86.暗殺計画
ショウリュウの都、志吹の宿、そこではとても余人には聞かせることの出来ない話が始まろうとしている。
「凍湖シンシンの王を暗殺します」
ミザロのその言葉から始まったそれは聞いてしまった者達をある種の共犯者としてしまうだろうから。
ロロ、瑞葉、ハクハクハクの三人は戦争を終わらせる方法を知る為にこの場所に来た。彼らは純粋な善意からの願いでそれを知ろうとしていたのだが、伝えられたその方法に、その全く想像もしていなかった方法に、思わず身震いする。
「あ、暗殺?」
震えた声で瑞葉が復唱した。それは彼女の内の動揺を強く示している。
「ええ、かの国の王を殺しに行きます」
対してミザロのその声は僅かばかりの躊躇いも無く淡々と自身のすべきことを述べているかのようだ。瑞葉はちらりと既にこの場に集まっていたザガ、竜神、ツバサの三人を見る。彼らは既に暗殺を行おうとしている事を知っていたのだろう、そしてそれに参加し実行するつもりなのだろう、まるで驚いた様子はない。
「あ、え、その……」
瑞葉は何かを聞かなければと言葉を紡ごうとするのだが、何を聞けばいいのかもわからずただただ言い淀む。ハクハクハクも同じようなものなのだろう、動揺し冷や汗を垂らしながら視線をあちらこちらへ動かし続ける。
その中でロロは、比較的落ち着いていた。
「ミザロ姉、その暗殺をしたら戦争は終わるのか?」
彼は既に暗殺というそれを受け入れたのかその先に待ち受ける未来について尋ねる。ミザロはその問いに頷き。
「その可能性は高いでしょうね」
と、前振りをしてその説明を始める。
「まずはこの戦争に関してですが、捕虜の話を聞く限り凍湖シンシンの王が突如始めたものであるという事は間違いありません」
「昨日言ってましたね……」
「そしてそれらは凍湖シンシンの人々にすら説明もなく始まり、故に前線での彼らは異常に士気が低く消極的な姿勢でした。つまりそれは命令する者が消えてしまえば彼らが戦う理由が霧散することを意味します」
「それは……、そうかも」
「凍湖シンシンの王が何を考えて戦争を始めたのかはわかりませんが、その理由が一般の兵や民にまで行き渡っていない現状では彼さえいなくなればその先は話が早いと思いますよ。この点に関しては既にザガ十一次元鳳凰の皆さんも同意してくれました」
つまりはザガ、竜神、ツバサの三人は暗殺計画が成功の暁には戦争が終わると考えそれに加担するつもりなのだろう。戦争が終わる、それは勿論素晴らしい事なのだが。
「あの、それ、は、上手く行くんですか?」
瑞葉は思わずそれを尋ねた。
言うまでも無く、王の暗殺などあまりに大それたことであり普通は成功しない。絶大な権力者である王はその周囲を多くの護衛で固めている。暗殺を目論んだところで普通は居城に入る事すら難しい。
当然ミザロもそんなことは理解している。
「例えば、我らが山河カンショウの国の王はその居城を切り立った崖を背にして場所に造り守りを固めています。そして城には多くの兵が常駐しその中には一等星や二等星の冒険者として名を馳せた者も数多くいるでしょう。彼らはその能力を買われ多大な報酬の元に王を守る任に就いているわけです。そしてそれは凍湖シンシンの国であっても変わりは無いでしょう」
二等星より上の冒険者というのは一般的には雲の上の存在だ。彼らに任せれば大抵の事はつつがなく終わる。強大な魔物も凄まじい数の野盗も或いは天変地異からさえ人々を守る事が可能かもしれない。そのような者達が多数護衛に就いている、その状況で暗殺を行うというのははっきり言って不可能だと断じても良い。
「ならやめた方が」
「ですが、今は違います」
そう、今が普通の状況ならば王の暗殺は不可能だ。しかし今は普通ではない。
「凍湖シンシンの国は三大国の一つに数えられる強大な国です。しかしなぜこの三つの国が三大国と呼ばれているかわかりますか?」
「……三つの巨大な国があるから?」
「ええ、ですから、この三国は基本的に同等と見做されているのですよ」
ミザロが何を言いたいのか理解できず瑞葉とハクハクハクは困惑の表情を浮かべ、ロロはそもそも話の理解を諦めているのか腕を組んで頷くばかりだ。ミザロは答えが出そうに無いのを察して続きを話し始める。
「三国の力が同等であるのに二正面作戦を行うのは、はっきり言って正気の沙汰ではありません」
そもそも三大国が三大国のまま残り続けたのは、どれか一国が他の国を攻めればもう一国に隙を晒し不利な状況に陥ると彼らが理解していたからだ。要するに、本来ならば二か国を同時に相手取る体力などあるはずが無い。
「そんな作戦を行う為にはどこかで無理をする必要がある。例えば本来は王の護衛を行っている者達を前線に送ることで戦力を底上げしている、可能性は高いでしょうね」
「……つまり、今は凍湖シンシンの王様の護衛が少なくて、暗殺が成功する可能性が高い?」
「そういう事です」
ミザロは前線にいる間、敵国の情報を集める斥候の役割をしていた。その中で敵が築いた砦の様子を探る事も難度のしており、そこで彼女が見て来た中には明らかに単なる兵士や冒険者と異なる様相を呈する者が複数確認された。後に凍湖シンシンの国に滞在した事がある者に確認したところ王の親衛隊にそのような者がいたという確認も取れている。
凍湖シンシンの王はこの戦争の為に自らを守る戦力をも惜しみなく投入しているというわけだ。
「……暗殺計画が成功する可能性が十分にあるというのは分かりました。でもどうやって城に入るんです? そもそも凍湖シンシンに行く事だって今は難しいんじゃ?」
瑞葉の疑問は当然のものだ。当たり前だが、今は国境を通る事は非常に難しい。戦争が行われており多くの兵が常駐し監視をしているのだ。不用意に国境を超える者が現れればいくら指揮が低いとはいえ捕らえられる事は確実だろう。ましてや、一等星並の実力者が複数存在するのなら猶更だ。
「一度しか使えぬ手を使います」
「というと?」
「元々ショウリュウの都が発展して来た歴史を知っていますか?」
突然の話題の転換に思わず眉を顰める瑞葉であったが、きっとこれも意味のある事だろうと自身の学んだ記憶を探って行く。
「確か、元々はこの辺りの遺跡群を探索する為に人が集まったんですよね。小さな村だったところにその人達が居着いてどんどん大きくなって行った。ですよね?」
「そうですね。志吹の宿が冒険者の始まりの地と呼ばれるようになったのも宿に泊まっていた人の中から何でも屋を営む人が現れ始めたからです。まあ、私の生まれる前の話ですから詳細はまた別の機会にしましょうか」
二人の話にうんうんと頷くハクハクハクを見ながらロロはそんな話だったかなと学校で習った記憶を思い返すも残念ながらろくに覚えていないらしい。一応、ショウリュウの都の歴史は簡単にではあるものの授業の範囲だったはずなのだが。
「えっと、それが何か?」
しかし今は凍湖シンシンにどうやって入るのかという話をしているところだ。歴史がどのように関係しているというのか、その答えは。
「ふぅ、疲れた」
不意に、宿の奥から先等が現れる。彼はまるで何年も使っていない部屋の掃除でもして来たかのように埃塗れになっていた。
「崎藤さん、どうしたんですかそれ」
「あ、三人共来てたんだね」
「装置の方はどうでした?」
「ゴウゴウ君に見てもらったけど大丈夫そうだったよ。向こうにも行ってもらったけど運の良い事にまだ見つかってないみたいだって」
「それは何よりです」
当然ながらロロ達三人には何の話をしているのかさっぱりわからない。だが向こうにも行ってもらったというのは、これまでの会話の流れから察するにその向こうというのは、凍湖シンシンの国なのではないか。そうだとすれば一つの想像の余地が生まれて来る。
「この辺りには遺跡群があったんですよね?」
「そうですね」
「それはもしかしてこの宿の下にもあった?」
「ええ」
「そこにはきっと遺物もあって」
「そういう事もあるでしょう」
「……転送ゲート?」
転送ゲート、それは空間と空間を繋ぐ遺物の中でもとびっきりの凄まじい力を持つ装置だ。これまでにも幾つか出土が確認されており、例えば自警団の本部には離れた拠点と行き来する為に置かれているものがあるし、ミザロ達は以前にとある組織を壊滅させる際に彼らが使用していた転移ゲートを利用したこともある。
「この宿の下には幾つか転送ゲートがあります。それは発見されどこと繋がっているかを確認した後、即座に封印されたもの達です。そしてその内の一つは」
「凍湖シンシンの国と繋がっている……?」
ミザロは瑞葉のその言葉に頷く。
転送ゲートは余りにも強力な遺物だ。物によっては一瞬で国家を跨ぐほどの距離を移動してしまう。しかしそれは同時に大きな危険を孕む。国家の中枢に突如大軍を派遣する事すら出来てしまう可能性があるのだから。
過去、これを発見したのはイザクラ考古学団の家老の一団だった。彼らはそれを発見した際に即座に秘密が漏れないよう隠蔽し極々一部の者とだけそれを共有した。崎藤はその一人である。その後、二等星となり宿に常駐するようになったミザロにもその秘密は共有され、本来であれば日の目を浴びる事無くいつまでも宿の地下に封印されるはずだったのだが。
「まさか自分たちで使う日が来るとは思いませんでしたがね」
ミザロが自嘲気味にそう言った。あくまでも彼女らが請け負っていたのは繋がっている先の遺跡に誰かが気付きこちらへ来た際、ゲートを破壊してその後の憂いを失くすことだ。長年の時の中で他国での遺跡発掘が可能となればその際に相方となるゲートをこっそり回収する手はずだったのだが。残念ながら凍湖シンシンと繋がっているものに関してはもはやそれは不可能らしい。
「改めて説明しましょう。我々は転送ゲートを使い凍湖シンシンの国へ潜入。ゲートが繋がっているのは幸いにも王都近くの遺跡ですからそのまま王都へと忍び込み、そして彼らの王、アルザード・16世を暗殺します」
非常に単純な作戦だ。というよりは、敵の戦力なども完全には把握できておらず行ってみなければわからないというのが本当の所なのだろう。もしも王都に多くの戦力が残っていればそもそも計画自体を破棄せざるを得ない可能性も十分にある。
「あの」
しかし瑞葉にはまだ疑問がある。
「ゲートを通してもっと多くの人を連れて行くのは? いっそ大軍で攻めてしまえば簡単に制圧出来るんじゃ」
「一理ありますね。しかし大軍を連れて行けば間違いなく大きな戦いになります。望む望まぬに関わらず」
王都近くに山河カンショウの国の大群が突如出現する事態になれば王都は混乱に陥るだろう。そして間違いなく大きな戦闘が始まる。そしてそうなれば多くの犠牲が出るだろう。それは実際に戦闘をする兵士は勿論、大規模になった戦いではそこに住まう住民達さえ例外は無い。
「我々は別に王都で住民を巻き込むような大きな戦いを起こしたいわけではありませんから、理想としては誰にも気付かれる事無く王の命だけを貰い受けたい所ですね」
「だから少人数で、って事ですか?」
「ええ、少数精鋭でさっと行ってさっと終わらせます」
少数精鋭、ミザロ、ザガ、竜神、ツバサの四人は実績も多くある二等星の強者だ。その言葉に偽りは無い。しかしだとすれば。
「それって俺達も行っていいのか?」
ロロですら疑問に思う、どう考えても実力不足の三人が付いて行く事に意味はあるのか、と。
「私は反対ですよ」
「あぁ!?」
その言葉に噛み付いたのは先程まで黙って話を聞いていた竜神だ。ロロ達や崎藤が思わず後ずさるような威圧する声を上げてミザロに迫って行く。
「どういう事だ!? お前がこいつらを連れて行くかもしれないとか言っただろうが!」
「そうですね。ですがこんな危険な事に連れて行きたいとは普通思わないでしょう?」
それはそうなのだが、当然納得のいかない竜神は青筋を浮かべて握り拳を作る。一触即発の雰囲気だ。
「宿の中で喧嘩はやめてよ~」
崎藤の頼りないか細い声が響き、竜神は怒りに満ちた表情で振り上げた拳をどうするか迷いに迷って、結局ミザロに向けて振り下ろす。その一撃をミザロは当然のように避けたが、その拳の余波が風圧となって彼女の髪を大きくなびかせた。
「ちっ!」
誰の耳にも聞こえる程の大きな舌打ちと共に竜神は苛立ちを隠さぬまま外へ向かう。
「どちらへ?」
「頭冷やして来るんだよ! どっかの誰かさんの所為でな!」
彼女は捨て台詞のようにそう言い残すとバタン、と大きな音を鳴らして扉を閉めた。ザガはげらげら笑っているしツバサは頭を抱えているが、彼女が戻って来ることを疑う者はいないのだろう。探しに行く様子はない。
「話を戻しましょうか」
ミザロはロロ達に向き直り、改めて、最後の確認をする。
「この暗殺計画は決して成功率が高いとは言えません。今ならば多少警備が緩いとは行っても一等星並の実力者が複数いるのは確実でしょうし、そこらの兵士だってあなた達よりは高い実力を備えている事でしょう」
ミザロの言う事は正しいだろう。ロロ、瑞葉、ハクハクハクの三人はそれぞれ大きな才能を持っている部分が確かにあり、いずれは冒険者として大成するかもしれない。しかし今はまだ経験も浅くその才能は磨かれ切っていない状態だ。
それに対して凍湖シンシンの王都で待ち受けている兵士は間違いなく練度の高い者達で、獣や魔物は勿論、多くの人との戦いも経験して来た歴戦の兵士だ。まだまだ未熟な彼らには荷が重い。
「先程も言ったように、私はあなた達がこの作戦について来ることには反対です。私たちとて生きて帰れるかはわからないし、そんな状態ではあなた達を守る余裕もありません。それほどに、危険なのですよ、これは」
ミザロ達に実力をロロ達は知っている。自分たちとは天と地ほどに差がある事をはっきり理解しているのだ。そんな彼女らでさえ生きて帰れるかはわからない死地にたかが四等星の自分たちが付いて行く事がどれ程無謀な事か、ロロでさえそれぐらいははっきり理解できる。
「ですが」
ミザロはそこで一度言葉を止めた。彼女特有の妙な間だろうかと皆が思いそれぞれに次の言葉までの時間を潰し始めたが、ふと、ロロはミザロの目が自分を見ているような気がした。どこか優しく、暖かな、何かを期待するような瞳で。
「……まあ、いいでしょう。ともかく、決定権はあなた達に預けます。これまでの話を聞いて、それでも行きたいと望むのならば」
三人は顔を見合わせ、微笑み、覚悟を決め、苦笑いを浮かべた。
「もちろん、行くぜ!」
「うん、わ、私も」
「二人だけにしておけないし、行きますよ」
ミザロは三人の言葉に溜息をつきながらもどこか嬉しそうに笑みを見せていた。
「では行きましょう。願わくば、誰も命を落とす事の無いままに作戦を完遂しましょうね」
「ああ! もちろんだぜ!」
これから始まるのは語られる事の無い歴史の一部だ。凍湖シンシンが引き起こした戦争がどのようにして終わったのか、その全てがここで始まった。




