81.5 動乱の気配
虎狼ホンソウの国、辺境。未だ残された落とし子と冒険者や軍が戦いを続けている頃。とある三人の冒険者がその場を離れようと走り続けていた。その男女の三人は少し特徴的で、それぞれの身長差が高、中、低と見事に分かれている。
「おい、ここから抜け出せそうなところはねえのかよ!?」
「知るか、とにかく走れ! あの丙族のガキが死んだら次は俺らだぞ!」
「もう疲れたんだけど! 何でこんなことになるのよ!」
悪態をつきながら走る彼らの姿はこう言っては何だが、醜い。可能な限りの選別は行ったのだろうが数が集まれば志が低い者もどうしたって数人は混じってしまう。彼らはこう思っていたのだろう、あれほど多くの二等星以上の冒険者や軍が来るのだから始祖の魔獣など簡単に討伐され自分たちはその名誉のおこぼれに与れるだろう、と。しかし狼王は想像よりも強大で、今や彼らは戦場の中を誰からも守られる事無く逃げ続けている。先程までは囮に丁度いい人の好さそうな丙族の女の子がいたのだが、それも落とし子と遭遇して使ってしまった。
彼らにはもはや残された術も無くただ逃げ続けるのみ。しかし実の所、体中がボロボロの彼らには走り続けることすら出来はしない。その足も段々と動きが鈍くなり、ついには止まってしまう。
「……はぁ、はぁ。くそっ! どうすりゃいいんだよ」
「一旦そこらに隠れて休もうぜ」
「それであの狼が来たらどうするのよ。あんた囮になってくれるの?」
普段は気の合う彼らであったがこんな状況下ではそんな様子も見せずに互いに文句を言い合うばかり。人によってはその姿を見れば手を貸す事を躊躇するかもしれない。
しかしその醜さは、とある者にとって非常に都合が良いものでもあった。
不意に地面が揺れ始める。
「何、地震?」
「おいおい、勘弁してくれよ」
その揺れは彼らは知らぬことだが、巨大な落とし子が地下を掘り進み後方の軍の元へと向かっている最中に起こった事だ。そして、その際に彼らは、見つかったのだ。
不意に、三人の動きが止まる。先程まで不安と恐怖で醜い姿を晒していた彼らはこの時、その心の内から湧き出て来る声を聞いていた。その声が叫ぶのは怒りと憎しみ。
「クソ丙族共を、ぶち殺さなければ」
「俺達を認めようとしないこんな国なんて」
「何で私たちがこんな目に合わないといけないのよ……」
その怒りと憎しみはほとんど逆恨みのようなものなのかもしれない。しかし彼らが貯め込んでいた自身を取り巻く世界への不満は、最悪の形で表出することになる。
「……そうだ! 凍湖シンシンの国へ行こう!」
凍湖シンシンの国、それは山河カンショウ、虎狼ホンソウと並ぶ三大国の一つだ。そして三大国の中ではあまり足並みを揃えようとしない事でも有名ではある。
「あそこは山河カンショウとも虎狼ホンソウとも大して仲が良くない。って事はだ、俺達も受け入れられるはずだ」
「そうね、きっとそうだわ!」
「向こうに行ってこんな国の事は馬鹿にしてやろう!」
その後、彼らはどうにかその場を脱出すると戦場を去って行った。
始祖の魔獣の討伐を終え、山河カンショウの国、そして虎狼ホンソウの国ではそれを祝い盛大な祝典が開かれている。要は、祭りだ。
しかしその喧騒とは離れた場所に居る物もいた。
「ミザロ、君の話を聞こう」
そこにいるのは、今回の討伐に最も貢献したと言っても過言では無い人物、軍の指揮を執り狼王の首を切った男、自警団の琳。二等星の中で最も戦場の多くを見て来た者、ミザロ。そしてもう一人。
「この話は、この老いぼれが聞いていても良いのか?」
自身を老いぼれと称するその人は考古学者として多くの遺跡の発掘や歴史の解明に携わり、それでいて自身も二等星の冒険者として高い実力を持つイザクラ考古学団の団長、家老だ。
「高い見識を持つ家老殿にこそ聞いておいて欲しいのですよ。というよりは、寧ろ、我々だけでは判断が付かないかもしれない」
「そういうことなら、多少は長生きして蓄えたこの知識を役立てる事が出来るよう助力は惜しまんが」
彼は言いながらミザロの方を見た。その値踏みするような視線に対し、ミザロは懐から一欠片の石を取り出す。
「それは……?」
「ひとまずは、私が見つけた分だけですが」
彼女はその石を家老に手渡す。おそらくは、山河カンショウの国中を探しても彼以上に深い見識を持つ者など居ないであろうその老人はその砕けた欠片でしかない石を高く掲げじっと見つめる。
「丙族の、石、に、似ているな」
「家老殿もそう思われますか」
「それは狼王、推定ですが、その胸元にあったものの欠片です」
「……ほぅ」
丙族の石に関して、他の人間や魔物に存在したという記録を、彼は見たことが無かった。無かったのだが、あくまでも公式に記録が残っていないだけ。彼は即座に自身の知識の中から幾つかの仮説を立てる。
「これが、進化の結果であれば問題は無いな」
「そうですね」
「しかし、そうでは無いだろう」
仮に進化の過程で丙族と同じ形に辿り着いたのであれば、つまり魔臓を石と為す事でより高い効率で魔力を扱えると生物の多くが気付いたのであれば、もっと同じ形のものが存在しているはずだ。それが存在しないのは、単に彼らの進化がそこまで行き着いていないというのか? 少なくとも丙族が数百年前には存在していたのに?
違う、はずだ。そして違うのであれば、他の原因がある。
「丙族は、過去に動力源として利用されていた」
不意に家老がそう言った。
「……家老殿、それは、意味を測りかねますが」
「想像の通りだ。我々も扱っている多くの遺物など、魔力で動く機器の数々。多くの場所ではそこに住む人々の魔力を貯め込み、それによって動力を賄っているが。過去、旧世代においては、丙族を電池のように使っていた可能性が高い。これは幾つかの遺跡で同じような痕跡が見られている事から、ほぼ間違いないだろう」
この事は既に考古学界ではまことしやかな噂として囁かれている。表立って語る事は許されていないが、一部の高名で国からの信頼厚い者達の中には既にその前提で様々な事柄の検証を行っている者もいた。家老もその一人だ。
「まあ、噂ぐらいは、聞き及んでおりますが。しかしそれが今回の件と関係が?」
「この事実が示すのは、旧世代における丙族の扱いだ」
動力源、電池、ただの消耗品、そのように扱われている丙族の姿を彼らは想起する。
「旧世代において丙族の地位は低かったと?」
「低かった、というよりは、人として扱われていたのかも分からない、と言うべきであろう」
「であれば……」
「始祖の魔獣とは、丙族の石を人為的に獣に埋め込み造り上げられた。つまりは、実験の産物だろう」
そんな証拠は現状ではどこにも存在しない。存在はしないが、否定できるだけの理由も彼らには無かった。
「一応お聞きしますが、そんなものを造る理由は?」
「人間よりは獣の方が御し易い。要するに、より便利な電池を手に入れる試みの一つだったのかもしれんな」
それぞれが感情を持ち個性という電池には不要な物を手にしている丙族の人間よりは、本能のままに動くだけの獣の方が幾らか御し易い。もしそれが叶えば家畜のように量産して必要な魔力を搾り取る算段だった、彼はそう言いたいのだろう。
「だとすれば、旧世代が滅びたのはその実験の失敗が原因だったのでは? 彼らはその傲慢さで始祖の魔獣と呼ばれるほどの強大な魔物を生み出してしまったが故に滅びた、というのは無理のない考えだと思いますが」
「可能性はある、可能性は、な」
要するにそれは断ずるに値するだけの証拠がなく、また、それが他の無数にある可能性に対しても言えるという事なのだろう。
「しかし今は、旧世代が滅びた原因の話では無かったな」
「ああ、失礼。話を逸らしてしまいましたな。ひとまず、その石に関しては家老殿に託します。それを調べるのに家老殿以上の適任などおらんでしょうからな」
「ふむ、こちらとしても、好奇心と探求心がそそられる話ではある。是非とも、この件は受けよう」
「言うまでも無いでしょうが」
「内密に、であろう。公にしていないのだ、そのぐらいは心得ている」
狼王の胸に丙族のような石があったことに関して、冒険者や軍には緘口令が敷かれている。より正確に言えば、狼王との戦いの中の大部分においてだが。表向きは、軍や冒険者が半壊に追い込まれ最終的にはなぜか狼王が自ら首を差し出した、などと言う英雄的な美談には向かないそれを隠す為とされている。彼らが話す事を許されているのは軍の上層部が作り上げた基本的に矛盾の無い創作話だ。一部、真実も含まれているが、それは山のように巨大な狼王の首を軍の魔法が切り裂いただとか、無数の落とし子が襲い来るのを冒険者たちが蹴散らして行っただとか、実に格好のつく場面ばかりを切り取っただけであった。
一部の冒険者たちはその事に不満を持っていたが、そんなことは多額の褒賞を前に忘れ去られてしまっただろう。
「目出度い時は民衆が舞い上がるぐらいで丁度良い。この老いぼれのような者が裏方で苦労をするぐらいが丁度良いのだ」
「家老殿の献身には頭が上がりませんな」
そんな風に一段落した会話の切れ間にミザロが口を開く。
「時にご老公、お聞きしたいことが」
「ふむ、どうした、改まって」
「私は狼王が動き出したのはハロハロの魔法が原因だと思っているのですが、その痕跡をその欠片から探す事は可能でしょうか?」
家老はその問いに対して口元の髭を摘み少し考える。
「不可能では無い、だろうが。それほど気になるか?」
「ハロハロは未だ見つかっておりません。その件が、どうにも気になっています」
人や魔物の悪意や憎しみを増幅させるという特異な魔法を持ちショウリュウ事変を引き起こした丙族、ハロハロ。虎狼ホンソウの国方面へと逃亡したことは確認されているが、その後の行方を彼らは知らない。
「事実として、これまで沈黙を続けていた狼王は動き出し、最終的には死を迎えました。そしてその最期は、まるで自ら死を望むような姿だった。私にはあれが自らの意志のみで動いていたとは思えません」
「ふむ、まあ、一理ある」
「狼王の肉体の方を調べられるならその方が早かったのですがね」
辺境の地にある狼王の肉体の元へは国が編成した調査団が向かったのだが、既に多くの獣や魔物がその肉を求めて周辺を彷徨っており、危険性を鑑みて断念されたのだ。一応、冒険者や軍がその肉塊の一部を持ち帰ってはいるが、元の巨大さを考えれば一部も一部であり、またそれらの多くはあくまでも虎狼ホンソウで起こったのだからという事でほとんどが虎狼ホンソウの国の研究機関へと持ち帰られてしまった。
ここにあるのはミザロと琳が黙って採集した、いわば非正規の入手品である。
「まあ、良いだろう。可能な限り詳しく調べよう。ハロハロの魔法に関しても幾らか調べは進んでいる。じきに良い報告が出来るだろう」
「ありがとうございます」
「やはり家老殿は頼りになりますなぁ」
こうして三人の密談は終わりを迎える。彼らは一般民衆や呑気な役人などに比べれば随分と先を見ていたと言えるだろう。
しかし、この後に起こる出来事までは流石に想像の外だったと言わざるを得ない。
凍湖シンシンの国。そこは一年中気温が低く、湖には常に氷が張るほどの寒冷地だ。生物が住まうには過酷な土地でありそれ故に三大国の中でも他の二国に比べて魔物の被害が少ないという特徴がある。一方で彼らは日々を寒害や雪害に悩まされながら過ごしており、魔物が少ないからと言って決して生活が豊かなわけではない。
寧ろ三大国の中では間違いなく、最も豊かさとは無縁な場所と言えるだろう。畑に実る食料はごくわずか、獣や魔物を狩って暮らすにもそれらの数は少なく、日々の食料を確保するのも難しい。彼らが消費する食料はかなりの部分が他の二国からの輸入に頼っているものだ。
そんな寒く雪深い土地に住む彼らには、ある共通の夢がある。いつか雪が融け、氷の張らない湖を見る事が出来たなら、と。しかしそんな日が来ることはない事を彼らは理解しているだろう。自然の力の強大さは他の誰よりも彼ら自身が良く知っているのだから。
そして、他国から来た者はこの過酷な土地に辿り着いた時、思わず口にしてしまう言葉があるという。
「おいおいどうなってんだよ、寒すぎるぜ」
「間が悪かったみたいだね。こんな大雪の日に当たるなんて」
「寒いとは聞いてたが想像以上だな」
とある高中低と身長差のある男女三人組の冒険者が思わずそんなことを呟いた。虎狼ホンソウにて暮らしていた彼らには雪など全く馴染みが無く、見るのも初めてと言って良いだろう。まさかここでは雪が降っているのが普通の日だなどと想像することもなく、身を震わせながら町を目指して歩く。
彼らは狼王との戦いから逃げ出し、その後は何度かの補給を繰り返しながらもひたすらに凍湖シンシンの国を目指し、見事に辿り着いたようだ。彼らには目的がある。
「ここでなら俺達も受け入れられるはずだ。俺達を認めようとしない他の国とは違うだろうよ」
それは人々から認められて大物になりたいという漠然とした想いからなるもので、単に自分たちが虎狼ホンソウでは成り上がれなかったことを逆恨みし後ろ足で砂をかけてやりたいだけなのだが。
そんな彼らが町へ辿り着く。
「何者だ!」
その町は凍湖シンシンにおいて中程度の大きさの町だろう。しかし警備は厳しく門の前に立っている数人の衛兵は三人に警戒した視線を送っていた。
「……何だってそんな警戒してるんだ?」
「知らねえよ」
「ひとまず任せな」
女が前に出るとより一層警備の目は厳しく光り、慌てて彼女は両手を挙げて抵抗の意など無い事を示す。
「私たちは虎狼ホンソウの冒険者だ。今日は観光で凍湖シンシンまで来たんだが、何かあったのかい?」
凍湖シンシンへ他の二国から観光へ向かう人の数はそれなりに多い。雪景色や氷の張った湖、またここでしか獲れないような特産物を使った料理など見所は多いのだ。ただ、誰も彼もが長居するには辛い場所だと言って早々に帰ってしまうようだが。
それはそれとして警備はその言い分を聞いても、しばらく彼らを睨み付け何やら悩んでいるようだった。その内、後方で入り口を塞いでいた者が首を横に振り、それを見て彼らの意見は統一されたらしい。
「成程、観光客か。しかし今日はこの町に入ることは許されていない。悪いが、別の町を探すが良い」
「どういうことだい? せめて理由ぐらいは教えて欲しいもんだね」
「それは言えん。とにかく、この場を去ってもらおう」
警備の頑なな態度は変わる様子がまるで無い。それに対して三人は、少々、頭に来ていた。虎狼ホンソウの辺境から長い旅路を経てここまでやって来たというのに最初に見つけた町で門前払いだ。彼らとしては、心の内に怒りと憎しみを煽る声が聞こえ続けている彼らにとっては、それは到底我慢できるものではない。一触即発の気配が、見え始め、
「何事だ?」
それを断ち切るように町の奥から一人の男が現れる。彼は後方に数人の供を引き連れていて一般人では無いことを想起させる。警備の者はその人物の登場に狼狽えて、おそらくは彼らのまとめ役であろう者が思わずその者の前に跪いた。
「いえ、あなた様のお手を煩わせるような事では。観光客らしき者が現れたので、こちらへの立ち寄りは遠慮してもらおうかと……」
「そうか……。お前たちは、山河カンショウか、それとも虎狼ホンソウからの観光客か?」
突然現れたその男からの問いに三人組は少々戸惑っていたが、
「私たちは、虎狼ホンソウから来た」
ひとまず返事をする。三人は周囲の態度から目の前の人物が相当に地位の高い人物なのだろうと想像していたが、いまいち誰なのかが分からない。しかしその顔にはどこか見覚えがあった。それは例えば、新聞のようなもので、白黒の写真の中で、とある地位の高い三人が同時に写っていたのではないだろうか?
例えば、新年、三大国会議などはどうだろう。
「……あ」
気付いた瞬間、女が彼の前に跪く。そして後の二人にもそれを促した。
「おい、どうした?」
「馬鹿、あの方は……」
「あの方は?」
「……凍湖シンシンの国王だ」
そう、彼こそは三大国が一つ、凍湖シンシンの国を治める国王。アルザード・16世その人だ。
この出会いに、思わずほくそ笑む者が一人。そしてそれは、三大国を大きな動乱へと巻き込んで行く事となる。




