-1 孤独
生まれた時から、常に「期待」を背負っていた。
母は剣神と呼ばれるほどの剣の天才だった。
父は魔法と幻術の実力者だった。
周りの人間からは常に「理想」の仮面を被らされた。
僕が失敗する時、他人は笑った。嘲笑はつまり失望であった。
僕が幼い時、母が死んだ。ある朝に横にいたはずの母が消えていた。机の上には手紙が置かれていた。
『クロウへ。最期まであなたのそばにいてあげられなくてごめんなさい。』
まだ思考力のない僕にでも十分に理解できた。母は死んだのだと。母という存在はもういないのだと。
父は泣いていた。母は花畑の真ん中で眠っていた。
—二度と目を覚ますことはなかった。
父は絶対に僕に関わろうとしなかった。家ではほとんど出会わなかった。
「お前はアリアの代わりにはなれない———私に関わろうとするな。」
僕が10歳のころ、父の誕生日に言われた言葉だ。父は母を失い、囚われていた。
——————それが哀情なのか愛情なのかはわからない。
14歳の時、家を出る決意をした。父は僕に何も言わなかった。旅立ちの時、ちょうど父が帰ってきた。
「今から行くのか。」
その言葉が数日ぶりの会話だった。
「はい——しばらく家には戻りません。」
父を突き放すためにわざと嫌な言葉を言った。そうすれば父も僕のことを忘れてくれると思った。
「もし前に進めなくなったら、いつでも帰ってくると良い——この家は好きに使え。」
父は僕のことを嫌っていると思っていた。母を失ってからほとんど話さなかった父が、そんな言葉を——そう思うと気になってしょうがなかった。
「父さんは...僕のことをどう思っているのですか—」
「アリアを—お前の母さんを失った時からずっと素直に接することができなかった。どうしてもお前をアリアと重ねてしまっていた...愛せなかった」
『だが、明日からは別々の世界を生きることになる——だから言うが、お前は今までも、これからも、俺の大事で誇るべき息子だ。』
父にそんなことを言われるとは思っていなかった。だから、余計今まで積もった黒い何かが僕の中から出そうになって、それを止め、また出て...それを止める。母さんが死んでから喪失に苦しんだのは父だけではなかったことをそこで初めて実感した。
「どうして...父さんは...」
「顔を合わせることもなくなる...それならこの気恥ずかしさもあまり気にしなくてよいだろうからな...」
溢れそうになる涙を抑える。
そして、旅立つ決意をする——父から離れるためではなく、自らを高めるための旅へ。
「父さん...今までありがとうございました、行ってきます。」
「...行ってらっしゃい」
最後に父と抱擁を交わした。温かく、今までのつらい日々を忘れるようであった。
父に背を向け、自らの旅路へ足を踏み出した時、目からは大粒の涙が溢れていた。
家を出てから一ヶ月、故郷を出て、北の国:リーベン王国へと到着した。北側であるがゆえ、故郷よりも涼しく快適だった。そこで触れた新たな食事や文化に心が躍った。
一ヶ月経っても父への罪悪感を消しきれなかった。直前まで相談もせず、父の思いを踏みにじっただろうか。そう思い、手紙を書くことにした。
『一ヶ月をかけて、隣の国リーベンの小さな町、エルテルンへ来ました。国が違うだけで食事や文化が 違い、その違いに驚きつつも楽しく過ごしています。』
手紙には今の場所、想いすべてを書き、そしてこうも綴った。
『僕が勝手に家を出ていって、父さんは怒りましたか?10歳ぐらいのころから父さんはきっと僕を嫌っていると、勝手に思い込んでいました。14歳になって成人したら、家を出ていって自分の生きたいように生きて、父さんとは二度と会いたくないとも思いました。でも、あの日父さんが僕をずっと愛していたことを知ってから。母さんを失ったことに傷ついていたのは僕もそうだったことに気づいてから罪悪感が消えません。母さんを失い、言葉に表せない孤独とその苦しみを知らずの内に父さんにぶつけていたことに気づいてから、申し訳なくなって、謝りたいと思っています。』
言葉で綴るほどに、両親二人とともに出かけた思い出と、父の旅立ちの日の言葉が思い出され、胸が痛くなる。
『移動に時間がかかってしまい、手紙を書くのが遅れました。また何かあったら手紙を送ります。旅立ちの日から1年後、ちょうどその日に家へ戻りたいと思っています。強くなった僕を父さんに見せるために。』
決意を固め、綴り、それを贈った。その手紙で父さんへの思いを消し、1年後のその日のために強くなろう。そう決意した。
数日後にエルテルンを出て、リーベンの王都サムホートへとやってきた。この街は王都ながらもきれいな田園風景のようで、ついつい長居していたらいつの間にか1週間が過ぎていた。家で食べていたムギとは違うイネという作物はとても美味しかった。剣とは違う刀や短刀という武器にも触れながら、その地で依頼をこなし資金を得た。そして新たな出会いもあった。
『フロウ・アスカルディアだ。よろしく、剣と魔法は得意分野だ。』
依頼をこなしていた時、フロウという魔剣使いと出会った。彼の魔法は威力こそ小さいが、剣との相性が抜群だった。剣技は完璧で、フロウと3ヶ月ほど依頼をこなし、剣や魔法の腕を磨いた。
「フロウ、ありがとう。またいつか、絶対に会いに来るよ。」
『ああ、いつでも待っている。来るんだったら手紙でも送ってくれよ、じゃないと歓迎する準備できないからな。』
フロウの剣の教え方は的確だった。そして僕にはなかった『弱い魔法も強い一振りになる』という言葉がとても深く刺さった。何にせよ、美味しい食事に大切な仲間、世界を一周して戻ってこようと思えるほどに素晴らしい国だった。
2ヶ月ほど山や森を抜け、東の国レゲル王国へと到着。レゲルはリーベンとは違い、故郷と似ていたが少し違い、海が深く根付いた文化だった。魚や肉が中心の食だが故郷と似ている部分もあり懐かしさを覚えた。レゲルでは街について早々疲れからか病にかかってしまい、2ヶ月もせずに街を出た。
レゲルを出る時、父には1年より少し早く家に戻れてしまうかもと書き、送った。予想よりも旅というのは簡単かもしれない。
——気の所為だった。行く街で依頼を受け、人を助け...そんなことをしていたらあっという間に3ヶ月。お人好しなことは自覚しているが、レゲルの噂の広まりも驚きのものだった。知らないはずの人々が僕のことを知っているのだ。
そうして、フェルゼン王国についてすぐ、父にやっぱり1年と手紙を送る羽目になったのだ。
プロローグ第一話...ということで-1と書いています。




