88.王城への潜入
凍湖シンシンの国、王都、の外。大勢が住まうその場所が見える位置でゴウゴウと崎藤はせっせと火薬を背負い走り回っていた。
「ゴウゴウ君、僕らはあとどれぐらいこうして走り回ればいいのかな?」
「少なくとも火薬を全て使い切るつもりではいるが」
「じゃあまだまだかぁ」
彼らは王城へ向かう暗殺部隊の為に陽動を行っているところだ。王都の外で火薬を爆破し兵士の気を引く。既に三度の巨大な雪柱を立てその様子は王都中に伝わっている事だろう。ゴウゴウは雪の上に立ち兵士が外へ出て来るのが今か今かと待ち構えている。
そして
「崎藤、お前は遺跡に戻った方がいいな」
「あ、来た?」
とうとう二十名ほどの兵士が王都の門を出たのが確認された。崎藤は武術を身に付けもしていなければ魔力もほとんど持っていない、戦闘においては全くの足手纏いだ。
「じゃあこっちは任せるよ。僕は別の場所で爆破を続けるから」
「……遺跡に戻れと言っているんだが」
「大丈夫大丈夫、時間差で爆破する方法とか考えてあるしそうそう捕まらないからさ。いざとなれば君に脅されてやったって言うから」
そう言って崎藤はその場を離れて行く。その移動速度はゴウゴウから見ればあまりにのんびりとしたものだったが、幸い兵士たちがここへ来るまでには遠くに離れる事が出来るだろう。先の物言いには色々と言いたいこともあったがそんな余裕は無さそうだ。
「……さて、俺は俺でやるとしよう」
暗殺作戦におけるゴウゴウの任務は王城から可能な限り多くの兵士を外へ連れ出す事、その為には外で何かが起こっている事を印象付け、更には派遣された兵士を中へ返さず更なる応援を要請させることが肝要だ。
「凍湖シンシンの兵士の実力を見させてもらうとしよう」
魔力がバチバチと音を立てて雷が走る。王都の外で一つの戦いが始まろうとしていた。
王都の外でゴウゴウと兵士が接敵しようとしていた時、王都の中でも動きがあった。王城近くのとある倉庫の中には山河カンショウの冒険者たちが集まっている。
「先程と同じように竜神さんと私で先行して中への抜け道を作ります。その後は流れで、という事になるでしょう」
ミザロがそう言ったのをロロ、瑞葉、ハクハクハク、それにザガとツバサが頷く。
「では」
「やるか」
二人が倉庫を出て行く。雪深い外へと出てその姿が消えて行く。残された者達は竜神が地下から通してくれるであろう道が出来るのを待つのみだ。しばらくただそれを待つだけの時間が過ぎる。
「城に入ったらどうするんですか?」
瑞葉は不安を誤魔化すように口を開いた。沈黙は彼女の内にある不安を増して行くばかりで何か話していないと押し潰されてしまいそうだったのだ。ザガとツバサは顔を見合わせてその問いへの返答を考えるが、中々それは難しいものだ。
「実際僕らの計画って結構行き当たりばったりな所があるからどうすると言われると難しいね」
「王都に来たのも初めてだしな」
彼らは経験豊富な冒険者故に凍湖シンシンへ来るのは初めてでは無かったが王都まで来るのは初めての事だった。今回ここに来た中ではミザロだけが唯一ここまで来たことがあったもののそれすら何年も昔の話である。物事の計画を立てるには事前に情報を集める必要があるものだが彼らにはそのような時間も無く、結果として細部は何も決まっていない穴だらけの計画と共にここまで来ることになった。
「まあおそらくは中にまだ兵士がいるだろうからそれを倒して凍湖シンシンの王、アルザード16世の元へ向かう、ってことにはなるだろうね」
何とも大雑把というか、実質何も決まって無いのと同じである。
「とりあえず王様の所に向かえばいいってことだろ?」
「そうだけどさぁ」
ロロは何とも気楽なものでそんなことを言っているが、今の所王様がどこにいるかすらわかっていないのだ。
「最悪の場合王様がここにいないって事もあり得るがな」
ザガはそんなことを言って笑う。全く笑い事では無いのだがまだその可能性だって彼らの中には残されている。その後もしばらくは予想されうる嫌な状況について色々と語ったりしていたのだが、瑞葉はふとハクハクハクが王城の方をじっと見つめている事に気付く。
「ハク、どうしたの?」
「え、あ、いや……」
彼女は一瞬下を、竜神が作ったこの倉庫から王都の外へと続く穴を見た。そして再び王城の方を見て、
「中々戻って来ないな、って」
ミザロと竜神がここを出て数分が過ぎている。そろそろ道を繋げても良い頃合いだと思うが彼女ら戻って来る様子はない。
「まあ王城の中は警備とかいるだろうし場所をどこにするか悩んでるんじゃない?」
瑞葉はそんなことを言って宥めようとしたが、しかし。
「いや……」
「だな」
ザガとツバサの二人がすっ、と立ち上がる。その表情は非常に険しい。
「え、っと?」
「あの二人、見つかったな」
「え?」
「見つかった?」
「それも穴を開ける余裕も無いような相手にな」
その言葉が意味するのはつまり、二人は見つかってしまったのだろう。英雄、化け物、圧倒的な強者、人類の到達点、そんな存在に。
ミザロと竜神が倉庫を出て行った直後。二人は王城へと向かって走った。城を囲む塀の周囲を確認しながらどこから潜入するかを考える。
「どこなら警備が手薄だと思う?」
「どうでしょうね」
「勘でいいぞ」
ミザロは少し考え、そして口を開く。
「どこでも同じのような気はしますね」
「……よし、なら行くぞ」
直後、二人は高い塀の上に跳び上がる。その先には見張りの兵士がいたのだが彼女らに気付き声を上げる前に飛んで来た石弾によって気を失った。
「見張りがあの程度とは大丈夫かこの城?」
竜神は第二、第三の矢も用意していたのだがそれらは全く使う必要が無かったらしい。なんなら一撃目は牽制のつもりでいたのだが、どうやら見張りに残されていたのは三等星の中でも下の方、下手をすれば四等星でもおかしくないような実力の者らしい。余程戦力が残っていないのか、不審に思いながらも城の方へと歩みを進める。
「どこに穴を開けようかね。武器庫なんかがあれば一石二鳥なんだが」
「どうでしょうね。流石に警備が厳しいのでは?」
そう言いながら彼女らが窓を破壊し城の中へ足を踏み入れた。その瞬間、二人の表情が険しくなる。
「見つかりましたね」
「ああ」
竜神は思う、成程どこでも同じなわけだ、と。彼女らが城に足を踏み入れた瞬間感じたのは魔力だ。それは壁や床を伝い城の中に張り巡らされている。おそらくはこの城の全ての場所に同一の魔力があるのだろう。
つまり、誰かが城に入った瞬間にはもうその存在がばれている。
「来ますよ」
そして当然、存在がばれているのならそれを始末すべく刺客が送られるだろう。
「ほう……、見覚えのある二人だ」
「ようこそ凍湖シンシンの国へ。歓迎するよ」
「そういうのいいからさ、早い所終わらせない? アルザード様が怒るわよ」
巨大な杖を持った老人、柔和な笑みを浮かべる筋肉質な男、気怠そうにする猫背の女。三者三葉の姿をする彼らには一つの共通点がある。胸に真円を描くバッジを付けているのだ。それは三大国全てに共通する一つの印、冒険者の頂点、一等星の証だった。
ミザロと竜神が見つかってしまったその頃、倉庫に残っていたザガ達も動き始める。
「あの二人がこんな遅くなるなんて碌な事になってないぜ」
「おそらくはここに残っている強敵にかち合ってしまったんだろう」
「ミザロ姉が見つかったって事? あんなに強いのに?」
「相手もまた強いって事さ」
ザガ達はさして驚く風もない。要するにその可能性についてはとうに考えていたのだろう。自分たちでも勝てないかもしれない相手がここにはいるのだと。
「ここからは別行動だな」
不意にザガがそう言った。
「別行動ですか? 何で」
「全員で一緒に行動して全滅が最悪だからね」
ツバサは当然のようにそう答える。或いは、彼らの中では既に話がついていた事なのだろう。
「俺様は城の外で騒ぎを起こす。ど派手にやってやるさ」
「その隙を突いて僕らは城の中に潜入し王の暗殺に向かう。まずはどこにいるか探さないとね」
「じゃ、俺様は行くぞ」
ザガが倉庫を飛び出る。そしておよそ十数秒後、王城の中で爆発音と共に煙が上がった。
「……行こうか」
目まぐるしく変わる状況にロロ、瑞葉、ハクハクハクの三人はまるでついて行けていない。しかしそれでもツバサの先導に従い王城へと入って行く。
ミザロ、竜神は目の前にいる三人の人間に見覚えがあった。と言っても直接見たことがあるわけではない。彼らは三人共三大国に名を轟かせた冒険者だったのだ。
「星落としのアパシア、破壊竜ショウキ、それに無間の朱鷺姫、と記憶していますが如何でしょう?」
「お~、僕らのこと知ってるんだ。嬉しいな~」
「あんたらぐらい有名人なら流石に覚えてるっての」
三人が三人共魔王大戦で名を上げた凍湖シンシンの冒険者だ。最近は彼らの話を聞くことは無かったがそれは王に見初められ表舞台に出て来なくなっていただけなのだろう。
「ショウキ、あんた馬鹿やってないでさっさと殺しちゃってよ。最近のアルザード様ってほんとに気が短いんだから」
「わかったわかったって」
笑顔を絶やさぬ筋肉質な男、彼こそが破壊竜の名を持つ一等星、ショウキだ。彼がそのような名で呼ばれる所以は魔王大戦の時代にある。曰く、彼の拳は竜をも砕く。
「じゃあ死んでもらおうかな」
目を細め彼が体勢を低く、突撃の構えを見せる。しかしその瞬間、三人を覆うように床や壁が大きく形を変えた。
「潰れろ」
竜神の魔力によって形を変えるそれらを単なる石壁と同じに考えてはならない。百戦錬磨の冒険者たる彼女が魔力を込めればただの紙ですら剣を防ぐ盾となる。であれば石壁ならば多少の攻撃ではそれを砕くことは勿論、傷一つ付ける事すら出来ないだろう。
が、
「これが竜神の魔法かぁ!」
耳をつんざく破砕音、ショウキの拳は易々とその壁を打ち砕き、更にはそのまま二人の元へと突撃を仕掛ける。狙いは壁を破られ動揺を見せる竜神だ。
「まず一人!」
叫び、拳が振るわれる。しかしその瞬間、先程まで焦燥に駆られていた竜神の表情が笑みに代わる。
「お?」
ショウキの足元が大きく揺れる、いやより正確に言えば足場が大きく上がっているのだ。竜神は破られることなど想定済みで既に次の行動へ移っていた。それはつまり、慢心し突撃して来た相手に隙を作る事。
「成程」
ショウキの目がもう一人の姿を捉える。剣を抜き体勢を崩して隙を晒した自分へと向かって来るミザロの姿を。彼は即座に竜神へ向けていた拳の軌道を逸らしミザロの眼前へと振り下ろしたが、それを読んでいたかのようにすれすれを擦り抜け剣が胴体へとぶつかる。
手応えはあった。ミザロははっきりとそう感じたがそれは剣で人体を切り裂いた感覚ではない。鈍器で人を殴ったかのような感覚だ。
「あいつの身体は鋼鉄製か?」
竜神がそう嘯くのも無理はない。ミザロの剣を受けたショウキは勢いでそのまま後ろに数歩下がったものの服が切れただけで肉体には傷一つ無いのだ。
「いやぁ、成程。強いなあ、流石は音に聞こえる二等星だ。二人共まとめて倒すつもりだったのになぁ」
本人もまるで堪えていないようにただ自分の攻撃が凌がれた事だけに驚いている。ミザロと竜神は流石に冷や汗をかくのを感じていた。一人ですらこの強さなのに同等の相手が後二人。はっきり言って手に余るというところだろう。
「若いのにだらしない、次は儂がやろうか」
「ちょっと、だから時間かけないでって言ってるでしょ? 三人でやるよ」
アパシアと朱鷺姫も既にやる気満々、猶予はあまり無い。逃走か闘争か、次の判断を悩む二人だったが、直後、遠くから爆発音が鳴り響き城が揺れる。
「……ちっ、あ~、仲間がいるんだ」
朱鷺姫が舌打ちしながら二人を見つめる。それはもう気怠そうにしながらだ。そして大きく溜息をつくと踵を返す。
「私があっち行くからこっちはよろしくね」
そして次の瞬間、その姿がふっ、と消えた。竜神は思わず目を見張り、
「見えたか今の?」
と小声でミザロに尋ねたが、彼女も見えなかったようで。
「いなくなって良かったと思いましょう」
とだけ返すのだった。これで数字の上では二対二と互角にはなったがそんな数字に意味がない事は彼女らが最も理解している。
「竜神さん」
「分かってる」
不意に竜神の足元に穴が空いた。彼女は手を振りそこへ落ちて行く。
「あ~、追って来いって事?」
「二人でこれを仕留めてからでも問題は無かろう」
「そうは言いますがねぇ」
ショウキは目の前のミザロを見つめる。彼には先の彼女の一撃は確かにまるで効いていない。しかしその直前に自分の一撃もまた避けられたのを彼ははっきり覚えている。その一撃は決して手加減などなく早々に終わらせようとしたものだった。
「ちょっと時間がかかるかもしれませんから」
そう言ってショウキは前へ踏み出し穴の元へ。
「僕が追いますよ。老人に無理させるわけにはいきませんしね」
そして彼は穴の中へと入って行く。そしてそれと同時に入り口は消えて残されたのはミザロと凍湖シンシンの一等星、星落としのアパシアのみだ。
「……アパシアさん。あのように言われておりますしここは一つお帰りになって休んでみてはいかがでしょう?」
ミザロがそのような事を言うのは珍しい事だ。彼女は基本的に相手を制圧すると決めたなら余計な事は話さない。そしてこのような状況で制圧する事を躊躇う事も無い。それがわざわざそんな発言をした理由は。
「命乞いのつもりか? それほど儂と戦いたくないか」
アパシアが杖を掲げると周囲を魔力が覆う。城中に魔力を伝わせていたのは間違いなくこの老人だ。今はその魔力も目の前のミザロを包囲する為に使っているようだが。それがどういう事を意味するのか彼女ははっきりと理解している。
「ならばすぐに終わらせてやろう」
老人がそう言った直後、ミザロの周囲を包囲するように何の前触れもなく複数の燃え盛る火の玉が現れた。それらは一直線に彼女の元目掛けて飛んで行き、ミザロに触れる直前にそれ同士ぶつかって弾ける。光と熱が周囲を覆った。
「……ほう」
光が収まった時、そこには熱による蜃気楼が起こり王城の廊下が揺らめいている。そしてその奥にミザロが佇んでいた。
「大抵の相手はあれで消し炭になるのだがな」
本来なら火の玉は避ける隙間もない軌道を飛んでいた。しかしミザロは自身に近付いて来たその瞬間に風の魔法でその軌道を僅かに変えてその隙間を縫い脱出したのだ。その対応能力は素晴らしいと称賛を受けて然るべきものだが、それと同時に今のはあくまでぎりぎりで凌いだに過ぎないという事も事実である。
なにせ。
「なら次は凌げるか?」
彼の周囲に無数の火の玉が浮かび上がって行く。それは先程よりも数が多く、大小も様々だ。
先の一撃など彼にとっては小手調べに過ぎない。彼女は覚悟を決めて剣を構える。戦いの始まりだ。
ロロ、瑞葉、ハクハクハク、そしてツバサの四人は王城への潜入を謀っている。ミザロ達が戦闘に入った今、彼らの目的は速やかに王の元へ向かいその命を取る事だ。
「ど、どこから入るんです?」
「とりあえず人が居なさそうなところから入りたいけれど……」
「探知の魔法、とか?」
「それはやめておこう。あれは熟練者ならその範囲に入った事ぐらいすぐにわかる。僕らの存在はばれていないのが大事だからね」
ハクハクハクは以前に牛鬼が探知魔法に入ったことを察して彼女の元へやって来た事を思い出す。三等星の冒険者でもそれが可能なのであれば一等星など言うに及ばず、だ。
「おそらくミザロさんと竜神さんは倉庫の近くから入って行ったはずだから裏から入ろう」
「根拠あるんですか、それ……」
「まあ、あの二人は頭が単純だから近くから入ってさっさと終わらせようとするかなって」
王城の裏手に回った彼らは周囲に戦闘音がない事を確認し、ひとまず見つけた窓から中を覗き見る。そこはどうやら使われていない部屋のようで物置らしい。それを確認するとツバサが窓を切り裂き無音のままに中へ入る。その手際は大したもので部屋の前どころかその部屋にいたとしても直接見なければ気付くことは出来ないだろう。
しかし彼は足を踏み入れる瞬間、緊張を顕わにしていた。ミザロと竜神の二人があっさりと見つかったという事はかなり広範囲に探知魔法が敷かれている可能性が高い。そしてもしそれが出来るならほぼ間違いなく城内は全て探知の範囲だろう。神経を研ぎ澄ませ自身の周囲に広がる魔力の痕跡を探ろうとしたのだが。
「……三人共、入っていいよ」
今は探知魔法が解かれていると判断したようだ。事実、かの探知魔法の使い手は今ミザロとの戦闘に入ろうとしている。三対二だった時はともかく、一対一の今は片手間でどうにかなる相手とは考えていないらしい。
王城に入り込んだ彼らはここから騒ぎを迂回して王の元へ向かわねばならない。
「よし、じゃあ行こうか」
三人は城を見上げる。普段ならばその壮大な姿に息を呑むような感動を覚えていたかもしれないが、今はまるで人を飲み込む巨大な魔物のように見えていた。




