15.冒険者の憩いと懊悩
ショウリュウの都、志吹の宿。ロロ、瑞葉、ハクハクハクの三人が集まって食事をしていた。今日は先日に行ったトウボクサイの討伐依頼の成功を祝して宿で豪華な食事会らしい。卓上には毛獣のステーキや赤鱗魚と辛瓜の煮込み、山菜炊き込みご飯などが並んでいる。呆然とそれを見つめる瑞葉と涎を垂らすロロにハクハクハク、そんな彼らの前に何やら魚の丸焼きを載せた皿を持って崎藤が現れる。
「……まだ来るんだ」
瑞葉は大量に並んだ料理の数々にただただ唖然としている。
「ヤヤさんも気合入れてまだまだ作ってるからね。遠慮しないでよ」
ヤヤさんというのは志吹の宿の食堂を取り仕切るおばちゃんだ。小さい頃から見ていた子供たちが冒険者として立派に活動しているのを見て喜び勇んで料理をしている。
「でもこんなにいっぱい……、やっぱりお金払いますよ」
この会の発案者はロロなのだがその話を崎藤にしたところ料理の代金は全て崎藤が持つという話になっていた。
「流石にこの量は気が引けます」
「何言ってるの。これはお祝いなんだから。前もやったけどお祝いなんて何度やってもいいんだから。丁度宿も今は暇だしいいでしょ」
「そうだそうだ。崎藤さんが奢ってくれるって言うんだから俺たちは奢られるべきなんだ! ハクハクハクもそう言ってるぞ」
「え? あ、え? えっと……」
「ハクを困らせてどうすんのよ」
そんな調子で食事会もといロロ一行の依頼成功の祝賀会が始まる。ロロは毛獣のステーキ幾つも確保すると瑞葉は野菜や山菜を食べながら小言を浴びせる。その横でハクハクハクが次々と見境なく手近な料理を口の中へ放り込む。いつの間にか空になった皿があれば次の料理が載った皿がやってくる。時には何度か見かけたことのある冒険者が祝いの言葉と共に料理を摘むこともあった。崎藤もいつの間にか混ざっていたりして楽しい時間が過ぎていく。
三時間ぐらいは経っただろうか。料理はまだいくらか残っているが未だ食べる為に口を動かしているのはハクハクハクだけのようだ。瑞葉はとっくの昔に腹八分を過ぎてたまに小さな果物を口に放るぐらい。ロロは詰め込めるだけのものを詰め込んだのだが三十分以上前には何かを口に入れるのも嫌になるほど食べ切った。
「ハクは本当によく食べるね」
「ん、料理おいしい、よ」
言いながらハクハクハクは野菜の肉巻きをフォークで刺す。そしてそれを丸ごと口の中に放り込み幸せそうな笑顔を浮かべる。
「それおいしいんだ」
「うん。えっと、瑞葉ちゃんも、食べる?」
「いや、私はもうお腹いっぱいだからいいよ。好きなものがあるなら頼めばヤヤさんが作ってくれると思うよ」
「え……、ん、えっと、全部、おいしいから、大丈夫かな」
彼女の言葉は遠慮などではない。丙族は基本的に食べ物に関して好き嫌いが少ない。苦さも辛さも酸っぱさも彼ら彼女らは苦手としない。無論限度や個人差はあるのだが、ハクハクハクに関して言えば食べ物であれば食べられないものなど無いと言っていいほどに何でも食べる。そしてそのどれもが彼女を幸福な気分にするのだ。
「なあ」
先ほどまで青白く今にも吐きそうな表情だったロロが声を上げる。
「あら、もう大丈夫なの?」
「ああ、少し休んだら調子が戻ってきた」
「毛獣のステーキ頼みましょうか?」
「無理! やめて!」
ロロがどう叫ぼうが次の料理は運ばれてくる。そしてそれらはハクハクハクの胃に収まるのだろう。
楽しい時間が一段落ついた頃、宿を出た三人は適当に都をぶらつくことにした。
「まだ腹の中がいっぱいだぜ」
「あんたも結構食べたもんね。もうちょっと腹八分とかに気を遣ったらいいのに。ディオンさんも体調を万全にするのが冒険者の務めだって言ってたでしょ?」
「わかってるけどさあ、楽しむ時は目一杯楽しむのが俺のやり方だからな。ディオンさんが来てたらどっちが多く食べられるか勝負してたところだぜ」
ディオンは今回の食事会には不参加だった。ササハ村より帰ったばかりだというのに別の依頼を受けて出て行ってしまったのだ。彼の信条からして依頼を受けない選択肢はなかったのだろう。
「凄い体力よね。都に帰ってきたばかりなのにすぐ出てったんでしょ?」
「らしいな。俺も早くあんな冒険者になりたいぜ」
「……あんまり長く家に戻らなかったらナバスさん心配するんじゃない?」
ロロは自分が次々と依頼を受けて近隣の町村を飛び回る姿を想像する。その中でナバス、彼の父は今までと変わらず農場の仕事に精を出し家では貰った野菜を保存が効くように処理している。
「うちよりそっちだろ、樹々さんは心配性だしさ」
「……まあ、確かに」
「ハクハクハクは依頼に出る時に家の人に心配されたりしないか?」
「え……、えっと」
ハクハクハクは家に住まわせてくれている商人の姿を思い起こす。一年近くも無職同然で働きもしない彼女を養い続けた結果、かの商人の彼女に対する態度はかなり厳しい。もし突然帰ってこなくなったとしたらどう思うだろうか。ハクハクハクは想像する。
「あの、あんまり心配、してない、かも」
「そうなのか、放任主義ってやつだな」
ごくつぶしがいなくなったなんて言ってるかも、などとは流石に言えない。そんなことを言えばロロたちは誤解と共に怒りを覚えるだろう。ハクハクハクに取って商人は金も宿もなく彷徨っていた自身を少々の雑用をするだけで家に置いてくれた恩人だ。悪く言われるのは忍びない。
「えっと、でもね。お金、稼げたらね、恩返しするの」
「そうか。まあそうだよなあ。ここまで育ててもらってるもんな。俺も親孝行しないといけないな。帰ったら父さんの好きなもの聞いてみようかな。まあ今回の報酬じゃあんまり良いものは買えないけど」
今回の依頼の報酬は決して多いものではなかった。元々ササハ村はそれほど裕福な村ではなく出せる報酬にも限度があったし直接の被害がなく危急ということもなかったからだ。依頼奨励期間ということで追加の報酬もあったのだが元の額が少ない為に大したものではない。
「まあ五等星が受けられる依頼は報酬も少ないんじゃない?」
「そうかもな。俺はあんまり報酬自体には興味ないけど、それでもちゃんと生活できるぐらいは稼がないとなあ」
「私、は、もっといっぱい稼ぎたい、かも」
冒険者を目指す理由として金銭を挙げることはどちらかと言えば一般的なものだ。危険度の高い依頼、例えば魔物の討伐などは命の危険も伴う仕事であり報酬の相場は高い。例えば以前ツルバネという魔物がいた。三等星の冒険者が数人がかりでも返り討ちにあったその魔物、討伐依頼の報酬は数年間遊んで暮らせるほどの額だったという。無論、こういった依頼は稀なことだがそれでも一攫千金を夢見る者は後を絶たない。しかしロロと瑞葉は彼女の言葉に少し驚きを見せていた。
「ハクって結構俗物的なのね。あまり物欲は無いのかと思ってた」
瑞葉の見てきたハクハクハクという人物は買い物に行ってもその際に何か自分の物を買おうとすることはなかった。それ故に物欲が無く何か別の目的で冒険者になったのだろうと勝手に思っていたのだ。
「確かに金金金! って感じのイメージじゃないよな。見た目のせいかな」
ロロはじっ、とハクハクハクを見つめる。フードを被った彼女はその上からでもわかるほどに華奢で弱弱しい。そして見つめられるのが恥ずかしいのか更にフードを深く被る。ロロはそれを気にせずしばらく見つめた後にあっ、と声を上げた。
「めっちゃ食べるしお金があれば好きなもの食べ放題じゃん。そういうことだろ」
「あー、成程」
ハクハクハクの食事量は食欲旺盛と言われる丙族の中でも特に多い。故に食費だけでも相当な出費で世話をしている商人が彼女に辟易する主な理由の一つでもある。そんな彼女がお金が欲しいと言うのだ、二人はそんな理由だろうと勝手に納得したのだった。
「それじゃあどんどん依頼を受けて稼がないとな。俺たちもいつまでも親に世話をかけてるようじゃ駄目だろ」
「そうね。次はどんな依頼を受ける?」
「何でもいいんじゃないか? ササハ村の依頼は完璧にこなしたし今の俺たちは無敵だぜ」
「む、無敵、だぜ」
瑞葉は危うく二人に水を差すようなことを言いかけたが口を噤む。ロロだけが相手ならそんなことはなかっただろうがハクハクハクがやる気になっているのは珍しいので敢えてその空気を維持したのだ。
「それじゃあ明日にでも崎藤さんに聞いてみようか。悪いけど今日はもう動けない足手まといがいるし」
その視線はロロに向いている。
「いや、歩いたからだいぶ腹ごなしはできてるぞ」
「どうでしょうね。どっちにしても体調は万全にしないといけないし今日は早く休んで明日にした方が良いと思うわ」
今日はササハ村から戻ってきたその翌日に当たる。慣れない行軍で三人の身体にはまだ疲れが残っていた。特に瑞葉は乗り物酔いもあったので疲労が抜けきっているとは言い難い。
「ハクハクハクはどう思う?」
「え、っと、瑞葉ちゃんの言うとおりかな、って」
「じゃあ今日は休んで明日にしよう。無理は良くないよな」
それから三人は冒険用品店を見て回ったり買い食いをしたりと都を見て回りそれぞれ帰途に就く。
ロロが家に帰ると彼の父、ナバスが椅子に座って洗った唐辛子の水気を取ってざるに投げ入れている。
「ただいま。もう唐辛子の時期だっけ」
「帰ったか。お前は毎年同じことを言ってるな」
ロロがそう言われて思い返すと去年は学校から帰った時に同じようにしていた父に同じことを言ったことに気付く。
「どうも覚えられないんだよな。今年はどうするんだ? 去年は油に漬けてたよな」
「今年は半分は油に漬けて残りは粉末にする。樹々と上代がその方が便利が良いと言っていた」
「あー、そう言えば瑞葉がそんなこと言ってた気がする。何だったかな、確か上代さんが何にでも振りかけるから何作っても真っ赤になるとか言ってたんだっけ」
言いながらロロは乾いた布巾を手に取って父の向かいに座った。濡れた唐辛子を手に取り布巾で水気を取っていく。しばらく会話もなく作業の音だけが家の中に響く。
「今日は、どうだった」
不意にナバスがそう言った。あんまり突然な上に言葉足らずなのでロロはしばらく何を言っているのか分からなかったが、手に持った唐辛子を三度ざるに入れる頃には質問の意図を理解していた。
「楽しかったよ。崎藤さんとヤヤさんがいっぱい料理作ってくれてさ。毛獣のステーキは高いって前に言ってたのにそれも出してくれたし、他にも赤鱗魚とか山菜の炊き込みご飯とか、食後に華桃もあったんだぜ? 華桃って確か高級品だったよな」
「そうだな」
「だよな。凄く良くしてもらってるんだ」
ざるが唐辛子でいっぱいになるとナバスは立ち上がりそれを手に持つ。外の風通しと日当たりの良い場所で干しておくつもりのようだ。ロロは部屋の隅にある棚から新しいざるを持ってきて再び唐辛子の水気を取り始める。残っている唐辛子の量はそう多くなくこのざるがいっぱいになればこの作業も終わりになると見えた。小さな頃から彼はこんな風に父の仕事を手伝っていた。最近は冒険者として活動する為に外へ出ている日が多く随分と頻度は減ってしまったが、それでも時間があれば父が農場から持ち帰った野菜の下処理をする日々だ。
「無理に手伝わなくともいいんだぞ」
いつの間にか戻ってきていたナバスがそう言った。
「お前は冒険者なのだろう? 農場の下働きでしかない俺の手伝いをする必要はあるまい」
それは不器用な優しさだ。今日などはただ仲間と一緒に食事をして買い物をしてと疲れなどないが、依頼を受けてくれば帰ってくる頃には疲れも溜まっている。それならばゆっくり休んでもいいと言ってくれているのだ。
「冒険者って言ってもまだまだだよ。最初にフクレドリの討伐をした時もササハ村でトウボクサイを討伐した時も俺一人じゃ大したこともできないんだって思ってさ」
「お前はまだまだ子供だ。これからだろう」
「まあな。すぐに一人で依頼をこなせるぐらい強くなるつもりだけど。……いや、そういう話じゃなかった」
元々何の話をしようとしていたのかと考えロロは一瞬黙り込む。目の前には布巾に包まれた赤い唐辛子があった。
「……俺さ、こうやってる時間も結構好きだよ」
「唐辛子を拭くのがか?」
「それ自体は別にそうでもないけど。こうやって父さんと話しながら何かしてるのは家にいるって感じで落ち着くっていうか……」
しばしの間ロロは続く言葉を探す。ナバスはヘタの隙間まで丁寧に水気を取りながらたまに視線をロロの方へ送っている。ある時に二人の視線がぶつかった。その時にロロは徐に口を開く。
「俺はかっこいい冒険者を目指して頑張るけどさ、こうやって父さんと話する時間も作りたい、んだと思うぜ」
「……そうか。なら無理しない程度にやるといい」
それからロロはササハ村での依頼の話をし始めた。昨日もした話だったがまだまだ語り足りないようで今日は細かな部分まで振り返って長々と話している。ナバスはそれを小さな微笑みを交えながら聞き続けていた。
瑞葉は自らの家の前に一人立っていた。それは別に彼女が家に入れない事情を持っているわけではない。最近、彼女は自らの家に入る前に儀式のように言葉を頭の中で繰り返している。
私は家ではハクハクハクの話をしない。依頼についても丙族が関係する部分は嘘をついたり話さないで誤魔化す。二人に余計な心配をかけそうなことも言わない。今日あったことは祝賀会でロロと五等星のハクという女の子と一緒に色んなものを食べた。ハクは大食いで……、いやこのことは隠しておこう。丙族に話が飛ぶかもしれない。辛瓜の煮込みがおいしかったぐらいにしておこう。その後は買い物をして……。
「よし」
話すべきこと、話さないべきことを整理し終えると彼女はドアを開けて家の中へ入っていく。
「ただいま」
玄関からその先に連なる廊下に人影はない。
「おかえりー」
声が聞こえてきたのは奥にある居間からだ。その声は彼女の義父である上代のものだ。瑞葉は呼吸を整えて居間へ向かうと新聞を読んでいた上代は瑞葉の足音に顔を上げた。
「早かったね。僕は晩御飯も食べて帰るのかと思ってたよ」
「お昼にいっぱい食べたから外で食べようって気分でもなかったし、ロロも食べ過ぎてお腹が苦しいって言ってたし」
「晩御飯いらないの?」
料理をしていた樹々が振り返って尋ねる。
「ただいま。晩御飯は食べるよ。少な目でいいけど」
「そう? いらないなら別に食べなくてもいいのよ?」
「食べるよ。私はお昼も腹八分で済ましてるから大丈夫」
「じゃあちょっと待っててね」
樹々が作っているのは夏野菜のごった煮のようだ。農場で貰ったトマトをベースにしたもので彼女らの家ではこの時期の定番でもある。鍋から漂う香りは食欲を刺激し食事の時間も待ち遠しくなるだろう。手持無沙汰な瑞葉は椅子に座り義父の持っている新聞の文字を目で追っている。
「読むかな?」
彼女の視線に気付いた上代は新聞を閉じて瑞葉の方へ差し出す。
「面白い記事あるかな」
「どうだろうね」
瑞葉は新聞を受け取ると表紙を飾る一面をじっと見た。そこにはショウリュウの都から馬車で数日ほどの所にある村で魔物を討伐した冒険者の報せが載っている。ヒャッキャクサソリというかなり危険な魔物で村を覆う柵を破壊し多大な被害を出したが最後は数人の三等星によって討伐されたようだ。彼女は自身もいずれはそんな危険な魔物と戦うことになるのだろうかと思うと身震いする。頁をめくればまた別の話題が目に入る。冒険者の活躍を報じるものや都であった行事のこと、周辺の観光案内なんかもある。
「そういえば瑞葉ちゃんはナナユウの村は知ってたかな」
「ナナユウ? いや、聞いたことない、かな」
瑞葉は改めて記憶を探るがやはり覚えはなかった。
「今度祭りをやるんだよ。実は前に行ったことがあってね。結婚するより前だから結構な昔なんだけどそこに祭りの報せがあったから懐かしくてさ」
言われて新聞を読み直すと中程の周辺での行事の告知に確かにそれは載っていた。
「星見祭り?」
「そうそう。丘の上に村があるんだけどあそこで見る星は凄く綺麗なんだ。七月七日が祭りの本番だったかな。あの日は村中の灯りを消して星だけを見る日になっててね。少しの灯りでも星の輝きを損ねるからって言ってたかな」
瑞葉にはあまり星を見る習慣はない。彼女にとっては星がよく輝いている日は夜道が多少明るくていいという程度の認識だ。
「あと何だったかな。確か願い事が叶うとかなんとか」
「願い事?」
「確かね。星に願いを届けるとか、こんな小さな紙に願い事を書いた覚えがあるよ」
本の栞にでもされそうな小さな四角。瑞葉はそんな紙に書くだけで願いが叶うなら都合の良すぎて羨ましいなと皮肉っぽく心の中で毒づいた。ただ、一方で、彼女はもし自分がそこに行くのならそんな都合の良く行くことを願って願い事を書くのだろうと思った。
「出来たわよ。食べましょう」
先ほどから作っていた夏野菜のごった煮、彩りの良いサラダに丸形のパンが食卓に並ぶ。そしてあっという間に皿は空になった。家族三人の団欒の時間が過ぎ夜も更けて来る。欠伸が出て目を開けるのが億劫になってきたところで瑞葉は先に寝室へ向かった。彼女はそのまま寝ようかと思ったがその前に一冊の絵本を手に取る。古く表紙が擦り切れたその絵本は彼女の宝物だ。
「……願い事、か」
彼女は一字一句に至るまで暗記してしまったその絵本をぱらぱらとめくる。ただの冒険者だった者が世界を救う英雄に成る物語。
「私はかっこいい冒険者になる、人を守れる冒険者に。誰かを守れる冒険者こそが英雄だもんね」
彼女の呟きは夜の闇に溶けて消えて行った。
ハクハクハクはとある古物商の店の前にいる。店の入り口は開いていて中には年代物の箪笥や傷の付いた鎧、三世代は前の魔力灯など様々な物が置いてあるのが見える。客の姿は見えず店主が奥で腕を組んで座っている。ハクハクハクは自身の姿が見つかる前に店の横の路地へと入っていった。その先には店の裏口がある。
裏口の戸を開け中に入ったハクハクハクは入ってすぐの棚に置いてある鈴を二度鳴らした。これは彼女が帰った時の合図だ。丙族である彼女が店内に姿を見せることをここの店主は良しとしていない。それで帰った際には必ずその合図をして知らせるように言われている。ハクハクハクはそのまま奥の物置の方へと向かった。
物置の一角は簡素なベッドがあり、その周辺はハクハクハクの生活空間となっている。もっとも大したものなど無く彼女の着替えや依頼に行く際の装備があり、後は息が詰まらない程度に物が避けられているだけだ。肩掛けの鞄を売り物にならないほど傷だらけの押し入れに投げ込むと彼女はベッドに横になる。
「疲れた、な」
彼女に取ってこの一か月ほどは慣れないことばかりで疲労が溜まっている。ロロに誘われて冒険者として活動する前の一年間、彼女の毎日はこの店にいるか外に出て丙自治会の集会所の前をうろつくだけだった。今は都から数日かかる村にまで行って帰ってきたのである。
「……みんな優しい、な」
彼女は人の善意によって生かされている、そう強く感じている。冒険者に復帰できたのはロロが誘ってくれたからだ。一緒にいる瑞葉も何だかんだハクハクハクを受け入れてくれている。宿の人たちも彼女を差別することなく他と同じように扱い、共に依頼に向かえば問題が起こらないように気を遣ってくれるのだ。ゴウゴウは孤児となり寄る辺の無かった彼女を引き取って世話をしてくれた。この店の店主はろくに働きもしなかった彼女をここに住まわせてくれた。
「恵まれてる……、恵まれすぎ、だ」
そんな人々の善意が彼女には重たく感じられている。自分は駆け出しの冒険者で、共に依頼を受けた仲間を殺しかけ、人々から恨まれる丙族だ。彼女は心の中で自らに何度もそう言い聞かせる。
「私は、いつか、英雄に……」
遠い未来を彼女は思い描く。
三者三葉の夜を過ごした彼らは今日再び宿にて出会う。当然、次なる依頼を受ける為だ。
「もう疲れは取れたのかい?」
「俺はばっちりだぜ」
崎藤の問いにロロは拳を握って大きな声で答えた。
「私も問題ありません。昨日は御馳走も頂きましたし」
瑞葉はロロのうるさい声に片方の耳を塞ぎながら答える。
「わ、私も、大丈夫」
ハクハクハクは両の手を胸の前で握り頷きながら答える。
「それはよかった。なら少し待っててね」
崎藤は十数枚ある依頼書を取り出しその中から彼らに受けさせても問題の無い依頼を取り出す。
「今ある中だとこの二つかな」
一つは南方にある丸盆の町での工事現場周辺の警備。もう一つは北方にあるナナユウの村で行われる祭りの警備だ。
「両方警備なのか」
「そうだね。魔物の討伐はちょっと君たちに任せられないぐらいのやつしかなくてね。ここ数日は護衛の依頼も来ていないし」
「それってどんな魔物がいるんだ?」
「ムツアシグマとかソウガジュウだけど、わかるかな?」
実際にはクビナシトラの討伐もあるのだが、崎藤はハクハクハクに配慮してそのことは黙っている。彼は大人で徒に心の傷を刺激することはないと弁えている。それはそうと尋ねられた三人は魔物の名前からその特徴を思い出そうと考える。
「瑞葉、わかるか?」
いや、ロロは考えるまでもなく諦めていた。
「考える素振りぐらいしたら?確か足がいっぱいある熊みたいなのと……、何だったかな」
「えっと、確か、が、牙獣を引き連れて、襲ってくるやつ?」
「あ、たぶんそれだ」
その答えに崎藤は小さな拍手を送った。
「正解、二人共よく勉強してるねえ。まあこの二体はかなり危険な魔物でね、どちらも五等星の冒険者には案内できないんだ。今ある依頼はとりあえずさっきの二つだけだよ。もちろん落し物の捜索や家の掃除なんかの依頼はたくさんあるからそっちでも構わないけど」
宿に来る依頼のほとんどは生活の中での小さな困り事だ。魔物が引っ切り無しに人々を襲ってくるようなら冒険者などでなく軍隊の出番なのだから。
「どうする? 警備の依頼受けるか?」
改めて三人は依頼書を見つめる。今回の依頼は特定の魔物などを相手にするわけではない。工事や祭りの期間中に労働者や祭りを楽しむ市民が周辺の獣や魔物に襲われないように警備するのが仕事だ。そしてその期間は今までに受けたものよりも長い。
「工事は三週間、祭りは二週間か」
警備の期間は当然工事や祭りの期間に準ずることになる。工事の方は実際にはもっと長いのだがその中で長期間同じ冒険者を拘束するのも良くないだろうと三週間ごとに依頼を出し直しているようだ。祭りは期間が約二週間あるのでその間はずっと警備業務に携わることになる。
「受けるなら祭りの方かな? 二週間だし」
「まあ私らには短い方が良い、気はするかな」
「んー、ん……」
これまでに彼らが受けた依頼はいずれも移動期間を除けば一日二日で終わるものばかりだった。それでこの長期に渡る依頼に対して若干の不安を覚えている。
「二人は二週間とか家を空けて大丈夫なのか?」
不意にロロがそんな風に尋ねた。彼らはまだまだ子供で冒険者として活動し始めたと言っても親の庇護下にある。
「うちの父さんは全然問題ないと思うけど、樹々さんは結構心配しそうだろ」
「あー、どうだろう。祭りの警備ならそんなに危なくなさそうだし大丈夫かな? ハクはどう? 家の人は大丈夫?」
「えっと、たぶん、大丈夫、かな」
「そっか。じゃあ私一回帰って聞いて来る。大丈夫そうだったら三等星の人も探して祭りの警備を受けよう」
瑞葉はそのまま宿を出て家の方へと走って行った。
「俺たちはどうする?」
「え、っと。どう、する?」
立ち尽くす二人。瑞葉が戻ってくるまで一時間ほどだろうか。その微妙な時間をどう過ごすべきか互いに顔を見合わせるばかりでいい案など出はしない。
「飲み物ぐらい出すからそこで座って待ってるといいよ。ちょこちょこ他の人たちも来るだろうし一緒に祭りの警備をできそうかどうか予定を聞いておけばいいんじゃないかな」
そんな二人に崎藤が助け舟を出す。或いは受付の前でじっとされて邪魔だったのかもしれない。
「じゃあそうするか」
ロロの声にハクハクハクが頷く。
三十分ほどが過ぎた。瑞葉はそろそろ家に着いた頃だろうか。宿は閑散としており偶に観光客らしい人が二階から降りて出て行く程度でラウンジはロロとハクハクハクの貸し切り状態となっている。
「そういやハクハクハクは唐辛子って好きか?」
「え? ん、えっと、食べるよ」
「俺、っていうか俺と瑞葉が農場に家があるのって言ったっけ? まああるんだけど、それで父さんが農場で働いてて、そこでできた野菜とかよく持って帰るんだよ。それで昨日は唐辛子持って帰っててさ、今は家の外で干してるとこなんだよな。今年はそのままのと粉末にして使おうって昨日話したんだけどさ、俺も父さんもあんまり量は使わないんだよな。だから好きなんだったらちょっと持ってこようかなと思ってさ」
「え、っと」
ハクハクハクはロロから飛び出た言葉の洪水をどうにかこうにか飲み込もうと必死のようだ。
「唐辛子、は、確か、好きだから、貰えるなら嬉しい、かも」
「確か? ……あ、家族の好みか」
「そ、そんな感じ」
実際には家族ではないためハクハクハクはお茶を濁すような返事をした。ロロはそれに気付かなかったようだが。今までのところ彼女は孤児である事実をロロと瑞葉に隠している。初めは言うタイミングを逃しただけだったのだが、今となってはそんなことを言って二人に同情や憐みを覚えられるのを嫌に思って黙っているようだ。
「家族の好みって確かにあんまり覚えてないよな。俺も父さんの好きな物とか聞かれてもあんまり答えられないかも。何だったかな、ジャガイモのスープが好きって言ってた気がするな。ハクハクハクは何が好きなんだ?」
「んー、ん。えっと大体何でも、食べれるかな」
「あー、そう言えば昨日も出てきた料理は何でも食べてたよな。ササハ村でも凄かったし。何であんなに食えるんだ?」
「え、わ、わかんない」
二人の間ではそんな他愛もない会話が為されていた。やがて冒険者が一人、また一人とやってきたがどちらも四等星のバッジを胸に着けており残念ながら依頼を受ける要件を満たすことはできないようだ。一人は依頼の報酬を受けるとそのまま宿を出て行き、もう一人は一息つこうとラウンジを見渡し二人から離れた場所へと座った。
「あんまり見ない人だな」
ロロは小声でハクハクハクにそう言った。そう言われてちらっと一瞬ハクハクハクもその冒険者に目を向ける。後ろ姿で顔はわからないが髪は短く体付きからは男性のように見える。丙族には見えないにも関わらず薄手のコートを羽織っておりこの時期にあまり似つかわしくない姿に見える。
「四等星ってどのぐらい依頼をこなしたらなれるんだろうな」
ロロは早々に男への興味を失ったようで自分の胸に着けたバッジを見ながらそう言った。五つの突起を持つ星型のそれは彼が五等星の冒険者であると示している。
「本で読んだんだけど一等星だと丸くなるんだよな」
「そう、だよ。えっと、一等星は、その……、一番上だから、完全、を、示す円になるって」
「そうだったっけ。そうだったかな。早いところそうなりたいんだけど、まあまずは四等星になるところからだな」
「うん。……あのね、四等星になるには、いっぱい依頼を成功させて……、えっと、一人で依頼を、こなせるって、は、判断されたら、いいって聞いた、よ?」
「一人でかあ。そう言えば四等星になったら一人で依頼を受けられるのか?」
「そう。だ、って」
五等星の冒険者は五等星を三人と三等星以上を一人と最低でも四人以上でなければ魔物の討伐などの依頼は受けることすらできない。しかし四等星からは一人でもこれらの依頼を受けることが可能となる。これは冒険者が四等星からが一人前とされる理由の一端でもある。
「まあ俺たちは四等星になっても一緒にやろうぜ。せっかく仲良くなったのにわざわざ別々にやる理由もないだろ」
「うん! え、っと、よろしく、お願いします?」
「おう、よろしく」
そんな会話からしばらくして瑞葉が宿の戸を開けて入ってくる。彼女はすぐにロロたちを見つけてそちらへ向かう。
「どうだった?」
「大丈夫だった。上代さんが昔行ったことあるところらしくて説得してくれたよ。時間があれば祭りを楽しむといいって言ってた」
「へえ、そういや上代さんって結構色んな所を旅してたんだっけ?」
「まあ行ったのは随分前らしいから今も同じ感じの祭りなのかはわからないけどね」
二人の会話にハクハクハクは置いてけぼりになっている。それを察した瑞葉は席について若干躊躇いがちに呟く。
「えっと、ね、上代さんって言うのは私の、まあ……、私のお母さんの結婚相手だよ」
「……あ。お、父さん」
「……まあ間違いではないかな」
歯切れの悪い瑞葉にハクハクハクは首を傾げる。それから何か悪いことを言ってしまったのだろうかと俯いて思い悩む。
「気にしなくていいぞハクハクハク。父さんって呼ぶの嫌がってるだけだから」
「ロロ」
「言っとかないと誤解されるだけだろ。上代さんと瑞葉は血が繋がってないんだよ。本当の父さんは随分前に亡くなってさ」
「あ……、え、ごめ」
「謝らないで」
謝ろうとしたハクハクハクを瑞葉は制する。
「ハクは何も悪くないというか、その、私の勝手なこだわりで謝らせる感じになってすごく悪いことをしてる気分になるから」
実際今の瑞葉は罪悪感で胸がいっぱいだ。
「……別に上代さんのこと嫌いなわけじゃないんだよ。ただ単にほんの少しだけど父さんの記憶があるから……。なんとなく、そう呼びたくないだけ」
気まずい空気が流れる。瑞葉は決して意図したわけではなかったがこの空気を作ったのが自分であると自覚していた。それでどうにかそれを払拭しようと思ったのだが。
「え……、あ、のね。ほらさ……」
何も言葉が出てこないようだ。仕方なくロロが何か適当に話を変えようとした時。
バタン。
宿の戸が勢いよく開いた。
「あ、ミザロちゃんお帰り」
「……ええ、ただいま」
中に入ってきたのは宿の看板娘兼二等星の冒険者であるミザロだ。そしてその後ろには牛鬼が控えている。
「今回の依頼はどうだった? 怪我はしてない?」
「問題ありません。私がそんなへまをすると?」
「あ、いや、そういう訳じゃないんだけどね」
「……まあいいでしょう。今回の依頼ですが」
ミザロはそのまま崎藤に依頼の報告をし始める。手持無沙汰な様子の牛鬼は三人の姿を見つけるとミザロから逃げるようにしてそちらへ向かった。
「牛鬼さん久しぶり」
ロロが最後に牛鬼を見たのは数日前だが、その際はミザロと共に依頼に出て行く姿を見ただけで直接話したのはもっと前になる。
「む、そうだな。久しく会ってなかったやもしれん」
「依頼帰りですか?」
「そうだ、ミザロに連れられてな。それでだ、実は頼みがあるのだ」
「頼み?」
唐突なその言葉に三人は心当たりなどない。そもそも牛鬼という男は人にあまり頼み事をするような性質ではないのだ。大抵の物事は自身の力で何とかするのである。その彼が五等星の冒険者に頼み事をするとはどんなに切羽詰まった事情があるのだろうか。三人は思わず身構えて次の言葉を待った。
「依頼に連れて行ってくれ。何でも良いのだ。そちらにも悪いことではないだろう?」
その言葉はあまりに意外で誰も返答できなかった。しかし牛鬼は必至の形相で冗談には思えない。
「どうなのだ? 宿にいるのだ、依頼に出るつもりはあるのだろう? それに連れて行ってくれ、頼む」
牛鬼は重ねて頼み込む。その際に頻りに後方のミザロの様子を気にしているのが見て取れた。
「ミザロ姉がどうかしたのか?」
ロロの言葉に牛鬼は一瞬固まる。やがてミザロがこちらを見ていないのを確認し、それから辛うじて聞き取れる程度の小さな声で言った。
「あれの仕事ぶりにはついて行けんのだ。ここしばらく共に依頼をこなしていたが流石に付き合い切れん」
「……つまり私たちの依頼に同行することになったからってミザロさんの誘いを断ろう、と?」
牛鬼が無言で小さく頷く。
「どうする?」
「どうするも実際俺らも誰かしら一緒に行く人は探してたしな」
「ハクは?」
「わ、私は、その、誰でも、いいかな。……あの、へ、丙族、私、丙族だけど、その、大丈夫で、すか?」
「構うことはない。寧ろこちらがお願いしている立場だ」
「じゃあ頼もうか」
「そうだな。牛鬼さん、一緒に依頼に行こうぜ」
ロロが親指をぐっと親指を立てる。牛鬼もふっ、と笑みを浮かべて同じように親指を立てた。そんなことをしていると話を終えたミザロが依頼書を片手にやってくる。
「牛鬼さん次の依頼ですが」
「む、ミザロ、すまないが次の依頼は一緒に行けぬのだ」
「何か御用ですか?」
「ああ。今な、ロロたちと話をしていたのだが次の依頼を受けるのに一緒に行く冒険者を探していたもので、今しがたその誘いを受けたところなのだ」
その言葉を受けてミザロは……、何も言わない。無言でじっと牛鬼を見つめている。緊張が走る、が、彼女が怒ったりなどしていないことは付き合いの長い者にはわかっている。
「……そうですか。でしたら仕方ありませんね、他の誰かを探すとしましょう」
「ああ、すまぬな」
ミザロはさっさと宿を出て行く。おそらく依頼に同行できる者を探しに行ったのだろう。
「……ふう、どうにか助かった」
「そんなにきつかったんですか?」
「命が幾つあっても足りんな。流石に一度体を休めねば身が持たぬ」
「牛鬼さんにはいつも迷惑をかけるね」
後ろから声をかけたのは崎藤だ。その手には牛鬼への報酬が握られている。
「今回の依頼の報酬。ミザロちゃんについて行ける人って限られてるから助かるよ。これ誉め言葉だからね」
「あれに振り回される身としては素直に喜べんな」
牛鬼は腕を組んで嘆息する。
「なあ、二人が行ったのはどんな依頼だったんだ?」
ロロは興味津々といった体で尋ねる。少し考えて話しても問題ないと判断したのだろう、牛鬼は咳ばらいをして話し出す。
「……凍湖シンシンの国との境に氷嶺の町というのがある。あの付近で大角猫の角や毛皮が密輸されているという噂があったのだ。あの町は大した産業がないがそれらを輸入して各都に売ることで生計を立てている、故に大きな問題となっていた。確たる証拠が無いようで警察などは動かなかったようだが。ともかく我らは初め現地の調査団と共に行動し周囲の調査をしたのだが。まあ細かい話を省くと、最終的にミザロが一人で本拠地に乗り込んで壊滅させたのだ」
「一人で? 相手はどのぐらいいたんだ?」
「二十人ほどだな。大規模な集団だった。後から見分したところ相手には三等星相当の実力者もいたようだ。崎藤は知っておろう、数年前にここを出て行った銀斧のリュウキを」
「さっきミザロちゃんから聞いたよ。まさか密輸組織にいるとは思ってなかったねえ」
銀斧のリュウキ、彼は数年前まで志吹の宿の冒険者だった。銀髪の彼はそれに合わせて銀色の輝く斧を手に多くの魔物を討伐しあっという間に三等星まで駆け上がった。その実力を疑う者はなくいずれは二等星にと期待される逸材だったのだが、彼は精神性に大きく問題があった。
「三人は知らぬだろうが、銀斧のリュウキといえば当時は知らぬ者はいない程の冒険者だったのだ。単身でヒャッキャクサソリを二体も倒した話は今でも話題に上ることがある」
瑞葉は昨日に見た新聞の一面を思い出した。同名の魔物を三等星が数人がかりで倒したという記事を。そんな魔物を単身で二体討伐するというのは並の実力ではないことが伺える。
「しかしやつは道を誤った」
牛鬼の語気が強まる。
「山間にあった村で魔物を討伐した奴は村人を脅し金品を強奪した。それが元でやつは冒険者の資格を剝奪され一時は牢に入れられていた。刑期を終えてやったことがこれということはその性根ごと腐っていたのだろう」
牛鬼は心底軽蔑するような表情でそう言った。しかしそこでロロたちの表情が呆気に取られたようになっているのを見て落ち着きを取り戻す。
「……と、話が逸れたな。ともかくミザロは見事にそういった奴らを一人で叩きのめしたのだ」
「すげえな、流石ミザロ姉だ」
「……牛鬼さんはどんなことをしていたんですか? なんか話だけ聞いてると同行者とかいらないんじゃないかって気になるんですけど」
瑞葉が尋ねる。確かに彼の話は要約するとミザロ一人で密輸組織を壊滅させましたで終わっている。ならば一人で依頼をこなせばいい。しかし先ほどそのミザロは牛鬼に依頼への同行を依頼し、断られると他の者を探しに出て行ったではないか。
「簡単な話だ。ミザロは一人で密輸組織を壊滅させることができるが、一方で本当に一人ならまだ密輸組織は残っているだろう」
「ん、どういうことだ?」
禅問答のような言葉にロロは混乱する。瑞葉とハクハクハクはその言葉を受けて何か答えを探そうと考えている風だ。
「ミザロちゃんって苦手なことはとことんできないからねえ」
「……もしかして」
崎藤の呟きで瑞葉は答えに思い至ったらしい。
「密輸の証拠とかを集めたのとかが牛鬼さんなんですか?」
「うむ、そうなる。ミザロに任せてもいずれは辿り着いたのだろうが、しかしあれは魔法による調査などはほとんどできんのだ。魔物が居座っているのを退治するような依頼なら一人で行くのだろうが、事前調査が必要な際は誰かしら連れて行っている」
「適材適所ってことですね」
「そういうことだ。一人で戦えるからといって一人で戦うことが良いとは限らん。己の強みと弱みを知ることでより良い道を選ぶことができる、ということだ」
冒険者の先達である牛鬼の言葉は三人に深く響いたようだ。その言葉を噛み締める様にして己の中に刻み込む。
「さて、そろそろ依頼の話をしよう。どこへ行くのだ?」
ひとしきり話すべきことを話したのだろう、牛鬼はそれまでの話を打ち切って仕事の話を始める。
「確か祭りの警備だったね」
崎藤が依頼書をテーブルに置いた。
「ナナユウの祭りか。ふむ、久しぶりに行くのも悪くないな」
「行ったことあるのか」
「もう何年も前になる。あの時も警備で行ったが休憩時間は祭りで賑わう村の中を見て回ったりしたものだ」
「祭りを回れる時間もあるんですね。お土産とか買って帰ろうかな」
瑞葉はまだ見ぬ祭りの様子を想像しているようだ。屋台はあるだろうか、それは何をしている屋台なのだろうかと。しかし何を売っているのかは靄がかかったようにわからない。彼女はショウリュウの都以外の町をほとんど知らず祭りでどんなものを売るのか想像もできなかったようだ。対してロロは欲望に忠実というべきか、おいしい食べ物の屋台がいくつも並んでいるところを想像している。
「ハクハクハク、休憩時間に屋台の食べ物全部制覇しようぜ」
「え、あ、そ、そうだね」
そこまで時間があるかはわからないが、と言うのは野暮だろう。
牛鬼が同行することが決定しあとはいつ出発するかを決めるだけと三人は思っていた。しかし牛鬼はある一点を見つめたまま何事かをずっと考えているように見えた。その視線の先には男の背がある。
「……折角の祭りならば大人数の方が良い。そう思うだろう」
唐突に放たれた言葉にロロたちは戸惑いながらも答える。
「まあ? そう、だよな?」
「まあお祭りは大勢いるから楽しいって部分もあると思います」
ハクハクハクが同意するように何度か頷く。
「やはりそうか。そうだろう。となれば」
牛鬼が急に立ち上がる。その凛とした立ち姿には力があり一本の巨木を思わせる。彼は息を大きく吸って、声と共に吐き出す。
「安川!」
宿中、いや宿の外にまで響く声だ。呼ばれた当人、四等星の冒険者、薄手のコートを羽織った男はゆっくりと牛鬼たちの方を向く。その表情は明らかに渋々といった様子で嫌がっている様子を隠そうともしない。
「何ですか牛鬼さん」
「お前も共に来るのだ。ナナユウの祭りの警備だ、人手がある分には困るまい」
「……いや、俺は別に行きたく」
「奴は四等星だが小器用でな」
渋る安川を無視して牛鬼は三人に話しかける。
「普段はあんなくたびれているが仕事ぶりは真面目な奴だ。それに祭りは夜だ、そうとなれば役に立つ」
「は、はあ」
瑞葉はどう答えていいのかわからず気の抜けたような声だけが出る。安川は変わらず不満そうな表情を崩そうとはしない。しかし牛鬼は決定事項であるかのように振舞っている。新人でしかない彼女はそれに対してどんな反応をすれば良いのか悩まざるを得ない。ハクハクハクも同じように戸惑っており視線が落ち着きなく彷徨っている。
「三等星以上じゃないと五等星と一緒に行けないんじゃないのか?」
ただ一人ロロは漂う空気を気にすることなくのんきにそんな質問をしている。
「問題ない。あくまでも五等星が依頼を受けるのに三等星以上が必要というだけで、それさえ満たせばついでに四等星が入ろうと関係はない」
「あー、そういうことか」
ロロは納得したように頷くと、唐突に立ち上がり歩き出す。向かう先はいつの間にか皆から背を向けて蒸し饅頭を頬張る男の元。
「初めまして、でいいのかな」
返事はない。
「とりあえず、初めまして」
やはり返事はない。瑞葉が止めるべきかと思案し始める。
「初めまして!」
無駄にでかい声だ、しかし返事はない。男は面倒に巻き込まれるのは嫌だとばかりに無視して紅茶を飲む。ロロは傍から見てわかるほど大きく息を吸うと、男の耳元に顔を近付け。
「やめろ、鼓膜が破れたらどうする」
流石に声を出す前に止められた。ロロは反応が返ってきたことに喜ぶが男の表情は明らかに苛立っている。
「初めまして。俺の……、私の名前はロロと言います。良ければ一緒に依頼に行きませんか?」
男は目の前にいる十五そこそこの子供に不似合いな敬語もどきに顔を引き攣らせる。
「……わかった、話ぐらいはしてやるからその下手糞な敬語はやめろ」
先ほどまでは苛立ちばかりだったが、どうも先の敬語もどきに毒気を抜かれたのだろう。大きな溜息と共にロロの方へ首だけ向き直る。
「ん? そんなに下手だったのか。えっと、安川さん、でいいのか?」
「ああ。俺は安川。お前のことは見たことはあるが話すのは初めてだ、だから初めましてでいいだろ」
「やっぱりそうだよな。それで一緒に依頼に行ってほしいんだけど……、ですけど、どうでしょうか?」
「……俺はいい。俺は冒険者として活動する気はないからな」
「え? でもさっき報酬貰ってたじゃん」
ロロとハクハクハクが家へ戻った瑞葉を待っていた時分、安川は確かに崎藤から依頼の報酬を受け取っていた。
「……そういえばお前はそこにずっといたな。……まだ金が入用だから冒険者をやってるんだ。金がある程度溜まればさっさと辞めるつもりなんだよ」
「だったらまだ金が要るんだろ? 一緒に行ってくれてもいいだろ?」
「その依頼はあまり金が儲からないから嫌だ。やるならもっと実入りの良い仕事を一人でやるさ」
「そんなに報酬が良くないのか?」
ロロは依頼書を確認しに戻る。卓上に置かれた依頼書、瑞葉が指差す報酬の欄を見るがそもそも経験の少ない彼らには報酬の相場がわからない。わかるのは以前に受けたフクレドリの討伐、トウボクサイの討伐のいずれよりも低い報酬であるということだけだ。
「安いのか?」
「わかんない。前の二つよりは安いよ」
「え、っと、安い、と、思うよ?」
三人が話しても埒が明かないので自然と牛鬼に視線が集まる。
「食事が一部提供されることを差し引いても相場から見れば報酬は低い。まして拘束期間も長いことを考えればここに来る依頼としては最も低いと言っていいだろう。稼ぐには不向きな依頼だ」
「つまり報酬が安いってことだな。駄目じゃん!」
ロロはそう叫ぶと再び安川の元へ。
「確かに安川さんの言う通り報酬は安かった」
「そうだろ? だから俺はその依頼は受けない。二週間もあればその間にもっと実入りの良い仕事が入ってくるだろうからそっちを受けるさ」
その様子を見ていた誰もが交渉は決裂したと思った。安川もこれ以上は話を聞く気さえなかった。祭りの警備に彼の力が絶対に必要ということはないのを知っていたし、偶然居合わせただけの自分をこれ以上勧誘する理由も見当たらないと思っていたからだ。
「じゃあ報酬が倍になったらどうだ?」
だからロロがまだ何か言った時に安川は己の耳を疑いさえした。
「……倍? なんだそれ」
「俺の報酬を全部渡せば倍になるだろ?」
「は?」
安川は思わずロロの顔を見た。その表情や動き、鼓動の音までを使ってその言葉の真意を測ろうとしている。だが彼は気付く。見れば見るほど、聞けば聞くほど、考えれば考えるほど、その言葉に裏など無いのだと。
「お前はただ働きをするってことか?」
「今回だけな。本当は俺も父さんに楽させれるぐらいは稼がないといけないんだけど……、まあ今回は仕方ないってことで」
「何の意味があってそんなこと……」
彼は純粋に困惑している。初めて話すような相手にも関わらず目の前の少年は一緒に依頼に行こうと誘ってくるのだ、自らの報酬を棒に振ってまで。彼に取ってそれは全く理解の外だ。そしてそんな少年が口を開く。
「最初はさ、牛鬼さんが誘ってたからどうせなら一緒に行こうと思って頼んだんだ」
「……だが俺は断った。ついでに頼んでみただけならそこで諦めたらどうだ?」
「でも話してるうちに一緒に行ってみたくなった」
安川はどんな会話があったのか思い返す。改めてそうして見ればなんともろくな会話をしていないということがはっきりとわかる。
「いやどこに一緒に」
「だから一緒に行こう、安川さん」
どこに一緒に行きたくなるところがあった、その言葉はロロの差し出した手に遮られる。安川は差し出された手を見つめている。目の前の少年は全く理解できない思考をしていて、しかし本心からその手を差し出しているのだろう。頭おかしいんじゃねえか、そんな言葉をどうにか飲み込む。
「……二週間は長い。報酬が倍になっても相場からすれば大した額じゃない」
四等星になれば一人でも五等星より多くの依頼を受けられる。その中には確実にナナユウ村の依頼よりも稼げる依頼があるだろう。
「ただまあ、新人がただ働きしてまで一緒に行って欲しいなんて言うんだ。それを断るほどの鬼にはなれねえよ」
安川はロロが差し出した手を握り返す。
「四等星の安川だ、よろしく」
「ああ!」
こうしてロロ、瑞葉、ハクハクハク、牛鬼、安川の五名で依頼へ行くことが決まった。向かう先はナナユウ村。美味しい食べ物の数々、風光明媚な景色、厳かに飾られた祭壇。祭りが始まる。




