。家を飛び出して、自由気ままに生きている僕と、使命を抱え剣で街を守る彼。どちらが素晴らしい———くだらないと優劣をつけるつもりはないが、劣等感を感じるのは必然だった。
彼と別れた後、すぐに街を出た。ネオンのことが心配だったのも有るが、それよりあの騎士を見ているだけで自己評価が徐々に低下している気がしていたのが大きい。こればっかりはどうしようもない———気にしなければいい話では有るのだが。
結局フェルゼンでの滞在は2ヶ月に及んだが、そのうち1ヶ月半は移動で、王都にいたのはせいぜい二週といったところだろう。そして、予定よりも2ヶ月早く、家を出た翌年の初冬に故郷へと戻ってきた。遠く旅をしていたからか、見慣れていたはずの光景がどこか新鮮に、懐かしさを感じさせた。
家へと戻る前に、街へと出る。故郷はフェルゼンとは違い奴隷制はなく、ネオンも町の人々と仲良く会話することが出来たようだった。そうしてほぼ1年ぶりの故郷の食事を楽しみ、家への道を歩き始めた。
ネオンとともに歩いていると、後ろから馬車の音が聞こえていた。この道は僕の家以外に特に馬車に乗っている人が住んでいた記憶はないが———つまるところこの馬車は父のものだ。そんな事を考えている間に音は大きくなり、二人の横で馬車が止まる。馬車の中から父が顔をのぞかせ、驚いたような顔をしていた。
「帰ってくるのが早いと思ったら...仲間か?」
父は私たちを馬車に乗せ、家への道を少し急いで走らせる。父にとってはあと2ヶ月ほど帰ってこないはずの息子がいきなり帰ってきたのだからびっくりするだろう。父は昔とは違い、積極的にいろいろなことを聞いてきた。そして僕もこの旅で変わったのだろうか———父の質問に答えられるようになっていた。
「そうか、フェルゼンは確かに唯一階級社会が強く根付いているからな...無理はない。」
すべてを話すと、父も賛同していた。父は故郷で働いてはいるが、商人の友人などから他国の情報をよく聞いているそうだ。実際に見たことはないからわからないとは言うが、そのような人間でもひどいと聞くぐらいにフェルゼン階級社会は知られているらしい。
「先代の国王が廃止しようとして、商業連中に暗殺されたって噂も一時期流れていたぐらいだ。相当闇が深いんだろ————ところで、えっと...名前は?」
「そういえば父さんに紹介してなかった、この子はネオン。旅の途中で出会った仲間です。」
「ネオン...いい名前だな。いい響きだ。」
父は相当名前を気に入ったみたいで、すごく笑顔になった。そしてこれからどうするのかと僕に聞いてきた。とりあえず旅に出る用事はないと僕ははっきり言った。すべての国を回ったからもう十分だというのもあるが、自分自身の知識不足や能力不足が足を引っ張っていたことを自覚していたからこそ準備期間がほしいというのもある。そして僕はもう一つ考えていた。
「次に旅に出る前に、ネオンを自分の身が守れるぐらいまでに強くさせたい。」
父は真剣に聞いていた。家につくと父はすぐに学校の手配をしてくれた。こうしてネオンは学校へと入学することになり、ネオンが2年の間学んでいる時間を生かして僕も家へと残り能力をさらに磨くことになった。
そうしていつの間にか1年がたち、ネオンは無事に進級した。ネオンの能力はクロティスの見抜いたとおりだった。
「私、炎と氷はAなんだけど、他は全部Cだった...あと剣技もC...」
獣人は基礎能力として人間よりも身体能力が高いが、剣が使えないものも多い。また魔法適性が高いが、ネオンはそのさらに上をゆく二属性持ちだったのだ。普通どの種族においても二属性以上の魔法適性をもちやすいなんて長所はない。二属性は種族ではなく才能である。ただ、獣人は人間よりも魔力量が生まれつき多く、魔法適性も特定の魔法のみ高くなる。ゆえにネオンの成績は才能と種族の両方が起因していると言っても過言ではない。
「まだ一年ある。ゆっくり学べばいいよ。」
クロティスはあえて急がせるようなことはしなかった。
二年目、ネオンの力はまたたく間に成長した。1年前まで使えなかった魔法はすべて習得し、B以上の成績を全てで取った。剣技では自らの機動力を生かしAを取っていた。正直、恐ろしい。自分が三年以上かけて習得した剣技を2年もかけずに習得したのだから。
そしてネオンは優秀な成績を収め、魔法学校を卒業した。だが、いまだにネオンの傷は治らない———奴隷として扱われた心の傷が。いまだに馬車や、人に怯えている時がある。夜に泣いている時がある。
本当にこのままでいいのだろうか。ネオンのためになるのだろうか。
「クロス、ネオンの調子はどうだ?」
「父さん——あまり良いとは言えない。能力は十分、でもあの時の記憶がまだあの子を苦しめているみたい。」
父さんは僕の言う話を淡々と聞いていた。親子二人で話をするだなんて、旅をする前は考えもしなかっただろうな。と頭の中に雑音が。どうやら父さんもネオンのことを心配していたらしい。明るく振る舞いながらも、その奥底には黒い何かが宿っているのを感じるのだという。
「クロスが旅に出た時、父さん寂しかったんだ。見慣れた光景なのに、見慣れなくて。でも、帰ってきたお前はすごく変わっていて、送り出してよかったと思える。たぶん、ネオンも一緒なんじゃないか。一度離れることも大切だと思うぞ。あの子の傷が治らないのは、お前という存在がいるから...というのは少し野暮だが。」
父さんの助言は的確だった。ネオンは強くなろうとしているが、本質は僕への依存状態。本当にネオンを強くしたいのなら...離れるしかないだろう。
「ありがとう、父さん。話聞いてくれて。明日ネオンに話してみるよ」
そうして、満月の夜、親子はともに会話を弾ませ、夜はあっという間に更けていったのであった。




