82.遠くの戦争
ショウリュウの都、その入り口の門。大勢の冒険者がそこに姿を見せる。彼らはしばらくの間、虎狼ホンソウの国へと遠征に行っており、久方ぶりに自らの家へと帰って来た事に安堵の溜息をついていた。
その中にはロロ、瑞葉、ハクハクハクの三人も見える。
「やっと帰って来れたな」
「そうだね。なんだか、疲れたよ」
「でも、とりあえず、無事みたいで、良かった、ね」
他の者達も皆、ここに辿り着いた事に、またこの場所が以前と変わりない様子であることに安堵していた。
彼らは最後の始祖の魔獣、三つ首の狼王ドゥアロの討伐に赴いた者達だ。討伐を終えて本来であれば様々な式典などに出る為にもうしばらく虎狼ホンソウに逗留する予定だったのだが、とある一報を受けて急遽戻って来た次第である。
「私は自警団の方へ行きますので、皆は自由にしてください」
彼らの護衛をしていたミザロがそう言い残して走り出す。それも仕方のない事だろう。現在の情勢は誰もが気になっている所であるし、ミザロ程の実力者となればやるべきことも多いはずだ。
瑞葉は周囲を見渡す。入り口の警備は過去に見たことが無いほど厳重で多くの自警団が門を固め周囲の監視をしているのがわかるだろう。入り口付近の広場は普段ならばちらほらと人が見えるものだが今日は誰一人として出歩いてはいない。
「道中、魔物も多かったね」
「そうだな。あのぐらいなら俺達は大丈夫だけど」
虎狼ホンソウまで向かう道は本来ならばある程度の人の行き来があり、それに伴って魔物や獣が適度に間引かれているのが常であるが、おそらくここしばらくは外へ出る者もい少ないのだろう。非常に活発に動き回り襲い来る姿が何度も見られたものだ。
なぜこんなことになったのか?
「これからどうなるんだろう……、戦争だなんて」
そう、戦争が始まったのだ。
それは、正に青天の霹靂と呼ぶに相応しい出来事だった。
虎狼ホンソウ、山河カンショウの二か国と凍湖シンシンの国の国境においてそれは起こった。三大国は特別仲が悪いわけでは無いが全く別の国ではある。国境の、大きな道などにおいては警備が置かれている場所もあるものだ。とはいえ有事など何十年も起こっていない、彼らは道行く人たちが獣や魔物に襲われないように周辺の安全を確保するのが自分たちの仕事だと誤認すらしかねない程に、平和だったのだ。
故に、初めはそれが自分たちに訪れた危機だなどと思いもしなかった。
「ん? 何だあれ?」
彼らは遠方、凍湖シンシンの方からやって来る大勢の人を見た。
「団体の観光客か?」
「しかし物騒な格好だな。冒険者ってより軍みたいだな」
その大勢の者達は武器や鎧を身に付けて、まるでこれからどこかへ戦いに向かおうとしているかのようだ。本来なら、彼らはこの時点で警戒を強め近くの拠点にも連絡を入れるべきだったのだろうが。
「あ、もしかしてあれか? 狼王の」
「来ないんじゃなかったのか? それにもう討伐は終わっただろう」
「気が変わったとか? 元々参加しない予定だったから連絡がまだだったんだろう」
残念ながらそんな呑気な会話を繰り広げていたようだ。
凍湖シンシンより来るその軍団は整列したまま、国境を警備する彼らの小さな砦へと真っ直ぐに歩みを進める。そんな彼らの前に警備の一人が顔を出した。
「やあやあ、随分と物騒な格好だが、始祖の魔獣でも狩りに行くのか?」
返事は無い。尋ねた彼は首を傾げつつも会話を続行する。
「しかしあれはもう狩られたと一報があったよ。そちらにはまだ連絡が入って無いのか?」
そんなことを、半ば親切心から伝えた結果。
「そうか、もう終わったのか」
ようやく、反応があった。しかし警備の彼は軍団の戦闘に立つ彼が見せた表情に違和感を覚えた。それは喜びや安堵ではなく、焦りとどこか悲痛な。
「なら、急がねばな」
そう言って彼が手を挙げた。その瞬間、後方の軍団が一斉に武器を構える。
「なっ!?」
その場にいた警備の者の驚きは如何程なものか、彼らが驚き固まっている間に手が下ろされる。弓矢や魔法が砦を襲い、その直後に剣や槍を持った者達が砦内への侵入を始める。
「こいつぁぐぅ!?」
前に出ていた警備の者は不意を突かれ腹部に一撃を貰う、そのまま気絶する。
「可能な限り殺すな! こいつらにはまだ聞きたいこともある。一気に制圧してここを我々の拠点とするぞ!」
こうして突然の攻撃によって国境の砦は凍湖シンシンの手に落ちた。その後も付近の町や村が襲われ、その内の幾つかは逃げる事もままならず多くの者が犠牲になり、捕虜になるか、或いは殺されたか、だ。
その一報はまだ狼王討伐に沸いていた多くの場所に届けられ、ロロ達もその一報を聞き、急ぎショウリュウの都へと戻る事になったのだった。
ショウリュウの都、帰って来た冒険者たちは自然と解散してそれぞれ思い思いの場所へ向かう。ひとまず緊張の糸が解けて家で休息を取ろうとする者、家族や友人の安否を確かめに走る者、街中を歩いて現在の様子を確かめようとする者。
ロロ、瑞葉、ハクハクハクの三人は一旦それぞれの家へと帰る事となる。
ハクハクハクが向かうのは自らが居候として住んでいる古物商の店だ。その店があるのは裏通りの、そう人通りの多くない立地。知る人ぞ知ると言えば聞こえは良いが実際にはこんなところに店がある事など知らない者も少なくはない。故に客がいないというのはそう珍しい事ではない。
無いのだが。
「全然、人がいない……」
通りにも人の気配はまるで無く、それどころか誰かが近辺を通った様な跡もまるで無い。投げ捨てられたごみが道の端に落ちていたりするのを店主が不定期に掃除をしているのだが、今日はまるでそれをして時間が経っていないかのように綺麗な道だ。無論、単に偶然さっき掃除したばかりなのだという可能性はあるが、彼女はどうしてもそうであると信じることも出来ない。
ひとまず、店の裏口へ回る。
中へ入ると置いてあるベルを鳴らす。彼女が家に帰った合図だ。それに対して反応がある事は基本的に無い。店主の岩次は忙しいという訳では無いが、店を空けてわざわざ居候を出迎えるような事をする程お人好しでも無いのだから。
しかしこの日、彼女は珍しく近付いて来る足音を耳にした。
「帰ったか」
「あ、はい。た、ただいま」
彼はハクハクハクの事を上から下までじっと見つめ、
「どうやら無事らしいな」
とだけ言って踵を返す。ハクハクハクは何事かと面食らっていたがすぐに気付く。あれは純粋に心配をしていたのだろう、と。
「あの」
それで思わず、去り行く背中に声をかけた。
「何だ?」
「あ、えと……」
しかし何を言おうか明確に考えていたわけでも無い。すぐに頭を働かせ、一つ、思い付く。
「み、店は……?」
それは何とも間抜けで言葉の足りてない質問のようにも感じられたが、岩次は彼女の意を汲み取り、そして溜息と共に答えた。
「店は開店休業状態だ。こんな情勢じゃ誰もここにあるような物は買いに来ん」
この店は古物商、置いてあるのは調度品の類が主だ。つまりは生活に必要な物でも無ければ身を守る事にも使えはしない。凍湖シンシンが起こした戦争に関しては既に知れ渡っているが、それが今どのような状態にあるのかを詳細に知っている者はほとんどいない。知っているのは国境近くの町が落とされたという事実ぐらいのものだ。ショウリュウの都はそこからかなり離れてはいるものの、そのような事が起こっている状態でわざわざ調度品を検めようウの都、その入り口の門。大勢の冒険者がそこに姿を見せる。彼らはしばらくの間、虎狼ホンソウの国へと遠征に行っており、久方ぶりに自らの家へと帰って来た事に安堵の溜息をついていた。
その中にはロロ、瑞葉、ハクハクハクの三人も見える。
「やっと帰って来れたな」
「そうだね。なんだか、疲れたよ」
「でも、とりあえず、無事みたいで、良かった、ね」
他の者達も皆、ここに辿り着いた事に、またこの場所が以前と変わりない様子であることに安堵していた。
彼らは最後の始祖の魔獣、三つ首の狼王ドゥアロの討伐に赴いた者達だ。討伐を終えて本来であれば様々な式典などに出る為にもうしばらく虎狼ホンソウに逗留する予定だったのだが、とある一報を受けて急遽戻って来た次第である。
「私は自警団の方へ行きますので、皆は自由にしてください」
彼らの護衛をしていたミザロがそう言い残して走り出す。それも仕方のない事だろう。現在の情勢は誰もが気になっている所であるし、ミザロ程の実力者となればやるべきことも多いはずだ。
瑞葉は周囲を見渡す。入り口の警備は過去に見たことが無いほど厳重で多くの自警団が門を固め周囲の監視をしているのがわかるだろう。入り口付近の広場は普段ならばちらほらと人が見えるものだが今日は誰一人として出歩いてはいない。
「道中、魔物も多かったね」
「そうだな。あのぐらいなら俺達は大丈夫だけど」
虎狼ホンソウまで向かう道は本来ならばある程度の人の行き来があり、それに伴って魔物や獣が適度に間引かれているのが常であるが、おそらくここしばらくは外へ出る者もい少ないのだろう。非常に活発に動き回り襲い来る姿が何度も見られたものだ。
なぜこんなことになったのか?
「これからどうなるんだろう……、戦争だなんて」
そう、戦争が始まったのだ。
それは、正に青天の霹靂と呼ぶに相応しい出来事だった。
虎狼ホンソウ、山河カンショウの二か国と凍湖シンシンの国の国境においてそれは起こった。三大国は特別仲が悪いわけでは無いが全く別の国ではある。国境の、大きな道などにおいては警備が置かれている場所もあるものだ。とはいえ有事など何十年も起こっていない、彼らは道行く人たちが獣や魔物に襲われないように周辺の安全を確保するのが自分たちの仕事だと誤認すらしかねない程に、平和だったのだ。
故に、初めはそれが自分たちに訪れた危機だなどと思いもしなかった。
「ん? 何だあれ?」
彼らは遠方、凍湖シンシンの方からやって来る大勢の人を見た。
「団体の観光客か?」
「しかし物騒な格好だな。冒険者ってより軍みたいだな」
その大勢の者達は武器や鎧を身に付けて、まるでこれからどこかへ戦いに向かおうとしているかのようだ。本来なら、彼らはこの時点で警戒を強め近くの拠点にも連絡を入れるべきだったのだろうが。
「あ、もしかしてあれか? 狼王の」
「来ないんじゃなかったのか? それにもう討伐は終わっただろう」
「気が変わったとか? 元々参加しない予定だったから連絡がまだだったんだろう」
残念ながらそんな呑気な会話を繰り広げていたようだ。
凍湖シンシンより来るその軍団は整列したまま、国境を警備する彼らの小さな砦へと真っ直ぐに歩みを進める。そんな彼らの前に警備の一人が顔を出した。
「やあやあ、随分と物騒な格好だが、始祖の魔獣でも狩りに行くのか?」
返事は無い。尋ねた彼は首を傾げつつも会話を続行する。
「しかしあれはもう狩られたと一報があったよ。そちらにはまだ連絡が入って無いのか?」
そんなことを、半ば親切心から伝えた結果。
「そうか、もう終わったのか」
ようやく、反応があった。しかし警備の彼は軍団の戦闘に立つ彼が見せた表情に違和感を覚えた。それは喜びや安堵ではなく、焦りとどこか悲痛な。
「なら、急がねばな」
そう言って彼が手を挙げた。その瞬間、後方の軍団が一斉に武器を構える。
「なっ!?」
その場にいた警備の者の驚きは如何程なものか、彼らが驚き固まっている間に手が下ろされる。弓矢や魔法が砦を襲い、その直後に剣や槍を持った者達が砦内への侵入を始める。
「こいつぁぐぅ!?」
前に出ていた警備の者は不意を突かれ腹部に一撃を貰う、そのまま気絶する。
「可能な限り殺すな! こいつらにはまだ聞きたいこともある。一気に制圧してここを我々の拠点とするぞ!」
こうして突然の攻撃によって国境の砦は凍湖シンシンの手に落ちた。その後も付近の町や村が襲われ、その内の幾つかは逃げる事もままならず多くの者が犠牲になり、捕虜になるか、或いは殺されたか、だ。
その一報はまだ狼王討伐に沸いていた多くの場所に届けられ、ロロ達もその一報を聞き、急ぎショウリュウの都へと戻る事になったのだった。
ショウリュウの都、帰って来た冒険者たちは自然と解散してそれぞれ思い思いの場所へ向かう。ひとまず緊張の糸が解けて家で休息を取ろうとする者、家族や友人の安否を確かめに走る者、街中を歩いて現在の様子を確かめようとする者。
ロロ、瑞葉、ハクハクハクの三人は一旦それぞれの家へと帰る事となる。
ハクハクハクが向かうのは自らが居候として住んでいる古物商の店だ。その店があるのは裏通りの、そう人通りの多くない立地。知る人ぞ知ると言えば聞こえは良いが実際にはこんなところに店がある事など知らない者も少なくはない。故に客がいないというのはそう珍しい事ではない。
無いのだが。
「全然、人がいない……」
通りにも人の気配はまるで無く、それどころか誰かが近辺を通った様な跡もまるで無い。投げ捨てられたごみが道の端に落ちていたりするのを店主が不定期に掃除をしているのだが、今日はまるでそれをして時間が経っていないかのように綺麗な道だ。無論、単に偶然さっき掃除したばかりなのだという可能性はあるが、彼女はどうしてもそうであると信じることも出来ない。
ひとまず、店の裏口へ回る。
中へ入ると置いてあるベルを鳴らす。彼女が家に帰った合図だ。それに対して反応がある事は基本的に無い。店主の岩次は忙しいという訳では無いが、店を空けてわざわざ居候を出迎えるような事をする程お人好しでも無いのだから。
しかしこの日、彼女は珍しく近付いて来る足音を耳にした。
「帰ったか」
「あ、はい。た、ただいま」
彼はハクハクハクの事を上から下までじっと見つめ、
「どうやら無事らしいな」
とだけ言って踵を返す。ハクハクハクは何事かと面食らっていたがすぐに気付く。あれは純粋に心配をしていたのだろう、と。
「あの」
それで思わず、去り行く背中に声をかけた。
「何だ?」
「あ、えと……」
しかし何を言おうか明確に考えていたわけでも無い。すぐに頭を働かせ、一つ、思い付く。
「み、店は……?」
それは何とも間抜けで言葉の足りてない質問のようにも感じられたが、岩次は彼女の意を汲み取り、そして溜息と共に答えた。
「店は開店休業状態だ。こんな情勢じゃ誰もここにあるような物は買いに来ん」
この店は古物商、置いてあるのは調度品の類が主だ。つまりは生活に必要な物でも無ければ身を守る事にも使えはしない。凍湖シンシンが起こした戦争に関しては既に知れ渡っているが、それが今どのような状態にあるのかを詳細に知っている者はほとんどいない。知っているのは国境近くの町が落とされたという事実ぐらいのものだ。ショウリュウの都はそこからかなり離れてはいるものの、そのような事が起こっている状態でわざわざ調度品を改めようとする者などいない。
事実として、戦争が始まったという一報が入った後にこの店を訪れたのは岩次の個人的な知り合いぐらいで、その目的も店での買い物ではなく彼とその事について話す為でしかない。
深い溜息と共に去って行く岩次の後姿をハクハクハクは見送る。
「……そう、なんだ」
その呟きの内にあったのは、それまでそこにあったはずの日常が失われてしまった事への喪失感なのだろう。
ロロと瑞葉はいつものように二人一緒に家路を辿る。道中の畑にはいつもと変わらず農場で働く人が見受けられた。
「ロロに瑞葉ちゃんじゃねえか、帰ったのか」
その内の一人がそう言うと、手を止めて二人の方へと駆け寄って来た。
「無事みたいで良かったよ。戦争が始まったんだって、聞いてるか?」
「ああ、俺達その話を聞いて急いで戻って来たんだ」
「そうかそうか。帰り道で襲われたりしなかったか?」
「魔物とかはいましたけど、それだけですよ。国境の辺りではどうか分からないですけど、こっちにはまだ来てないんだと思いますよ」
「まあなぁ。新聞読んでみんなその事は分かってんだけどよ、それでも心配でなぁ。ナバスさんや樹々さんは今日は向こうの倉庫の方にいるはずだから、早く顔見せてやれよ」
「わかった、ありがとう!」
その後も彼らを見かけると話しかけて来る者が何人か居て、農場の近況を聞かされる事が続く。普段ならば遠くからの挨拶だけで終わる者も今日に関してはわざわざ近くまで来て話をするのだから少々面食らう場面もあるほどだ。
しかし思わずそうしたくなる程に、今は異常事態にあるという事なのだろう。
彼らは一度誰もいない家に帰り荷物を置くとそのまま再び外へ。普段ならば家で大人しくしているのだろうが、道中で何度も言われたように親に顔を見せに向かうのだ。
「はぁ、お母さん、心配してるだろうな」
「樹々さんはなぁ、顔見せたら泣き崩れるかもな」
元々、瑞葉の母親である樹々はかなりの心配性であって当初は冒険者になる事も反対していたぐらいなので、どんな様子であるかは想像に難くない所だろう。それを思うと彼らとしては一刻も早く顔を見せに行かなければと走り出すのだ。
農場の労働者の皆が教えてくれた倉庫に辿り着くと、そこには畑から採れた作物を台車で運んでいる樹々の姿が見えた。
「お母さん!」
瑞葉がそう声を掛けて手を振ると彼女は思わずその場に立ち止まり一瞬固まる。それから顔だけを瑞葉の方へ向けると、
「……よかった」
そう呟いてその場に崩れ落ちた。
「ちょっと、お母さん!?」
思わず二人は心配してその場に駆け寄るが安堵の余りに腰が抜けただけらしい。
「もう、人騒がせな」
「仕方ないでしょ。戦争が始まったなんて聞いた時は、もう、心配で心配で……」
これは二人が後から聞いて知る話だが戦争の報せが樹々の元へ届いた時の彼女の取り乱しようは相当なもので、一人で虎狼ホンソウの国まで駆けて行きそうな程の様子に周囲は宥めるのに必死だったという。
そんなわけでその場で動けなくなった彼女の荷物に一人の男性が手をかける。
「あ、父さん」
「無事みたいだな」
彼はロロの父、ナバスだ。
「この荷物は代わりに持って行こう。少し休むといい」
「あ、ありがとうございます」
その返事を待つこともなく彼はそのまま荷物を押して去って行く。ロロと瑞葉はしばらくその背を見つめて、
「ナバスさんは普通そうだね」
などと言って頷き合う。その言葉を聞きながら樹々は二人がいない間、毎日のようにショウリュウの都と虎狼ホンソウの国を繋ぐ道の様子を様々な方法で調べていた彼の様子を伝えるべきか悩んでいたようだが、そっと胸の内に仕舞う。
ロロ、瑞葉、そして樹々の三人は近くに倉庫の傍に備え付けの椅子で少し休憩がてらショウリュウの都の様子を話し合っていた。
「戦争が始まったっていう報せが届いた時は、それはもう心配したのよ? みんなはあなた達が行ったのは北の方だから大丈夫だって言うけれど、何があるか分からないじゃない」
「心配し過ぎだよ……。こっちはどうなの? 私たち戻ってからすぐこっちに来たから町の様子とかは分からなくて」
「話に聞く限りだとあまり変わりは無いみたいよ? 今のところはみんな普通に暮らしてるみたい。ただ配達で町を回った人の話だと行商人とか観光に来る人は減ってるらしいわ」
「まあそんな場合じゃないよなぁ」
「代わりに南の方から避難しに来た人がいるって話も聞いたわ。九華仙の南の方の町は軍が砦代わりにしてそこの住民がイザクラやショウリュウに来てるらしいわね」
九華仙の都はショウリュウの四都市の中で最も南に位置する場所で、つまりは南に位置する凍湖シンシンとの国境に最も近い場所だ。今、九華仙に籍を置く軍や冒険者の面々は攻め入って来る敵の対処の為に近隣の町を接収し防衛の為の設備を造設している所である。これらはショウリュウの都にとっても他人事ではなく、ロロ達よりも一足先に都へ戻った自警団の琳やザガ十一次元鳳凰の面々などは既に国境付近へと向かっているのだ。
「国境付近の町に凍湖シンシンが攻めて来たって言うのは聞いたけど、その後はどうなってるの?」
「新聞で見た話だと今は膠着状態だそうよ」
現状、凍湖シンシンは国境付近の町を幾つか奪った後、大きな動きは見せていない。既に周辺には九華仙の軍やイザクラの軍が展開しておりこれ以上の侵攻は難しいと判断しているのだろう。
「町の奪還の為に戦力を国内から集めている所とは聞いてるけれど……、どうなるのかしらねぇ」
「早く終わると良いんだけどな」
漠然と、ロロが呟く。
その後、樹々は仕事に戻り、ロロと瑞葉は顔見知りに人々に挨拶をして回り一日を終えるのだった。
凍湖シンシンが突如仕掛けた侵略戦争、それは三大国の内の他二国を同時に相手取る無謀なものであったが、しかし宣戦布告もなく仕掛けた奇襲による打撃と短期間による堅牢な砦の建設により意外にも奪った土地を明け渡すことなく戦い続ける。
時間だけが過ぎて行くような焦燥の中で、戦争開始から一か月という期間が過ぎて行った。
ショウリュウの都の人々は多少の行動制限はあれどそれまでとほぼ変わらない日々を過ごしていた。表面上は、であるが。
その日、ロロ、瑞葉、ハクハクハクの三人は付近に現れたという魔物の討伐へと向かっていた。
「最近は多いよな。この手の依頼」
「そうね、結構数も多いみたいだから油断しないように。ハク、索敵はお願いね」
「う、うん」
彼らが言うように最近は魔物の数も出現の頻度も増えている。それも都の近くでも、だ。以前ならばまず見られなかったような整備された道にさえ出て来ることもそう珍しくは無いらしい。そのせいでロロ達以外の冒険者たちも近隣の魔物討伐の為に駆り出され忙しい日々を送っているようだ。
しかも彼らは忙しいだけではない。
「よし、大体倒したな」
「何頭か逃がしちゃったけどね」
周辺にはもう動くことの無いフクレドリの群れが横たわっている。冒険者になり立ての頃は苦労したものだが今の彼らにはそう難しい相手でも無いようだ。
「他にはいるか?」
「ちょっと、待ってね」
ハクハクハクが索敵の為に魔力を杖に集中し一気に解き放つ。それにより彼女は詳細な周囲の情報を手に入れ。
「……っ! 大きなのが、来る!」
血の匂いに誘われ大きな魔物が近付いていることに気が付いた。ロロと瑞葉は即座に臨戦態勢を取り、それが近付いて来るのを待つ。足音が、近付き、そして彼らは宙に浮いた巨大な虎の顔を見つけるだろう。
「クビナシトラ!?」
通常であれば三等星以上の者が戦うべき相手だ。透明化の魔法を使い身体を隠すその魔物はそれ以外には特別な魔法を使用しないものの、その優れた体格と筋力だけで幾人もの冒険者を亡き者にして来ている。
「瑞葉!」
「位置はどうにか見えるようにするよ」
それでもロロ達が戦う意思を決めたのは以前に何度か戦った経験があったからだ。ある程度、対処法を知っており、何よりも。
「ハク、私たちで隙を作るから止めをお願い!」
「う、ん!」
ハクハクハクならばそれを倒し切れるだけの力を持っていると分かっていたからだ。
戦闘を終えた時、ロロは一度前脚に吹っ飛ばされ怪我をしていたが他の二人はどうにか無傷のままだ。三人は安堵の溜息を吐いてその場に腰を下ろす。
「あ~、怖かった」
「俺達ならクビナシトラぐらい楽勝だぜ!」
「全然楽勝じゃないでしょ! 怪我は? 大丈夫?」
「大丈夫だって、分かってるだろ?」
ロロは一撃を喰らい大きく吹き飛ばされはしたが、一応両腕で急所は防いでいたのでどうやら無事らしい。それでも骨の一つや二つ折れていても不思議では無いのだが。
「私はまだあんたの治癒の魔法が完璧だなんて思ってないから」
「え~、そろそろ信じてくれよ」
今のロロには治癒の魔法がある。自身の怪我をかなりの早さで治す事が出来るのだ。少なくとも、骨が一本折れた程度ならば十分ほどで治すことが可能らしい。そのせいか最近の彼は少々無茶しがちで瑞葉は以前よりも深く心配しているようだ。
治癒の魔法でどこまで治す事が出来るのかは未知数だ。なぜならば試すわけにもいかない。敢えて死にそうな程の怪我をして治らなかったらそこで終わりになってしまう。今の所、骨折や擦過傷程度は治療可能と分かっているが、その先はどうなるか。
無茶をして大怪我をしそのまま死なれるなど、ロロならばやりかねないと瑞葉は思っている。
「そもそも治るからって怪我していいわけじゃないでしょ!」
故に、彼女はこう言わざるを得ない。というかこれは正しい意見だろう。怪我などしない方が良いに決まっている。
「でもさっき俺が間に入らなかったら瑞葉たちの方に行ってただろ?」
が、ロロとて何も考えていないわけではない。瑞葉やハクハクハクの元へ魔物が向かう事を考えれば、自分が間に入って時間を稼いだ方がいいという判断を下しただけだ。瑞葉も無論それは分かっていたのだが、それはそれとして文句ぐらいは言う筋合いはあるのかもしれない。
「あの、周り、もういないから、か、帰る?」
瑞葉が再び爆発しそうな雰囲気を察してかハクハクハクが口を挟む。彼らは魔物討伐の依頼の為に都近辺の道、のすぐ傍の森にいる。周辺の魔物は倒したがここは騒ぐような場所でもなければ長いする場所でもない。
「……はぁ、そうだね、帰ろう」
「よ~し、帰るぞー!」
ロロは意気揚々と歩き出し、その後を瑞葉とハクハクハクが付いて歩く。成程、後ろから歩く様子を見る限り彼は大した怪我をしていないのは間違いないらしい。大股で鼻歌交じりに歩く姿は元気な子供のようで、瑞葉は思わず顔を顰める。
「瑞葉、ちゃん?」
それを見たハクハクハクは思わず首を傾げるが。
「……うん、大丈夫。気にしないで」
瑞葉は己の中に渦巻く何とも付かないその想いを吐露することはない。と、言うよりは、彼女自身もまだどう説明して良いのか分からないのだろう。
都へ戻ると三人はいつものように志吹の宿へ向かう。道中、人通りの少ない道を歩きながら。
「なんだか、すっかり静かなのにも慣れちゃったね」
本来ならば彼らが歩いている場所はショウリュウの都の大通り、都に住む人や観光客で賑わう場所だ。しかし今の情勢においては観光客など来るはずも無く、更には客がいないので店も開店休業状態になっている所が少なくない。食料品店は多少賑わっているが、そちらはそちらで普段ならばあるはずの他の都や国から仕入れている商品の在庫がかなり減っており、賑わいに比して商品は少ないという逆の状態になっている。
戦火がショウリュウの都を襲う事は無いが、しかしその影響は確かに彼らにも降りかかっていた。にもかかわらず彼らがそれに対して出来る事はほとんど何も無い。
宿も、平時の賑わいを失っていた。宿の店主である崎藤はは連日、自警団や議会の面々との会談で疲れ切っているのか目に隈を作り、時には受付に突っ伏して眠っている事も目立つ。普段ならばそれであってもミザロが代わりの業務をするのだろうが、今彼女はここにはいない。
宿に入った三人は寝静まっている崎藤を前にどうするか顔を見合わせていると。
「すみませんが、もう少し寝かせてあげてください」
横から申し訳なさそうに数か月間に入ったばかりの店員、キララが声を掛ける。
「代わりに私があちらの業務も出来ればよかったんですけどね……」
彼女は冒険者の拠点を運営する為の業務に関しては未だ教えられておらず、あくまでも寝床や食事を提供する宿としての業務をするのみだ。本来ならばそれでも十分だったのだが、今や宿としての利用者はほとんどいない。
彼女も普段の明るさを潜めどこか重苦しい雰囲気に溜息をついていた。
「崎藤さん、寝てないんですか?」
「昨日も遅くまで自警団の人と会議していたみたいですよ。冒険者と軍の人員配置を調整しなきゃいけないとかで」
崎藤はショウリュウの都で唯一の冒険者の拠点、志吹の宿の運営者だ。故に冒険者相手に最も顔が広く、口が利くのも彼である。この戦争において冒険者の誰をどのように扱うべきなのか、彼を抜きに話し合う事は不可能だろう。
「せめてミザロさんが残ってくれてればよかったんですけどねぇ」
まして同じく宿の業務を行うミザロは既に前線に行ってしまったのだ。頼るべき者が、他にいない。「前線はどうなってるんですかね?」
瑞葉が何気なく尋ねるが、キララは首を横に振る。
「崎藤さんは何も教えてくれませんので。まあ私は一従業員に過ぎませんし、わざわざ話すような事でもないでしょうけど」
戦争の最前線で何が起こっているのか、その情報は一般市民にはあまり伝えられていない。一応、新聞によって幾らかは伝えられているし議会も声明を発してはいるが、その主だった情報とはここショウリュウの都にまで戦火が及ぶことはないという事ぐらいのものだ。一応、新聞には凍湖シンシンの斥候を捕えたなどの多少は喜ばしい情報もあるのだが、人々にどのような規模の争いが起こっているのかを伝えるような文は見当たらない。
「他の冒険者の人はどうしてるんです?」
「皆さんのように周辺の魔物退治に勤しんでくれてますよ。最近は魔物が増えて物騒ですからね、本当に助かってます」
「魔物なんて俺達が全部退治してやるぜ!」
「調子良い事言わないでよ……、今日だって危なかったでしょ?」
「何かあったんですか?」
瑞葉はフクレドリの討伐に行ったはずがそこにクビナシトラの乱入があったことを伝える。
「クビナシトラ……、って、確かかなり危険な魔物では?」
「まあ……、一応私たちは戦ったこともありましたし、何とかなりましたけど」
溜息交じりに瑞葉がそんなことを呟いたところで宿の扉が開く。そこには彼らが見知った顔がいた。
「安川さんに虎イガーの皆さん、お帰りなさい」
「依頼帰りですか?」
「よう。崎藤はまた寝てるのか」
「お急ぎでなければ、もう少し寝かせてあげてください」
「どうせ魔物退治で疲れてるんだしこっちも少し休もうぜ」
虎イガーのリーダーを務める虎太郎の一声で彼らもロロ達と卓を囲んで話に混ざり出す。
「クビナシトラが出たらしいな?」
安川は席に着くや否や開口一番そう言った。
「……聞き耳立ててたんですか?」
「俺は耳が良いから勝手に聞こえて来るんだ」
彼は音の魔法を得意とし、宿の外からでも中で話されている内容を聞き取るなど難しくもない。
「そっちはクビナシトラか。俺達も牙獣の群れの討伐だったんだけどよ、終わったと思ったらムツアシグマが出て来てさ」
虎太郎がそう言って彼らの依頼の様子を語り出す。
彼らが近隣で勢力を拡大しつつあった牙獣の群れの討伐。元々牙獣自体は魔力を持たぬ獣であるが群れの大きさから考えてソウガジュウなる牙獣を従える魔物の出現も予測され虎イガーの面々は他の冒険者への協力を要請、そして手の空いていた安川が同行することとなり討伐へ向かう。
討伐は順調そのものだったと言って良いだろう。虎イガーも安川も四等星ではあるものの最近は多くの依頼をこなし実力を付けて来ている。牙獣の群れなど恐るるに足らず、一気呵成に数を減らしあっという間に依頼を終えられるはずだった。
そんな折である、安川が近付いて来る魔物の存在に気が付いたのは。
「それがムツアシグマだったってわけだ」
「ムツアシグマ……、私たちはまだ見た事ないですね」
「凄かったぞ~」
虎太郎が両手を掲げてその大きさを示す。
「立ち上がるとこんなでかい奴でな、それが六本足でなんか、しゃかしゃか動くんだよ」
「気持ち悪かったな、あの動きは」
「そうそう。んで突進してくるんだよ。当たったら流石にやばいぜ」
ムツアシグマは身体強化を主に扱うよくいる魔物であるが、その危険性は主に六本の脚を使った機動力にある。速い、というよりは足場が悪くとも機動力が落ちず曲線の軌道にも六本の脚を上手く使い対応するその器用さだ。純粋な突進力ならばトウボクサイなどに軍配が上がるが、避けやすい直線軌道しか出来ないそれに比べればムツアシグマの方が余程恐ろしい。
「それが三頭だぜ。参るよ」
「三頭も!?」
「なんとかみんな大きな怪我もなく帰って来れたけどね。呉忍も雅人もぐったりさ」
呉忍は透明化の魔法で周囲の援護を、雅人は全身を武装し正面から迎え撃つ役をやっており、ムツアシグマとの戦いでは二人が魔力を大量に消耗する結果となった。今も机に突っ伏して項垂れている。
「最近の獣や魔物の出現頻度は異常だな。それに加えて近隣までは来なかった連中まで出て来るようになった」
元々、ムツアシグマやクビナシトラなどは都近辺にやって来ることはほとんどない。その主な理由は彼らがほとんど人が来ないような山奥などに自らの棲み処を作るからであり、そしてその場所を他の魔物に奪われぬまま維持できる強さを持っているからである。
一方でそのような強い魔物がその棲み処を拡大しないのは人間の恐ろしさを知っているからであろう。山奥を出てより便利で獲物が多い場所へと移動すれば、それは人の目に付くことになり彼らを狩る事が出来るほどに強い冒険者などがやって来るのだ。故にそのような個体は稀にしか出て来ない。
しかし今、その均衡が崩れつつある。
「人の往来が減って、人の目が行き届かなくなって、魔物達が徐々に山を下りて来てるんだろうな」
戦争が始まってから都や町を繋ぐ道を往来する人の量は大きく減ってしまった。人の通らない道を魔物達は危険とは認識しない。徐々に行動範囲を広げて行き今に至る。
「もっと奥まで行った方が良いんですかね?」
「いや、それならそれでもう少し戦力が欲しい所だ。ここにいる全員で行っても、不安は残るな」
山奥まで向かって多くの魔物を退治すれば一時的にそれらは大人しくなるだろう。但し、その為には相応の戦力が必要だ。仮に強力な魔物がいたとしても対処が可能な、三等星以上の者が一人でも付いていて欲しいものだ。
しかし、彼らの一部は国境付近の防衛に向かい、都に残っている者もいつ招集が掛かるか分からず外へ出ての依頼は制限を受けている。結果、ここにいる面々のような四等星の者に過剰な負担がかかっているのだ。
「ひとまず、知り合いの人たちに声を掛けて奥の方まで行ってみたいですね。安川さんが居ればある程度周囲の情報は掴めますし、安全第一で向かえば何とかなりませんかね?」
「……まあ、向こうが降りて来るのを待つよりはこっちから攻め込む方がましかもな。上手く行けば罠を張って少しずつ倒す事も出来るだろうし」
「ま~、これもみんなの為ってな。いっちょやってやろうぜ」
負担は、かかっている。が、ここにいる彼らはそれを苦にしてやるべきことを投げ捨てるような者ではない。強力な魔物を倒し、少ないながらも都と町の間を行く人々の為に、都にまで魔物がやって来ることが無いように、力を尽くすのみだ。
そんな風に自分たちなりに出来る事を続ける人々。鬱屈とした雰囲気の中で早く戦争が終わり元の日々へと戻らないかと祈り願う。ロロ達もまた、この時はその一員であった。




