87.凍湖シンシンの国
ショウリュウの都、志吹の宿、地下。そこは本来なら開かれることは無く年に一度そこにある転送ゲートの管理の為に家老が入る事があるだけの場所だった。それは他国との交流が活発になって相方となる転送ゲートを回収できるまでずっとそのままのはずだったのだが。
今日、その場所に数人の冒険者が足を踏み入れる。
「……思ったより広いな」
そう言ったのは竜神だ。地下へと続く階段は入り口の辺りこそ狭かったが奥に進むにつれてだんだんと広くなっていく。最終的には彼らが横に並んでも通る事が可能な程の広さだ。
「竜神さんも初めて来たんですか?」
思わずそう尋ねたのは瑞葉だ。彼女はザガ十一次元鳳凰の皆はこの場所について知っていたのだと思っていたらしい。しかし。
「俺達もここの事を聞いたのは昨日だぜ。まさかここにそんな秘密があるなんてなぁ」
「そうですね。結構な頻度で訪れていたのに全く気付きませんでしたよ」
ザガとツバサがそう言うのだから彼らにすらこの場所は秘密にされていたのだろう。機密扱いの場所に今いるという事実に思わず瑞葉は緊張から息を呑んだ。
しばらく歩き続けると幾つかの部屋が見えて来る。それらは鋼鉄の扉で厳重に閉鎖されており幾つもの施錠がされていた。が、ミザロはそれらを無視して通り過ぎていく。
「そこじゃないんですか?」
「あれはダミーです。中にはそれなりに貴重な遺物がありますが今の私たちに用はありません」
そのまま更に進んで行った先、そこには壁に大穴が開いている場所があった。そしてそのすぐ傍には巨大な岩が、まるでその大穴からそのままくり抜いたような形の大岩が置かれている。
「は~、成程。普段はただの壁に偽装してるのか」
「そういう事です」
「察するにこれまで通って来た場所の中にも同じような壁が幾つもあったのか?」
「そうですね」
他国と繋がる転送ゲートはどちらの国にとってもあまりにも危険なものだ。故にそれを見つけた者達は厳格に管理する事に決めた。宿の地下にその為だけの部屋を作り仮に忍び込んだ者がいたとしても貴重な遺物を保管しているだけだと思わせるような場所に。或いは、もしも他国からゲートを通じて来た者がいたとしても出口の無い空洞に迷い込んでしまったと思わせられるように、だ。
一行はそのままゲートのある場所へと歩みを進める。妙な匂いが充満したそこには壁に身体を預けて待っていたゴウゴウが立っていた。彼もまたこの暗殺計画に参加する一人である。
「来たか。その人員でいいのか?」
「ええ」
「……そうか」
この場にいるのはロロ、瑞葉、ハクハクハクの三人。それに志吹の宿のミザロと崎藤、ザガ十一次元鳳凰のザガ、竜神、ツバサ。そして丙自治会の会長であるゴウゴウの合計九名だ。たったのそれだけの人数、しかもうち三人は四等星の冒険者で一人は冒険者ですらないという。ゴウゴウはその顔触れに何か言いたそうにしていたが、それは既に竜神あたりが言った事だろうと思いただ溜息をつくに留める。
「向こうの様子はどうでした?」
「外に出てみたが周囲に人の気配は無かった。少なくとも遺跡を出てすぐに戦闘になる事は無いだろう」
「それは重畳」
彼らにとって最も恐れるべきなのは遺跡が既に発見されており周囲を衛兵などが固めている事だった。しかし一度向こうへ行ったゴウゴウがそれを否定しているのならその心配はない。安心して本来の計画通りに動けるというものだ。
「では皆さん、荷物を持ってください」
この部屋には大量の背負い鞄が用意されており皆はそれぞれそれを背負い更には両手にも持たされる。
「これは?」
当然の疑問を瑞葉は投げ掛けたつもりだったが、それが何かわかっていないのはロロ、瑞葉、ハクハクハクの三人だけのようだ。
「この匂いで分かりませんか?」
ミザロの問いに確かに部屋に入った時から妙な匂いがすると彼らは思っていたのだが、しかしそれに心当たりはない。
「貴重品だから知らないだろ。寧ろよくぞここまで溜め込んだもんだ」
竜神は崎藤をじっと見つめる。
「いやぁ、趣味みたいなものだから。地下に隠すのに都合は良かったしね。火薬庫だと思ってもらえるかもしれないでしょ?」
「……火薬?」
火薬、それについての知識は彼らにもある。以前には楼山の都に行った際、それによって大変な目にも遭ったものだ。火の気が近付くと大きな爆発を起こす危険物。
「え、それって……」
「大丈夫ですよ。向こうに着いたらこれは遺跡に置いたままにするので。流石に背負ったまま行動はしません」
「いやそうじゃなくて、まさか王都を爆破するんですか?」
「流石にそんな事しませんよ。言ったでしょう? 一般市民を巻き込みたくは無いと」
「なら何でこんなものが?」
「王のいる場所に潜入など簡単ではありませんから、何かしら気を引く必要があります」
「向こうに辿り着き次第俺と崎藤が王都の外で爆破騒ぎを起こす。その原因が何かわからない以上そこの兵士は確認しに行かざるを得ないだろう」
核心を付かない言葉のやり取りに面倒を感じたのか横からゴウゴウが口を出す。
「お前たちはその混乱に乗じて王の暗殺に乗り出す。そういう計画だ」
「な、成程……」
火薬の詰まったリュックを背負い彼らは転送ゲートを見上げる。これを抜ければ想像もつかないような戦いが待っているだろう。恐怖は、ある。それでも、現状を続ける事が誰の為にもならないと彼らは信じ、その先へ進むのだ。
「準備はいいか? 行くぞ」
ゴウゴウの声に皆が頷く。彼は一人ゲートの傍に歩み出るとその魔力を込める。すぐにその影響は出て、ゲートの中央部分に空間の歪みが発生し始めた。
「行きましょう」
「よ~し、やってやるぜ!」
「行くぞお前ら! 俺様が一番乗りだ!」
ロロとザガが駆け出す。他の者達もそれに続いて小走りにゲートの向こうへと駆け出した。
その場所は暗く、埃っぽく、足を進めるごとに砂煙が舞うような場所だ。ミザロは用意していた魔力灯を灯したがまるで砂嵐の中にでもいるかの如く視界が悪い。仕方なく彼女は風を起こしその場で巻き上がっていた埃を全て部屋の端へと追いやった。
「ここはもう凍湖シンシンなんですか?」
「ええ。そうです。気温も低いでしょう?」
そう言われて見るとかなりひんやりとした空間であることにロロ達は気付く。もう少し厚着で来ればよかっただろうかと後悔したほどだ。
「ここは遺跡か?」
竜神は自分たちがどういった場所に居るのかが気になるようで頻りに周囲を見回しながら尋ねた。
「ええ。ここが発見された時にゲート以外の遺物はほとんど回収されたようなので大したものは残っていませんが」
「そりゃあ、凍湖シンシンの考古学者に見つからなくて良かったな」
「凍湖シンシンはあまり考古学は盛んでないらしいですよ。家老さんが言ってましたが、こっちはほら、いつも雪ですから。目の前の生活の方が大変だから過去に目を向けられるほど余裕が無いんだそうです」
「とはいえいるのはいるんだろ? だったら王都の近くなんていつ見つかってもおかしくないと思うがな」
「いいから早く行くぞ! 善は急げだろ!」
ザガが話をしている彼らに痺れを切らしたように外へ向かう。尤も、ゲートの部屋から出ると道が複数に分かれておりどちらへ向かえばいいのかすぐわからなくなっていたが。
ミザロの案内で遺跡の出口へと進む。複雑な道を進み、階段を何十段も登り、やがてそれは見えて来る。
「おお! すげえ雪だ!」
ロロは思わず叫んでいた。それは彼らがとても見たこと無いほどに降りしきる雪。地上は積もった雪でで一面白く染まりその深さは胸の辺りまで来ていて一歩を踏み出せばそのまま雪の中に埋まり込んですぐに動けなくなってしまいそうだ。
「これは、本当に……。どうしていいのかわからなくなりますね」
瑞葉は依然に山河カンショウの国と虎狼ホンソウの国が攻め込まないのには雪国での戦闘に不慣れだからというのを聞いていたが、この様相を見ればそれが事実であるというのが認識できる。彼女には雪など積もったところで足跡が残るぐらいのものしか経験が無い。まさか雪というのがこれほどまでに深く積もるなどこうして凍湖シンシンに来なければ一生知る事は無かっただろう。
降りしきる雪の向こう、彼らのいる場所からはそう遠くない位置に幾つもの建物が集まっている場所が見える。
「あれが凍湖シンシンの王都か?」
「ええ。以前に来たこともありますので間違いありません」
遠目からは王都の中がどうなっているのかはわかりようもない。それでもこんな場所まで来たからには彼らには進むしかないのだ。
「行きましょう」
一行は深い雪の中へ歩みを進める。
彼らは事前の話し合いで決めていた通り二手に分かれる。一方は王都へそのまま歩みを進め王の暗殺へ向かう。そしてもう一方は王都の周辺で持って来た火薬を使い騒ぎを起こす。ロロ、瑞葉、ハクハクハクの三人はミザロとザガ十一次元鳳凰の三人と共に王都へと歩みを進めていた。
「雪の中を進むのは思ったより大変ですね」
あまりにも深い雪の上を歩くのは現実的では無く戦闘を行く竜神がその手に巨大な岩を装着し雪を掻き分けていた。しかしそれでも足が埋まる程度は雪が残りそれは想像以上に彼らの体力を奪って行く。
「しかしこの雪は我々の姿を覆い隠してもくれるでしょう。少なくとも、王都にある程度近付くまでは気付かれる心配はありません」
「でも目立ちません? これだけ大きな道を作りながら歩いていたら。もっとこっそり動いた方が……」
「まあ、心配ありませんよ」
ミザロがそう告げた直後。
ドオォォオンッッ!!!
思わず誰もが耳を塞ぐような巨大な音と共に雪の柱が彼らの斜め後方に立ち昇った。
「始まったな」
ザガが呟く。それなりに距離があったにも関わらず彼らが耳を塞がざるを得なかった音だ、当然それは凍湖シンシンの王都にも届いているだろう。すぐに何が起こったのか状況を確かめに人が送られるはずだ。
「こっちも急ぐぞ」
竜神がそう言うと突如地面が形を変える。彼らを招き入れるように大口を開けて道が開かれたのだ。
「走るぞ」
竜神の言葉に従い皆が中へ入ると入り口が自然と閉じて行った。竜神とミザロが先行し走り抜けていくのをロロ達は必死に追いかける。どうしたって拭いようの無い実力差を感じながらも一直線に続く道をそ走り続けると、やがて白い雪が吹き込んでくる出口とそこで留まっているザガとツバサの姿が見えて来るのだった。
「竜神さんとミザロ姉は?」
「先に行った」
困惑しながら首を傾げる三人だったが付き合い長く共に依頼をこなす事も多いだろう二人は何ら心配はしていない。出口から外を見るとそこには高く空へ延びる壁が見えている。どうやらこの場所は王都を囲む壁のすぐ傍らしい。
「まあ待ってろ、すぐに道が繋がる」
そして待つ事数分、突如彼らのいる大穴に新たな道が開通し始める。
「これは!?」
「行くぞ」
ザガとツバサが迷いなくその道を行く。三人も遅れながらもその先へ向かった。方角から考えてこの先は王都の中へ繋がっている。それに気付いた者は既に見つかれば言い訳の利かない地点まで辿り着いてしまったらしいと不安と緊張に襲われていた。
ロロ達が地下から顔を出すとそこは建物の中、天井は高くそこに置かれた棚には様々な家具が置かれておりどうやら倉庫らしいと見えた。そこには既にミザロと竜神がおり、どうやら彼女らがここを潜入の為の通過点と選んだらしいとわかる。
「えっと、ここは?」
「城の近くにあった誰もいない建物です。おそらくは隣にある店の倉庫でしょう。今は閉まっているようでしたので少し借りる事にしました」
「町の様子はどうでした?」
ツバサの問いに竜神が鼻を鳴らして答える。
「はっ、どうにもこうにも、随分と活気のない場所だったな」
そう言って彼女は倉庫の上の方にある窓を指差す。それは肩車程度では届かないような高さであったが窓枠に手をかけるところがあるのを見るとツバサは軽くその高さを跳躍しなんてことないように窓枠を掴んで外を見る。
「ロロ、届く?」
瑞葉はすぐ横にいたロロに思わず尋ねるが。
「まあたぶん? あんな高く跳ぶこと無いから上手く掴めるかわかんないけど」
瑞葉は隣のハクハクハクにも視線を向けるがロロと同じ考えなのだろうこくこくと頷くばかりだ。やはり目の前の彼らは二等星であり自分たちとは生きている世界が違うらしいと瑞葉は不安に襟元を摘んでいる。そうこうしている内にツバサはその高さを平然と飛び降りて来た。
「閉まっている店が多いですね」
降りて来たツバサは先の竜神の言に納得したようでそんなことを言っている。気になっていたのだろうザガも上に跳んで外の様子を見に行った。ロロ達はそれを見上げるばかりだったが、
「あなた達も見たいでしょう?」
ミザロはそんな様子を見て三人に尋ねる。それは無論、見たくないと言えば嘘になる話だ。
「竜神さん、足場は作れますか?」
「簡単だな」
竜神の得意魔法は地形の変化。彼女が魔力を流せば倉庫の床下から地面が突き破り窓の方へと一直線に伸びて行く。
「うおっ?」
そこで外を見ていたザガの足を頭一個分の高さほど押し上げたところでそれは止まった。
「何すんだよ!?」
「この子らに合わせたらそのぐらいの高さになるのは当然だろぉ?」
愉快そうに笑っている彼女がただそれだけの理由でザガを押し上げたのではないことは明らかだったが一々それに言及する者はいない。特にロロ達三人はそれどころではなかった。
「では行きますよ」
「え?」
「ん?」
「あ、うぁ?」
突如ミザロに纏めて抱きかかえられ間抜けな声を上げる三人。そのまま次の瞬間。天へ向かって飛び出した、そう感じる勢いで先程作られた足場へと身体が上昇していくのだ。そのままミザロは絶妙な平衡感覚で三人をその足場へ置き外の景色を見せる。
まあ三人の方は突然の事に目の前の景色の方へすぐには集中出来ていなかったが。
「見てください。これが凍湖シンシンの王都です」
それはそれとして、ロロ達三人は凍湖シンシンの国へ来るのは初めてだ。それどころかこのように大量の雪が降る地域へ来るのも初めてだ。このような土地で人々がどのように暮らしているのかは気になるところである。
「……変わった形の建物ですね、屋根の上や家の前は雪があまり無いのはそれが関係してたり?」
「それもあるでしょうが、大部分は住民が雪をどけているからです。放っておくと家から出られなくなったり雪の重みで家が倒壊します」
「ええ……。何でそんな場所に住もうと……」
実際雪国の苦労というのは相当なもので、彼らは知らないが凍湖シンシンには各町に国家が編成した雪かき専用の部隊が配備されているほどだ。毎日休みなく人々の家や道から雪をどけて川など専用の雪捨て場に持って行き最後は強大な炎の魔法でそれらを溶かし流す。彼らに話を聞けば日々の雪かきに比べれば多少の魔物など恐るるに足らずと声が聞こえるだろう。
「でも誰も外を歩いてないな」
「まあこの雪ですから、わざわざ外に出ようと思わないというのもあるんじゃない?」
「で、でも、あっち、シャッターが」
「あー、確かにあの店は閉まってるね」
時間は朝の十時頃だ。大抵の店は既に開いていても不思議はない。しかし見える範囲ではどの店も閉まっているように見える。
「先程街中を進む時、多くの店が閉まっていましたし人の気配もあまりありませんでした。おそらくは王都からかなりの人数が消えています」
「え、それは何で?」
「戦争の為でしょう」
人数を揃える事は戦争においては非常に重要だ。当然それだけ出来る事も増えるし数で相手を威圧する事も出来る。
「一般人を戦争に動員したって事ですか!?」
「あくまで推測ですが、ね」
しかしだからといって一般人が前線に立つなど余程の事態だ。少なくとも瑞葉やハクハクハクが見せている驚きの表情がそれを如実に表している。
「しかし我々にとっては非常に都合が良いことです。こうして街中への侵入は容易く出来たわけですから」
瑞葉はそれにどう返答すべきか悩みただ口ごもる。そんな中で状況に変化が訪れた。
「見ろ、兵士が町の外に向かってるぞ」
窓の外、彼らの眼下を幾人もの兵士が走り抜けていく。それは王都の外を目指しているようでその目的は。
「上手く気が引けているようですね」
崎藤とゴウゴウが引き起こしている爆発騒ぎへの対処だろう。二十人程度の兵士が向かうのが確認され今、王城の警備は更に減っている事は間違いない。
「そろそろ行くか」
「そうしましょう」
ミザロが竜神に合図を送ると足場がゆっくり下がって行く。とうとう王城への潜入が始まるのだ。




