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志高く剣を取る ~ロロはかっこいい冒険者になると誓った~  作者: 藤乃病


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81.始祖の魔獣の最期

 虎狼ホンソウの国、辺境。狼王との、そしてその落とし子との戦いはじきに終わりを迎えようとしている。しかし今はまだ、その事を誰も知る由は無い。




 前線より少し離れた場所。多くの瓦礫が降り注ぎ周囲からの道を塞ぎ隔絶された空間。そこには十人程度の冒険者たちが身を寄せ合いどうやってこの場から脱出するかを話し合っていた。

「やっぱりどうにかして上に行くべきじゃないか? そもそも瓦礫の壁を崩せるのかわからない上に危険だ。下手したら穴を開ける事も出来ない内に音で敵に居場所がばれるかもしれないだろ」

「だがどうやって登る? かなり高いぞ、怪我人も少なくないのに全員が無事に行けるのか? 壁を崩せば他の冒険者たちも俺達に気付くはずだ。救助は必ず来る」

「救助が来るまで生きていられるのか?」

「それを言うなら上の様子が分からないんだから、登ったところで待ち構えていた落とし子に食われるだけかもしれないでしょ」

 上に行くか壁を崩すか、二つに意見は割れてまとまりを欠いた人々。

 そこに突然、巨大な地響きが巻き起こる。

「うわっ、何だ!?」

「またさっきみたいな前脚が出て来たんじゃないでしょうね……」

 二度の叩き付けによる圧倒的な破壊は彼らに恐怖を植え付けるには十分過ぎた。今の地響きは前線から撤退中の二等星達が巨大な前脚を千切り飛ばし追って来ている落とし子の群れに落とした時の物であったが、彼らにはそんな事知る由もない。

「さっきは地震もあったし、とにかく早くこの場から離れよう。上に行くのでも瓦礫を崩すのでもどっちでもいいだろ。意見が割れてるなら好きな方でやろうぜ」

 彼らの心はとにもかくにもこんな場所に長居は出来ないとただただ逃げる事に必死だ。

 そんな人々に気付くことなく、そこから少し離れた位置を多くの冒険者と軍人たちが通り過ぎて行く。彼らは前線より撤退し後方にいる軍との合流、およびそのままこの戦場からの撤退を目指す者達だ。彼らはこの戦いにおける冒険者たちの主力部隊であり、落とし子の包囲を突破して来たものの後方からはその群れが追って来ている状態だ。

 先頭付近を走るザガは後方に見える落とし子を見ながら呟く。

「前には何もいねえし後ろの足止めでもしてやろうか?」

 今現在、前方からはこれと言った気配はなく、現状落とし子は後ろから追って来ている群れのみしか見当たらない。多くの負傷者抱える彼らとしては今現在の危機を遠ざけるのは重要な事だろう。

「やめてくださいよ、またさっきみたいに道を塞がれたらどうするんですか」

 しかしそれをするのは同時に危険を伴う。落とし子達は一度地中を通り先回りして進路を塞ぐという戦術を取って来た。とにかく前に進まなければならない今、後方に構って突破力を落とすのは全体を危機に陥れかねない。

「あ~、それもそうか。見えてるのに何も出来ないってのは、こう、鬱憤が溜まるな」

「こらえてくださいよ」

 こうして彼らは走り続ける。急ぐ彼らには、付近の岩盤の向こうに冒険者たちの一団がいた事など知る由もなかった。




 陥没した大地を上から見下ろしている男が一人、安川だ。彼はミザロと共に狼王や落とし子の攻撃で陥没した場所を抜け出して、その攻撃が起こった起点となる地点を調べていた。そしてそこで得た情報をミザロは後方の軍に、そして安川は前線から撤退している冒険者達に共有するべく各々行動を開始していたのだが。

「……まずいな」

 彼は困っていた。幸い周囲には落とし子の気配もなく安全であり、ひたすら彼らを追いかけて走っていたのだが。

「追い付かんぞ」

 怪我人を多く抱えているとはいえ彼らの多くは二等星以上の実力者。移動の速度はただの四等星である安川にはどうにも追い付けそうもないものである。音の魔法で遠距離から伝える事も考えたが、声を遠距離まで維持して送り届けるのは今の彼には難しく、下手をすれば失敗して自分の位置を落とし子に教えるだけの結果を生み出しかねないと断念した。

 息を切らし走っては来たが、そもそもここまでの戦いの中で魔力も体力も消耗しており、段々とその足も重くなっていく。彼は、一度立ち止まり、どうすべきかを考えた。

「このまま放置するわけにもいかないが、しかし俺が追い付くのは無理だな……」

 となると、すべきことは。

「追い付ける誰かを探すか」

 自分で追い付くことが出来ないなら、それが出来そうな者を探せばいい。幸いにもここは戦場、瓦礫に埋もれていたり地面が陥没した際にどちらへ行けば良いか分からず彷徨っている者など大勢いるはずだ。問題は、その者達が無事である保証は無いという事ぐらいか。

「最悪瑞葉と合流して、ロロかハクハクハクのどちらかが起きてれば、どうにかなるか?」

 そんなことを考えながら彼は周囲の音を探り始める。彼のいる周囲に落とし子の気配は無く、陥没した地面の下から音を拾えば無数の足音や崩れる瓦礫の音、更に詳細に、耳を澄ませて音を拾う。

「……人の声!」

 そうして拾い上げた声の方へ彼は走り出した。

 安川が見下ろす先には十人程度の冒険者たちがいる。彼らは大小に差はあれど怪我をしていて、どうにかその場から抜け出そうともがいているようだった。しかし横に道を開こうにもそれを塞ぐ岩盤は厚く、上へ登ろうにもそこは切り立った崖のように険しい。

 少なくともその場にいる彼らにはそこから抜け出す術は無いようだ。

「……こいつらじゃ駄目だ」

 安川はそう呟きその場を離れる。見捨てるわけではないが、彼にもその場から彼らを救う術はなかった。それに今は人助けよりもやるべきことがあるだろう、そう自分に言い聞かせてその場から走り去る。

 近くに人はいないのか、誰でもいいからいないのか。そう念じながら再び彼は音を拾い始め、不意に動く足音を見つける。

「あいつら、何でこんなところに」

 そうして彼はその三人組の所へと走り出した。




 広い空間で眠っていた彼が目を覚ました時、最初に見たのは心配そうに自分の事を覗き込む幼馴染と友人の姿だった。

「ロロ、大丈夫?」

 瑞葉の問いに彼は目をぱちくりとして、ゆっくりと立ち上がる。

「あ~、まあ、うん。大丈夫だな!」

 腕をぐるぐると回し腰を捻る、軽く飛び跳ねて体調は万全とでも示しているのだろう。瑞葉はすぐ傍にある落とし子の死体を見つめ、本当にこの下敷きになっていたのだろうかと疑問符を抱いたほどだ。とはいえ、実際に動いている以上は無事なのだろうと結論付ける他無い。

「まあ、それならいいんだけど」

 溜息をつく瑞葉の隣でハクハクハクはロロを見つめては、視線を逸らし、何か言いたいような、しかしどこか後ろめたい事でもあるかのように口を噤んでいる。

「ハクハクハクは大丈夫なのか?」

 そんな彼女にロロの方から声を掛けた。そもそも彼は倒れて来る落とし子から彼女を庇うようにして下敷きになっていたのだ。自分が無事でもその相手が無事でないならば何の為にそんなことをしたのか分からない。

「だ、大丈夫、だよ」

 ハクハクハクはただそう言った。実際、彼女の身体には大した傷は無くて、ロロの行為は見事に成功していたらしい。尤も、二人共大した怪我が無いという事実は逆に周囲を困惑させるには足るものとなってしまったが。

「そっか、それなら良かった」

 しかしそんなことはロロには関係ない。ただハクハクハクの無事を喜び笑みを浮かべる。瑞葉はなぜ怪我の一つもなく無事なのか問い質したい所だったが、今はそんなことで時間を使っている場合でも無いだろうと何とか堪える。

「二人共起きてすぐで悪いんだけど、これからどうする?」

「今どんな状況なんだ? っていうか安川さん見なかったか? さっきまで一緒に居たんだけど。それによく俺達の居場所が分かったな」

 起きたばかりにも関わらず元気なロロの姿に安心すればいいのかうるさいと思うべきなのか悩みつつも、瑞葉は自分の中で現在の状況を整理する。

「今なんだけど、たぶん私たちは、冒険者とか軍の人とか全部ね、無事に帰るのが目的だと思う」

「始祖の魔獣はどうなったんだ?」

「分からないけど、とりあえずこちらの戦力が足りないって事。これまで何してたかは知らないけど、はっきり言ってまずい状況にあるのは分かるでしょ?」

 ロロはその問いに押し黙る。ここに来るまでに彼が見た死体となった冒険者の姿が頭の中に浮かんでいた。

「このまま戦っても被害が大きくなる一方だから、その前に今生き残っている人たちだけでも逃げて生き延びよう、ってのが今の方針」

 実際の所そうであるというのは誰かから聞いたわけではなく、ミザロや安川から聞いた話を元に彼女なりに考えた結果だ。既に町の方には報せを送り、ミザロもあくまで生きている人の救出が目的と言っていた以上、この先は戦闘よりも一人でも多くが生き残れるように戦うのが主目的のはずであると考えたに過ぎない。

 あとは、彼女自身、これ以上の戦いを続けるのは無謀だと感じている面もあるだろう。

「私はミザロさんについてここまで来たんだけど、安川さんと二人で前線の様子を見に行ったよ。私は二人の様子を見る為にここに残ったってわけ」

 彼女の話を聞き二人は現在の状況をはっきり理解したと言える。そして、

「なら俺達も前線の方に行こうぜ」

「私も、そう思う」

 二人が口を揃えてそう言った。瑞葉は目を丸くして頬をひくつかせる。

「話、聞いてた? これ以上戦うのは危険だからみんな逃げよう、って話になってるって言ったつもりなんだけど」

「だからだろ?」

 だからじゃないだろ、瑞葉は反射的にそう言いかけたのをなんとか抑え身振りで続きを促す。

「こんだけ地面が崩れたんだから、前線の方が巻き込まれた人は多いはずだろ? だったらその人達を助けるのがまだまだ動ける俺達の役目ってことだ」

 その言葉に瑞葉は思わず頬を噛んだ。そもそも、彼女が戦場に戻って来たのは危機の中にある誰かを助けたいと思ったからでは無かっただろうか? 事ここに至って、なぜ自分はその意志を貫く事が出来なかったのだろうか? ロロは当然のようにそう言い放ったのに、自分にはそれが出来ない。

「……私も、まだ、やらないといけない、事があるから」

 ハクハクハクも強い決意を秘めた瞳でそう言い切った。いつもの不安気でどこか自信なさそうにしている彼女とはまるで違う。この土壇場でその強さを発揮できる意志の強さが、瑞葉にはどこまでも羨ましく映る。

 二人と自分はどうしてこうも違うのだろうか?

 きっと彼女はとっくにその答えに気付いている。単に目を背けていただけで。しかし本物と偽物の違いをこうも見せつけられるとその事を直視せずにはいられない。

 別に不特定多数の誰かを助ける為にここに戻って来たわけではない。自分一人の力で誰も彼も助けられるなんて思っていなかったはずだ。ただ、二人の事を放って、もしも二人が死んでしまったら恐ろしくて、二人を助けないとって、そう思っただけなんだ。他の誰もがどうなったってまるで私には関係ないみたいに。

 なんて自己中心的な考えなんだろう。

 それに対して、どうだろう。ロロは今危機にある人がいるかどうかも分からないのに彼らを当然のように助けに行こうとしている。ハクハクハクも自分の意志で何かを成し遂げようと危地へと向かう事を躊躇わない。

 私に、その決断は、下せそうもない。二人はきっと私にも来るように言うだろう、それに流されるままに付いて行くのが、きっと私の姿だ。

「……ロロと私は、同じ言葉を叫んで冒険者になったはずなのにね」

「ん? 何か言ったか?」

「いや、行くんでしょ。それなら早くしよう」

「そうだな、行こうぜ!」

 ロロを先頭に彼らはその場を発つ。瑞葉は努めて平静な表情を心掛けていたが二人が前を向いたその時、まるで泣きそうな表情を隠す事も出来ずただ俯き歩き出す事も出来なかった。二度、三度の深呼吸を経て彼女は小走りで二人の後を追う。

 前線へと向かう道は一つではない。陥没した大地は幾つかに枝分かれしていて彼らが進み続けていると、擦れ違うように別の道を落とし子が通る気配を感じただろう。

「何の音だ?」

 地面を伝う振動やその巨大な足音が彼らにもはっきりと伝わって来る。

「落とし子……、かも」

「ハク、探れる?」

「やってみる」

 ハクハクハクは杖を取り出し自身の魔力を少しずつ広げて行く。そうしてみると自分たちがいるこの場所が想像以上に枝分かれし複雑な地形と化している事に気付き、そしてその先に。

「……凄い、数」

 多くの落とし子を見つけた。

「動いてるの?」

「……何か、人? を追ってる」

「助けに行くか?」

「……たぶん、無理」

「間に合わない?」

「いや、必要ないと思う」

 ハクハクハクは追いかける落とし子の中に動きを止める個体がいる事を説明する。それはつまり、

「返り討ちにしてるって事?」

「たぶん」

「じゃあ強い人がいるんだな。もしかして二等星とか? ザガさんとか竜神さんとか」

「かもしれない」

 それは前線から撤退中の冒険者や軍の人間だ。それを知らない彼らはこの先の行動をどうすべきか考える。自然と注目は瑞葉の方へと集まっていた。つまりは、彼女の意見を聞きたいという事だ。先程まで色々と悪い考えを浮かべていた彼女としてはその期待はあまりに重たいものではあったが、溜息と共に自身の考えを述べる。

「まあ、落とし子がその人達を追ってるんだとして、こっちには来てないんだよね?」

「たぶん、私が感知した中にはいない」

「ひとまず、ハクの魔法を頼りにしながら進むのが正解かな。今のところはこっちに来てないって事は、たぶん落とし子のほとんどがその逃げている? のかは分からないけどその人達を追ってるって事だろうし。こっちにはあまり来ないと思う」

「じゃあその間に他の人がいないかを探すんだな」

「そうなるね。近くに誰かいないかは私の魔法で探すからハクは落とし子の警戒をお願い」

「わ、わかった」

 そうして三人は更に奥へ、奥へと進み始めた。うねる道を前へ、前へ、瓦礫に満ちた空間を進み続ける事しばし、要救助者など見当たらずこれはもう戻った方が良いのかもしれないと瑞葉が思い始めた頃。

「お前ら何やってるんだ」

 上方より声が掛かる。それはよく知った声ですぐに彼らは誰のものか気付いた。

「安川さん!」

 上を見て彼を見つけるよりも早くロロが叫ぶ。そしてすぐに顔だけを覗かせている彼にも気付くだろう。呆れた表情を見せているのに気付いたかは分からない。

「お前らなぁ、気が付いたんならさっさと逃げろよ……」

「だって助けなきゃいけない人がいるかもしれないだろ?」

「……まあいい。結果的にはよかったかもしれん」

 三人はその言葉に疑問符を浮かべたが、安川が現状の説明を始めると次第にその表情を変えて行く。

「つまりめっちゃでかいやつが軍の方へ向かってるって事?」

「ミザロが言うにはな」

 天を衝くような巨大な前脚が降って来る光景は彼らの記憶にも鮮明に焼き付いている。それは正に恐怖と破壊の象徴とも言える姿であり、瑞葉などは青褪めた表情を隠そうと口元を手で覆っていた。

「それを後方に下がってる連中に伝えなきゃならんのだ」

「それって、どこにいるんですか?」

「今は大量の落とし子を引き連れて後方に下がってる。もうお前たちとは擦れ違った後だな」

「じゃあさっきの……」

 先ほどハクハクハクが感知した大量の落とし子とそれと戦う人のそれが前線から後退している彼らのものである事がはっきりと理解され、それと同時に既にそれらが随分と遠くへ行ってしまっている事も察してしまう。

「今から追い付くのは難しいのでは?」

「お前らでも難しいか?」

 その問いに瑞葉は即座に二人の表情を見た。三人の中で誰が一番足が速いかと問われた際、真っ先に落選する者が自分であることぐらいは彼女も分かっている。では視線が注がれているロロはどうかと言えば、そもそも彼は後退している冒険者たちがどの程度の速さなのかまるで分からず、見当もつかないというのがそうだ。そしてハクハクハクは、唯一彼女は魔法によって概ねどの程度の速度で後退して行ったかを知っている。

 その彼女の結論は、

「む、難しい、というか、追い付けない、と、思う」

 追い付けない、だ。速度はともかく、最大の問題として道が分からないのだ。上にいる安川からすれば大した問題では無いが、下にいる彼らは複雑に枝分かれした道のどれを進めば彼らの元へ辿り着けるのかがわからない。また落とし子に追われているという事は先回りしなければ大量の落とし子に行く手を阻まれてしまう事を意味する。そういう意味で彼女の下した判断は妥当と言えるだろう。

 安川も決して物分かりが悪いわけではない。彼らがそう言うならば単にそれが事実なのだろうと諦めて溜息をつく。

「他に誰か見なかったか?」

「誰も見てないぜ。誰かいたら助けようと思ってこっちに来たんだけど全然だ」

 それを聞き安川は再度、溜息。今の会話の間にも撤退している冒険者たちとは距離が空いてしまった。ここから追い付くのは流石に厳しい。そうと決まれば彼は考える。今ここにいる自分たちに出来る事は何だろうか、と。

「わかった。なら向こうに行くぞ」

「え?」

「瓦礫で道を塞がれてる奴らがいる。お前らならどうにか出来るかもしれん」

 



 安川の案内の元、三人が向かった先には。

「……瓦礫しかありませんけど」

「この向こうに十人ぐらいいる。ちょっと待ってろ向こうの連中と話して来る」

 そう言って頭上の安川が姿を消す。残された三人は顔を見合わせるばかりだ。

「あの瓦礫、凄いな。どかすにしても相当時間がかかるぜ」

「安川さんは別にあれを手でどかせなんて言ってないでしょ」

「じゃあどうすんだよ」

 ロロの問いに対して瑞葉はハクハクハクの方を見る。

「わ、私?」

「ハクの魔法なら穴ぐらい空けられるかもしれないでしょ。そうすればひとまず瓦礫に囲まれた所からは脱出できる、はず」

「危なくないか?」

「まあね」

 瑞葉は視線を上へと向ける。うずたかく積まれた瓦礫の山は上部へと連なって続いており、どこをどうやって支えているのか、急な角度で聳えている。魔法で破壊を試みたとして、上の方の瓦礫がどんな風に降って来るかは未知数だ。

「まあ、だから今安川さんが向こうの人と話してるんでしょ。可能な限り危険を避けられるように端に退避させてるんじゃない?」

「成程なぁ」

 ロロは深く納得したように頷く。実際、彼女の想像は概ね当たっていて、安川は中に閉じ込められている者と話をして、外から道を開こうとしている事を伝えている。この瓦礫の山を吹き飛ばそうとしている事実を伝えているのだ。

「……でも、私、出来るかどうか」

 しかし多くの人の期待がのしかかっているハクハクハクはあまりに自信が無さげである。言うまでも無く、この場に彼女以上に強力な魔法を放てる者など居ない。いや、それどころか中にいる十人程の冒険者に瑞葉と安川が手を貸したとて、単純な威力では彼女に届かないだろう。だがそれは彼女の魔法がこの瓦礫を吹き飛ばすに足る事を証明しているわけではない。

 言うまでも無く、試すまではどうなるかは分からないのだ。

「俺は出来ると思うぜ」

 分からないのだが、ロロははっきりとそう言った。

「ハクハクハクの魔法の威力はよく知ってるからな」

 それとこれとは別の問題なのだが、あまりに当然のように言うのでハクハクハクはどこか気が抜けそうに思えた。ちらりと、瑞葉の方を見れば、彼女は彼女で瓦礫に手を付いて。

「まあ、ハクなら大丈夫だと思うよ」

 とこれまた特に気負う様子もなく言ってのける。

「ちょっと魔法で探ってみたけど、ハクならどうとでも出来るよ」

 魔力が見える者ならば気付いただろうが、瑞葉は瓦礫に手を付くとその掌より魔力を瓦礫へと伝わせた。それは瓦礫がどの程度の厚みで道を塞いでいるのかなどを確認するためで、瑞葉の頭の中には既に向こうとこちらを隔てるこの壁がどんなものなのかを理解している。

 しかし彼女にはどの程度の威力であればこれを崩せるのかは分かっていない。理解できたのは、少なくとも彼女自身の魔法では全く不可能だという事ぐらいだろう。

 それでも、と瑞葉は思う。ハクハクハクならきっとやって見せる。瑞葉は彼女の強さをどこまでも信じている。

「おい、中の連中は直線上からは避難させた。とりあえずどうにか穴を空けてくれ」

 そして上方からかけられる声。安川もまた、期待をかけてくれる一人だ。

 ハクハクハクの中にある動揺を一言で言い表すのは難しい。彼女は今、激しく揺れる思いを抱えている。決して目の前の塞がれた道の向こうにある人々を助ける事が嫌なわけではない。ただ、彼女はこの戦場で英雄になろうと思っていたはずだ。しかし気が付けばその機会はどんどん遠退き、魔物が見られないこんな場所に立っている。

 どうしてこんなことになっているのだろう? それでも、不思議と胸を熱くする、かけられた期待に応えたいという気持ちが、彼女を突き動かすだろう。杖を掲げ、魔力を練り上げる。

「嵐の剣」

 風が彼女の傍に落ちていた岩塊を持ち上げ、その周囲を覆って行く。音を立ててその力を周囲に誇示していく。

「吹き荒れよ」

 そしてハクハクハクの詠唱に応えるように、それは高速で空間を駆け回る。その速度が最高速に達したその時、道を塞ぐ瓦礫へとぶつかって行った。

 ズオォオオオン。

 轟音と共に破片と砂煙が周囲に舞う。ロロは顔を手で覆いつつ二人を庇うように前に出て、瑞葉は三人の周囲に風を吹かせて舞う砂煙を吹き飛ばす。そしてこの空間に舞っていたそれらが落ち着き、視界が晴れて行く頃。

 壁に空いた穴から一人の男が顔を覗かせた。

「……で、出られた?」

 そして彼に続くように続々と中から人が出て来る。彼らは皆、あの狭い空間で朽ちて行くのではないかと、不安と焦燥に駆られ喧嘩までしていたのだが。しかし今は、

「おお、やった、やったぜ!」

「君達がやってくれたのか? 助かったぜ、ありがとう!」

「あ~、広いとこに出るとちょっとは気分も良くなるね」

 あの場所から出られたことを喜び、三人に感謝の声を上げている。

「まあ俺は何もやってないけどな。全部ハクハクハクの魔法のおかげだ」

「そうなのか? すごい魔法が使えるんだな君は!」

「ちっちゃいのにやるじゃないか」

 笑顔と共に肩を叩かれるハクハクハク。彼女は、今、混乱しつつあった。

 どうしてこんなにも自分が受け入れられているのだろうか、と。しかし、しかしまだわからない。人の心の内など見えはしないのだ。表面上そう見せているだけで内心は穏やかではないかもしれない。丙族に助けられても嬉しくなどないだろう。彼女の頭の中には、自分を囮にして逃げて行った三人組の冒険者の姿が浮かんでいる。

 きっと、ここにいる人達も時が来れば、そうなるに違いない。

「おい、お前ら! 喜んでるとこ悪いが、今の音で落とし子がこっちに来てるぞ!」

 お誂え向きに落とし子がこっちへ来るという。その声にこの場の全員に緊張が走っているのが伝わる。

「ハク、感知で大きさを」

 瑞葉の声に彼女はすかさず魔力を周囲へ広げる。そしてそれは遠くから向かって来る落とし子の姿を捉えた。

「……結構、大きい」

「どのぐらい?」

「さっき、私が戦ってたのぐらい」

 その大きさはおおよそ一軒家ぐらいだろうか。少なくともこの場にいるような四等星達には普通、手に余る。

「それが、五体」

 またその数が多いとなると戦うべきでは無いだろう。しかし怪我人もいるこの場において彼らが逃げ切る事は難しい。誰かが殿を務めなければならない。ハクハクハクは思う。今度こそ英雄になる時が来たのだと。

 彼女は皆の顔を見渡す。きっと誰もが暗く絶望に満ちた表情をしているだろうと。もしそうであれば、その時こそ。もっと大勢の命を救いたいと願うのは仕方ないけれど、それは自分の我が儘だ。ここにいる皆を救って小さな英雄になる、このぐらいが身の丈にあった生き方だったのかもしれない。

 そんな彼女の思いと裏腹に。

「五体か……。こりゃあしんどいぞ」

「つってもやるしかないでしょ」

「怪我人は先に逃げてろよ」

「馬鹿言わないでよ。私だってまだ戦えるわ!」

 なぜかここにいる皆は戦う気に満ちている。想像と違う現実にハクハクハクは面食らい目を丸くしていると、彼らの一人が彼女の肩を叩く。

「まだ魔法は撃てるか?」

「え、あ、はい」

「そうか。悪いが俺達は止めを刺し切れる程の力は無いんでな。頼りにしてるぜ」

 男はそう言ってハクハクハクと拳を合わせる。二人は特に面識があるわけでも無いし、何なら今この時に至るまで認識すらしていなかったかもしれない。しかし既に彼はハクハクハクを一人の仲間と思っている。自分たちを助けてくれた恩人だからという事もあるかもしれない。たまたまこの人が丙族に偏見を持っていないだけに過ぎないのかもしれない。

 しかし、ふと、彼女は思い出す。

 これまで生きて来た中で彼女が丙族であると知っても受け入れてくれた人は大勢いる。それは今日、彼女を囮にして逃げたような、丙族に石を投げる人物よりも少ないかもしれないが、確かにいたのだ。両親のように命を懸けて人々を救い、この世界を生きる丙族たちが少しでも辛い思いをしないような光となる道は、間違いでは無いと今でも思う。

 しかし、その道を辿るという事は。

「ハクハクハク、大丈夫か?」

「ぼーっとしてるけど、さっきので疲れてるとか?」

 自分を受け入れて共に生きる事を選んでくれた人達がいる事を忘れていないだろうか?

「……大丈夫」

 彼女は魔力を練り上げる。今の彼女に迷いはない。英雄になる夢は、今でも心の中にある。多くの人々を救い、丙族も人を救う為に命を懸ける事ができる、皆の仲間なのだと全ての人々に知らしめるその夢を。

 しかしそれは、目の前にいる人達の事を忘れてまで叶えるべき夢なのだろうか? 成程、彼女を見捨てるような人物がいたことは確かだ、それでも彼女と共に戦おうとしてくれる者もいる。人の心は複雑なようで単純で、手を払いのけられれば全ての人がそうなのだと思い込んでしまう事もあるし、手を差し伸べられればそんなのは自分の思い込みに過ぎないと気付くことが出来る。

 思い思いに武器を手に、もうすぐやって来る落とし子へと対峙しようと皆が立つ。

「……英雄なんかよりも」

 ハクハクハクは新しい夢を描く。英雄ではない、彼らの一員として共に戦う夢を。きっとそれは叶うだろう、いや、或いは。もう叶っているのかもしれない。




 そして、戦いの終わりは唐突に訪れる。




 ミザロが後方にいた軍の元へと辿り着いた時。彼女が目にしたのは、首を垂れて戦いの意志を見せる事も無くただ、その場で何もせず彼らを見つめる見上げる程に巨大な三つの狼の首だ。

「これは……?」

「ミザロ! 無事だったのか」

 彼女が来たことに気付いた琳が声を掛け、そのまま傍に来るように促す。彼は三つ首の目の前に立ち、何をするでもなくただ皆を見つめるそれをどうすべきか決めかねているようだった。

「何があったのですか?」

「分からん。が、こいつは突如我々の後方に現れ、それからこうして何もして来ようとしていない」

 周囲の様子を見れば彼らの困惑の程はすぐに伺えるだろう。それが姿を現した時、彼らは死を覚悟した。無論、ただで死ぬつもりなどは無いが、体力も魔力も消耗したところにこれほど巨大な敵が来たとなれば無事でいられる保証などない。しかし先程まであれほど自らの死すらも省みぬ勢いで襲って来ていた多くの落とし子とは違い、それはただ彼らを見つめ動こうとはしない。

 何の為に?

「こう言うと、何だが、まるで……」

 琳はここに至るまでに様々な考えを巡らせたが、彼が出せたのは一つの結論だけだ。そしてミザロもすぐにその結論に至る。

「まるで、殺されたがっているようだ、と?」

「……ああ」

 その姿は、まるで生を諦め敵を前に首を垂れ、死を望んでいるようにすら見えた。否、そうとしか思えなかったのだ。

「しかしそれでは、これまでの戦いは何だったのだ?」

 そうとしか思えない、が、だとすれば彼らはなぜ相争っていたのだろうか? そもそもは人が狼王への攻撃を仕掛けたから? しかし彼らがそれをしたのは狼王が自ら動き村や町の方へと向かっていたからでは無いだろうか?

 奇妙な行動を、しかし彼女らはその答えに近付く鍵を持っている。

「……ハロハロは、憎しみを、増幅させる魔法を、使っていましたね。あれは魔物にも、一定の効果があるようでした」

「……まさか」

「狼王もまた、その魔法の支配下にあった、可能性はあります」

 これまで百年以上もの間沈黙を続けていた狼王が突如動き出した、そこに外部からの介入があった可能性は十分に考えられるだろう。姿を消したハロハロは始祖の魔獣を探していたその目的を果たし、こうして動かす事に成功したという可能性は決して捨て去れるものではない。

「ならば今こうしているのは」

「魔法が解けた、のかもしれませんね」

 これまでに彼女らは魔法の影響を受けた人を捕縛し話を聞いて来たが、その影響が解けるとそれまであった憎しみや怒りがなぜそうなっていたのか分からないほどに冷めて行くというのを確認している。つまりこうして戦いを止めたのは、そう言う事なのだろう。

「……だとすれば我々がすべきことは?」

「ええ」

 ミザロと琳が三つ首の瞳を見つめる。その瞳の奥に彼らは、ただ、長く生きて来たその生き物の抱える、悲哀、孤独、或いは―――。

「……疲れた」

「休んでいても良いぞ?」

「いえ、ただ」

 ミザロは嘆息し、ただ、彼に同情する。

「あれがそう言っているように思えただけです」

 その虚ろな瞳は、長く、辛い、生きる事への疲労のみが映っていたのかもしれない。





 狼王はその強大な生命力故に多くの争いの中で命を落とすことなく生き残った。そしてその間も成長を続けひたすら巨大に、強大に、いつしか誰も敵う者など居ないのではないのかと思える程の姿へと変貌していった。

 しかしその代償に得た物は強大で巨大であるが故に自ら動くだけでその身をも滅ぼしかねない、そんなこの世界の法則の内で存在することを許されないような身体だ。狼王は死を恐れ自らを孤独の内に封印することを決意する。誰も訪れないような辺境に身をやつし、そこで自身の身体を地中に埋めて余生を過ごすのだ。

 静寂、孤独、何も起こらない長い日々。一体何年経ったのかもわからない、しかし肉体は成長を続け今更地上に出ようものなら、その衝撃の余波で粉々に砕け散るかもしれない。死は、怖い。自らを地中に封印する前に多くの同胞が狩られて行くのを見たことがある。皆、痛みと苦しみに叫びながら死んでいった。そんな風になるぐらいならば、或いはここで静寂と孤独に嘆いている方がましなのかもしれない。

 平穏が打ち破られたのは自らの内に声が響いたからだ。声はただひたすらに怒りと憎しみを煽った。人々に殺された同胞たちの恨みを晴らせと声高に叫ぶ。それを繰り返し聞いている内に、自らの感情も怒りと憎しみに塗り潰されて行くのを感じていた。人を、殺し、滅ぼさねばならないのだ。死への恐怖も忘れ何十年ぶりかもわからない地上に顔を出す。

 あまりにもちっぽけな人間たちが現れ、自らの身体の大きさが想像を超える物となっている事に気付き、しかしそんな気付きも首を切り落とされた事で全て怒り、憎しみに塗り潰される。死を恐れていた事など忘れ、力の限り前脚を振るう。





 この肉体はやはりこの世界の中では生きて行けないらしい。狼王だった肉体は砕け、無数の落とし子となり蘇った。その中でも最も大きな自分はある意味では本体のようなものらしい。孤独や静寂、長い時を生きた悲しみをも背負った自分は、しかしそれらを全て怒りと憎しみに塗り潰される。本能のように人へ襲い掛かる無数の同胞を見て、何を思ったかは覚えていない。しかしこの身は自分を襲った人々を一人残らず殺す為に、彼らの逃げる方へと先回りする、はずだった。

 不意に声が聞こえなくなった。あれほど聞こえていた怒りと憎しみを煽る声が急に聞こえなくなったのだ。どこへ行ったのかも分からず残された自分にはなぜ心の内をそれが支配していたのかもわからない。わかるのは、ただ。

 長い静寂、孤独、悲哀。

 無数に散った同胞たちが、屍と化してもはやあまりに小さな肉塊と化したそれらが。

 ただ、羨ましい。




 巨大な落とし子は軍や冒険者たちの前にただその首を垂れていたが、やがて少しずつその身体を地上へと顕わにしていく。

「総員戦闘準備!」

 琳が思わずそう叫び、周囲の誰もがここから苛烈な戦闘が始まる事を想像したのだが、実際にはその落とし子はただその身体の胸の辺りを地上へと表出するに止まる。まるでそれで目的を達したと言わんばかりに、動きを完全に止めたのだ。

「……何だ?」

 困惑する人々の中で、ふと、誰かが気付く。

「あの胸の所、あれは?」

 それは、小さな小さな石のような何かだ。菱形のそれはまるで胸に埋め込まれているかのようにも見えるし、そういう器官が存在するだけのようにも見える。ただ、それを見てこう思う者もいた。

「何だか丙族の石みたいじゃないか?」

 丙族の手首には石がある、場所は違うが、丁度同じような形の。なんとなくそれを思い起こさせるような姿形をしていた。そんな彼らの疑問が聞こえたミザロは幾つかの想像を思い浮かべ。

「……丙族の石は、魔臓のような働きをするというのはご存じでしょう。ですから、魔物が同じような進化を遂げる可能性もあるのでは?」

「ああ、成程!」

 その中で最も人々にとって納得しやすい想像を披露した。事実として、進化というのはその終着点が似通う事は珍しくなく然程無理のない考えではある。ミザロ本人は、それが真実だとは僅かばかりも考えていないようだが。

「後でその考えを聞かせろ」

 琳はその事に気付いていたのだろう、小声でそっと彼女の耳に告げる。

「……こればかりは、当たっていない事を祈っていますが」

 彼女は小声でそう呟き大きく息を吐く。そしてそれらの考えを一旦頭の中から排除し、目の前の巨大な落とし子を見上げる。

「今は目の前のこれですね」

「どういうつもりだと思う?」

「私の意見は先程と変わりませんよ」

「疲れた、か。確かに私にもそう見えて来たよ」

 目の前の落とし子はまるで動く気配を見せず、ただただ何かを期待するようにその虚ろな瞳で小さな人々を見つめるばかりだ。

「わざわざ見せてくれたという事は、あの石こそが奴の急所なのだろう」

 そう呟いて琳が手を掲げる。それを見た軍の者達は即座に彼の元に集まり整然と立ち並んだ。

「これより、奴の胸元に存在する石目掛け魔法を放つ。軍属の者以外は後方へ退避せよ!」

 ミザロを始め冒険者たちはその声に素直に従い軍の後方へと退避を始め、それと同時に琳の元へと集まった者達はその魔力を練り上げる。

「嵐剣用意!」

「「「「「「応!!!」」」」」

「荒れ狂う嵐よ!」

「「「「「「荒れ狂う嵐よ!」」」」」

 大勢の魔力が一つとなり、彼らの上部に竜巻が現れる。多くの者はその竜巻に気を取られて気付かなかったのだろうが、ミザロや琳ははっきりと見た。それを見た落とし子がどこか安堵するような表情を見せたことを。

「……眼前の敵を切り伏せん!」

「「「「「眼前の敵を切り伏せん!」」」」」

 竜巻が刃となり巨大な落とし子の胸元、菱形の石があったその場所を切り裂く。地面へと落ち行くその首が見せる表情は苦痛ではなく、長い生へと終止符が打たれた事への安堵と解放が見えた。

 地響きと砂煙が周囲を覆う。

「第二射用意!」

「「「「「応!」」」」」

 琳は決して油断はしていなかった。落とし子の生命力は知っている。たかが胸を切り落としたところでいずれ再生するのはこれまでに何度も見て来た。倒すにはその再生力を上回る勢いで切り裂き続ける他ない、はずだった。

 後方の冒険者の誰かが砂煙を風で吹き飛ばす。

 そこにあったのはもう動こうとはしない巨大な肉の塊だ。これまであれほど再生力に満ち、たとえ四肢を裂こうがその四肢が新たな落とし子となり続けていた肉体が、今はただ胸の辺りを半分に切っただけで沈黙している。それを見ても誰も警戒を解こうとはしなかったが、長い時間が過ぎてやがて一人、二人とその緊張を解いていく。

「これは……、どう言う事だ?」

「……おそらくは、あの胸の石、が、核のようなものだったのでしょう」

 いつの間にか前にやって来てたミザロがそう呟く。

「まあ、確かにそうなのだろうが」

「死を望んでいたのなら、それを差し出すのは当然の事でしょう?」

「む……」

 やがて彼女の言葉に納得したのか琳は黙り込んで足元に広がって行く血の海を眺める。目の前のそれは完全な死を迎えた。二度と起き上がる事はない。

 そしてその死は他の落とし子にも強い影響を与える。




 ロロ達の元へと向かっていた落とし子の群れが胸に石を持ったその個体の死を強く感知する。その時、彼らの行動は大きく二つに分かれた。これまで通り人間を襲う事を継続するそれと、立ち止まりただ遠くへと逃げ始める個体だ。

 ハクハクハクは感知の魔法によってそれを即座に察知していた。

「……え?」

「何かあった?」

「一頭以外、逃げてく」

「……何で?」

 誰もがその言葉に疑問を抱きはしたが、しかし戦うべきが一頭だけになるなら寧ろ都合は良いと武器を持つ手に力を込めた。

「来たぞ!」

「よっしゃ、行くぞ!」

 十数人の冒険者に対し、たった一頭の落とし子が牙を剥く。それは或いは、自らの死を願っての事だったのかもしれない。




 その他の場所でも落とし子達の行動は様々だった。逃げようとする者、その場に留まり蹲る者、自らを殺してくれる誰かを求め彷徨う者、どうにせよそれまでのように人への怒り憎しみで動く者などもういない。そして彼らはもはや普通の魔物と大差ないのだ。




 皆が足止めをする中でハクハクハクの魔法が落とし子の胸を打ち抜く。しかし誰も油断はしない。そこから再生し動き出す落とし子などこれまでに何度も見て来たはずだ。

「いけいけ、畳みかけろ!」

 足を切り裂き、首元に槍を投げ、魔法が胴体に突き刺さる。浅い傷はすぐに再生されるだろう、皆が波状に次々と攻撃を仕掛ける。

 が、途中で誰かが気付いた。

「……再生、してなくないか?」

 胸に空いた大きな穴は愚か、他の巨大な落とし子にとっては些細な傷すら治る気配が無い。何が起こっているのか分からない彼らは思わずその不気味さに手を止めたが、既に限界が来ていたのだろう、それを合図にしたかのように落とし子の身体が崩れ落ちて行く。

 地響きと共に冒険者たちは頭に疑問符を浮かべる。

「何だ? どうなってんだ?」

「再生能力が無くなってる?」

「いや、でも、何で?」

 考えても分からないその問いを彼らは思い思いにぶつけ、ただただ首を捻る。

「分かんないし、とりあえずこの辺で誰かいないか探しながら他の人と合流しようぜ」

 ロロのその提案に皆は疑問を忘れて動き出す。彼らは皆、誰かを助ける為に冒険者となった者達だ。分からないことを考えるよりも今出来る事をやろうと走り出す。

 



 各地の落とし子達はその大部分がこの戦場から逃げ出し、残った者達も冒険者や軍によって討伐されて行く。そしてそのどれもが以前のような再生能力を失っており、これまでの戦いが嘘のようにあっさりと完全なる死を迎えた。

 多くの疑問を残しながらも最後の始祖の魔獣、三つ首の狼王ドゥアロとの戦いは終わりを迎えた。やがて町の方からやって来た多くの援軍が瓦礫に埋まっていた者達の救出と死体の収容を行う。ここからは事後処理の話になるのだろう。生き延びた者達は自身が生き残った幸運を喜び、それと共に死した仲間たちの事を悔やむ。

 これから数日、山河カンショウの国及び虎狼ホンソウの国の両国は大いに沸き立つと共に、死した者達の冥福を祈る事だろう。戦い生き延びた者達は英雄と称され、死した者達もまた同じく英雄として慰霊碑が建てられる。

 しかしながら一つだけ。

「三人、死体が見つからなかった?」

「そうですね。瓦礫は全て引っ繰り返したつもりなのですが……。もしかすると、狼王が居た大穴に落ちたのかもしれません」

「そうか、残念だが、我々もいつまでも時間を使う訳にはいかんからなぁ」

 特徴的な男女の三人組、高身長と低身長の男、そしてその間ぐらいの背丈の女の三人組が見つからなかった。彼らがどこへ消えてしまったのか、それを両国の誰も知る事は無い。





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