17.冒険者の仕事と祭り
山河カンショウの国、ナナユウの村。この村では七月一日より祭りが始まる。日が暮れる頃、家々より吊り下げられた提灯に明かりが灯されるのが始まりの合図だ。
中央広場に向けて立ち並ぶ屋台では名物の笹の葉餅や祭りの定番たる焼きそばなどが売られているのが見えるだろう。子供などは思わず立ち止まって涎を垂らしている。或いは木製の船や鳥の玩具に興味津々な子も見られるだろう。時には大人も手に取って店主と何やら交渉している場面もあるかもしれない。
中央広場では織と彦と呼ばれる人を模した像があり、これはこの祭りの象徴とされるものらしい。ただこれに関してはほとんどの人が少し見てそそくさと去って行くのがお決まりだ。人々は同じ中央広場にあるどの家よりも高く育った笹にこそ興味が惹かれている。笹には短冊と呼ばれる小さな長方形の紙が無数に吊るされた様は見応えがあるだろう。笹の足元では今も観光客が短冊に何やら文字を書いているのが見える。何でも願い事を書いた短冊を笹に吊るすと願いが叶うと言われているとか。
時には村の中に太鼓の音が鳴り響くこともあるだろう。それは何かしら催しが始まる合図で、時には村中に様々な楽器の音色が響き渡り、時には大勢が山車と呼ばれる山を模して造られた出し物を担いで歩き回る。時には村の外から招待された人が何かすることもあり、三年前には山河カンショウの国でも有名な歌手が訪れ大いに盛り上がったという。
村の入り口では星を見に行く集団も見られる。これは星見ツアーと呼ばれ有志の村民が希望者を連れて丘を下り高原へと向かうのだ。彼らはそこで地面に寝転がって星を眺める。中には祭りの間中ずっと星を見続ける者もいるらしい。特に七月七日はこの祭り、星見祭りの本番と呼ばれ村の灯りが全て消され星の輝きを何の邪魔も無しに見られると評判だ。
村の中は祭りで人々が行き交い盛り上がっているのだがそこにロロたちはいない。彼らは依頼をこなすべく定められた巡回ルートを回っている。星見ツアーが行われる高原周辺を概ね東西に分けた二つのルートを巡回しているようだ。
「思ったより暗いな」
日の落ちた森の中、ロロは魔力灯を片手に持って呟く。
「この魔力灯もうちょっと明るくなればいいんだけどね」
その後ろで瑞葉が自身の手に持っている魔力灯を適当に触っている。薄ぼんやりとした頼りない光量のそれにいくら触れても手の影の濃さが変わるだけだ。
「魔力灯は決まった光量にしかならないことぐらいは知ってるだろ。下手にいじると壊れるぞ」
彼女の様子を見て更に後ろから安川が声をかける。魔力灯とは大抵の場合は手に持って使う灯りで、その動力は魔力となっている。三人が今持っているのは棒の先に提灯が吊り下げられているような形のものだ。提灯の中心部にある機械部分に魔力を通すことで光るのだが、この時の光量は中の機械に依存しており大量の魔力を込めたところでその光量は変わらない。
「この暗さだと道を間違えそうで怖いですね」
瑞葉は前方に立ち並ぶ木々を見据えて呟く。前日に下見に来た場所とはいえ日の出ている明るい時間と今の時間ではほとんど別の場所のように見える。一度通っただけで全て覚えることも瑞葉には残念ながらできなかったようだ。
「問題ない。道なら全部覚えてる」
しかし安川が当然のことのようにそう言った。瑞葉とロロは驚きと共に振り返る。
「覚えてるんですか? 全部?」
「すげえ! 昨日やってた記憶法の成果なのか?」
「うるさい、騒ぐな。俺はここに仕事で来てるんだ、道ぐらい当然覚えてる」
二人の声に安川は耳を塞いで心底騒がしいと感じているように見える。そしてその表情はこんなことは当たり前で騒ぐようなことじゃないとでも言いたげだ。
「……指で音を鳴らすと記憶力が良くなるんですか?」
瑞葉は昨日のことを思い出しながら尋ねる。巡回ルートの確認中何度も立ち止まり指を鳴らしていたその姿を。まるで意味が分からず遊んでいるだけのように見えて腹立たしくさえあった。しかしそれは今になって勝手で的外れな怒りでしかなかったのかもしれないと彼女の胸をざわつかせていた。
「あれはあくまで俺にとってはそうするのが一番ってだけだ。誰でもできるわけじゃない」
はぐらかすような答えに瑞葉は納得できない。
「なら」
「つまりあれは安川さん専用ってわけか。奥が深いな」
彼女は更に追求しようとしたがロロのわかってるのかわかってないのかがわからない肯定に遮られた。それで機を逃してしまいそのまま口を噤む。そのまま先へずんずん進んで行くと。
「おい、そっちじゃない。こっちだ」
後ろから声をかけられる。
「その先は藪になってるから迂回するぞ」
瑞葉は手に持った魔力灯を掲げて先を見ようと目を凝らすが深い夜の闇に遮られて見通すことはできそうもない。ただ昨日通った時に確かにそのような場所があったのも事実だ、そう思い彼女は戻って安川の後ろへ回る。そうするとロロがすっ、と横にやってきて。
「当然俺は今のわかってたぜ」
と、勝ち誇ったような顔で言った。それを聞いた瑞葉は呆れ顔だ。
「わかってなかったと間違えてるわよ」
「……正解!」
なんでわかるかなあ、とロロは独り言のようにぼやく。瑞葉はじっ、と安川の後姿を見つめていた。彼の迷いのない足取りは見る者に安心感さえ与えるだろう。冒険者を辞めようとしている人間の姿には見えない。
巡回は順調に進み何事も起こらないままとりあえずの終わりが近付く。この後は休憩時間が設けられており二時間ほど祭りを楽しめる予定だ。二時間と言えば祭りを満喫するには十分でロロは既にそれが楽しみなようだ。
「なあ、安川さんは屋台で何買うんだ?」
「……なんだその質問は」
「この後休憩だろ? 屋台がいっぱい出てるみたいだし何買うのかと思って。俺はとりあえず腹に溜まる物が食べたいな。結構歩いたからお腹空いて来てさ」
安川は立ち止まり少しの間考える素振りを見せた。目を閉じて指で膝を叩き拍子を取っているのが見える。
「屋台……、祭りの屋台と言えば焼きそばだな。あると思うか?」
「どうだろう? 瑞葉知ってるか?」
「え、いや……。あ、そういえば準備中の屋台の中に焼きそばの暖簾をかけているところがあったような気がします」
先に少し触れたが焼きそばは屋台で提供される料理としては定番の部類だ。この祭りでも三店舗ほど提供しているところがある。
「そうか。なら久々に焼きそばでも食べるか」
「焼きそばいいな。俺も買おうかな」
ロロが何味が好きかなどと聞き始めた辺りで瑞葉は考え事を始めていた。その対象は目の前を歩く安川のことだ。共に行った巡回の間のこと、安川は至って真面目に自らの職務をこなし続けていた。ただ単に歩くだけでなく周辺に異常がないことを確認し、時に道を間違えそうになる自分たちに注意喚起する。その態度は本当に冒険者を辞めようとしているようには見えないし、一緒に来るのを渋っていた姿とも重ならない。しかし昨日には冒険者としての心得を自分たちに伝えようともしていた。それを思うと彼は仕事に対しては誠実に向き合う人間なのだと結論づけられる。
「……不思議だ」
瑞葉は思わずそう呟いた。巡回ルートを確認する際、他の冒険者は気楽な仕事などと言っていた。しかし安川はそんな仕事でも真剣に漏れなく行おうとしている。そんな人間がなぜ冒険者を辞めようとしているのだろうか、彼女には不思議でならない。ただどれほど疑問に思ったとしても彼女にそれを直接尋ねる勇気は無いようだ。
ロロ、瑞葉、安川の三人が巡回をしている間、別ルートの巡回をしていたのが牛鬼とハクハクハクだ。人員の配分については戦力を等分する為に安川と誰か二人、牛鬼と誰か一人と分けることになっていた。三人がどちらと行動するかについてはロロの提案で日替わりにすることとなり、今日はハクハクハクが牛鬼と共に行動することとなった。二人は静かな森の中を無言で進み続ける。
「……この先は足場が悪い、気を付けよ」
「あ、はい」
たまに牛鬼がそうした注意を促す程度で会話らしい会話はほとんど無い。そもそも牛鬼はかなり口下手な方で自ら雑談をするような者ではない。誰かと依頼に行くのは珍しいことではないがあくまで要請を受けるからであり、基本的には一人で行動するのを好んでいる。幸いにも志吹の宿の冒険者は社交性が高かったり勝手に一人で話し続ける者が多く困ることはほとんど無いのだが。
「……異常は無いようだ」
「あ、そ、そうですね」
今回ばかりは随分な気まずさを感じていた。牛鬼はハクハクハクのことを知らないわけではない。ただそれはゴウゴウなどから話を聞いていたというだけのことで直接話をするような機会はこれまでなかった。村への道中なども彼女と一体一で話をすることは無く、あくまで新人三人組に対して話をしていたに過ぎない。その中でも彼女が自身の考えを発したことはあまりなかっただろう。結論を言えば牛鬼は目の前の少女にどのような態度でどのように接するべきなのかわからず無言の中に気まずさを感じている。
対してハクハクハクはどうだろうか。彼女は先行して歩く牛鬼の背を見ながらやはり同じように気まずさを感じている。彼女に取って牛鬼は宿でそれなりに有名な冒険者の一人という認識だ。そして昔から冒険者として活躍しており顔が広いことも知っている。宿でロロたちに話かけてきたことから二人と仲が良いのだろうとも思っているが、それ以上のことは知らなかった。道中や村に着いてからも色々と先人としての教えを伝えようとしているのを見ていると悪い人ではないとは感じられた。普通の人であればそれは警戒や緊張を解くに値するかもしれない。しかし未だにロロや瑞葉相手でもうまく喋れない彼女にとってはその程度では誤差の範疇だろう。何か話をするなどできようはずもない。
虫が鳴く、地面が踏まれる、靴の下で枝が折れ、風が吹く、木々の枝葉が擦れる。無言の行進の中を響くそれらの音々が彼らの気まずさを少しだけ和らげる。
ドォン。
遠くから太鼓の音が響いた。
「今のは村の太鼓だな」
「太鼓」
「確か催しの始まる合図だったか。数年前に来た時は数人がかりで被る獅子馬の被り物を身に付けて練り歩いていたのを覚えている」
「獅子馬」
ハクハクハクは牛鬼の見た被り物の様子を想像するが数人がかりで被る被り物とはどれほど大きいのかが分からなかったようだ。そうやって想像を膨らませている彼女は幼い子供のように見える。少なくとも牛鬼はそう感じた様だ。
「確か、十六だったか。歳の頃は」
「え……、あ。はい、そうで、す」
「若いな。ふふ、孫か曾孫か……」
「え?」
ハクハクハクは牛鬼の顔を思わず見たが孫はともかく曾孫がいるような歳には見えない。見た目よりも歳が上なのだろうかと悩むもそれを聞くのも彼女には憚られた。
「ロロと瑞葉、あの二人はどうだ? 仲良くやれそうか?」
「あ、え……。仲良く……」
ハクハクハクは思わず口を噤む。二人のことが嫌いなわけではない。あるのは感謝と好意だ。しかし。
「口に出すのは憚られるか?」
ハクハクハクは図星を突かれ思わず顔を伏せる。
「話をするのが苦手な分、表情を読むのは得意でな。大方丙族であることに引け目でも感じているのだろう? そんなことを気にするようなやつらではないと思うが」
「……それは、その、わかってる、つもりで。だけど……」
そこでハクハクハクは口を閉ざす。その先の言葉を口に出すと自身の心の内をさらけ出すことになってしまう。それが恐ろしい。
「ここには二人しかいない。口は固いつもりだ。話してみるといい」
おそらく牛鬼は本当に誰にも話すつもりはないだろう。ハクハクハクはそう感じていたが、それでも話をするには勇気が必要だ。
「私、私は……、怖いのかも、しれません」
そして彼女は重い口を開いた。
「怖い? あの二人が?」
「……丙族の、私の、これまでと、これからと……、あの二人、あの二人だけじゃなくて、その、居場所と、何だろう、その……」
取り留めのない言葉の羅列、牛鬼はそれらから何か読み取ることはできなかった。ただ、彼女の心の内は思っていたよりも複雑な状態にあることはわかる。彼女が冒険者に復帰したことは良いことなのだろうと喜んでいたが、目を離すにはまだ早いようだ。そこまで考えたところでふと疑問が芽生える。
「冒険者にはなぜなろうと?」
掃除やペット探しをするだけなら冒険者など便利屋に過ぎない。しかし彼女は魔物の討伐などに赴きいずれは四等星、三等星と上を目指しているようだ。丙族は魔力の総量が多い傾向があり強力な魔法は戦いに大いに役立つ。しかし魔法の恩恵を受けられる職など他にも多くあり、例えば身体強化が得意なら荷運びや工事など肉体労働で引く手数多だろう。では差別を避ける為に冒険者になったのだろうか。冒険者とて人間で差別感情を持つ者もいる。しかし命の危険がある場でそこまで気にする余裕などは無いことも多く丙族への差別意識は希薄な者が多い。ところが一部の農場や店では丙族を専門に雇っている場所もあり差別を避けることも実のところ容易だ。
彼女は一年もの間活動を休止し、その間に決して辞めようとはしなかった。であれば何か冒険者になろうと決意する強い理由があったはずだ、牛鬼はそう感じた。
「……えと」
その疑問に対し意外にも躊躇いなく、そして彼女にしては強い口調で答える。
「わ、私……、英雄になりたいんです」
牛鬼は目を丸くして彼女を見た。その表情は強い決意に満ちている。決して嘘などではない、そうはっきりと理解できる。
「英雄か、なるほどな。先は長かろうが精進するが良い」
牛鬼は歩き出す。話は終わりということだろう。ハクハクハクもそれについて歩き出した。
「ああそう言えば」
ふと前を行く牛鬼が思い出したかのように言う。
「ロロと瑞葉はかっこいい冒険者になりたいと言っていたが、案外主等は似た者同士なのかもしれんな」
笑いながら言う牛鬼の言葉に返事は無かった。
巡回を終えたロロ、瑞葉、安川が村へと戻ってくる。村の中は夜にも関わらず人の活気に溢れている。祭りの喧騒が感じられ否応にも気分が盛り上がりそうなものだ。
「俺は仮眠してくる」
しかし安川は村へ入るなり周囲には目もくれずそう言って宿の方へ向かった。ロロと瑞葉は追うべきか迷ったが結局のところその後ろ姿を見送る。
「祭りなんだから楽しめばいいのにな」
「まあきちんと依頼はこなしてるしそれ以上どうこう言うべきじゃないかもね」
そんな会話の後、二人はまだ戻ってこないハクハクハクと牛鬼を待つことにした。幸い入り口付近に休憩所があるのを見つけるとそこに座りまだかまだかと入り口を眺めている。
「向こうの巡回ルートの方が長かったっけ?」
「……どうだろう。私もそこまで完璧には覚えてないからなあ」
「まあすぐ戻ってくるか。屋台はどこから回る?」
「何あるかちゃんと見てないからなあ。とりあえず中央広場に向かって行く途中で気になるのを見つけたら買えばいいんじゃない? っていうかお金持ってるの?」
「もちろん。ハクハクハクの屋台制覇代もいるから多めに持ってるぜ」
「何それ。意味わかんないんだけど」
瑞葉は次の言葉を口にするのを少し躊躇う。しかし赤子の頃からの付き合いであるロロに対して今更遠慮など必要ないのはわかっておりそのまま話し出す。
「ロロは今回報酬無しなんだから無駄遣いしない方が良いんじゃない?」
安川との約束でロロは今回の報酬をそのまま彼に渡すことになっている。瑞葉はロロが家でどのように金銭を管理しているのかは知らなかったが、余計な出費が少ないにこしたことは無いと思っていた。
「んー、まあ確かに今回は報酬無しなんだけどな。でも俺の稼ぎって父さんは全然当てにしてくれなくてさ。お前の金はお前が使えって」
「じゃあ今までの依頼の報酬って家には入れてないんだ」
「そうそう。だからその分をここで吐き出すだけなんだよな。正直俺から見たら今まで稼いだ金額だけでも結構びっくりするような額だからさあ、寧ろ使い道に困ってるんだよなあ」
冒険者として活動する際、最低限の資金が必要になる。例えば装備の修繕費、移動に船や馬車を使うならその代金、日数がかかる場合は食費や宿代も必要だろう。五等星が受けられる依頼だとそれらを稼ぐのは中々大変だ。ただし彼らは今のところ武器防具に関しては軽微な修繕のみしかしておらず、収入に対する支出が随分と少ないらしい。
「何にせよ、ハクが戻ってくるまでは屋台も見に行かないよ」
「あそこの焼き鳥買おうぜ」
「ハクが戻ってきたらね」
「先食っても文句は言わないだろ」
「まあ言わないだろうけど」
どうせなら三人揃ったところで分けながら食べたいというのが瑞葉の思いだ。彼女の頭の中では十数本の焼き鳥が卓上に置かれてそれを二人が取る間もなくハクハクハクが次々と頬張っていく。そこまで考えたところで先に食べないと自分たちの分が無くなるのかと納得していた。
「まあ私もお腹空いてるし先に」
「あ、戻ってきた」
入り口に見覚えのある二人、牛鬼とハクハクハクがいた。ロロが手を振ると二人はそれに気付いて足をそちらに向ける。
「もう終わっていたか」
「十分ぐらい前に終わったぜ」
「安川さんは仮眠してくるそうです」
「はは、あやつらしい」
「早速なんか食べに行こうぜ! 屋台がいっぱい出てるみたいだし、全部食べよう!」
その号令で一行は村の中央広場へ向かう道を歩き出す。道の両端には屋台が立ち並び、焦げたソースの匂いや甘いお菓子の香りが食欲をそそる。
「とりあえずあれ食べよう。焼きそば」
「焼きトウモロコシの方が私は食べたい」
「好きなものを買うが良かろう」
牛鬼に諭されそれぞれが屋台に向かう。
「主は行かなくていいのか?」
残ったハクハクハクに牛鬼が尋ねる。様子を見るにハクハクハクは周囲のものに目移りして決め切れないようだ。目に見える屋台だけでなく人々が手に持っている串焼きや饅頭など候補は山ほどあるのだから。そうこうしている内に二人が戻ってくる。
「ほら、ハクハクハクもこれ食べろよ」
ロロが焼きそばをハクハクハクに手渡す。
「ハク。これおいしいから食べて」
焦げ目の付いたトウモロコシに齧りつきながら戻ってきた瑞葉が持っていたもう一本のそれをハクハクハクに手渡す。
「え、あの、いいの?」
「当たり前だろ。ハクハクハクは屋台制覇するんだからどんどん食べとかないとな」
「そうらしいからね」
「屋台、制覇?」
困惑するハクハクハクを余所に二人は自分の分をどんどんと食べ進める。実際のところ屋台制覇なんて言うのは建前だろう。単に放っておくと中々何を食べるか決めれないだろうと思ってのことだ。もちろん、一緒に来てくれている仲間への単なる厚意もあるだろう。
「どうやら一つ足りないようだが」
牛鬼が物欲しそうに二人を見るが瑞葉が言い辛そうに、しかしはっきりと答える。
「牛鬼さん……。新人にたかるのはどうかと思いますよ」
その後、牛鬼はいつの間にか買ったらしい饅頭をハクハクハクに一つ渡したとか。
中央広場、祭りの中心であるここでは二つの像と巨大な笹を見ることができる。
「こっちが織だっけ?」
「織は女の人だって言ってたからこっちは彦だと思う」
「彦か、なるほどー」
祭りの象徴となっている像を見物する四人。しかしいまいち興味は持てない様子だ。
「祭りの象徴らしいけどこの人たちって何をしたんだ? 祭りを始めたのは確か村長なんだろ?」
「その村長が絶対必要だって言ったらしいけど……。うーん」
像は木製で、華美な服を着た二人を表現しているようだ。二人は互いに向かって手を伸ばしているが広場の対角に置かれその手が触れ合うことは無いだろう。名のある芸術家が手掛けたわけでもなく寧ろ近くで見ると中々に荒く削られているのがわかる。
「ハクは何か知ってる?」
「え、っと……。き、聞いたことない、かな」
「そっか」
「織と彦というのは古い物語の中で出て来る二人でな」
ふと、牛鬼が話し始める。彼は一人懐かしいものでも見るように像を見つめている。
「最後に聞いたのは随分と昔の話で細かな部分は忘れてしまったが……。二人は愛し合う中だったのだが……、何だったか、とにかく神だったかに仲を引き裂かれ、た? はずだ。それで七月七日にだけ会うことが許されたのだったか。そんな話だったはずだ」
「……変な話ですね」
「いや、もう少しまともな話だったはずだが、どうだったか……」
残念ながら牛鬼のうろ覚えの記憶では三人の興味を惹くには至らず一行は広場中央に飾られている笹の方へ向かう。
「前から飾ってはあったけど、何だっけ、短冊? あれが付くとまた違って見えるな」
「色味の問題じゃない? あとは夜だからってのもあるかも」
見上げるような大きな笹の周辺は魔力灯の淡い光に照らされている。色彩豊かな短冊もそれに照らされしばらく見入ってしまいそうな光景だ。
「皆さんもよろしければ書きませんか?」
四人の様子を見ていた村人が短冊と筆記具を差し出す。どうやら中央広場にいる人に適当に配って回っているようだ。
「書き終わったら笹の足元にいる背の高い人に渡してください。彼が短冊を吊るしてくるますので」
それだけ言うと村人は去って行く。おそらくまた別の人に渡しに行くのだろう。短冊を受け取った四人は顔を見合わせる。
「誰から書く? 俺から書いていいかな?」
ロロはもう書くことが決まっているようで牛鬼が持つ筆記具に手を伸ばそうとそわそわしている。
「まあ構わんだろう。少し考える時間が欲しい」
「あー、私もちょっと考えたいかな」
「ハクハクハクもいいか?」
ハクハクハクが頷くのを見るとロロは颯爽と短冊に文字を書き記す。
「まあやっぱこれだよな」
短冊に書かれた文字は『かっこいい冒険者になる!』だ。力強く迷いの無い文字で短冊いっぱいに書かれている。
「よっしゃ吊るしてもらってくる」
ロロは筆記具を牛鬼に返すと走り出す。見れば笹の足元では数人の列ができておりどうやら短冊を吊るす順番待ちをしているようだ。彼がその最後尾に並ぶのを見届けると牛鬼は短冊に文字を書き始める。
「あまり悩んでも良き考えは浮かばんな」
牛鬼は『無病息災』の四文字をさっと書いて筆記具を瑞葉に預け歩き出す。その背を見送ると瑞葉は筆記具を手に持ち、その先を短冊すれすれまで持っていく。
「……悩んでも考えなんて浮かばない、のはわかるけど」
瑞葉は短冊を睨み付けるようにしながら固まる。彼女は少し前のことを思い出していた。四日前、家でのやり取り。たまたま新聞に載っていたこの祭りの話。その時の彼女は書けば願いが叶う短冊というものを信用などできないと思いながら書かずにはいられないだろうと感じていた。
「……ハク、先に書いていいよ」
しかし今ここに来て彼女は一文字も書けなかった。願い事がないわけではない。ただ彼女はそれをどんな言葉で表せばいいのかわからなかった。ロロのように単純に『かっこいい冒険者になる!』と書ければよかったのだが、いざ書こうとした時に心に恐れが芽生える。それは本心からの望みなのだろうかと。
瑞葉とロロの付き合いは長く、物心つく前から一緒に遊んでいた。彼女自身はそんな時のことまでは覚えていないが古い記憶を思い返すと大抵の思い出にはロロが一緒にいる。それほど長く一緒にいた相手から影響を受けないなんてことはあり得ないだろう。故に、彼女は偶に思ってしまう。私がなりたいと思ったものは単にロロがなりたがっているからそうしようと思っただけなのではないかと。彼女が何も書けないのはそんな考えが頭の中を過っているからだ。
筆を受け取ったハクハクハクも中々一文字目も書けずに固まっている。とは言うものの彼女の場合は書くことは決まっているようだ。ただ瑞葉が中々書けずにいるのを見て妙な気を遣っているらしい。ちらちらと瑞葉の方を見ては再び短冊に目を落とすということを繰り返している。
「……あ、書けた?」
「う、えあ、あの、まだ」
「そっか、じゃあもう少し考えよう」
二人を放っておけば何時間でもこんなやり取りを繰り返しそうだ。残念ながら二人にそこまでの時間は無いし、そもそもここにはこの二人だけでは無い。
「おーい、早く並ばないと時間かかるぜ」
短冊を飾り終えたロロが戻ってくる。
「あ、もう終わったんだ」
「まあ俺は何もしてないけどな。それよりすげーよ。見たか? あの人飛べるんだぜ?」
「その辺歩いてる時から時々見えてたよ」
短冊を笹に吊るすと一口に言っても実際はそう簡単なことではない。普通なら笹を横にしてしまえばいいのだが祭りの最中にでかでかと飾ってあるものを動かすのも少々興醒めするからだ。ではどうするのかと言えば魔法の出番である。空中浮遊という難度の高い魔法を使いこなすことで笹を立てたまま短冊を吊るすのだ。時折、笹の周囲に人影が見えたならそれは今まさにそうしているところだろう。
「近くで見ると迫力が違うんだよ。本当に飛んでる! って感じでさ。俺もいずれは空を飛んで、こう、剣を振り下ろすみたいな。あ! そう、ドラゴン! ほら物語に出て来るドラゴンの首を、ずばっ! とな」
身振り手振りを交えながらロロが語り出す。気分は平和を揺るがすドラゴンを退治する冒険者だろうか。想像の中の彼は巨悪の首を切り落とし剣を高々と掲げているのだろう。
「飛ぶだけなら風の魔法でもできそうじゃない? 下に向けて撃ってさ」
「あー、なるほど?」
「風弾とか風の槍みたいなのじゃなくて風を送り続ける必要はあるけど、不可能ではないと思う。でもずっとやり続けると魔力がすぐに無くなりそうか。それに空中で横に移動とかはすぐにバランス崩しそうかも」
瑞葉は真剣に風の魔法だけで空を飛ぶ方法を考えるのに興が乗りぶつぶつとそれを独り言のように呟いている。ロロはこうなると話しかけても無駄だなと思いハクハクハクの方へ。
「ハクハクハクも早く書かないと吊るせないぞ」
「う、うん」
ハクハクハクはちら、と瑞葉の方を見る。未だ何か呟き続ける彼女の姿は少々不気味さすら感じられるほどだ。そして今の彼女は周囲のことなど気にしてはいないだろう。
「……ん」
今なら瑞葉のことを気にする必要もないと思い短冊の中央に小さな文字を書く。
「英雄になる、か。……かっこいいな!」
ロロの言葉に反応は無く、彼女はじっ、と自らの書いた文字を見つめる。その様子は真剣そのものでロロも思わず黙り込む。
「……行ってくる、ね」
「おう!」
ハクハクハクは筆をロロに預けそのまま笹の根元へ走って行った。残るは瑞葉だけなのだが彼女は未だ考え事の最中だ。
「おーい、書かないつもりか? ……まあまだ日はあるもんな」
実際のところ祭りは始まったばかりだ。ロロたちはもうしばらくしたら再び巡回へ向かう。そしてそれが終わる頃には一旦の店仕舞いを迎えるだろう。しかしまだ十二日間も祭りの期間は残っている。その間、いくらでも短冊を飾る機会など作れるだろう。
その後、一行は巡回を終えると村長に簡単な報告をして一日を終える。
祭り二日目、暗い道を歩き進む三人。安川が手に持った魔力灯を足元にやると木の根で凹凸のある地面が照らされる。
「ハク、そこの足元、木の根は避けて通った方がいいよ」
「う、うん、ありがとう、瑞葉ちゃん」
先頭を安川、その後を瑞葉とハクハクハクが歩く。安川、瑞葉の二人は昨日も歩いた道で多少の慣れがあり歩くべき道を先導しているようだ。この三人、あまり会話は無く瑞葉は若干の気まずさを感じ何かしら話題を探しながら歩いていた。
「……安川さんは祭りを楽しまれないんですか?」
とりあえずで一つ話題を投げかける。安川は一瞬振り向いて瑞葉を見たがすぐに前に向き直った。
「俺は俺で楽しんでいるつもりだ」
「でも昨日すぐに仮眠してくるって宿に戻ったじゃないですか」
「焼きそばは食った」
そういえば焼きそばがどうとか話していたなと瑞葉は昨日の会話を思い返す。
「笹とか見ないんですか?」
「……笹か。実物を見たのは子供の頃以来だったな」
「あ、ここに来たことが?」
「ない」
瑞葉はいまいち会話が嚙み合わずやり辛さを感じる。しかしそれでめげることなく話を続ける。
「短冊は書きました? 願いが叶うらしいですよ」
「まだ書いてない」
「まだ?」
「事前に書くのは祭りらしさが足りないだろ」
まるで別の話題をしているような気分になり彼女は祭りの話題はやめようと決意する。
「お前はもう書いたのか?」
だがそんな彼女の決意を無に帰すかのように前方から声が響いた。なぜここだけ聞き返してくる、そう思い頬を引き攣らせたがそれを見ていた者はいなかったようだ。
「祭りは十三日まで続きますし。本番? らしい七日まででもまだ日はありますから」
彼女は宿に短冊を持ち帰り何を書くのか考えたのだが、この巡回の時間になっても未だ何を書くか決まっていないのだ。何度この小さな紙をぐしゃぐしゃにしてやろうかと思ったほどに願いの言葉が見つからなかった。今はそれに関して考えるのも少し嫌になってきている。
「そうか。まあ毎日イベントもあるようだしお前たちは適当に楽しむといい」
あんたは楽しまないのか、その言葉を瑞葉は呑み込む。今の彼女は既に安川への嫌悪感のようなものは薄れてきている。接した期間は短く最初の印象こそ悪かったが彼の仕事ぶりは瑞葉の想像とは明らかに違ったのだ。気楽な仕事だと周囲が言う中で一人黙々と道を覚え、実際の巡回中も周囲を警戒しつつ新人にも注意を払う。昨日も今日も時には言葉で、時には道を照らして後方に注意を促すような場面があった。仕事に対する生真面目さで言えば自分などよりも余程上だ、瑞葉はそう感じていたのだ。
「……だからあの態度さえなあ」
思わず漏れた独り言に瑞葉ははっ、として口を塞ぐが幸い二人からは何の反応もない。先を行く安川は周囲を見回して問題が無いか確認しているし後ろのハクハクハクは転ばないよう足元に集中している。瑞葉は安堵の溜息をついて改めて思う。冒険者を辞めるだとか、報酬をせびって私たちを遠ざけようとしたりとか、そんな態度に腹が立って仕方がない、と。
牛鬼とロロは巡回しながら剣での戦い方について話をしていた。
「なあ、牛鬼さんって剣で戦うんだろ? ちょっと剣の使い方教えてほしくてさ」
ロロがそう言いだしたのが切っ掛けである。牛鬼は少し考える素振りを見せたが。
「巡回中にするようなことでもあるまい」
と一旦断った。しかしロロは諦めない。
「だって牛鬼さん昼間どっか行ってただろ? 話聞こうにも聞けなかったからさ」
実際、牛鬼は昼間、というか朝に起きてからすぐに宿から消えていた。宿の主人は早朝に出掛けたと言ったがどこに行ったのかは聞かされていなかったようで追うこともできなかった。
「む、まあそうか。そうだな」
「ちゃんと警備の仕事をしていれば問題ないだろ? 俺しっかり周りを警戒しとくぜ」
言いながらロロは前後左右を指差し確認しながらぐるぐる回る。五周ぐらいしたところで目が回ったのか額に指を当てて止まったが。
「……まあ、良いだろう。ただその場でぐるぐる回るのが警戒するということではないぞ」
「身に染みてわかった。目が回るだけだな、これ」
そういう訳で牛鬼は剣での戦い方について話し出す。とは言っても根本的な勘違いが一つ、牛鬼が腰に差しているのは両刃の剣ではなく片刃の刀だ。牛鬼が剣で戦ったことは実のところ無いのである。とはいえ冒険者歴三十年を超えるベテランの話には拝聴する価値があることだろう。
「まずこれだけは言っておこう。剣の基本は一撃必殺だ。二撃目は不要と思え」
「一撃必殺か、かっこいいな!」
「如何なる敵も一刀の下に切り伏せてしまえばそれ以上何を考える必要もない」
「おお! どうやるんだ!」
「間合いに入ったら切ればよいだけだ」
「おお! どうやってだ!」
「ふむ、試してみよう。そこに立っておれ」
牛鬼が少し先へ行き立ち止まる。
「ロロ、好きなタイミングで掛かってこい」
牛鬼は前方を向いたままでロロに背を向けている。当然、ロロの姿など見えていないだろう。
「……いいのか?」
「無論」
少し悩んだ素振りを見せたがロロはやがて一歩前へ。魔力灯の灯りが揺らめき足元で落ち葉を踏みしめる音がした。
「……どうせやるなら一発入れるつもりでやるぜ?」
「それができるなら四等星に上がれるよう口添えしよう」
「よっしゃ! 約束だぜ」
ロロは地面に落ちている石を幾つか拾う。ロロは牛鬼が足音を頼りに攻撃のタイミングを計っているのだと考えていた。細かな取り決めなどされていない以上石を投げて当てるので問題は無いだろうが、ロロはそんなことで満足しない。大きく振りかぶると全力で牛鬼の右前方足元に向けて一つ目の石を投げた。
ドォッ。
地面が小さく弾け大きな破裂音を出す。ロロはその音に合わせて大きく前に跳んだ。牛鬼との距離が半分ほどに縮まる。そして着地と共に再び石を投げる。今度は牛鬼の左前方。更に次、次と石を適当に投げて行く。幾つもの音で牛鬼が自分の位置を見失ったはず、そう思ったロロは体勢を低く取り力を溜めて地面を蹴る。最短距離で一気に近付きそのまま一撃を入れる。
「あれ?」
しかし次の瞬間ロロは地面に転がされていた。牛鬼の手が背中に当たっている。牛鬼はロロの投げた石には一切反応を示さなかった。しかしロロ自身が彼の間合いに入ると僅かに身を躱し、足を引っ掛けつつ勢いを殺して転ばせたのだ。
「思ったよりはよくやった方だな」
ロロは牛鬼の評価に物申すべく体を返して反撃しようとしたが背中に当てられた手がそれを制するように動かされる。それからしばらくもがいていたがやがて諦めたように動かなくなった。
「牛鬼さん、降参」
ロロの声に牛鬼は手を離した。
「あー、一発ぐらい入れれると思ったんだけどなあ」
「石を投げて音で気を逸らす作戦は悪くない。通用する相手も多いだろう」
「でも牛鬼さんには通じなかったじゃん。何でだ?」
「まあ幾つか理由はある。一つ目はそれだ」
牛鬼はロロが持っている魔力灯を指差す。
「あ、そっか。光ってたら後ろ向いててもわかるよな」
「灯りが迫ってくれば影の変化で分かるものだ。奇襲をかけるならそれはどこかに置いておくべきだったな」
「あー、ずっと持ってたからつい。二つ目は?」
「魔法だ」
「魔法か。どんな?」
「……まあ、あまり人に言うでないぞ?」
そう言いながら牛鬼は刀を抜く。磨かれて銀色に輝く刀身は吸い込まれそうな不気味な魅力がありロロは思わず唾を飲む。
「この刀が届く範囲が間合いだ。それはわかるな?」
「ああ、要は攻撃が届く範囲ってことだろ?」
「うむ。実際のところ戦法によっては踏み出す一歩分を間合いに入れたり特殊な魔法で間合いを伸ばすなどと言う場合もあるが、それはここでは無視するとしよう。この刀が届く範囲、と少しの距離だな。その間にある物体の動きを感知することができる。そんな魔法だ」
「……つまり、近付いたらわかるってことか」
「まあそのようなものだ」
「今みたいに後ろから攻撃されたとかなら便利そうだけど、それって強いのか?」
牛鬼はどう説明したものかと考える。そして不意に自身の持つ魔力灯を消した。周囲が少し暗くなる。今ある灯りはロロの持つ魔力灯と木々の隙間からほんの僅かに漏れる星の灯りのみ。
「なんかあったのか?」
ロロは暗くなった周囲に僅かに本能的な恐怖を感じる。
「ロロ、そちらも灯りを消すのだ」
「え、ああ」
ロロは言われた通りに魔力灯を消す。周囲は暗闇に包まれる。星の灯りなどこの森の中では焼け石に水で人の目では周囲の様子はもはやわからないだろう。ロロはさっきまで見えていた景色を覚えているので辛うじて数歩分動くぐらいはできる。しかしそれ以上は暗闇の中を闇雲に走り回るのと何らかわらないだろう。
「何も見えないんだけど。牛鬼さん、灯り点けていいか?」
絶対に落とさないよう両手で魔力灯を抱えながらロロが尋ねる。
「……ロロ、今お主は何も見えていないだろう。しかしこちらからは細かな動きまで手に取るようにわかっている。両手で魔力灯を抱えているだろう」
「え、何でわかるんだ」
ロロの返答が聞こえると牛鬼が魔力灯を点けた。それを見てロロも同じようにする。
「牛鬼さん、今のは?」
「今のような暗闇、普通の者であれば何も見えず動くことさえ恐ろしい。しかしその暗闇をはっきりと見通すことができたなら話は別だ」
「ん? ……あっ!」
「魔法はそれ自体が強いわけではない。使い方なのだ。それを覚えておくといい」
なかなか難しいな、とロロが呟く。牛鬼が先へ進み始めそのまま二人は巡回を再開する、と思われた。
「牛鬼さん、最初の話となんか変わってないか?」
「ん? ……魔法の話ではなかったか?」
「いや、最初剣の戦い方の話を聞こうと思ってたんだよ」
そう言われて牛鬼は話の流れを思い返す。
「おお、そうだったそうだった。すまんな、ははは」
「頼むぜほんと」
「とはいえ話は繋がっているのだ、安心せよ。確かお主はどうやって間合いに入った瞬間に斬るのかと聞いたな」
「ああ」
「その方法は一つではないが、先のように魔法で感知することでそれを可能にすることもできるということだ」
「でもそれは今の俺にはできないぜ」
「であろう。しかしな、魔法の使い方を工夫するのと同じようなことはできるはずだ」
「……難しいな」
ロロは頭を捻るが答えは出ない。
「悩むがよい。答えを教えるだけが大人ではない。考えることを教えるのも大人なのだ」
「そういうものか?」
「難しければ他の者に話を聞くと良い。一人に話を聞いてもそれが自身に合っているかはわからんだろう。ミザロも剣を扱っている上に二等星だ。話を聞けば必ずや参考になるだろう」
「ミザロ姉か……。ミザロ姉って時々よくわからない話し出すからなあ」
「……それはそうだが、な」
その後、二人はミザロへの愚痴で大いに盛り上がりながら巡回するのだった。
休憩中、安川は今日も宿へ戻り残る四人は屋台で買った串焼きを片手にベンチに座っていた。祭囃子を聞きながら巡回中の話をしていたのだが不意に一際大きな太鼓の音が鳴る。するとどこからともなく賑やかな楽器の音が聞こえてきた。
「ん? この音どこから鳴ってるんだ?」
「あそこで笛を吹いてる人がいるのはわかる」
瑞葉が指差す先には家の軒下で笛を吹く村人。よくよく見ればその奥の方に笛に限らず太鼓や拍子木、金属の皿のようなものを叩く者もいる。それぞれが滅茶苦茶に音を鳴らしているようで何が何だかわからなかったが、一際大きく鳴り響く太鼓の音に合わせて音色が一つの音楽に向かっていく。
「おぉ……」
村中に響く祭囃子の音色。誰ともなく感嘆の溜息を零し音の出所を求めて中央広場に組まれた櫓の上、人の背ほどもある巨大な太鼓の方へ目を向けていった。
「すごいな、これ」
「うん、すごい」
串焼きを食べる手も止めてただその響きに聞き惚れる。祭囃子が鳴り終わるまで人々は足を止めて音の波に揺られるのだろう。
熱々の串焼きもとうに冷めた頃、徐々に祭囃子が小さくなっていく。徐々に笛を吹く者が、太鼓を鳴らす者が、その他の楽器を鳴らす者が、減ってきているのだ。やがて常から鳴っていた太鼓の音が遠くから鳴るのみとなり、人々は熱のこもった口調で先の囃子を褒め称えながら再び歩き出す。
「すごかったな! あんなのもやってるのか」
「村中総出って感じでしたね」
「ここの祭り長くやっておるからな。そもそもこんな田舎の祭りにこれだけの観光客が来るのは今のような出し物が目当ての部分もある。毎年趣向を凝らしておるよ」
普段は数十人程度の小さな村であるが、祭りの期間だけはその何倍もの人数が詰めかけていた。村人はこの時期だけは普段の何十倍も忙しないとぼやいているとか。
「あのでかい太鼓も頑張って作ったのかな?」
「前に来た時も同じぐらいの物があったと記憶している。長年使っているのだろう」
「いいよなあ、あれ。太鼓って叩かせてもらえないかな」
ロロは太鼓を叩く真似をするが、その動きはなんだかぎこちなく見える。
「ロロ、あんた才能無いと思う」
「あ、馬鹿にしたな! よーし、ハクハクハク、俺の仇を討ってくれ」
「え? ぅえ?」
突然に話を振られて狼狽えるハクハクハク。しかしロロはそんなこと気にもしない。
「いいか、太鼓はな、こう……、いや俺は才能が無いのか。どうやって叩くんだ?」
ロロは助けを求めるように周りを見るが周囲の反応は冷たい。
「知らない」
「わ、私も」
「生憎、楽器の類はわからんな」
この四人、誰一人として楽器を触ったことなど無いのだ。ロロと瑞葉の家ではそもそも音楽に関する物品が何も無い。ハクハクハクが住む商人の店では楽器や蓄音機も売っているがそれで音楽を奏でるのは稀に来る客のみだ。牛鬼はそもそも楽器の演奏などに対して興味を持っていないらしい。それでこの話は終わりになりそうだったが、不意に牛鬼が呟く。
「楽器か。確か安川が昔に何かやっていたと言っていたな」
「そうなのか?」
牛鬼が曖昧に頷く。
「奴が新人の頃にそのような話を聞いた覚えがある」
「へー、だったら安川さんも祭りで何か演奏して行けばいいのに。あ、もしかして冒険者辞めて音楽で食べて行くのか?」
「どうだろうな。それは本人に聞いてみることだ」
今度こそ話は終わり、と牛鬼が串焼きにかぶりつく。一行はしばらく祭りを堪能して再び巡回へと向かった。
「安川さん、楽器できるの?」
巡回を行うロロ、ハクハクハク、安川の三人。森の中へ踏み入ってすぐにロロが安川にそう尋ねた。
「……牛鬼から聞いたな? 余計なことを」
「何の楽器をやってたんだ? 昨日の太鼓とか笛とかの祭囃子って言うんだっけ? あれすごかったからさ」
「もう何年もやってねえよ。今じゃ弾けるかどうかもわからんな」
安川は少し遠い目をしてそう言った。その脳裏には遠い昔の記憶が浮かんでいる。
「……ギターはわかるか?」
「ギター! 何だっけ?」
聞いたことが無かったようで即座にロロはハクハクハクの方を向いて尋ねた。
「えっと、こう、こんな感じの形で、弦……、糸みたいなのが、こう、五本ぐらい? あるやつ」
ハクハクハクは必死に思い出しながら身振り手振りを交えて説明する。彼女も店に置いてあるのを見たことがあるだけで詳しくは知らないようだ。
「まあ大体あってるな。昔にギターをやってたこともあった。必死にコードを覚えて毎日練習してたよ。小遣いはたいて買ったギターも今頃どうなってるかは知らないがな」
「へー、高いのか?」
「……数年前に見かけた物はとても手が届く値段じゃなかった。それきり見た記憶もない」
「ギターってあんまり売ってないのか?」
ロロの純粋な疑問に答える声は無い。ハクハクハクは自身の住む店でギターを何度も見かけたことがあった。表には二、三個あれば十分だと倉庫でしばらく埃を被っていた物があったのを彼女は覚えている。それを思えば少なくとも店内に置いてない時期は無かったのだろう。金額はともかく探していたなら見つけることは造作もなかったはずだ。
「安川さんは音楽が好きなのか?」
「……嫌いではない」
「じゃあ好きなんだ」
「……なぜそう思う」
「だって安川さん嘘つかないし」
図星を突かれたように安川は黙り込む。安川は無意識か意識的かはともかく他人に壁を作っている。まるで周囲に近付くなと言わんばかりに愛想悪く振舞うのだ。しかしその一方で真摯に頼めば大抵のことを了承し責任感が強い、生真面目と言えるほどの性格をしている。ロロは彼と話す中でなんとなくではあるがそれらを感じ取っているようだ。
「音楽かあ、いいよなあ。父さんは全然音楽聞かないから家にはそういうものがなくてさ。まあそんなだから俺もあんまり詳しくないんだよね。お金溜まったら蓄音機でも買ってみようかな。それとも楽器か……。あ、そうだ。誰かギター持ってる人がいたら借りて弾いてみるのは? それなら安川さんも弾けるんじゃないか? 志吹の宿で誰かギター好きいないかな」
安川はロロを見て呆れたように溜息をつく。それから前を見て歩き出した。今はまだ仕事が始まったばかりだ、こんなところで止まっていても仕方ないと言うように。
「音を出すなら手拍子でもできる。お前はまずリズム感をもっと持った方がいい」
その呟きはロロに向けての激励だろう。その言葉に大きな笑みを浮かべる者あり。彼はハクハクハクを引き連れて前を行く先達に追い付こうと走り出すのだった。
森の中に盛り上がって話をする声がする。巡回中の瑞葉と牛鬼だ。
「この前食べたんですけど冒険者通りの端にある焼餅の店、知ってますか?」
「目が高いな。あの店は昔からある老舗でな、店構えはぼろくて少々入り辛いがいいものを出すだろう」
「はい。私は中に刻んだ髭菜の漬物が入っているのを食べたんですけどあれが本当に美味しくって」
「あそこの漬物は絶品だろう。自家製のものらしくてな。昔に作り方を聞いたが売ってやるから買いに来いと断られたものだ」
「え、売ってるんですか?」
「店主に聞けば売ってもらえるだろう。二月に一度は買っている」
「おお、都に戻ったら早速買いに行かないと」
この二人は食の好みが似通っているようで気が付けばあの店の何やらが旨いだの、今の時期はあそこの果物がおすすめだのと食べ物の話で大盛り上がりだ。巡回の間中話し声が途絶えることは無かったという。
村に戻った一行、当然今日も安川はさっさと宿に戻って行った。
「祭りはまだ十日ぐらいあるよな」
宿へ向かう彼を見送りながらロロが呟く。
「一日ぐらいは安川さんとも祭りを回ってみたいんだよなあ」
「……うーん」
瑞葉は安川が祭りの中で楽しそうな表情をしている想像ができなかった。その思いはロロにも伝わったようで難しいかなあと小さく呟く。悩む二人の姿にハクハクハクは自分にできることは無いかと何やら考える。
「あの、音楽、好きみたいだから、か、歌手の人、が、来る日は?」
「歌手? 来るのか?」
「えと、ほら、後半の、日? か、書いてあった、よね?」
毎日の催しについては幾つかのものは村の掲示板などを通じて事前に告知がされている。その中で八日目に山河カンショウの国で有名な歌手が来ることが書かれていた。
「確かO・デイであろう。忙しいだろうによくここまで来るものだ」
「え? その人なら私でも知ってますよ。あんなに有名な人が来るなんて……」
「じゃあその日は一緒に見に行くよう誘ってみよう」
ドオン、と一際大きな太鼓の音が響いた。何か催しが始まる合図だ。
「今日は何をやるんだ?」
「今日の分は書いてなかったと思うけど」
一行がしばらくその場で周囲を伺っていると大きな看板を持った村人が道の中央に現れる。
「さあさあ我こそはという力自慢の方はいませんか? これから中央広場で力自慢大会が始まるぞ! 優勝者は屋台の食べ物が本日無料! 皆さん振るってご参加ください!」
大きな声でそう宣伝すると次の場所へ向かって行く。耳を澄ませば他の場所でも同じように宣伝しているのだろう、遠くから同じような文言が聞こえてくる。
「力自慢大会か。何やるかわからないけど出てみるか。みんなは?」
「私はやめとく。ロロにも勝てないだろうし」
「わ、私も、いいかな」
「牛鬼さんは? 折角だし出ようぜ」
「……ふむ、出てよいのか? 勝ってしまうが」
「ふふふ、俺の実力を見せてやるぜ」
こうして一行は中央広場へ向かう。道中は同じように大会に参加する腹積もりの者や様子を見物しに行く者でごった返していた。しかし何年も祭りをやっているというだけあってその辺りは手慣れた物、いつの間にか用意されていた臨時の席などに次々と人を案内して大した混乱は起こらない。瑞葉とハクハクハクも家の屋根に取り付けた臨時の席に案内され広場の様子を見ている。
「あ、あの真ん中にいるのがロロと牛鬼さんだよ」
「うん、そうだね」
巨大な笹を中心に作られた舞台におそらく参加者であろう面々が集っている。
「大体集まったと思うけど全部で三十人ぐらいかな」
「み、みんな強そう」
集まった者の多くは体が大きくその筋肉の盛り上がりが遠目でもわかる。ロロは同年代の中では背が高くガタイも悪くはないが彼らと比べればどうしても貧弱に見えるだろう。
「だ、大丈夫かな?」
「まあ何をやるか次第じゃない?」
今はまだ集められただけで彼らがその雌雄をどう決するのかは分かっていない。
「選手の皆様、観客の皆様、お集まりいただきありがとうございます。只今より、ナナユウの村力自慢大会を開催したいと思います」
観客席のあちこちから大きな拍手が鳴り、釣られて他の皆も手を打ち鳴らす。
「盛大な拍手ありがとうございます。さて今大会では実に三十五名の選手が参加を表明して頂けました。この中で最も力が強い者は誰なのか、楽しみですねえ。ではルール説明から始めましょう」
横から大きな紙の貼られた板が持ち込まれる。この大会のルールが書かれているようだ。大会は全部で四回戦ある。一回戦は実質予選を兼ねておりここで一気に八人まで減らされるようだ。その後はトーナメント戦で優勝を決めるらしい。力自慢とは言うが身体強化の魔法に限り使用しても良いとのことで必ずしも筋力だけが勝敗を分けるわけではない。
「では早速一回戦、あちらをご覧ください」
司会者の指し示す方には大量の米俵がある。
「あの米俵は大人一人分ほどの重さがあります。あちらを三つ背負って向こうに見えますゴールまで走って頂きます」
一回戦は米俵三俵を背負い広場の端から端まで走った速さを競うというものだ。上位八名が次に進めるということらしい。
「走るのは一度に四人まででお願いします。さあ我こそはという人から行きましょう!」
「なら一番乗りは俺だな」
ロロが早速とばかりに前に出る。他にも何人か自信に満ちた表情の者が前に出て米俵を背負っていく。そして最初の四人がスタート地点に並んだ。
「あ、ロロだ。米俵の方がずっと大きいじゃん、潰されないと良いけど」
「だ、大丈夫かな。周りの人、凄い大きい、よ」
隣にいる三人はロロよりもガタイが一回り二回り大きい。
「どうだろうねえ」
瑞葉とハクハクハクが心配する中、司会者の合図と共にロロが走り出す。いや、走ると言うよりは早歩きか。いくら身体強化が得意と言っても自身の三倍ほどの重さがある物体を背負ったまま走るのは難しい。
「うわ、よくあれで動けるなあ。でもあれならロロが一番かな」
「が、頑張れー」
バランスを崩さぬよう歯を食いしばりロロは前へ進む。他の三人をどうにか引き離し前へ、前へ。明らかに周囲より小さな彼が先頭を行く姿に観客は驚きと共に歓声を上げる。そしてゴールへ。
「おっとお、これは凄い! 参加者の中で最も小柄な彼が堂々一番乗りだぁ! 凄い若者が現れましたよ。暫定ではありますが一位です! このまま準々決勝に突き進めるでしょうか? おっと、次の組の準備が整ったようです。さあ準備はいいですかあ?」
数回の競争の後、上位八名が決定される。
「ロロも牛鬼さんも残ったね」
「うん、二人共凄い、ね」
牛鬼は三位、ロロは八位で準々決勝へ進んだ。八人の名前などが軽く紹介される傍ら米俵は片付けられて行く。どうやら次は別の方法で競うらしい。
「そして紅一点、観光でいらした冒険者のカグリ選手。以上、上位八名が出揃いました! いずれも劣らぬ強豪ばかり。気になる準々決勝の内容を発表しましょう!」
司会者の声に合わせ太鼓の音が響く。すると数人の村人が腕で抱えるほど太い綱を持って来た。
「さあ、準々決勝は一対一の綱引きです! この特製の巨大な綱を引いてもらいます」
「おお、あれどうやって作ったんだろ。ハク、ちょっと胴回り測らせて」
「え、あ、うう」
瑞葉がハクハクハクの胴に手を回す。
「うーん、たぶんこれよりあの綱の方が太いかな。あれ持ち上げるのも難しそう」
参加者も突然出てきた巨大な綱を見て顔を顰めたり頭を掻いて困っているように見える。しかしそれに動じない者も当然いる。
「よーし、じゃあ俺が準決勝に一番乗りだ!」
ロロだ。彼は綱が所定の位置に置かれると司会者の声も待たずに前に出た。
「おーっと、最年少のロロ選手が我こそはと前に出る! 本当は順番も決まっていたのですが……、まあいいでしょう! 彼の勇気を称え最初の試合はぁ、ロロ選手対カグリ選手だ!」
「あの馬鹿、迷惑かけないようにしろってのに」
「あ、で、でも、も、盛り上がってる、よ?」
周囲からはロロの行動にか司会者の計らいにか歓声が上がっている。或いは騒げれば何でもいいのかもしれない。
綱を持ち向き合う二人は互いに視線をぶつけ合う。
「へへ、悪いけど勝たせてもらうぜ」
「自信家ね。でも私、強いわよ?」
「さあ二人共、準備はいいか! では、試合……、開始ぃ!」
司会者の合図に合わせて二人が抱えた綱を引き始める。ロロは両腕で綱を抱えて腰を捻りながら地面を強く踏みしめて綱を引く。そして驚愕と共に相手を見た。
「ふ、二人共、動か、ない、ね」
「……いや、たぶん違う」
瑞葉には遠目でも理解できた。ロロは本気で引いている、にも関わらず動かないのだろう、と。
「正直、驚いてるわ。まさか五等星でここまでとはね」
「ま、だ、終わって、ないっての」
ロロはまだ諦めてなどいない。力の限り綱を引き続けている、が、徐々に力の差が見え始める。ずり、ずり、と音を立ててロロの足が地面を擦る。観客のどよめきが聞こえる。どうにかその場に留まろうと足を踏ん張るが無情にもその動きが止まることはない。そして、ついに。
「あーっと、ここでロロ選手の足が中央の線に達してしまったぁ! この勝負、カグリ選手の勝ちです!」
勝敗が決まり歓声が上がる。
「あ……。負け、ちゃった」
「どうも相手が悪かったみたいね」
負けて座り込むロロの所へカグリが歩いて行く。
「勝負は私の勝ちだけど、その若さであそこまでやるとは思わなかったわ。何年かしたら抜かれてるかもね」
カグリが手を差し出す。ロロは大きく息を吐き頭を掻いた。
「次会う時は絶対勝ってやるぜ」
ロロが差し出された手を取ると一際大きな歓声が上がり準々決勝一戦目は幕を閉じる。その後の試合では牛鬼とカグリの二人が残りの試合を勝ち上がり決勝に進出した。
「さあ、とうとう決勝戦が始まりますよ! まずはこちらの方、あの志吹の宿の冒険者であります牛鬼選手! なんと三等星の冒険者でもあります! 準決勝では九華仙の都よりお越しになったライラック選手を見事に打ち負かしました」
牛鬼が前に出ると歓声が巻き起こる。
「牛鬼さんが勝つな」
試合に負け瑞葉たちと合流したロロが確信的な笑みを浮かべてそう言った。
「でも相手ってロロより強かったあの人でしょ?」
瑞葉の指差す先には今まさに司会者に誘導され前に出て来るカグリの姿。
「対するは丸盆の町の冒険者であるカグリ選手。この大会紅一点の彼女が決勝まで勝ち上がってきましたよ! 女性だからと侮るなかれ、彼女の鍛え上げられた肉体は本物だ! 準決勝では自他共に認める村一番の力自慢、道寺選手が手も足も出なかったぞ!」
カグリの登場にも歓声が巻き起こる。そして二人が中央にある台を挟んで近付く。牛鬼は近くでカグリを見てその肉体美に心の中で称賛を送った。無駄な脂肪など一切無く、分厚い筋肉の鎧が彼女を覆っているのが見ただけで分かるからだ。
「ふ、相手に取って不足無しということだな」
「三等星だからって上にいるつもりかい? 純粋な力勝負は私の領分だよ」
睨み合う二人の間には火花が散っている。
「さあ、決勝戦は腕相撲だ! 二人共、台に手をついてくれ」
二人が自然に腕を台に置いて互いの手を組む。その瞬間、二人の纏う空気が変わった。既に勝負が始まっているかのように思えるほどに。観客も思わず息を呑んで様子を見守る。
「よし、行くぞ、準備はいいな! ではナナユウの村力自慢大会、決勝戦、開始!」
開始の合図と共に二人が動く。動き出しが早かったのは牛鬼だ。合図とほぼ同時に動き一瞬で勝負を決める、つもりだったのだろう。しかし丁度半分ほど押し込んだところで動きが止まる。牛鬼は全力で押し込み勝負を決めようとしたが。
「ぬううぅうああぁあああ!」
カグリの雄叫びと共に全てが引っ繰り返る。牛鬼の手の甲は台に叩きつけられ勢いそのままに牛鬼の身体が宙を舞う。観客は呆気に取られ声を上げることもできない。牛鬼の身体が落ち、カグリが握っていた手を放す。そしてそのままその手を高く掲げた。
「……な、な、なんとぉ! 三等星の牛鬼選手を相手に、完勝、完勝だ! ナナユウの村力自慢大会、優勝は、カグリ選手だ!」
司会者の声を合図に皆の声援と拍手がカグリに注がれる。負けた牛鬼も彼女に拍手を送っていた。こうして力自慢大会は大盛況の元に終わりを迎えた。
一行はそろそろ休憩時間の終わりが迫っていることもあり道中で適当な食べ物を買いながら村の入り口方面へ向かった。
「まさか牛鬼さんまで負けるとはなあ」
「カグリと言ったな。あの娘の鍛え方は大したものだ」
「確かに凄かったですね。牛鬼さん手とか怪我ありませんか?」
「うむ、叩きつけられるとわかってすぐに魔力で守ったからな。問題は無い」
「あんな、腕を叩きつけられただけで体が宙に浮くってすごいよな。俺との試合じゃまだ本気じゃなかったんだろうな」
「実際、あの娘の力、この場合は純粋に物理的な力の強さのことだが、その力に関しては群を抜いておるな。志吹の宿の三等星で勝てる者は居らぬかもしれん」
「そんなにすごかったのか」
牛鬼の力の強さは三等星の中で比較すると上の下辺りに位置する。それを正面から打ち破ったカグリは力比べに関しては三等星どころか二等星に迫るものがあると言えるだろう。
「カグリさんは警備する人の中にいなかったよな」
「確か紹介の時に観光で来たって言ってたと思う。いたら心強いけど……、まあ何か出そうな雰囲気でもないし大丈夫じゃない?」
「気を緩めるな」
後ろからかかる声。四人が振り返るとそこには安川がいた。
「お、安川さんも来たのか。力自慢大会は見てたのか?」
「見てねえよ。まああれだけうるさかったからろくに寝れもしなかったがな」
どうやら仮眠の邪魔をされてご立腹のようだ。しかし牛鬼を見ると少し愉快な表情に変わる。
「そうだ、あんたが負けるところを見損ねたのは残念だったかな。俺もあんたが吹っ飛ぶところは見てみたかったぜ」
牛鬼に対して安川の当たりが強いのはここに駆り出された原因だからだろうか。或いは新人の頃から偉そうにあれこれ言ってきた、もとい面倒を見てきた相手に対する親しみの表れか。まあどうあれそのような態度を取るなら、と牛鬼は周囲をちらりと見る。先の大会の熱に当てられてか机を借りて腕相撲をする者たちの姿がそこにある。
「ふむ、そう言うことならそこの机を借りて一戦交えよう。お主が吹っ飛ばせば目の前の特等席で見ることもできよう」
「……俺に勝ち目があるかよ」
道中で見せた体力の無さ、その細い体付き、控えめに言っても安川が牛鬼に勝つ可能性は無いだろう。
「どうした? 両手でも構わんぞ?」
「俺の腕が折れる方が早いだろうな」
「じゃあ俺とやろうぜ!」
唐突にロロが横から割って入る。
「……ああ、そういやお前と牛鬼は同じ相手に負けたからどっちが上かはっきりはしていないのか」
安川が納得したように言って一歩下がるのをロロが引き留める。
「いや、せっかくだからみんなとやって誰が一番強いか決めたい」
「ああ?」
「え、それって私も?」
安川と瑞葉が嫌そうにロロを見たがもはや引く気は無いようで皆を引っ張って空いている机に向かう。
「よし、まずは安川さんとやろうかな」
「……俺はやりたくないが」
「牛鬼さん審判よろしく!」
もはや何を言っても聞きはしないと判断したのだろう。目を爛々と輝かせているロロの手を安川が握る。そうした二人の手を牛鬼が上から掴む。
「では……、始め!」
どちらも遅れることなく互いの腕を押し込むべく力を入れる。そして勝敗はいとも簡単についた。
「……ちっ」
徐々に安川の腕は押し込まれていき、あと少しで机につくというところで僅かに粘る、がすぐに糸が切れたように力が抜けて勝敗が付いた。
「おお……、勝っちゃった」
「お前の身体強化はかなりいい線行ってるし、素の筋力もそっちが上だろ。順当な結果だ」
負けた安川は淡々と評する、悔しさによる負け惜しみというよりはただただありのままの事実を述べただけのようだ。
「これで俺はお役御免だな。あとは頑張りな」
「んー、まあいっか。瑞葉、やろうぜ」
「……えー」
渋りながらも結局は手を出した瑞葉にもロロは勝利し、続いてハクハクハクを指名する。
「手加減は無しだぜ? 身体強化なら周りごとぶっ壊すとかもないだろ」
「え、あ、うん。ほ、他の魔法は使わない、よ」
その様子を少し離れたところで見ていた安川は今のやり取りを聞いて怪訝な表情を見せる。
「おい、今の周りをぶっ壊すってのはどういうことだ?」
そして横にいた瑞葉に尋ねた。
「えっ、とぉ」
そして尋ねられた瑞葉はどう返答すべきか襟を摘んで悩み始める。安川は一年前にハクハクハクが起こした事故のことを知らない、丙族であることはここまで共に行動していれば流石に気付いている、その上でどう伝えればハクハクハクに余計な悪感情を抱かせずに済むのか、彼女の頭の中でそんな考えがぐるぐると回っている。そうしていると安川はそれまでより声のトーンを一段落として周囲に聞こえないように尋ねる。
「……丙族は魔力のコントロールが苦手なことが多いと聞くが、あの子もそうってことか?」
その想像は正しく瑞葉は頷くべきか悩む。ここまで共に来たのであれば元々丙族に対して強い悪感情があると言うことは無いのだろう。しかしハクハクハクがそのような欠点を有しているとなればそれが差別感情を呼び起こすのではないかと危惧している。そうして悩む彼女の様子を見て安川は溜息をつく。
「……別に言いふらしたりしねえよ。単に何かあった時にそのことを知らないと不便だろ。俺は一応四等星で、有事の際に責任を持つべき立場だってだけだ」
それを聞いた瑞葉は顔を上げて安川の表情を見た。そして襟を摘んでいた手を放し小さく頷いた。
「魔力は凄い多いんですけど、中々制御が難しいみたいなんです。でも色々と特訓はしてて、落ち着いていれば凄い威力の魔法が使えるんですよ。風弾の威力も私の何倍もあって細い木なら圧し折っちゃうぐらいなんですから」
「……そりゃあ頼もしいじゃねえか」
そう言って微笑む安川を見て瑞葉は一人で余計な心配をしたなと頬を掻く。そうして二人の間にある空気が弛緩した時。ダンッ、と大きな音が響いた。
「……ふっ、俺の負けだぜ」
音の発生源は腕相撲をしていた机、それにロロの手の甲が叩きつけられたのだ。
「え、ハクが勝ったの?」
「……らしいな。俺も見てなかった」
瑞葉と安川はその瞬間を見逃したらしい。実際の試合がどうだったのかというと、見逃すのも無理はないと言えるほど短い試合だった。牛鬼の合図、一気に力を入れる二人、そして次の瞬間にはロロの手が机に叩きつけられた。
「あ、あの、ご、ごめん、なさ、あ」
おろおろとしながら謝るハクハクハク。しかしロロはその目の前に手を広げて首を横に振った。
「違うぜハクハクハク」
「……え? あ、ち、ちが?」
「お前が俺に勝てるほどの強さを秘めていたなんてな。ふ、俺の仲間は凄いんだぜってみんなに自慢しないとな」
「あ、え? う?」
「よーし、行くぞ! このままの勢いで牛鬼さんを倒してお前が一番だ!」
「ふ、相手に取って不足無し、だな」
「え、え?」
混乱しているハクハクハクを余所に試合の準備が始まる。審判はロロに交代し彼女はいつの間にか牛鬼の手を握らされていた。
「よし、準備良いか?」
「無論だ」
「え、えっと」
「まだか?」
「え、あ、だ、大丈夫」
「そうか、なら全力で戦ってくれ。行くぞ、始め!」
結論から言えば二人の勝敗は付かなかった。五分ぐらい一進一退の攻防を続けたのだが安川がそろそろ巡回に行かなければと言うのでそこで終わりとなった。おそらく体力及び魔力が先に尽きた方が負けていたのだろう。それがどちらかというのはわからないが。
巡回が終わればもう夜も遅く皆すぐに眠りに就く。祭りの日々が過ぎて行く。問題らしい問題は起こらず気付けば祭りの本番、七月七日だ。ロロ、瑞葉、ハクハクハクの三人は中央広場で空を眺めている。
「今晩は星を見るんだよな」
「まあ私たちは変わらず巡回だけどね」
「あ、でも、ちょっと楽しみ、かな」
夜を待ち遠しく思う三人。空には雲一つ無く綺麗な星空が見えることは容易に想像がつく。村人や観光客も今年は晴れてよかったなどと口々に言っている。星見祭りの本番が始まる。




