88.1.ザガと朱鷺姫
凍湖シンシンの国、王都にある王城のとある一角。そこはまるで外からの爆撃を受けたかのように壁が破壊され内部が剥き出しになっている。
「はっはっは! これで少しは風通しが良くなったかぁ?」
煙が上がる中で一人立っている男がいる。彼こそは山河カンショウの国で名高き冒険者、ザガ十一次元鳳凰のリーダーを務める男、ザガだ。高名な冒険者の中では珍しい事に爆破の魔法を扱い、その力によって城の壁を破壊して見せたのだ。
「何だこれは!?」
しかし当然ながらこれだけ派手に動けばすぐに兵士がやって来る。即座に現れたのは十名ほど、彼らは王城を守る最後の砦、精鋭だ。
「賊め! どこから来た!?」
各人、手に持った槍と盾を彼に向けて取り囲む。しかしザガはにやりと笑みを浮かべるだけだ。
「言うと思うかぁ?」
そう言ってザガが拳を振り上げた瞬間、兵士たちは即座に防御態勢を取った。この場に突如として現れ城の壁を破壊したような相手だ、強力な魔法を使いこなす相手だとわかっていたのだろう。その手並みは成程間違いなく精鋭だったのだが、ザガを相手にはそれだけでは足りない。
振り上げた拳が地面に向けて振り下ろされる。それを目にした彼らは困惑しながらも次に備えていたのだが、巻き起こったのは爆発だ。拳が当たった地面を抉るような大爆発。巨大な破裂音と共に爆風が兵士を襲う。
「陣形を乱すな!」
兵士の長らしき者が叫んだその声も爆風にかき消されてしまうが、それでも兵士たちに動揺は無い。しかし、ザガはその爆風の中で彼らの綻びを見つける。
「お前か」
ザガがある一人に向けて走り出す。爆発の中で彼が見たのは兵士の練度の差だ。このような場に現れる以上は全員が精鋭なのはわかっている。しかしそこにも練度の差は必ず存在する。未知の相手と相対した時、たった一人爆風に思わず目を瞑った者がいた、それがその陣形に綻びを生んだ。
兵士が再び目を開けた時、目の前には既にザガが居た。
「しまっ!?」
拳が突き刺さると同時に爆発が彼を吹き飛ばす。幸いにも魔力による防御で致命傷は避けられたが腹部の骨が折れ戦闘の継続は難しいだろう。そして兵士たちは乱れた陣形の中で一人、また一人と綻びを見せ始めていた。
「取り乱すな! 相手は一人だ、囲んで叩け!」
そんな声も虚しく一人、また一人と拳と爆発に吹き飛ばされる。気付けば残った兵士は三人。
「随分減ったし逃げるのはどうだ? 城の外に行くなら見逃すぜ?」
「馬鹿げたことを」
兵士の長が槍を高く掲げる。それを合図にしたかのように他の二人が左右に散った。ザガは槍を高く掲げたことで隙だらけの懐に飛び込もうと前に出る。
が、
「おっ?」
前に出ようとした瞬間に左右に散った二人の間に鉄線が存在することに気付いた。それは当然、魔力で強化されており岩をも容易く切り裂くだろう。しかし躱すとなれば上段に槍を構えた強烈な兵士の長の一撃が待っている。即座に左右の兵士に狙いを切り替える事も考えられたが、彼らの表情はそれをすればたとえ自身が犠牲になろうとも動きを止めて見せると言っている。
「やるじゃねえか」
それでザガを倒せるわけでは無かったが。彼は拳を前に突き出す。
ザガの装備は特製の手甲と足甲だ。その役割は防御だけではない。敢えて内部に空洞を作られているそれらは、そこで爆発を起こす事による高まった圧力を小さく開けている穴から放出する事が出来る。爆発が周囲の全てを無差別に破壊するのであれば、それはただ一点を貫く弾丸となる。
爆発音、それと共に溜まった圧力が弾丸となって発射された。それは糸を裂きそのまま兵士の長の頬を掠める。全員の動きが止まる。
「……次は当てるぜ?」
頬を伝う血は兵士の長に自らが死に近い場所にあると悟らせていたが、それでも彼はこの城を守る為にここに立っていた。構えた槍を下ろす事は無い。
見上げた忠誠心だとザガは溜息をついた。別に彼は兵士を殺したいわけではない。戦争を終わらせるのに必要なのは王の暗殺のみだ、他の者にはわざわざ怪我をさせる必要も無いのだが、これ以上やるなら、と構え。
直後、拍手の音が響いた。
「は?」
ザガは呆気に取られ思わず間抜けな声を上げる。しかしそれも仕方ないだろう。拍手の音と同時につい今しがたまでそこにいたはずの兵士たちの姿が消えたのだから。当然ながら彼らにはそんな瞬間移動ができる能力などない。あるならばとうに使っていたはずだから。
では何が起こったのか。
ザガは拍手の音が鳴っている方を見る。
「みんなを殺さないでくれたことには感謝すべきだけど、不意打ちしなかったしお相子って事でいいかしらぁ~?」
そこにいたのは気怠そうに壁にもたれかかる女だ。ザガはその女の名を知っている。
「確か、無間の朱鷺姫、だったか?」
「よく知ってるねぇ。最近は表に出てないのに~」
「魔王大戦の時の話は中々忘れられねえっての」
ザガは二十年前の魔王大戦の当時、まだまだ若手の冒険者で前線に出る事はあまり無かった。しかしそれ故に活躍著しい者達の名前や姿は記憶に残っている。目の前にいる女は当時多くの写真が出回っていた凍湖シンシンの冒険者、魔王の配下として暴れ回っていた多くの魔物を葬り人々の町を幾つも奪還したと言われている女だ。
「しかしあれから二十年も経ったのに見た目が変わらんってのはどういうわけだ?」
「女がいつまでも若く見られたいのは普通でしょお?」
それは答えになっているようななっていないような言葉だったが、ひとまず目の前のそれはどうやら本人らしいザガは納得する。
「それでその朱鷺姫様がこんなところで何やってんだ? 俺としちゃあ英雄らしく町でちやほやされてればいいと思うが」
「ん~? まあそれも悪くないけどねぇ」
そこで彼女は言葉を止める。相変わらず気怠そうにしながら壁にもたれ、立っているだけで疲れているかのようにしながら。それでもザガは決して油断せず警戒し続けていたのだが、ふとした瞬間。
「消えた?」
一瞬前までそこにいたはずの朱鷺姫が消えた。少なくともザガの目にはそう映っていた。そして彼女がどこへ行ったのかというと。
「じゃあねぇ~」
ザガの背後、隠し持っていた短剣が首筋を狙う。避けるのは不可能だ、そう思える程の距離と速度。だったのだが。
爆発。それが起こったのはザガの手甲の内部だ。手甲の内部の空洞は前方と後方で二種類あり、前方は圧力で弾丸を発射する攻撃用、後方は爆発を推進力へ変える移動用だ。つまりこの瞬間ザガは手甲内部で爆発を起こし、正に爆発的な推進力で前に出る。
それは顔面から地面に突っ込みそうになる程に。
「うおおおっ!?」
とはいえ彼は熟練の冒険者であるしその装備も何年も使って来たものだ、本当にぶつかる前に手を地面に付きそのまま回転して勢いを殺して行く。ザガは体勢を整えると朱鷺姫の方を見た。爆発を推進力へ変えると言うのはつまり爆発の威力を手甲から後方に向けて一気に発射することになる。猛烈な爆風が彼女を襲ったはずだが、残念ながらそれは当たらなかったらしい。
「……はあ。何今の? ちょっと毛先が焼けちゃったんですけどぉ」
いや、一応は当たったようだ。毛先が爆発の熱で焼けてちりちりになっている。それは彼女に傷をつけたとは言い難いものだが、少なくとも不意を打てば攻撃が当たる事は証明している。
「これでも髪の毛には結構気を遣ってたんだけどなぁ……」
「そりゃあ悪いことしたな」
ひとまず軽口を叩くザガではあったが、実の所状況は悪い。既に自分の持つ技は披露してしまった。広範囲を爆破するだけでなくそれを推進力へ変える技、弾丸の方はまだ見られていないかもしれないが原理は同じ、想像はつくかもしれない。
対して朱鷺姫のそれは何が起こったのかわからないのだ。まるで瞬間移動のように一瞬で背後に回られ切り札の一つをあっさりと切らされたのである。それに対して髪の毛の先を焼いただけというのは余りに少ない見返りだ。
「……無間ってのは要するに間が無い。瞬間移動が使えるって意味なのか?」
「あぁ~、私の二つ名ね。そういう事、知らなかったの?」
「まあな。俺はあくまで山河カンショウの冒険者だ。あんたらの名前と顔ぐらいは知ってたが戦い方まではな」
ザガは二十年前の魔王大戦の時に見た写真やそこに一緒に書かれていた紹介文を思い返していたが、そこにあったのは精々名前ぐらいで戦い方など載っていなかったと記憶している。
故に、今ここで、彼女のそれを暴かねばならない。その方法に彼が選んだのは会話だった。
「瞬間移動は確かに強力だな。それがあれば町から町へ行き放題だろ? 羨ましいぜ」
「それが出来たら楽だったんだけどねぇ。そもそも楽したいからこういう魔法を研究したんだけど、なかなかねぇ。距離が遠くなると魔力がさ、凄いいるんだよねぇ~」
「それもそうか。んじゃあもしも大量の魔力が借りられれば国から国でも行けるのか?」
「たぶんねぇ。まあでも、しないでしょうけど」
「そんなにここが好きなのか?」
「いやいや、だって怖いでしょ? 見えてない所に移動するなんて、向こうに何があるか分からないし」
「成程、確かにな」
ザガはこの会話の中で幾つかの疑問を持った。そして最大の謎はなぜ今の間に攻撃を仕掛けなかったか、だ。可能性は幾つか思い付く。例えば一度使うと二度目の前に時間を空けなければならない。しかし兵士たちを消してから彼女自身が移動したまでの時間を考えると既に使えるようになっているだろう。では使わないのは単に機を計っているだけなのか。
ひとまずザガがすべきと感じたのは。
ドオン!
「爆破?」
自分の足元の爆破だ。朱鷺姫は自爆でもしたのだろうか、それなら楽でいいと思っていたが。
「……あ~、目くらましかぁ」
ザガの足元で起こった爆破は粉塵を巻き起こし彼の姿を見えなくした。直前に彼女自身が言った事だが、見えてない所に移動するなんてしない。それならばごく単純に自身の姿が見えないようにすれば彼女の瞬間移動は止められる。少なくとも彼女自身の発言を真に受けるなら、であるが。
朱鷺姫が次の行動を考えている間にも爆発は続く。周辺の地面が何度も爆発し一帯の視界がどんどん利かなくなっていくのが分かるだろう。
「煙に紛れて攻撃でもしてみるぅ?」
ザガの爆破は魔力で以て引き起こされる現象だ、彼はその魔力の中に相手の位置を感知する魔法を忍ばせることでたとえ視界が悪くとも相手の位置を把握している。無闇に近付けば逃げられる恐れもあるだろうが彼には近付かずとも攻撃する手段があった。
拳を前に出して手甲の先を朱鷺姫に向ける。
ドンッ!
音と共に手甲内部で爆破が起こる、凄まじい圧力が形成されそこから漏れ出た空気が弾丸となって発射された。そしてそれは粉塵の中でまるで動こうとしない朱鷺姫に当たる、はずだった。
「消えた!?」
命中の直前、朱鷺姫の姿が消える。それまでそこにあったはずの肉体が突然消えたのだ。彼の感知魔法は確かにそれを告げている。しかし問題はそれよりも。
「どこへ行った!?」
感知魔法に朱鷺姫の反応がない事だ。正に瞬間移動の如く相手が消え、その場所が分からない。自分の命を狙う相手の位置が分からないのは背筋が凍る思いのする事だろう。
直後、風が巻き起こる。それはザガの周囲を覆っていた粉塵を吹き飛ばし彼の姿を露出させた。しかし一方で朱鷺姫の姿はどこにも見えない。ザガは瞬間移動で壁の向こうに逃げているのだと当たりを付けていたが大規模な爆発を起こせば自身が隙を作るだけだと理解していた。
故にただ、待つ。自身の周囲に魔力の流れを作りそれに何かが触れた瞬間すぐに動けるように。
そして首筋に一本の短剣が。
「うおっ!?」
爆発音と共にザガの身体が沈み、短剣が一瞬前までザガの首があった場所を抜けて行く。しかしそれはザガの体勢を崩す為の一手だ。
膝を曲げて背中を大きく逸らし沈んでいくザガは見た。
「やべえな」
天井に立っている朱鷺姫、そして彼女が放った数本の短剣が自身に向けて襲い来るのを。それは明確な殺意を持って体勢の崩れたザガの急所を狙う。
しかしザガは冷静だった。両の拳を上向かせると即座に二発の弾丸を発射、最も早く襲い来る二本の軌道を逸らし、それとほぼ同時に足甲から爆発を噴射させ身体を横に転がさせる。結果、短剣は地面へと深々と突き刺さったもののザガは難を逃れる事となった。
「あ~、何で死んでくれないかなぁ~」
天井から降りて来た朱鷺姫が若干の苛立ちを見せながら言った。ザガはその姿を見ながら立ち上がる。
全くどこから現れたのかわからなかった。それが彼女の声を聞いた時の第一印象だ。そしてそれとほぼ同時に彼は無意識化で一つの事を結論付けていた。
朱鷺姫は瞬間移動などしていない。
明確な証拠があるわけではない、が、彼女の攻撃方法はどうも不自然な点が多い。最初の一撃こそ本当にそうなのかもしれないと疑いの目を向けたが、今の短剣の攻撃は瞬間移動を持つ者の攻撃としては不自然さがある。なぜ最初の首筋を狙ったものも頭上から襲って来た短剣も離れた位置からの攻撃だったのか、その点がどうにも腑に落ちない。反撃を警戒しているにしても天井からの攻撃はもっと距離が近ければ躱し切れなかったはずだ。
で、あれば。彼女は瞬間移動を別の方法で偽装している可能性が高い。天井にいたのは瞬間移動的にその場に現れたのではなくザガの感知範囲を避けて移動する場合その程度の距離が必要だったからだ。故にザガは一つの可能性を問う。
「分身か?」
それは半分かまをかけただけでもあったが、幸いにその問いにルーチェが僅かに反応を見せる。
「当たりらしいな」
「へぇ~、よくわかったね」
言いながら彼女の姿がぶれ、そのまま二人に分身する。
「「最近はこんなに長く戦う事無かったから、鈍っちゃったかなぁ」」
二人の彼女が同時に喋る。ザガは彼女のどちらが本物なのか目視は勿論、その他の五感や魔力で以て探ろうとしたが、結論を言えばまるで分からなかった。
「……どうなってんだ?」
故に困惑する。
似たような魔法の使い手はショウリュウの都にもいた。自警団の副団長であるルーチェは自身の分身のようなものを幾つも作り出し戦闘を行わせる。しかしそれは自身が二つに増えるのとは違い明確な差がある。見た目、能力、魔力、その他にも見分け方がいくらでも存在する。
しかし目の前の朱鷺姫はまるで差が分からない。故に困惑はしたのだが、
「どっちも潰せばいいって事か!」
ザガが飛び出す。相手の魔法が瞬間移動で無いのならおおよそやっていた事の推測はつく。朱鷺姫の魔法は分身、そして透明化などの姿を隠す魔法だ。他の兵士たちを消したのも自分自身の姿を消したのも姿を隠す魔法で、後は分身して潜んでいた方が攻撃を仕掛ける。わかってしまえば単純な話だ。
「吹っ飛べ!」
爆破の魔法は元々広範囲を無差別に攻撃する方が得意だ。ザガは魔力を込めた拳を突き出し前方をまとめて吹き飛ばす。
爆炎と爆風が二人の朱鷺姫が居た場所を飲み込む。およそそれを受けて無事でいられる人間はいないだろうと思われる威力。しかしザガは油断しない。相手は一等星、この威力の攻撃でも倒し切れるとは限らない。
「残念でした~」
爆炎を超えて二人の朱鷺姫が姿を現す。多少の怪我と火傷を負っているようだがその傷を感じさせぬ動きで手に持った短剣がザガの急所を狙い迫り来る。だがその速度は。
「遅いぜ!」
彼に捌けぬ程ではく、手甲が短剣を弾いた。朱鷺姫は無理に攻撃を続けずそのまま横を通り過ぎて行く。
「はぁ!?」
そしてそのまま三人目の朱鷺姫と合流、否、合体した。
「だから言ったでしょ? 残念でした~って」
その身体には先ほど付けたはずの傷は一つも無い。
「俺は最初から分身を相手してたって事か?」
「そういう事」
朱鷺姫の分身は現状ザガに見分ける手段が無い。それはつまり、どれが本体か分からないという事だ。そして本体へ攻撃を仕掛けなければ当然倒す事は出来ない。
「……そう言ってるお前は分身か? それとも本体か?」
「さあねぇ? 言うと思う?」
「だろうな」
実の所、ザガは自分が戦いの中で死ぬなどとは微塵も思っていない口だ。何だかんだ言いながら自分は生き残る、その強さがあると確信している。それは事実として大抵の場合に当てはまるし、その事を疑う者もいないだろう。
しかし今は、目の前の敵を相手に僅かに死を予感し始めている。
「ん~? 何か静かになっちゃったねぇ~」
それは彼の強さの本質的な部分を呼び起こす。
ザガが爆発という派手な魔法を使うのには深い理由は無い。単に他の魔法が苦手なだけだ。故に彼はそれを磨き上げた。爆破の威力の制御を学び、その力をどう応用すれば強くなるか考え、そして専用の手甲などを作り自らの戦闘方法を作り上げる。
そして彼が最も強く戦えるその方法とは。
「あ、やっと動いた」
ザガは地面を蹴る。一直線に朱鷺姫に向けて飛びかかる。
本来爆破の強みは無差別な高威力の破壊という点にあるのだろう。しかしザガにとってそれは単に力を無駄にしているだけだ。彼の本領は。
朱鷺姫にとって侵入者退治とはただただ面倒な仕事でしかない。前線の兵士は仕事をさぼっていたのだろうか、アルザードが後々小言をぐちぐちと言って来るだろうから嫌だ、そもそも動くのだって怠い。
それなのに目の前の敵は向かって来る。
「肉弾戦は疲れるから嫌だなぁ」
朱鷺姫はそう言いながらザガの次の動きを読む。足運びと上半身の傾きから考えるに蹴りが飛んで来ることは確実だ、それならば短剣で急所を一突きで終わらせよう。所詮この身体は分身なのだから攻撃を喰らっても構わない、敢えて受けてその勢いも乗せて剣を突き立てる。
「終わりにしよっかぁ」
ザガの蹴りは全く予想通りの軌道だ。故に彼女は敢えてそれを受けるべく前に身を乗り出し。
ドン、と爆発音が耳元で鳴った。そして彼女の目はそれを見る、空中で蹴りの軌道が無理矢理に変わる姿を。
「ぐぅっ!」
不意打ち気味の一撃が朱鷺姫へと入る。ザガの本領は接近戦、自身の身体の軌道を爆破の勢いで修正する予測不能な体術だ。その一撃は見事に一等星の朱鷺姫を相手にも決まった。
「今の動き、お前、分身だな?」
そしてその動きを見て相手が分身である事も看破する。蹴りを避けるのではなく受けてでも反撃しようとするのはここまで見て来た朱鷺姫の性格から考えられなかったのだ。
「へえ……、ちょっと舐めてたかなぁ」
「本体と合流しに行かなくていいのか?」
「別にぃ? 所詮分身なら消えたって構わないでしょ?」
しかし朱鷺姫にとってそれは痛手と呼ぶほどのものではない。分身がどれほど傷を負ったところで本体には何ら影響は無いのだから。
「じゃあお望み通り消してやるよ」
ザガは再び接近戦を仕掛ける。朱鷺姫は分が悪いと感じたのか後方へ下がったが、
「遅ぇっ!」
ザガは手甲、足甲全てで爆破を起こし一気に加速、距離を詰める。
「速いねぇ」
「お前が遅い!」
「でもざんね~ん」
目の前の朱鷺姫が消える。それは彼女が作り出した幻影だ。前方への加速が出来ることぐらいは朱鷺姫も読んでいた、故に幻影の魔法でそれを誘い自身は透明化の魔法で横から隙を突く。
しかしザガのそれは隙ではない。横から襲い来る短剣を避けるのは爆破の威力で浮いている状態では難しいかと思われたが、ザガにとってはそうでもない。
右手、右足のみ爆破。それは高速移動する体の軌道を変え、更に微調整で複数回の爆破音。彼の動きが短剣を躱しつつ反撃をする動きへと変わって行く。
「うわっ!?」
拳は一瞬前まで朱鷺姫の頭があったところを撃ち抜いた。即座に朱鷺姫はその場を離れようとするが、ザガの動きは止まらない。拳が、蹴りが、爆破の勢いで止まることなく襲い来る。それを何度か避けたのは流石と言わざるを得ないが、ついにザガの拳が彼女を捉えた。
「ごふっ」
腹部に突き刺さった一撃はそこらの冒険者なら内臓破裂して再起不能、或いは死ぬことすらあり得る程の威力だ。しかし朱鷺姫にとってはあまり問題ない。
「はーい、こっちおいで~」
宙を舞う朱鷺姫の向こうに別に朱鷺姫がいる。彼女は飛んで来たそれを抱き締めるとそのまま吸収するようにしてそれを体内へと入れ込んだ。
「やるねぇ~、こんなに面倒な相手だとは思わなかった」
「はっ、褒めてくれてありがとうとでも言えばいいか?」
「でもそろそろ終わりにしよっかぁ」
再び朱鷺姫が二人に分身する、しかし先程与えた傷はまるで無い。
「……成程なあ」
「攻撃は無駄って事、今なら帰っても良いよ?」
「いや、その心配はいらんな」
周囲に爆破の音が響く。それはザガの中で高まって行く熱を表すように徐々に感覚が狭まって行く。空中に幾つもの小さな爆発が起こり煙が周囲を覆い出す。
「また隠れるつもりぃ? それ面倒だからやめてよねぇ」
「安心しろよ」
朱鷺姫の真横で爆発、二人の彼女はそれを受けて左右に跳んだ。ザガもそれに合わせて一気に接近する。
「隠れるつもりなんてねえっての!」
右に跳んだ朱鷺姫に狙いを付けて接近、そのまま爆破により幾度となく速度と軌道の変わる一撃。まだ対応し切れていない彼女はその一撃を喰らうも、
「無駄だって!」
いつの間にか三人目の朱鷺姫がいる。それは攻撃を受けた朱鷺姫を回収、そして即座に分身する。しかし攻撃が効かずともザガは攻勢を緩めない。基本は接近戦、時に大きな爆破を織り交ぜつつ無数の攻撃を喰らわせる。
朱鷺姫は一等星の中では接近戦が苦手な部類と言っていいだろう。彼女の得意とするのは奇襲であり、ほとんどの敵は一撃の元に仕留めるのみだ。しかしだからと言ってそんじょそこらの人間が束になったところで攻撃を当てる事すら難しい。その点、ザガは近接格闘においてどう見ても彼の方が格上と見られる戦いぶりを披露していた。そんなことが出来る人間は世界中を探してもそうはいない。
しかしそれは一等星に勝利できることを意味してはいない。
無数の拳を喰らわせ、爆撃も幾度か当て、しかしザガの目の前にいる朱鷺姫は無傷だ。まるで戦闘が始まる前かのように綺麗な姿をしている。攻撃を受ける度に無傷の者と合体、再び分身を繰り返し受けた傷を即座に回復。当然それを阻止しようとザガは全員に攻撃を仕掛けようとはするのだが、朱鷺姫の姿を隠す魔法も相まって全員の位置を捉えるのは至難の業だ。周囲全体を広範囲で爆撃する事も考えられるが、全員の朱鷺姫に痛手を負わせるほどの威力を撃つとなれば隙を晒すことは確実な上、そもそも見えているのが全員とも限らない。選択肢としては絶対に取れない一手だ。
このまま時間をかければいずれザガは負ける。
「どうするぅ? もうやめとくぅ~?」
少なくとも朱鷺姫はそう感じていたようだ。
対してザガは相手の余裕が妙に気になっていた。一応、接近戦においては圧倒していると言っても嘘ではない。分身全てに痛手を負わせることにこそ失敗しているが、少しの油断でそれが崩壊する可能性だってあるはずだ。一等星と二等星という格差があるからこその余裕とも考えられるが、妙に気になっている。
「まるで負ける可能性は考えてない、って感じがむかつくぜ」
そして、ふと、ある可能性に行き着く。
少なくともこの場で戦っている限り実際に負ける可能性が無いのでは、と。
ふと彼は周囲に視線を向ける。ここは壁が破壊されてはいるが城の中、丁度一階の外周である長い廊下の部分に位置する。幾つかの扉が見え、その先には使用人や兵士の部屋があるのかはたまた応接室があるのか。この城には王が鎮座するだけでは無く、他の者達も多く過ごしているのだ。その中にはきっとこの城で王の警護をこなしている朱鷺姫の部屋もあるだろう。
「わかった。お前ら全部分身だな?」
ならば彼女は自分の部屋から分身だけを送って来ているのだ。故に負ける可能性など微塵も考慮に入らない。
その言葉を聞いて朱鷺姫の表情が変わる。それを見てザガは手近な部屋の扉を開く。そこはどうやら兵士の控室らしい、武器や防具が置かれており目的の部屋では無いとすぐにわかった。
「ちょっと!?」
「正解だな? 要は俺はお前の本体がいる部屋を探し当てればいいんだろ?」
朱鷺姫が短剣を手に攻撃を仕掛けたがザガはもうその相手はしない。回避に専念し次の扉を目指すのだ。
「俺が城中の扉を開けるのとどっちが早いかな?」
そう言って開けた二つ目の扉、その向こうには。
「あ」
「あ?」
百戦錬磨のザガですら思わず固まってしまう光景が広がっていた。そこにいたのは、おそらく、朱鷺姫なのだろう。しかし先程まで戦っていた分身とはまるで違う姿。具体的に言うと見た目の年齢が少し高く、全身に脂肪がついており、来ている寝間着から腹の肉が零れ、輪郭も大きく異なっている。
二人が互いに見つめ合い気まずい時間が流れる。
「お前が……、朱鷺姫、なのか?」
実際、外にいた分身と目の前にいる少々見た目の異なる、有り体に言えば少し老いて太ったその女性と今まで戦っていた朱鷺姫は顔の雰囲気は似ていると言えるだろう。輪郭などの大きな差に目を瞑ればであるが。
「……あ~」
ザガが拳を握り目の前のそれを爆破しようとした時、既に周囲は分身に囲まれ首筋や心臓、胴体などに短剣が向けられていた。そしてゆっくりと扉が閉められる。
「……俺がこの部屋を爆破するのとお前が俺を殺すの、どっちが早いか試すか?」
「いやぁ~? そんな事はしたくないわねぇ。たとえ私の方が勝つと思っていても」
本体の朱鷺姫はそう言いながら手近な場所に置いてあったお菓子に手を伸ばす。よくよく見れば部屋は散らかり菓子の包みや飲み物のからがそこら中に散らばっている。ザガは素直に、汚ぇ、そう思った。
「私がアルザード様に、この国の王様ねぇ~、この城に勤めるよう誘われたのは十年程前の事だったわ」
「そうか、それで?」
「私は一も二も無くその誘いを受けたの。但し条件を付けてねぇ」
「条件?」
「私専用の部屋と毎日たくさんのお菓子や雑誌を用意すること」
ザガは思わず黙り込む。それはもう、馬鹿らしくて。
「アルザード様は私の出した条件を受け入れてくれてこの部屋と毎日たくさんのお菓子をくれたわ。流石に王様だけあって美味しいお菓子が毎日出て来るの。幸せな日々ってやつねぇ~」
「それで太ったと?」
「女性にそんなことを言うなんて最低よ!」
「……そうかよ」
一応気にしてるのか、とザガは頭を抱える。
「で? どうするんだ?」
「さっきも言った通り、私はこの部屋を手に入れる為に王様に仕えたの。だから私は何が何でもこの部屋を死守したい」
「その結論は?」
「ここは引き分けって事で手打ちにしない?」
「あ?」
ザガの頭には疑問符が浮かぶのみだ。まさかそんな提案をされるなどとは欠片も思っていなかったのだから。
しかし。
「具体的にどうするつもりだ?」
実の所かなり魅力的な提案だ。ザガは本体を見つけることに成功こそしたがその本体がどの程度動けるのかは把握していない。見た目こそ少々、いやかなり、太っているもののそれが脅威とならない保証はない。分身と同等以上に動けるのであれば流石に対応し切れないと言うのが本音だ。
「別にぃ? ここで座ってお茶でもどう? お菓子はたくさんあるし~」
「お前の分身が外で活動しないという保証はあるのか?」
「それは無理ねぇ。信じてもらうしか無いわ~」
「……俺達の目的が何かわかってるんだよな?」
「それは勿論。この状況下でこっそり城に入って来る異邦人なんて、ねぇ? でもまあ良いのよ。今の王様に思う所が無いわけじゃないし~、あなた達の目的が上手く行ったら行ったでその時に交渉しても良いしねぇ。その時はあなたも証言してくれるでしょ~?」
朱鷺姫はあくまで楽観的にそんなことを言う。しかしそれは彼女自身がそれ相応の実力を備えているのが前提として有るからだろう。
ザガはこの提案に乗るべきか悩んでいた。彼女の口振りからして少なくとも今のこの国の王様には多少なりとも思う所があるのは事実なのだろう。しかし分身の動向を完全に把握する事は不可能だ。戦闘中もたびたび見失い攻撃を受けかけたのを覚えている。その気になれば朱鷺姫はザガに気付かれずに分身を外に出せることだろう。そうなった時、この提案を受けるのはただただ自分という戦力を失うだけになってしまう。
が。
「ま、いいか」
ザガはその場に腰を下ろした。
「お前の言葉が嘘だった時はこの辺り一帯更地にしてやる」
「それは困るわねぇ。あ、これ食べる? 少し前に王都で流行ってたお菓子だけど、美味しいわよ~?」
朱鷺姫が差し出したのはパンの周りに砂糖を溶かし固めた分厚い膜を付けたようなものに見えた。ザガはその見た目に若干躊躇しながらもそれを受け取り、手がべたべたになるのを我慢しながらかぶりつく。
「甘過ぎんだろ……」
「そぉう? 美味しいと思うんだけどねぇ~」
だから太るんだろ、とは口には出さずザガはただ溜息をつくのみだ。
そうしながら彼は外の状況に思いを馳せる。暗殺作戦はどうなっているのか、外で兵士を引き付けているゴウゴウと崎藤は無事なのか。ミザロと竜神は今頃誰と戦っているのか。ツバサとロロ達は上手く城の中に潜入出来ているだろうか。
外からは巨大な地響きが鳴っている。それが敵によるものか味方によるものか、この場に留め置かれた彼にはもはやわからぬ事だった。




