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志高く剣を取る ~ロロはかっこいい冒険者になると誓った~  作者: 藤乃病


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16.冒険者の余裕と戸惑い

 ショウリュウの都、東門。巨大で無骨な門の前では外へ向かう冒険者がよく待ち合わせをしている。今日も五人の冒険者たちが待ち合わせをしているようだ。初めにそこへ来たのは刀を腰に差した男、牛鬼だ。木製のベンチに座りじっと目を閉じて他の者を待っている。やがてそこに近付く一人の男が現れた。

「ちゃんと来たか、安川」

「……約束したんだから、そりゃあな」

 安川は皮肉っぽい言葉に溜息をつきながら答える。彼の手にはその身長ほどの鉄の棒が握られておりおそらくはそれを武器としているのだろうと見えた。それから五分もしないうちに遠くに三人の冒険者、ロロ、瑞葉、ハクハクハクの姿が見えた。彼らは牛鬼たちに気が付くと走って近付いて行く。

「なんか早くないか? 集合時間もう少し後だったような」

 ロロは周囲に時計が無いか探しながら尋ねると牛鬼は指差して時計を示す。

「見ての通りだ。まだ十五分ほど余裕がある」

「遅れたわけじゃなかったんだ、よかった」

 牛鬼の答えに瑞葉は胸を撫で下ろした。実際彼らはかなり余裕を持って出ているので遅れることなどあるはずもない。ただ二人が先んじてここにいたこと、特にあれほど来るのを渋っていた安川がいたことで時間を勘違いしているのかと心配していたようだ。

「では揃ったことだし早速向かうとしよう」

 牛鬼の号令で一行は都の外へ歩き出す。

 五人が向かうのはナナユウの村、ショウリュウの都を東門より外に出てしばらくは道なりに歩くことになる。船着き場を通り過ぎて彼らは更に竜尾川沿いを歩く。

「今回は馬車や船の移動は無いんですね」

 瑞葉が横を通り過ぎて行く船を見つめながらそう言った。

「そうなるな。あそこは起伏の激しい土地であまり開発も進んでいない。一応道らしきものはあるが整備されておらず馬車はとても走れん」

「なら良かったです」

 ほっ、と胸を撫で下ろす彼女に怪訝な視線を向ける牛鬼と安川。

「歩くのが好きなのか?」

「あ、いや、そういうわけじゃ」

「この前の依頼で船で酔ってに馬車で酔ってだったもんな。一回吐いてたし」

「吐いてない」

「いや知ってるからな」

 瑞葉がロロを睨む。それを受けてロロは明後日の方へ視線を逸らして小さくなる。

「乗り物酔いは辛かろう。何度も繰り返すうちに慣れて来る者も居るらしいが……。幾つか酔いを楽にする方法もあるらしい、時間のある時に調べておく良い」

「そうなんですか? 都に戻ったら本とかで調べてみます」

 そんな話をしながら進み続けると看板と分かれ道が遠くに見えた。近付いてみると看板にはナナユウの村の文字がある。

「竜尾川からは離れるのか」

「この先は山登りですか?」

 看板の示す先は山へと続く道だ。

「そうだ。なに、そこまで険しい山ではない」

 山へ分け入っていく一行。この山は先に牛鬼が言った通り道は確かにあるのだが幅は狭く段差も多い。準備無しに登れない崖などは無いのだがそれでも確実に体力を削り取る道だ。しかしそれも一段落、彼らは山の頂上へと辿り着く。

「うおー! 頂上だー!」

「ちょ、頂上、だ!」

 ロロが両手を高く掲げて叫ぶとそれに倣ってハクハクハクも叫ぶ。瑞葉はそれを見ながらあの二人は兄妹みたいだな、と思った。ハクハクハクの方が歳が上であることは忘れられているようだ。一行はその場で少し休憩を挟むことに決めてそこらの椅子に座って水分を取ったり景色を眺めたりしている。

「ロロ、瑞葉、ハクハクハク、三人は中々体力があるな」

 三人の様子を観察していた牛鬼がそう言った。

「まあな。やっぱり冒険者は体が資本だからな。長年鍛えたこの体が俺の武器だぜ」

「そんな鍛えてたの? まあいいや。……私の場合は、この前に一月ぐらい特訓をしていたんですけど、その時に少し体力が付いたかもしれません」

 瑞葉が言ったことは正しく、実際にこの三人、特に瑞葉は特訓期間で目覚ましく進歩を遂げている。彼女は体力と言ったが、実際には魔法の使い方が上手くなり体内の魔力の総量が増えているのだ。掃除などの依頼をこなす際に身体強化などを使い続けたことが功を奏したのだろう。彼女は無意識の内に身体強化で体の負担を減らし、そしてそれを道中続けることができるだけの魔力が身に付いていたのだ。

「良いことだ、冒険者は体力が資本。肝心な時に動けないようでは二流だ。そう思わんか安川」

 呼ばれた安川は適当な高さの岩に腰かけ呼吸を整えている。

「……俺はどうせ冒険者なんか辞めるんだ。今更関係ねえだろ」

 ここにいる五人の中で彼だけが明らかな疲労の色を見せている。改めて見てみれば薄手のコートから垣間見える彼の身体は瘦せ、肌艶は悪くあまり良い生活を営んでいるようには見えない。金さえあれば冒険者など辞めると言っていたが、今の彼は日々の暮らしさえままならないのだろうかと想像されてしまう。

「まあ疲れていようが十五分後には出発する。日が暮れる前には村に着きたいのでな」

 道のりの長さを考えれば道中で一泊することも選択肢にはある。しかし祭りが始まるまで日が無く早く村へ行くことを今回は優先するようだ。安川は疲れの見えない四人を見て大きな溜息をつく。

 山頂を出た彼らは山をしばらく下り、また上り、そして下る。そうすると一面の草原が広がる区画へと出る。この区画は食べられる山菜などが多く自生しており、付近に住む人々がそれらを採りに来ることがあるようだ。前方遠くに小高い丘が見え、それを登ればナナユウの村が見えるだろう。

 ナナユウの村へと続く丘は簡単にだが道が整備されておりそれまでよりも幾分か歩きやすい。山菜や茸に木の実など多くの食料がこの道を通って運ばれる。そして今のロロたちのように祭りの際には観光客なども通ることだろう。

「あ、柵だ」

 先頭を牛鬼と並んで歩いていたロロが前方にある簡素な木の柵に気付き声を上げる。この付近に人が住んでいる証拠だ。

「うむ、あの先がナナユウの村だ」

「おお! とうとう到着か」

 こうして一行は特に何事もなくナナユウの村へと辿り着いた。中へ入ると入り口付近で瓶に入った水を水筒に移していた村人が彼らに気が付く。

「あら、観光客かしら? こんにちは、ナナユウの村へようこそ」

 祭り目当ての観光客だろうと当たりを付けたのだろう。歓迎の意を示す笑顔と共に挨拶する村人。しかし。

「観光客なのか俺たち?」

「どうだろ」

 尋ねられた内容に思わず自問するロロたち。そしてその様子を見て村人は彼らの胸に光るバッジに気が付く。

「あ、冒険者の方ですのね。もしかして祭りの警備の依頼を?」

「そうそう。俺たちは……、私たちは、えっと、祭りの警備の依頼を受けてここに来ました」

「そうなんですね。でしたら村の中央に村長の家がありますのでそちらで話を聞けると思いますよ。このまま真っ直ぐ行ったらたくさんの笹が飾ってある家が見えるはずなのでそこへ行ってみてください。目立つのですぐわかりますよ」

 一行は礼を言うと村人の言葉に従い村長の家へと向かう。道中に見える家々は瑞葉の目には少々不格好に見えた。もちろん瑞葉は家を建てることに関しては素人であるが、壁には隙間が目立ち使われた木材の表面が荒れている。都の大工が建てた家でそんなものを見た覚えは彼女にはなかった。そして向かった先の村長の家、これは少々方向性の違う意味で悪目立ちする家だった。

「確かに笹が飾ってあるな……」

 ロロでさえ呆然としてそんな言葉を紡ぐので精一杯のようだ。その家は、家という表現が正しいのかはわからないが、四角い小さな倉庫のような建物の屋根と壁一面に笹を金具で固定している。異様な雰囲気を醸し出しているが通りかかる村人はそれを気に掛ける様子はない。要は慣れているということだろう。

「数年前に来た時もあのような有様だった」

 牛鬼が短い言葉でぽつりと呟く。数年以上あの建物が存在しているというのはもはや恐ろしささえ感じるものだ。一行は若干躊躇いがちに家の中へ踏み込んでいく。

「ようこそようこそ。こちらナナユウの村です。私この家の主です。どうもどうも志吹の宿の冒険者の方ですね。依頼をお受け頂いたということでしょうか?」

 中には建物に負けず劣らずの妙な人物が住んでいた。家主を自称する彼は玄関が開いた音を耳にすると少々興奮気味に詰め寄り早口でまくし立てる。

「……とりあえず中で話をしてもよいか?」

「そうですねそうですね。どうぞどうぞ、皆々様方どうぞどうぞお入りください」

 どうやらこの家は地面に柱を突き刺して屋根と壁を付けただけのようで室内も地面になっている。家主の男は飲み水を皆に配ると地面に座り込む。見たところ椅子の類の物は無い。ロロと牛鬼は彼に倣って胡坐をかいて座る。残りの面々は立ったまま話を聞く構えだ。

「さてさてさて、話は実に簡単で皆々様方に頼みたいのは祭りの警備です」

 話は早口で分かりづらいが本題に入ってしまえば話はあっという間だ。祭りが始まるのは明後日の夕方。それで祭りが始まる日の午後から村の周囲を巡回するのが仕事となる。道順は決まっていて、幾つか道があるのだが彼らはそのうちの二つを受け持つこととなる。他にも冒険者や有志を募って作られた巡回警備隊があるようで、どうやらある程度祭りを楽しむ時間は取れそうに見える。

「えと、祭りって言うのはどんなことをやるん……、やるのですか?」

「どんなこと、そうですね……。祭りの中心部は町の中央広場にある織と彦の織と彦の像の辺りですね。その付近その付近では屋台で色々な食事を楽しむことができるでしょうし、星見ツアー星見ツアーと言って高原に遠足へ向かうこともできます。知ってますか? 高原から見られる星の輝き、あの輝きを」

 男はじっと虚空を見つめる。或いは彼の視界には屋根の上に広がる星々が映っているのかもしれない。

「今年は七日……、七日の本番だけでも雲がないといいですねえ」

 去年は祭りの期間中の天気は悪く、雲や雨に星々が遮られてしまったらしい。星を見物に来た人々は大いに残念がり落胆と共に帰ったという。

「しばらく雨はないと聞いている。問題なかろう」

「でしたらでしたら安心して星を見つめられるというものです」

「うむ。明日は集まっている者皆で実際に巡回ルートを見に行くということだったな。今日はこの辺りでよかろう」

「そうですか。ああそうですねあなた方はここに来たばかり来たばかりだ。疲れも溜まっているでしょう。宿に宿にはこちらの紙を見せて頂ければ泊まれるはずです。どうぞどうぞごゆっくり」

 牛鬼はこの男に長々と話をさせると止まらないだろうと危惧を感じ話を切り上げて外へ出る。とりあえず明日までやることは何もない。

「今日の所は休みとしよう。明日の朝九時より巡回ルートの確認だ。それまで英気を養うといい」

 牛鬼が外へ出て開口一番そう言った。

「朝九時だな、わかったぜ」

「わかりました」

 ロロたちがやる気に満ちた声でそう答える。その横で安川は欠伸をして。

「俺は宿で寝てるからな」

 そう言ってさっさと去って行く。ここに来るまでの山登りで疲れが溜まっていた、というのもあるのだろうがそれ以上にやる気がないのだろう。彼はロロの分の報酬まで貰う約束でここまで来たが、いざ来てみるとやはり面倒な思いが強くなってきたのだろう。

「牛鬼さんは?」

「以前に来たと言っただろう。その時にできた友人を訪ねようと思っている。主等は好きにするといい」

 牛鬼もそう言ってその場を去って行った。残された三人はどうしようかと顔を突き合わせて相談し始める。

「俺たちはどうする?」

「とりあえず町の中歩いてみる?」

「何か食べたいな、ハクハクハクもそう思うだろ」

「ん、うん。ちょっとお腹空いた、かも」

「じゃあ何か食べに行こうか。ここの名物とかあったらそれがいいかも」

「よし!」

 ロロが勢いよく立ち上がり両手を伸ばす。

「行くぜ! 食べ歩きだ!」

 そのまま家屋が多い方へ歩き出した。

「……何であんな自信満々に歩き出せるんだろう」

「瑞葉ちゃん、でも、わ、わからないの?」

「長い付き合いだけどね。結構わからないもんだよ、私とロロは種類の違う人間だからね」

 そう言いながら瑞葉も、それにハクハクハクもつられて歩き出す。村の中は祭りの準備で忙しく動き回る人たちがあちらこちらと目に付く。その中には何人か冒険者バッジを付けている者も見えた。

「今の人は冒険者だったな」

「そうね、四等星だった」

「志吹の宿で見たことあるか?」

「他の拠点の人なんじゃない?」

 ある程度大きな町になると大小に差はあれど冒険者の拠点が存在する。この町には無いのだが今回の依頼が志吹の宿以外の拠点にも出されていたようで、当然彼らが知りもしない冒険者がここには来ているのだ。

「つまりここで活躍すれば俺の名前がこの辺の町で有名になるってことか」

「わ、私、役立たずだって、有名に……」

「ならない、なるわけないでしょ。大体ね」

 瑞葉は村の外、ここに来るまでの道を思い出す。

「どうせ魔物も獣も出ないんだから」

 ナナユウの村、ここの祭りの警備依頼は十数年ほどの間ずっと出され続けている。最初の三年ほどは確かに獣に襲われるようなこともあり冒険者たちが活躍することもあったようだ。しかしそれ以降の冒険者たちの仕事は夜の山歩きだけとなっている。祭りの際に村を訪れた冒険者の中にその環境を気に入って住み着いた者がいたらしく、彼らによる定期的な討伐の結果として魔物も獣も周辺からはいなくなったようだ。そんなこの村が今でも依頼を出すのは冒険者への感謝と輝く星の美しさを多くの人に知ってほしいからということらしい。

 宿へ向かう三人、その手にはここの名物だと言われた笹の葉餅が握られている。

「んー? 餅の中になんか入ってる」

 ロロはそう言って少し顔を顰める。それを受けて瑞葉は餅を半分に割って中を見た。

「何だろう、ジャムみたいだけど」

 彼女は指先で中のジャムらしきものをを掬い取り舐める。

「酸味が結構強いね」

「お、美味しい、よ」

 ハクハクハクはいつの間にか食べ切ったようでその手には餅を包んでいた笹の葉だけが残されている。

「そうね。私も好きだなこの味」

 瑞葉も餅を口に入れて味わうように噛み締める。

「ロロも早く食べたら? 六個あるから一人二個は食べれるよ」

 そして餅の入った袋を掲げて意地悪く薦めるのだ。ロロは手に持った食べかけの笹の葉餅を見つめて動かない。その間にハクハクハクが瑞葉から二つ目を貰って丸ごと口の中に放り込む。思わずその様子にのどに詰まらせないだろうかと不安がる二人だったが杞憂だったらしい。気が付けば餅は彼女の胃の中に収まっている。

「……ハクハクハク、足りないんじゃないか?」

「……? え、と、何が?」

「餅だよ餅。二個だけじゃ足りないんじゃないか? ハクハクハクはよく食べるし。そうだな、今からまだまだ大きくなる伸び盛りだからいっぱい食べた方が良いんだよ」

「ん、んー、んう?」

 ハクハクハクが首を傾げるがロロは構わず袋から餅を取って捲し立てる。

「俺の分はやるよ。ほら俺は結構もう背が高いし伸びなくても困らないからな。何なら食べかけの分も欲しかったらあげるぜ」

「……あの、苦手だった、の?」

 ロロは図星を突かれて固まる。

「酸っぱいの苦手なんだよね。子供の頃から変わらないんだから」

「別にいいだろ。何でも食べなきゃいけないってこともないだろ?」

「食べれた方がいいでしょ」

 ほとんど反射で発された瑞葉の言葉にロロは何も言い返せない。いよいよ食べるしかないかと覚悟を決めようとした時、助け船が出される。

「も、貰うよ。私、もっと食べたいから……、くれるなら、嬉しい、かな」

「……ふっふっふ、そうだろそうだろ。よしよしよく食べろよな」

 ロロは持っていた餅を食べかけの物も含め二つ渡すとハクハクハクはあっという間に二つとも口の中へ。二つは流石に、と二人が気を揉むのも知らずしばらく噛んだ後に何事もなく飲み込んだ。

「……えっと、どうかした?」

「……そうだな。こう、口が大きい? みたいなことを思ってた」

「え? ……よくわかんない」

 瑞葉は二人の様子を微笑ましく見守る。ふと、そう言えばハクハクハクは人の食べかけでも気にせず食べるんだなと彼女は思った。


 一夜明けて村長の家。狭い家の中に総勢十六名の人が詰まっており若干息苦しい様相を呈している。ここにいる者は剣や弓などを持った明らかに荒事を専門とする者から一人壁に寄りかかって本を読んでいるようなものまで様々だ。

「なあ、あの本を読んでる人も警備の依頼を受けて来たのかな?」

「……向こうは私たちみたいな子供が? って思ってるかもね」

 ここにいる中では確実にロロたちが最年少であり時折周囲が視線を送っている。それは彼らの実力を測るようなもののこともあるし弱弱しい子供に対する嘲りが含まれていることもあった。

「こういった大勢が集まる場で重要なことはわかるか?」

 不意に牛鬼がそう言った。

「重要なこと? ……瑞葉」

 ロロが大して考える時間も設けず瑞葉に投げる。

「少しは考えなさいって。……こういった場っていうのは冒険者が集まるようなってことですか?」

「そうとも言えるがそれに限りはせん」

 それは想定した返答でなかったため瑞葉は更に頭を悩ませる。彼女らの後ろで隠れるように身を縮こまらせているハクハクハクも考えているがいまいち質問の意図が読めず考えがまとまらない。

「禅問答じみた出題は相変わらずだな」

 少し離れたところで壁を背にしていた安川がいつの間にか彼らの傍に来ていた。

「もう少し端的に伝えられないのか?」

「端的にか。そうだな、……難しい」

「……そうかよ」

 安川は大きな溜息をついてそれから顎で一人の冒険者を指した。

「あの壁際で本を読んでいる冒険者、どう思う?」

「どう思う? どう……」

 三人の視線が本を読む冒険者に注がれる。

「一人で本を読んでるな。あと背が高い」

「こんな場でも本を読んでるのは余程本が好きなのか他人に興味がないのか。でもそれなら冒険者なんてやらないのかな。あとマント羽織ってるから暑そうに見えます」

「……えっと、二人と、同じで」

「間違いじゃない。ただもう少し注目すべきところがあるだろ」

 そう言いながら安川が自身の胸に着いたバッジを軽く撫でる。それに気付いた瑞葉とハクハクハクは本を読む冒険者が着けているバッジを見た。

「三等星なんだ、あの人」

「三等星? ほんとだ!」

「ああ、この中だとこれと並んでツートップだな」

 これ、と言いながら指差されたのは牛鬼だ。安川の不遜な振る舞いに牛鬼は苦笑する。

「他にも何人か冒険者がいるがあいつは明らかに実力が違う」

 安川は明らかにと言ったが三人にはまだその違いが判らない。本を読んでいるだけの立ち振る舞いからそれをどう感じ取ればいいのかと疑問に思う。

「三等星だから強いってことだよな」

 ロロの言葉に安川は首を横に振る。

「違う、あいつが強いから強いんだ。バッジはそれを可視化しているだけに過ぎない。バッジを外したところで弱くなるわけじゃないだろ」

「でも俺たちはあの人が戦ってる所なんて見たことないからそんなのわからないよ」

「俺だって見たことねえよ。それでもあの男の強さが尋常じゃないことぐらいはわかる」

 その話を聞いていて瑞葉は以前の依頼でササハ村へ向かう道中のことを思い出す。

「以前にディオンさんという冒険者の方から魔力を視る技術があると聞いたことがあります。そうやって魔力で強さを測るということですか?」

 そう言えば結局時間が無くて教えてもらうのを忘れていたと瑞葉は思い出す。それはそれとして安川は彼女の言葉に今度は首を縦に振った

「それもある。魔力の多さやその流れ方は魔法の技量を知る一つの基準になるからな。だが俺たちは魔法だけで戦う訳じゃない。例えばその立ち姿から知れることも少なくない。姿勢や重心の整い方は体術方面の技量を知る助けになるだろう」

「なるほど」

 そう言われて先の冒険者を見てみるのだが、残念ながら体術に最低限以上の心得の無い三人にはあまり読み取れることは無いようだ。

「つまり大勢の人が集まった場では誰が一番強いかを知っておくのが大事ってことでいいのか?」

 周囲の人たちを観察しながらロロが尋ねる。

「少し違う」

 しかし再び安川は首を横に振った。

「誰がどのぐらい強いかを知るのが大事なんだ」

「誰が、どのぐらい……」

「まずありえないが例えばここに、そうだな、仮に強盗が押し入ったとしよう。その時にお前たちはどう動く?」

「強盗を倒す!」

「とりあえず距離を取る?」

「……え、えっとお」

「俺は強盗の相手をこれとあの男に任せて他のやつらの安全を確保する」

 ハクハクハクが答える前に安川が自身の考えを話し出す。

「もちろん例外なんていくらでもあるが、基本的には強いやつが危険に対処した方が確実だ。だとすればそれより弱い俺なんかは周りの助けに回った方が良い。その方がより大勢が助かるだろ?」

 彼の言葉に瑞葉は感心していた。実のところこの時まで瑞葉は安川が共に来たことに対してあまりいい気分はしていなかった。ロロや牛鬼が彼を誘ったとはいえここに来るまで彼の態度はあまり良かったとは言えず、体力も新人三人に劣る程度とどこに良い部分があるのだろうと思っていたのだ。しかし今、彼はより多くの人を助ける為にできることをすべきだと説いている。それは彼の冒険者としての在り方と新人への面倒見の良さを示していると感じられたのだ。ここまでの印象を塗り替えるとまでは行かずとも彼の考えは傾聴に値すると感じられた。

「味方も敵もその強さの判断が付けばより良い動き方ができる。要はそれを言いたかったんだろ? 変な禅問答なんてせずにもっと直接的に言ってやればいいんだ」

 呆れるように牛鬼に向かってそう言った安川だが、その言葉を受けた牛鬼は何やら気まずそうな表情をしている。

「……すまぬが、その話じゃなかったのだ」

 小声で申し訳なさそうに牛鬼が言う。

「確かに強さを知るのは大事なことだ、そこに異論はない。ただそれは大勢だろうが相手が一人だろうが変わることは無い」

「あー、確かに」

「大勢で集まる場ではその中での人間関係や力関係、互いの立場を見ることが大事だという話をしようと思っていたのだ。その中で部分的には力の強さも関係があるが趣旨とは少しずれている」

 牛鬼が話そうとしていたのは力の強さではなく大勢の人がいる場での立ち振る舞いに関する話だ。周囲の人が互いにどんな関係にあるのか、またそれぞれの立場や位はどうであるか、それらを読み解き適切な態度で振舞うことで余計な軋轢を生まずに済む。そして良い関係性を築くことや逆に敢えて遠ざけることもできるだろう。

「今の内から考える癖を付けておけば今後に役に立つだろうと思ってな、そういった話をしようと考えていた」

 つまり安川は横から口を出したはいいが本来のしようとしていた話とは少々毛色の違うものだったようだ。彼は口を真一文字に結んで頭を掻く。

「……そうかよ、話の腰を折って悪かったな」

 彼はそう言うと距離を取るように後ろへ下がった。

「あ……」

 瑞葉は何か言おうとして、しかし躊躇うように口を噤む。それでもと続きを口にしようとしたところで横からロロが何らの気負いもなくそれを口にした。

「安川さんの話、為になったぜ! ありがとう」

 安川は何も答えない。だがロロはそんなことは気にせず彼に向けて笑顔を見せる。瑞葉はそんなロロを見て悩んでいた自分が馬鹿みたいじゃないかと思った。だから彼女もそれに倣って頭を下げて声を出す。

「ありがとうございます」

 聞いているかはわからないが感謝の気持ちを持ったのならそれを伝えるべきだ、彼女はそう思った。隣でハクハクハクも何度も頭を下げている。そんな様子を牛鬼は満足げに見つめていた。


 時間になり村長の話が始まる。警備に携わってくれることへの礼から始まったそれに特筆すべき点は全くない。祭りの概要や日時、それから警備に関しての細かな話。時間、巡回ルート、問題があった場合にどうするのかなどの話が逐一なされていく。十数年も同じ話をしているらしく村長はこの話に関しては手慣れていて終わった後に疑問点は浮かばなかった。

「話を聞いている通りならそれなりに祭りを楽しむ時間もありそうですね」

「うむ、前回来た時もそうであった」

 巡回は合間合間に休憩時間が設けられており警備と言ってもずっと巡回する必要はないらしい。寧ろ村長としては存分に祭りを楽しんで夜空の美しい景色を堪能してほしいとのことだ。

「もう何十年、何十年も前になりますか。私がこの丘、この丘へ辿り着き星空を見たのは。星を見る星を見るのが昔々から好きでして私はあの美しい星空……、美しい星空をいつまでもいつまでも見ていたい。願わくは願わくは皆々様方にも気に入ってもらえると良いのですが」

 そんな結びの言葉と共に話は終わり、それから一同は巡回ルートの確認へ向かう。全員で全ての道を確認していくのだがどの道も危険な獣や魔物のいた痕跡は見られない。

「警備なんか必要ないんじゃねえか?」

「ああ、うちのボスもどうせ何も出ねえから気楽な仕事だって言ってたぜ」

 どこかの冒険者がそんなことを言う。周囲にあるのは小動物や虫の気配ばかり、村の周囲は至って平穏そのものだ。空を見上げれば木々の隙間から空が見える。夜になれば村長が見て欲しいと願う星空も見えるだろう。

「ちょっと気が抜けてきたかも。何も出ないのがいいことなのはわかってるつもりだけどね」

「そうだな。今回これの出番は無さそうだぜ」

 ロロは腰に差した剣を少しだけ抜いて刀身を見る。その銀色の輝きが今回は汚れることはないだろう。それが良いことだとはわかっていても、どことなく肩透かしな感は否めないようだ。

「今回の依頼は特訓期間だと思ってやるのがいいかもね」

 瑞葉もそれに近い感想だ。彼女は魔物と戦わずに済むことへ安堵も覚えているが、それなりに覚悟を決めて冒険者としてここに来ている以上は肩透かしを食らっているという表現が相応しい。

「ハクももうちょっと肩の力抜いたら?」

 ハクハクハクは二人と違って肩に力が入りっぱなしだ。ただしこれは獣や魔物がどうこうという話とは関係なく周囲に大勢の人がいる為に緊張しているだけだ。ただでさえ人見知りな上に冒険者や有志の村人の中に丙族は見当たらない。彼女に取って見知らぬ人のほとんどは自らに石を投げてくるかもしれないという偏った見方が当然の物になっている。故に彼女の緊張はそう簡単に解けはしないだろう。

 巡回ルートを歩きながらロロは他の冒険者を物珍し気に見ていた。彼らは志吹の宿に所属しておらず当然初対面の人ばかり。人となりもその力も全く知りようがない。考えてみれば依頼の場で自身と共に来た人以外の冒険者を見るのも初めてのことだ。興味は尽きない。

「……なあ」

 そしてもう一人、興味がある人物がいる。

「安川さんさっきから何やってるんだ」

 先ほどから安川は頻りに立ち止まっては指を鳴らして周囲を見渡している。明らかに不自然な動きだが手慣れた様子で行うそれは彼に取って当たり前の行為なのだろう。

「周りを見てるだけだ。何かおかしいか?」

「指を鳴らすのにはどういう意味があるんだ?」

「大した意味なんかねえよ。その方が覚えやすいだけだ」

「ふーん」

 ロロは自身も真似をして指を鳴らし始める。しかしあまりやったことがないのかかすれた音が鳴るだけだ。

「覚えやすいかあ……。難しいな」

「やめろやめろ、お前向きじゃない。あくまでも個人的な習慣だ」

「そういうもんか」

 二人は集団の最後尾を歩いている。瑞葉は二人が少し遅れて歩くのではぐれないか気にして歩いていた。足音の合間に声が聞こえ、偶に指を鳴らす音が響く。それが聞こえれば少なくともそう遠くない位置にいるのだろうと当たりを付けて前へ歩く。

「ロロは安川さんの何が気に入ったんだろ」

 傍を歩くハクハクハクに愚痴るように呟く。少しは見直す部分もあったが瑞葉に取って安川は未だ態度の悪い冒険者だ。そもそも面倒見が良い部分もあるとわかったのはナナユウの村に来てからであり、最初にロロが一緒に行きたいと思った理由はわからない。

「自分の報酬を渡してまでやること? 馬鹿だとは思ってたけど、何考えてるんだか」

「あぅ、えっと……」

 ハクハクハクは困ったように俯く。

「あ、ごめん。その、ハクを困らせるつもりは無くて……」

「だ、大丈夫、気にしてない、よ」

 気を遣うハクハクハクの姿を見ると瑞葉は自己嫌悪の念が湧き出て来るのを感じた。彼女は思う、そもそもなぜ自分は苛立っているのだろうかと。ロロが安川に取られたから? 安川の態度が気に入らないから? 安川が四等星で自分たちよりも上だから? 彼女は幾つか候補を考えたがどれも違うと感じていた。今の彼女はそれを言葉で表すことができない。

 パチン。

 指を鳴らす音が聞こえる。後方では安川が周囲を見渡している。私がこんなに悩んでいるのにあいつは何をしているんだ、瑞葉はそんなことを思うのは理不尽だとわかっていたがどうにも腹立たしさを感じていた。

「大体何やってるんだろ、あれ」

 瑞葉がそう呟くところを牛鬼は一歩引いたところから見ていた。その表情からは何を考えているのか読み解くことはできそうにない。

「村が村が見えました。巡回ルート巡回ルートは以上です。皆々様方への割り当てに関して割り当てに関しては事前にお伝えした通りです」

 いつの間にか全ての巡回ルートを回り終えたらしい。先ほどまであった僅かばかりの緊張感も途端に霧散して空気が弛緩する。

「明日より盛大に祭りが祭りが始まります。どうぞ皆々様方よろしくよろしくお願いします」

 村長が頭を下げる。そのままその場は解散となった。村に戻ると屋台がそこかしこに準備されていた。まだ何も商品は無く機材を運んでいる様子が見える。村のそこかしこには小さな祠や提灯が飾られている。中央広場には村長の言っていた織と彦と呼ばれる人を模した像が建てられている。

 祭りが始まる。

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