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志高く剣を取る ~ロロはかっこいい冒険者になると誓った~  作者: 藤乃病


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18.冒険者の過去と願い

 山河カンショウの国、ナナユウの村。本日七月七日、日没より星見祭りの本番が始まる。村中の明かりを全て消し星の輝きに目を向ける。言ってしまえばただそれだけのことでしかないのだがこの日を楽しみに祭りへ来る観光客もいるのだ。夕暮れ時、既に村の中は夜への期待感で賑わいを見せる。中央広場をはじめ様々な場所で人々が星の美しさを語り合う。ある者はその輝きを絵にしようと画用紙と絵筆を握り、ある者はこの日の為に大枚はたいて買ったらしいカメラを自慢する。しかしそんな人々を背に村を出る者もいた。

「あー、俺も見たかったなあ」

 ロロたちだ。項垂れながら巡回へ向かうロロを瑞葉が叱咤する。

「休憩時間に見ればいいでしょ。村に戻らなくても下の高原ならすぐだし」

「いや、あそこは既に場所取りも終わっているはずだ。おそらく我々が見るスペースはあるまい」

「え、そんなことになってるんですか?」

 高原は星を見るのに人気の場所で、寝転んだ際に触れる草の香りや包まれるような柔らかさが非常に心地よいらしい。七月七日に関しては高原に入れる人数が制限され事前に予約しなければそこで星を見ることはできないのだ。

「それならいっそ巡回中に見えやすそうな場所を探した方が早かったり?」

「あの森の中でそのような場所があればいいが」

 そうこうしている内に巡回場所へ近付き二手に分かれる。今日はロロと牛鬼の二人と残る三人に分かれるようだ。


 暗い森の中も何度か通った道ならば歩くのはそう難しくない。何も起こらぬ日々が続けば気を緩めてしまうこともあるだろう。しかし悪意はその気の緩みこそ待っている。

「ロロ、あまり離れるでない。はぐれるだろう」

 牛鬼が後方で立ち止まりじっとある方向を見つめるロロに声をかけた。

「ん、ああ。いや、なんかさ」

 ロロは自分の見ていた方向を指差し言う。

「向こうから変な音が聞こえた気がしてさ」

 牛鬼がそちらに目を向けた次の瞬間、その姿は消え蹴り上げられた土だけが残った。

 ギィンッ!

 金属のぶつかり合う音が響く。ロロは自分のすぐそばで響いた音に思わず飛び退いた。

「牛鬼さん!?」

 牛鬼がロロに向かって飛来した何かを弾いたのだ。それが何かはロロには見えなかったが牛鬼は既に次に備え刀を構えている。

「ロロ! 安川と合流しろ! ここは危険だ」

 再び金属のぶつかり合う音が響く。ロロには何が飛んで来ているのかまだ見えていない。それで即座に自分が邪魔になっていると気付く。

「気を付けて!」

 ロロはそれだけ言うと来た道を駆け戻っていく。


 ロロたちが襲われる前、瑞葉たちが歩く道でも異変を感じていた。

「二人共止まれ」

「え?」

 その異変に気付いたのは安川一人。瑞葉とハクハクハクは急に足を止めさせた彼に違和感を覚えつつも、その真剣な表情に口を挟めないでいた。

「……戦闘準備だ」

「……戦闘準備?」

「前方に何かいるぞ、数頭の群れだ」

 安川は自らの武器である鉄製の棍を構える。

「瑞葉、だったな。お前は魔力灯を置いて一旦木の上に身を隠せ。こっちに向かって来てるがまだ少し時間がある」

「は、はい」

「ハクハクハク、お前はそのでかい盾で木に登ろうとするやつを防いでおけ。隙ができたら叩きのめせ」

「え、あ、が、頑張る、ます」

 二人は指示に従いそれぞれ移動する。瑞葉は木に上から周囲を見るが暗さで遠くは見通せずまだ何の姿も見えない。地面にいる二人が持っている魔力灯はそれほど広範囲を照らせるものではない。にもかかわらず安川は棍を指で叩きながら前方を睨み続けている。瑞葉は真剣な表情に疑いこそしていないが何が見えているのかと疑問に思った。

「牙獣だ! 数は八! 前方から五、右から二、左から一で来るぞ!」

 安川の声、そしてその数秒後、瑞葉の目にも敵の姿が見えた。

「あれが、牙獣」

 瑞葉はその獣が動いているところを見るのは初めてだった。大きく発達した顎、そして剝き出しの

牙、爪を使うことが無いせいか前脚は退化し、強靭な後ろ脚のみで走っている。獣は魔物と違い魔力を持たない。故に魔法は使えない生き物だが、それでも牙獣は危険とされている。その顎と牙でもって多くの命を奪ってきたからだ。

「……速い!」

 遠距離から半端な魔法を撃ったところで牙獣の速度なら躱されてしまう。彼女がそう思っている内に安川と牙獣は接触間近だ。うち一頭が大口を開けて今にも跳びかからんとする。

「安川さ」

 ゴウゥゥゥン。

 瑞葉の言葉を遮るように体の芯まで響くような音が鳴る。瑞葉やハクハクハクの位置でさえ思わず耳を塞ぎ、それでも猶はっきりと振動として感じるような音の波。それは安川が横にあった木を手に持った棍で叩いた音だ。それに気付いた瑞葉はどうしてそれでそんな音が出るのかと疑問に思うのだが、そんなことを考えている暇はないらしい。音が鳴り終わるより早く安川が動く。音に怯んだ手近な一頭に棍を振り下ろす。そこから続け様に二頭、三頭と叩いていく。

「……すご」

 その無駄のない動きに瑞葉は思わず感嘆の声を漏らした。力強さや速さは無くとも流れるような動作で無駄なく牙獣を倒していく。ハクハクハクもまた同じように彼の動きから目が離せずにいた。

「右側、来てるぞ!」

 そんな二人に安川から叱咤の声が響く。安川を避けるように回り込んだ牙獣がハクハクハクに襲い掛かろうとしていたのだ。向かってくるのは二頭、まだ少しの猶予はあるものの彼女は両手で盾を持ちながら恐怖で息を荒くする。

「ハク、私の後に風の槍を!」

 瑞葉の声、その後にハクハクハクの頭上から魔法が放たれる。それは何の変哲もない風弾のように見えた。それは牙獣の前方へと向かい、そして地面に当たって大きく弾ける。大きな音と共に土が巻き上げられ牙獣を覆う。

「あ、え?」

「ハク! 今!」

「え、あ」

 ハクハクハクは一度深呼吸をして呪文を唱える。

「風よ、螺旋を描き貫け」

 彼女の手から二つの風が渦を巻いて槍のように飛んでいく。その速度と威力はただの獣を貫くには十分過ぎるほど。瑞葉の魔法に怯んでいた二頭の牙獣は避けることもできずその体を貫かれた。

「もう一頭、左からだ!」

 息つく間もなく今度は反対側から牙獣が襲い来る。ハクハクハクは自分の魔法では間に合わないと悟ると盾を構え全身を魔力で覆い身構える。そのまま近付いてくる牙獣をぎりぎりまで引き付けてその巨大な盾を突き出して殴ろうという算段だ。しかしたかが獣と侮ってはいけない、牙獣は盾を躱すように間合いに入る直前で彼女の横へ跳んだ。

「あっ!」

 瑞葉が叫ぶのも束の間、名の由来にもなったその牙がハクハクハクに襲い掛かる。

「ひっ!」

 反射的に恐怖で目を閉たハクハクハクは大口を開けて跳びかかった牙獣に対しただ盾を全力で振り回した。その時に狙ったわけではなく偶然、牙獣に盾が当たった。

 ドウッ!

 鈍い音と共に牙獣が飛んで行く。地面を跳ねながら遠く離れた木にぶち当たるまでそれは止まらなかった。

「……すご」

 瑞葉は再び感嘆の声を漏らす。どうにかフォローしようと走って向かっていた安川も思わず足を止めて呆然としていた。当の本人は何が起こったか理解していないようで消えた牙獣の姿を探している。

「……よくやった。とりあえずこの周辺に他の気配はない」

 どうやら安川が見つけた八頭の牙獣は全て倒したらしい。瑞葉も地面に降りてこれからどう動くべきかを考え出す。

「……今、俺たちの巡回ルートに獣や他の気配は無い」

「何でわかるんですか?」

「俺のはそういう魔法だ。潜伏している奴がいる可能性は無くもないが……、少なくとも牙獣の類はいないだろう。ただ他のルートにはおそらくいる」

「いる、って獣が?」

「その類の何かが、だ。牛鬼とロロは何かに襲われている。他のルートも騒がしいな」

「他の応援に行きますか?」

「そうしたいところだが……」

 目下、安川にとっての悩みはここでの戦力をどう分けるべきかだ。現在彼が把握していることが幾つかある。まず自分たちの巡回ルートは今のところ獣及びその他の敵の気配がないこと。次にロロは牛鬼と分かれ来た道を戻っているということ。そして他のルートも何かしらに襲われ始めているということ。三等星や四等星の冒険者なら牙獣を相手に後れを取ることはまずない。そしてどのルートにも一人はそのような手練れが配備されている。以上のことから今すべきことは他の場所は後回しにして一旦ロロとの合流を図るべきと考えををまとめる。

「……牙獣は遠距離の攻撃手段がない」

「え? あ、そうですね」

「ハクハクハク、お前はおそらく接近戦でも問題ない。その盾をぶん回して牽制しつつ隙ができたところで殴れば倒せる」

「は、はい」

「瑞葉、お前は上から状況を見つつ距離が空いたらさっきの魔法で動きを止めろ。そうすりゃ盾で殴ってもいいし魔法で吹き飛ばしてもいい。牙獣相手ならこれで十分倒せる」

「……もういないってさっき言ってませんでした?」

 瑞葉の疑問は尤もだ。しかし安川だけが把握していることがまだある。先ほどの牙獣、これは突然現れたということだ。何もいなかったはずの場所に気が付いたらいた、まるで瞬間移動でもして来たかのように。

「……次が、来る可能性もある、ということだ。その場合さっきと同じ場所に来るはずだ、この近くに。ここを全員が離れると高原の方に行きかねない。誰かしらが牙獣を倒す必要がある」

「成程、それもそうですね。安川さんはどうするんです?」

「俺は一旦高原を抜けてそれからロロと合流する。やつは今牛鬼と別行動を取っているみたいで向こうの状況を聞きたい」

「私たちが高原に行った方がいいのでは? そこまで距離はありませんし」

 ここは高原周辺の森。今いる地点から最短距離で行けばすぐに着けるはずだ。理論上は。

「いや、この辺りの地形は複雑だ。俺たちがいつも回っている道と違って崖のようになっている場所もある。迂闊に動かない方が良い。ロロと合流したらここに戻ってくる」

「……わかりました。なら私たちはここで周囲を警戒して待っています」

「……ああ、頼む」

 安川が走り出す。実のところ彼の言葉の多くは余人からすればおかしなものばかりだ。ずっとここにいたはずの彼がなぜそこまで多くのことを把握しているのか、それがわからない。瑞葉とハクハクハクも当然そのことを疑問に思っていたが、既に彼が嘘を吐くような人間とは思っていない。今は余計なことを聞かずただ信じることに決めたのだ。

「ハク、とりあえず私は木の上から周囲の様子を見てるから。ハクも何か気付いたことがあったら遠慮なく言ってね」

「うん。えと、しっかり、見てるよ」

 二人には不安が無いと言えば嘘になる。しかしそれ以上に強い思いがあった。視線は遠く、ひしめく木々の向こう、高原で星を見る人々の方へ。

「折角の祭りだもん、いい思い出にしてもらわないとね」

「うん、頑張る。頑張ろう」

 人々を守る、その思いを胸に二人は来るかわからない牙獣の襲撃に対する準備を始めるのだった。


 一方、ロロは安川たちと合流すべく来た道を戻っていた。牛鬼のことは気掛かりであったが、自身にできることはあそこで牛鬼と共に戦うことでないことはわかっている。故に、暗い森の中を慎重に、しかし急いで駆けているのだ。

「……なんか変な音がさっきからするよな」

 そしてその中で明らかに自分の出している音でもなければ風などが自然に起こした音でもない音が聞こえていた。ロロは緊張と共に立ち止まり目を凝らし耳を澄ませる。

 ザッ、ザッ。ザッ、ザッ。

 まるで地面を踏む音が聞こえる、それも複数だ。

「何かいる?」

 ロロは魔力灯を足元に置くと剣を抜いて全身に魔力を漲らせる。そうして周囲を警戒していると一頭の牙獣が姿を現した。それはロロに向けて走り寄り大きく口を開く。

「間合いだ」

 鋭く凶悪な牙を剝き出しにした姿は恐怖を感じるようなものだが、それを見てもロロは落ち着いていた。数日前に牛鬼が話していた剣での戦いの基本を思い出す。自身の間合い、牙獣の間合い、それらを見極めて躱しざまに斬り付ける。

「よし!」

 牙獣の身体から血が流れる。その傷は深く数歩先で倒れた牙獣は口を何度も動かすうちに力無くその動きを止める。しかし安心することはできない。既に次が来ているからだ。それも三方向から同時にだ。

「……まずいか?」

 前、右、後方の三方向からの攻撃。剣を出鱈目に振り回せば怖気づき退いてくれるだろうか、そう一瞬思案したがすぐにその考えを捨て迎え撃つべく剣を構える。

「完全に同時ってわけじゃないだろ」

 間合いに入って来た瞬間に倒す、それを三回やるだけだ。ロロはそう考えて一番近い相手を見定める。

「右!」

 躱しざまの一閃、右側から来た一頭は体を大きく切られる。ロロは即座に次の相手に向き直り剣を振るおうとするが。

「うわっ!」

 既に剣を振るう間もない程に接近され、目の前に巨大な口と鋭い牙が迫っている。ロロは反射的に頭や胴体にに噛み付かれぬよう左腕を挟んだ。

「ぐっ、う」

 直後、腕が噛み付かれ牙が刺さる。身に付けていた薄手の鎖帷子を超えて牙が刺さり鋭い痛みが走る。しかし敵は待ってはくれない。ロロもそれは理解していたのかその視線は接近する最後の一頭に向いている。

「うぅううらぁ!」

 雄叫びと共にロロは噛み付かれた腕ごと牙獣を接近するもう一頭に向けてぶん回した。その間に牙をより深く食い込ませようと牙獣が噛み付く力を強める。しかし二頭が激突した瞬間、牙獣の力が一気に抜けて地面に音を立てて落ちた。ロロは勢いのまま尻もちをついて息も荒く目の前に横たわる二頭を見ている。

「はあ、はあ、気絶、したのか?」

 とりあえず立ち上がろうと地面に手を突く。

「痛っ!」

 何も考えず左手を地面に突くと痛みが走る。見れば先ほど噛まれた部分から血が滲んでいる。

「傷は深く、ない、よな?」

 着ていた鎖帷子に加え肉体と装備を魔力で強化していた為に傷はそこまで深くない。痛みこそあるが動かすことはできる。

「……依頼中にこんな怪我したの初めてだっけ」

 これまでの依頼、トウボクサイやフクレドリと言った魔物を相手取って来た彼はその中で怪我をしたことは無かった。基本的に攻撃は避けるものだと教わってきたし、危険な場面でもミザロや竜神といった強い冒険者が助けてくれた。故に今、初めてここで彼は事実として認識する。魔物や獣、それが人を殺し得るということを。

「……あー」

 何か言わなければいけないような、何も言うべきことが無いような、ロロは滲み出す血を見て自分の心の内から湧き出るものが何なのかを見極めようとしている。しかしそんな時間はない。

 ザッ、ザッ。

「まだいる!」

 このままこの場にいてもさっきのように囲まれたら次は対処できるかわからない。

「どうする? 瑞葉がいればなあ」

 瑞葉がいれば何か考えを出してくれたのに、そんな言葉を飲み込んで彼は考える。この場を切り抜ける方法を。

「牛鬼さんならさっきみたいに後ろから来られても躱せるのか」

 再びロロは数日前の牛鬼との会話を思い出していた。その時は牛鬼の魔法の強さがわからず尋ねたりしたが今なら実体験い伴ってよく理解できる。そうは言っても牛鬼のように魔法での感知などロロには全くできず真似しようとするだけ無駄だろう。ただ、牛鬼は最後にこう言っていた。

「魔法の使い方と同じように工夫する、だっけ」

 時間はあまりない、がロロはある策を思い付く。魔力灯を拾うとこの数日歩いた道を思い出し走り出した。

 牙獣は走り出したロロを追いかける。それはこの獣たちに刻まれた本能だ。逃げる弱者を追い肉を喰らう、そうしてこの獣たちは生きてきたのだから。そして今回、その追いかけっこは長くは続かなかった。

「……ここだ」

 ロロの目の間には崖がある。数日前に道を間違えて遠くにあるのを見た記憶があったのだ。高さとしては建物の三階ほどだろうか、落ちても死ぬことはないだろうが負傷は免れないだろう。若干の身震いはするが、だからと言ってここで怯えていてもどうにもならない。後ろからは牙獣の足音が近付いている。

「よし」

 ロロは追ってくる牙獣たちの方へ向き直ると魔力灯を少し離れたところへ投げた。

「これで見やすいな」

 魔力灯は少しの魔力を貯めることができ数分程度は放っておいても光り続ける。ロロは剣を構えて牙獣が来るのを待ち続ける。

「来た!」

 牙獣は右前方、少し遅れて左前方から姿を現した。二頭を同時に相手取るのは難しい、がロロは落ち着いていた。一頭が口を大きく開けて牙を剥き出しにする。それを見てロロは心臓の鼓動が跳ねるのを感じた。剣を持つ手が震えている。ロロはその時に初めて気付く、滲み出す血を見て何を思ったのか。それでも猶、彼は剣を握り締め牙獣と向き合う。

 一頭目が跳びかかってくる。ロロはそれをぎりぎりまで引き付けるとそこから大きく身を躱した。躱された牙獣は本来ならすぐさま向きを変えてもう一度噛み付こうとするところだが、いまいる場所は崖の間際だ。勢いそのままに下へ落ちて行く。

「よっしゃ、作戦通り!」

 ロロはそう叫ぶともう一頭に剣を向ける。目の前の牙獣は先が崖であると気付いたのだろう、それまでの勢いを殺して止まろうとしている。それは敵対者からすれば格好の的であるにも関わらずだ。

「よっ、と」

 隙だらけのその一頭をロロは落ち着いて剣で仕留める。その後、しばらくその場に留まるが次が向かってくる気配は無い。

「今ので最後だったのか?」

 そう呟いたがロロにその場を離れる意思は無い。現状のロロに取って今いる場所が牙獣の襲撃に対して最も有利に戦える場所だからだ。後方に崖を陣取ることによりそちらからの襲撃を気にする必要が無く、跳びかかって来ようものなら避けるだけでその相手を崖下に落とすことができる。無論、自身も落ちる危険があるが全方位から襲われる平地よりはまだ安全と言えるだろう。ロロなりに考えた結果だ。

「しかしなあ、ここにずっといてもいいのか?」

 どう考えても今の状況は異常事態だ。牛鬼と共に歩いていたところを何者かに襲われ、更には牙獣まで襲い掛かって来た。今、この森は安全とはかけ離れている。

「とりあえず村の方に報せに行くべきなんじゃ……」

 そう呟いては見たもののいざ動くとなるとまだ牙獣が潜んでいるかもしれないという考えが過る。もし報せに行く道中で襲われたとしたらどうするのか、と。そうして悩んでいる内に数分が過ぎる。この時、ロロはあることを忘れていた。

 魔力灯が消え周囲が暗闇に包まれる。

「あ、やば」

 周囲が闇に包まれる。ロロの目はその暗さに順応できず視界を完全に失った。対して牙獣は違う。彼らは視覚よりも聴覚や嗅覚に秀でている。暗闇であろうと問題は無い。寧ろ格好の狩場なのだ。

 ザッ。

「まだいる?」

 牙獣はまだ残っていた。ロロに仲間がやられるのを見て警戒し後方で留まっていた一頭が。しかし灯りが消え、ロロの動揺を嗅覚で悟り、その姿を現す。

「こっち、か?」

 とは言ってもロロからはその姿は見えていないのだが。微かに聞こえる足音を頼りに剣を構えるがその視界は未だ暗闇にあり精々手を伸ばした距離程しか見えないのだ。この場で迎え撃つかそれとも魔力灯を探すかロロは迷い悩む。

 ゴウゥゥゥン。

 突然に大きな音が鳴った。周囲に響き渡るその音にロロは緊張と共に全身が強張る。直後、魔力灯の明かりが前方を走った。

「安川さん!?」

 その明かりが照らすのは安川の姿。彼は足場の悪い森を苦も無く走り抜けると牙獣の下へ颯爽と辿り着きその鉄棍で頭を強く叩く。

「おぉー、すげぇ……」

 思わずロロは感嘆の声を漏らした。安川は牙獣の頭部を何度か棍で殴り仕留めるとその場から引き返し、途中で魔力灯を拾い上げてロロの下へと向かう。

「灯りを手放すなら時間のことは気にしとけ」

「はーい、次から気を付けまーす」

 ロロは早速灯りを点けると周囲を見渡した。

「牙獣、もういないのか?」

「少なくともこの近辺にはいない」

 問いに対し安川は確信めいた口調で答える。

「この辺全部回ったのか?」

「いや、だが問題ない。……怪我してるな。そこに座れ、傷を見る」

 ロロはもう少し突っ込んだことを聞きたかったが一旦指示に従って座る。牙獣に噛まれた左腕の傷は深く無いようで安川は持っていた包帯を巻き始める。ロロはその間に事情を説明しようとしたところでふと気が付く。

「あれ、何で安川さんここに? 瑞葉とハクハクハクは?」

「あの二人なら向こうの巡回ルートにいる。あっちにも牙獣が出てな、その警戒に当たらせている」

「……俺、っていうか牛鬼さんは何か牙獣じゃないやつに襲われて、それで安川さんと合流しろって」

「大丈夫だ、大まかな事情は想像がついてる。牛鬼のことは気にするな、俺たちがやるべきことは別にある」

「うん、わかってる。村の人や観光客にこのことを知らせないと」

「それは問題ない道中で高原の連中には牙獣が出たことを伝えてある。俺たちは今からそこにいる人がいなくなるまで高原で襲撃に備えるのが仕事だ」

「わかったぜ」

 二人はすぐに高原へと向かい始める。その道中に互いにこれまでの状況を話し合い共有した。

「まあ大体わかってるつもりだったが、概ね想像通りだ。牙獣だけなら片付けるのは難しくない、早いところ高原の連中が村に戻ってくれれば問題ないだろう」

 村はあまり良い造りではないが獣などの対策に柵で覆われており、高原に比べれば遥かに守りやすい。また巡回ルートごとに分かれている警備の人手を村の周囲だけに集中することもできることも考えれば牙獣の襲撃も恐るるに足らずということだ。

 二人が高原に辿り着いた時、既にそこにはほとんど人がいなかった。残っているのは十数人程度で、いずれも祭りの運営側の人間のようだ。幸いこのような事態に備えた手引きがあったようで、観光客の誘導は何らの問題もなく終わったらしい。安川が残っている彼らの方へ向かうと向こうも気付いたようで小走りでこちらへ来る。

「ご苦労様です。あなたが渡してくれた牙獣の牙のおかげもあり観光客の皆様は今村に向かっている最中です」

「牙獣の牙?」

 ロロが首を傾げると安川は懐から一本の牙を取り出す。それは倒した牙獣からわざわざ圧し折って回収したものだ。

「こういうものがあると獣の存在の説得力が増す。覚えておくといい」

 ロロがなるほど、と頷くのを横目に安川は話を続ける。

「他の巡回ルートからは何か報せは無かったか?」

「既に村の近くを回っていた冒険者の方が村の方へは牙獣の出現を知らせていたようです。先ほどそれを伝えにスタッフが上から降りてきたところです」

「成程、俺たちも仲間を回収してすぐに村へ向かう。先に戻っていてくれ」

 そんな会話を終えると残っていた運営陣もすぐに村の方へと向かい出した。二人をそれを背に瑞葉たちの方へと向かい出す。

「これでとりあえず安心、ってことか?」

「馬鹿言え、ここから俺たちは村をきっちり守り切らないといけないんだ。気を緩めるな。瑞葉たちと合流して急いで戻るぞ」

 そこから先、語ることは多くない。ロロと安川は瑞葉、ハクハクハクと合流し村へと戻る。他の巡回ルートの者には既に祭りの運営側から話が通っていたようで四人が戻る頃には既に村の周囲の警備は固められていた。村の近くの警備チームから他の所にも話が伝わっていたらしい。そしてその道中などで既に二十以上の牙獣を討伐したようだ。全員が集まると警備チームで話し合い今後の方針を練る。結果として三等星の冒険者とその知り合いという二人に山中の様子を確認に行ってもらい、他の全員で村の警備に当たるという決定が為された。

「村を守るだけだと駄目なんですか?」

「問題は無いが周辺の安全を確保するのも大切な仕事だ。それに下の高原は祭りの一部だろ?」

「あ、それもそうですね」

 そんな問答もありつつ彼らは警備に戻る。そうは言うものの牙獣の気配は無く、それぞれが持ち場でただじっとしているだけなのだが。

「そういえばさ」

 そんな状態にもなればできることは話をすることぐらいだ。瑞葉が思い出したように口を開く。

「ずっと聞きそびれてたんだけど牛鬼さんは?」

 ここに来るまでは皆の気が急いていて細かな話をする余裕も無かった。それで瑞葉やハクハクハクは牛鬼がいないことに疑問を持ちつつも長くなりそうだと思い敢えて聞かずにいたのだった。

「問題ない。少なくとも俺たちが心配するだけ無駄だ」

「でも」

「今のはそもそも心配できるほど俺たちは強くないって話だ。あれにどうにもできないことを俺たちがどうにかすることはできない」

 安川の態度に瑞葉はそれ以上の追及を諦める。代わりに別のことを聞くことに決めた。

「安川さんってもの凄く耳が良いんですか?」

 じっ、と見つめる瞳、安川はそこから目を逸らす。

「牙獣が現れたのに気付いたり遠くのロロや牛鬼さんのことも何かあったのは把握していたし、遠くの音まで聞こえるって言うのが一応しっくりくる説明かと思ったんですけど」

「確かに、俺もそれ不思議だったんだよな」

 瑞葉に同調するロロ、更にハクハクハクもそれにこくこくと頷いている。安川は困ったように頭を掻きながら溜息を一つする。

「冒険者にとって自分の持ってる魔法だとか技能ってのは切り札で基本的には隠すものだ」

「そうなのか? でも一緒に戦う仲間のことは知っといた方がいいって聞いたけどなあ」

「生死を共にする強い信頼を置ける仲間ならその通りだ。だがそういうやつばかりじゃないだろ」

「まあ俺たちは信頼の置ける仲間だけどな」

 安川は結局は話したくないという方向に持っていきたかったのだが、笑顔で見つめるロロを見て根負けしたように呟きだす。

「……俺の魔法は、音……、そうだな。音が振動だってことは知ってるか? その振動を大きくしたりするわけだが、それを応用して、細かい話は省くが、最終的に周囲の状況を音だけで判断できる」

「周囲の状況、って言うのは?」

「多くの意味が含まれてるな。地面や木々の様子も音で理解できる。発生した音を解析してどういうことが起きたのか知る一助にもできる」

「便利ですね」

「それだけだ。俺のこれは所詮それだけなんだ。強い敵からは逃げることしかできない、弱い相手を倒すにも一苦労だ」

「でもさっきは大きな音で牙獣の動きを鈍らせたりしてたじゃないですか」

「あ、それって俺も見たかも。すごいでかい音出してたよな」

 安川は再び大きな溜息をつく。それから立ち上がるとどこかへ向かって歩き出す。

「どこ行くんですか?」

「少しこの辺り見て回ってくる」

 どうやらこれ以上ここへいてもあまりいい話が聞けそうにないので逃げたのだろう。しかしロロがその後ろを追いかけるようについていく。鬱陶しそうな視線を一瞬向けたのだが、結局追い払うこともなくそのまま二人で歩き去って行く。

「ハク、二人共行っちゃったけね」

「う、うん」

 残された瑞葉とハクハクハクは隣に座って話し始める。

「牙獣、たぶん近くにはいないんだよ」

「そう、なの?」

「もしいるなら安川さんは私たちを置いてどこかに行かないよ」

「そうだ、ね」

 二人はそんな他愛もない話をしばらく続けていた。周辺に獣の気配は無く、偶に風が吹き抜けて行く。村の方を見ると明かりは無くどこまでも暗い闇が広がっているように見えた。しかし人々はその中で星を見ているのだろう。

「星をさ、見る時間があるといいね」

 瑞葉は何とはなしにそう呟いたが、実際のところ彼女は星を見ることに興味はあまりない。

「あ、後で、高原の方に、行ってみる?」

 対してハクハクハクは乗り気なようでそんな風に返した。この警備の仕事をいつまでやるかはわからないが、確かにその時間であれば既に観光客も村人も眠っていて星を見放題なのだろう。

「祭りはどう? 楽しい?」

「た、楽しい、よ。あの、色んな出し物があって、面白いし、食べ物美味しい、し。それに星も綺麗、いいなあって、思う」

「そっか。依頼をこなすのが本分だけど来れてよかったよね」

「うん」

 満面の笑みで頷くハクハクハク、しかし瑞葉はその表情を見ていない。実際のところ彼女が祭りの話をしたのには別の目的があった。

「……ハクはさ、短冊に何て書いたの?」

 その目的とはこの質問をすることだ。瑞葉は呼吸を整え、極力目を合わせることなく、何を考えているのか悟られないようそう尋ねた。どうやらその努力は実ったようでハクハクハクはそれまでの会話と同じような調子で答える。

「えっと、私はね。英雄になる、って書いた、よ」

「……英雄?」

 その言葉に瑞葉は思わず驚き聞き返す。

「ハクは英雄になりたいの?」

「うん」

 彼女に取ってその言葉は想像の埒外であった。ハクハクハクが冒険者になった理由など聞いたことが無かったが、なんとなく流されるままにそうなったのだろうと思っていたのだ。敢えて悪い言い方をすればハクハクハクが自分の意思で何かを決めることなど無いと思っていたということになる。

「英雄、になって、その何て言うか……、そうすれば色んなことが上手く行くんだって。そ、それで冒険者に、なったの」

 色んなこと、それが何を指すのかはわからない。しかしそう言ったハクハクハクの表情は強い決意に満ちており、決してなんとなくでなくよく考え選んだ道なのだと理解できる。そしてそのことは瑞葉に強い衝撃を与え、思わず唇を噛む。

 瑞葉は自問する。私は悔しいんだろうか、そう自問する。彼女はかっこいい冒険者になる、そう思い冒険者の道を志した。研修や試験を乗り越える中でかっこいい冒険者とは何なのかを知りそれからここまで来た。しかし彼女は自身の願いが本当にそのままの姿で良いのかを考えている。かっこいい冒険者、その言葉を背負うだけの自信がないのだ。そのぐらい、彼女にとってかっこいい冒険者とは憧れるべき存在なのだから。しかしそんな瑞葉に対しハクハクハクはどうだろうか。彼女は臆することなく英雄になる、そう宣言したではないか。その事実が瑞葉にはどうしようもない嫉妬と羨望を向けるに値したのだった。

「いいね、なんか。ハクはちゃんと自分のなりたい姿が見えてるんだ」

「え? あ、そう、だよ。……瑞葉ちゃんは?」

「私は……」

 かっこいい冒険者、その言葉が瑞葉の中でぐるぐると回っている。いまいち実体がなく捉えどころのないその言葉、彼女は幾度となくそれを手に掴んできたつもりだったのだが。

「……安川さん、って、凄かったよね」

「え? あ、そう、だね」

「牙獣が、何体いたっけ? 五? とにかくそのぐらいをあっさり倒しちゃってさ、それから私たちの援護もして……。ここに来る途中でさ、安川さん山登ったところで息を切らしてさ、体力無いんだなって思ってたの。あんなに動けるなんて思わなかったし、ずっと落ち着いて対処してたし、助けられたんだな、って」

 ハクハクハクは次々と話す瑞葉のことを黙ってじっと見ている。

「私はあの時に安川さんが指示をくれてなかったらどうしてたんだろう。牙獣は鋭い牙を持っていて縄張りに入った人を襲うから危ないって話ぐらいは知ってた。だけど実際にあんなに素早くて複数で襲われて、そんな風に想像したことは無かったな。もし下にいたら今頃大怪我でもしてたかも、私は安川さんやハクと違って近くに来た牙獣をどうにかする術なんてないし」

 瑞葉の口から出る言葉は段々と早口になり熱が籠り始める。

「だからと言って私の魔法も大した力は無くて倒すには不十分、運が良ければ気絶ぐらいはするかもしれないけどそれだけ。ここに来るまで私は、いや本当は牙獣に襲われるまで私は安川さんのことを舐めてたんだ。馬鹿にしてたんだ。あんな人が四等星になれるなら私もすぐだなんて、すぐに超えられるなんて思ってたんだ。どこか上から目線で仕事の態度や教えようとする姿勢を評価してる気分で、私はいい気になってたんだ」

 自らを責める言葉が次々と紡がれる。

「私は力も知識も経験も足りないただの弱い冒険者に過ぎなかった。それだけならまだしも私には目指す未来さえわからなくなって、子供みたいに何にだってなれる万能感があればと思って……」

 瑞葉の手は自らの襟を強く摘む。傍から見たそれは勢いに任せて自らの首をも締めようとしているようにさえ見えた。彼女の目には涙が溜まっている。その眼がじっ、とハクハクハクを見た。

「……ハク、は、丙族だよね」

「……うん」

「丙族で生まれて、辛いって思わなかった?」

 ハクハクハクは瑞葉の口から丙族であることに対し何らかの言葉が発せられるのを初めて聞いた。これまでその話題を避けていることを彼女は察していたが、今、不意に最も直接的な形でそれが発せられたのである。

「つ、辛いって思った、事は、何度もある、よ」

「そう、だよね」

 瑞葉はその肯定の言葉に僅かながら笑みを浮かべた。

「でも今は、希望が、ある、から」

 そして続く言葉に固まる。

「希望かぁ」

 そう呟く表情は張り付けたような笑顔で何かを耐え苦しんでいるようにも見える。

「ハクは、強いね」

 瑞葉の言葉はそれを最後に終わる。そこから先に何を言おうともしない。沈黙と共にそれまで気にならなかった木々のざわめきや虫の鳴き声が急にうるさく感じられる。その中でハクハクハクは考えていた。彼女はいつも自分のことで精一杯で人のことを慮る余裕などは無い。ただ、今この瞬間、目の前で何事かを悩み苦しむ友人を黙って見過ごすようなことをしてはいけないと、それだけは強く感じていた。

「……瑞葉! ちゃんの、こと、みんなすごいって思ってる、よ!」

「……ハク?」

「ほら、その、いつも落ち着いて、色々考えてくれる、し。いなかったらみんな、困る、よ」

「……どうだろうね」

 瑞葉はどこか遠くを見つめて悲しそうな目をしている。

「私がいなくても大丈夫な気はするんだよ。ハクって結構頭良いでしょ? それを表に出さないだけでさ。ロロだって考えなしで何かやると馬鹿丸出しだけどさ、頼る相手がいない時は自分で考えれるんだよ。勉強は苦手だけど、まるっきり馬鹿ってわけでもないんだから」

「あう、あ、いや、そうじゃなくて。……その、今日だって瑞葉ちゃん、が、上から指示を出してくれて、それで私も戦えたから」

「ハクは一人でも牙獣相手に負けないよ。近くに来た牙獣をその盾で吹っ飛ばしてたし」

「え? 吹っ飛ばす? えっと、その、でもあの時は私すごく慌ててて、瑞葉ちゃんいなかったら、その、何もできなかった、と、思う」

「ハクはもっと自分の力を信じてもいいんだよ。私なんかよりずっと強くてずっと凄い。そのことは間違いないから」

「そ、そうじゃなくて、そうじゃなくて……。えっとね、瑞葉ちゃんはやっぱり、凄いんだよ」

「私は大したことはしてないよ」

「だって瑞葉ちゃん、ちゃ、ちゃんと自分にね、何ができるか考えてる、でしょ?」

「そんなの当たり前」

「当たり前じゃない!」

 その声に思わず瑞葉がハクハクハクを見るとその目には涙が浮かんでいる。

「……それだってね、ほ、本当は、ね、難しい、んだよ?」

 二人の視線がぶつかる。涙に濡れて光る瞳の奥が見える。瑞葉はこの時に初めて目の前の友達が自分を励まそうとしているのだと気付いた。そしてその姿を目の前にして、自分自身の姿はなんて弱弱しくちっぽけなのだろう、そう思った。

「……ハク、私ね」

 彼女が空を見上げると同時に風が吹いた。木々が揺れて一瞬、星空が覗く。煌めく星に祈ろう、彼女はいつまでも懐で温められていた短冊を取り出す。

「書くことが決まったかも」

 彼女はかっこいい冒険者になりたい。そしてかっこいい冒険者になる為の第一歩はロロやハクハクハクの隣を歩いて恥ずかしくない強さを手に入れることだ。

「何て書くの?」

 尋ねられた瑞葉はそれを言おうとして、しかし黙り込む。もし明るい場所ならばその顔がみるみる赤くなっていくのが見えただろう。

「えっとぉ、それはほら、ね。……内緒かな」

 言えるわけないじゃん! 瑞葉は心の中で大きく叫んだ。


 安川は当てもなく適当に道を歩いていた。後ろについてくるロロを邪魔に思うながらも無下にすることは無い。ただ黙って二人は歩き続ける。やがて森の中でも開けた場所に出た。

「おお、空が見えるぜ! すごい星の数だな」

「……そうだな。中々綺麗だ。」

 安川は膝ほどの高さの岩を見つけそこに腰かける。そこで彼は目を閉じてじっと耳を澄ませた。近くでロロが動く、草葉が揺れる、虫が飛んで時に鳴く、少し離れたところで瑞葉とハクハクハクが話している、村の中で人々が星空の美しさに息を呑む、村の周囲で様々な冒険者が話をしている、遠くで山中を三等星の冒険者とその知り合いが歩き回っている、そこから少し離れたところで牛鬼が何か呟きながら何かを引き摺っている。

「そうやってるだけで周りのことがわかるのか?」

「……今集中してる、黙ってろ」

 周辺で何が起こっているのか大体を把握した安川はその上で現状を整理する。村の中は既に落ち着いている。安全は確保されたと思っているのだろう。実際、牙獣は既にこの一帯にはいないらしい。しかし急に現れた理由が未解明な以上は安全とは言い切れない。そのことに関しては他の冒険者にも共有している為、山中を確認している三等星の冒険者や別の何かに襲われた牛鬼が調べるはずだ。結局、それが終わるまでは警備を続けるしかないということだ。

 安川は目を開き大きく溜息をついた。

「あ、もういいのか? どんな感じなんだ?」

「結局しばらく村の警備を続けるしかないってことが良く分かった」

「牛鬼さんは?」

「生きてる。戦ってる様子ではないな、襲ってきたやつを返り討ちにしたんじゃないか?」

「じゃあ様子を見に行った三等星の人たちは?」

「歩き回ってる。こっちも戦ってる様子はない」

 おぉー、とロロは感心するように小さく拍手をした。

「すごいな、俺には全然聞こえないぜ」

「大して役に立たねえよ。結局上の冒険者は似たようなことができる手段を持ってるからな」

「そんなことないさ」

 安川にはそんな肯定の言葉がうざったく思えた。これまで色々とやってきて、実を結ばなくて、ここに立っている、彼はそう考えているから。だからロロのことは嫌いで近寄りたくもないと思っている。ただ一方で、そんなロロを。

「なあ」

「ん?」

「お前、何で俺を誘ったんだ?」

 安川は志吹の宿での事を思い出していた。牛鬼が依頼に誘うのを断った自分、それをどうしてかそれまで話をしたこともないロロが自分の報酬を渡すと言ってまで誘った。今でもそれが不思議で、その理由が欠片も理解できない。

「何でって、一緒にいたら楽しそうだろ?」

「は? 何だそれ」

「ほら、安川さんってさ、見た感じは相手を突き放す感じの態度だけどさ、こう、内にある人の良さが滲み出ちゃってるっていうか。最初に話してる時もさ、俺が敬語を使って話そうとしてたらすぐにやめろって言ったじゃん。あれって慣れてない俺への気遣いだったと思うんだよね」

 あれは気遣いではなく単に敬語もどきのせいで話が頭に入りそうになかったからとは言い辛かったらしく安川は沈黙を保つ。

「そもそも俺が何度か話しかけたらさ、最初は無視してたのに結局話をしてくれただろ。あれだって結局そういうことなんだよ」

 それはお前が耳元で叫ぼうとしたからだ、と言いたいのを安川は我慢する。

「報酬が倍になるって話にもすぐには食い付かなかったし、あれは俺がただ働きになるのが良くないと思ってたんだろ?」

 それでも報酬が大した額じゃないからだって言っただろ、安川は心の中でそう念じる。

「そういう安川さんとさ、一緒に行ってみたくなったんだ」

「……そうか」

 目の前にいる男は馬鹿なんだ、安川は今更そう気付く。こいつは言葉の裏なんて読めないし、人が内心で何を思っているかわからない馬鹿なんだ、と。

「馬鹿は悩みが無さそうでいいな」

「安川さんには悩みがあるのか?」

 安川は無言で手を組んで表情を隠すように顔を覆った。余計なことを言ったかもしれないと後悔している。

「話してくれよ。ほら、相談したら解決できるかもしれないだろ?」

「お前に話してもな……」

 そんなことを言ったが彼は少しずつその悩みを話し始める。

「……冒険者ってのは難しい仕事だ。上に行かなきゃそれだけで稼ぐには厳しいし、いつか死ぬかもしれない。お前は去年に何人の冒険者が死んだり、或いは再起不能の大怪我を負ったか知ってるか?」

「いや、知らない」

「だろうな。だがそういうやつが俺が知ってるだけでも十数人はいるんだ。実際にはもっと多いのは誰だって想像がつく。今ここにいるのは運が良かっただけだ」

「じゃあ安川さんはそうなるのが怖くて冒険者を辞めたいってことなのか」

 死ぬのは怖い。誰だってそうだ。安川は自問する。自分は死ぬのが怖くて冒険者を辞めるのか、と。その答えはとうに知っていた。

「死ぬのは怖い、が、それは辞める理由の一部だ。全部じゃない」

「要するに違うってことだろ。それぐらい俺でもわかるぜ」

 ロロはそんなことはわかっていたと何度も頷く。

「……なぜそう思う」

「だって本当にそうなら牙獣が出た時に俺の所まで来ないだろ?」

 安川は返す言葉に詰まる。それはロロの言うことが図星だと感じたからだろう。それと同時にますますロロのことが嫌になっていくのを彼は感じている。ただ、それでも話をやめはしなかった。

「……俺は、弱い」

「そうか? 瑞葉たちが牙獣をいっぱい倒したって言ってたけど」

「あんなのは慣れだ。お前たちは今のところ経験が足りないだけで、すぐにあれぐらいは対処できるようになる。潜在的な能力は俺よりお前たちの方がずっと高い」

 安川は三人の実力を高く評価している。ロロは既に自身よりも身体強化を使いこなし一人で牙獣を数頭倒して見せた。瑞葉は牙獣に魔法を放つ際に自身で単なる風弾ではなく、着弾時により大きな音が出るものを撃っていた。咄嗟に自身の望むよう魔法の特性を変えることができるのはかなりの才能がある証だ。ハクハクハクはまだ使いこなせていないようだが身体強化や風の槍の魔法を見る限りその出力が桁違いなのがわかる。

「俺は力も体力もない。魔力は多少あるがそれだって平均よりは少しあるってだけだし、ハクハクハクみたいに出力が高いわけでもない。牙獣みたいな獣相手なら楽勝だが、ちょっと強い魔物はもうお手上げだ」

 ロロたちが倒してきたトウボクサイやフクレドリ、あの辺りが安川が単独で倒せる限度だ。要するに新人でも複数人いれば倒せる、と判断されている程度の相手が限界なのだ。

「ミザロやザガみたいな二等星の化け物共はもちろん、牛鬼みたいな三等星の連中だって俺には遠い存在だ。……あいつらは俺みたいな木っ端連中を必要なんてしない。俺がいなくたって問題ないんだ」

「だったら安川さんもそういう人になればいいじゃん」

「無理だ。三等星への壁はお前が思ってるよりもずっと高い」

「でも安川さんの魔法って凄いだろ? 他の人がみんなそんなことできるわけじゃないし」

「……まあ、珍しくはあるかもな」

 安川はそう呟くと指を鳴らす。その音が、振動が、周囲に響く。

「……これはエコーロケーションって言ってな、音が物に当たると跳ね返ってくるんだが、その方向や時間で周囲の物の位置なんかを割り出すんだ。これを使えば暗闇でも周囲の物の位置がわかるんだ。俺の場合は更に魔法でこの情報を幾らか記録することもできる、限度はあるがな」

「おお、よくわかんないけどすごそうだ」

「他にもさっき言ったみたいに遠くの音を聞いたりすることなんかもできる。小さな音を多少大きくすることもできる。でもそれだけだ。俺の魔法は魔物を倒せない」

 音に関する魔法を使う冒険者はそれほど数はいない。周囲を感知する魔法として研究こそされているが、視覚に比べて魔力制御の感覚が掴みにくいと語られている。そして仮に使う者がいたとして、それをほぼ専門として使う者などいはしない。冒険者が相手取るのは主に魔物、時々犯罪者などの人間だ。それらの装甲を貫く攻撃手段、そして逆に攻撃を防ぐか回避する手段こそが重要となるのだから。

「町の便利屋じゃない冒険者ってのは弱けりゃいずれ魔物に殺される。そうでないなら……、死地にいる仲間を助けることもできず逃げ出すしかできない」

 鈍いロロでもその言葉の意味は分かった。それは安川の無力感に満ちた表情が全てを語っていたからだ。

「だから俺は冒険者を辞めるんだ」

 見上げた星は遠く、遠く、手を伸ばしてもとても掴むことはできない。その掌で掬えなかったものはもはや数え切れない。誰かの幸せ、誰かの希望、誰かの命、零れ落ちるものが増える度に体は重く沈んで行き、ますます星の光は遠くなる。彼がそれを手に入れることは永遠に無いのだろう。

「……俺はそう思わないけどな」

 もし彼が一人だったなら、の話だが。

「俺は安川さんのこと羨ましいと思うぜ」

「羨ましい? 役立たずの俺がか?」

「役立たずなんかじゃないよ。俺は安川さんの音の魔法、本当にすげえって思ってるんだぜ」

「俺にはそう思えん」

 安川は自虐的なその態度を変えようとはしない。長い年月の中で彼の中に定まったその事実はそう簡単に変わることは無いのだろう。

「俺って魔法の才能が無くてさ、まともに使えるのって身体強化と物質硬化ぐらいなんだよ」

「あ? いや、威力はともかく風弾ぐらいは誰でも使えるだろ」

 風弾、冒険者の使う魔法の中でも最も難度が低いとされる魔法だ。拳大ほどから人の頭程度までの大きさに風を集め前方に向かって飛ばすだけの魔法。風を多く集めより密度を上げれば上げるほど威力が上がる。しかし当たる距離が遠くなればなるほど風が霧散し威力が下がる。単純だからこそより多くの風を集めることのできる魔力量とそれを霧散しないよう制御する技術を見るのに最適とも言える。

「じゃあ見ててくれよ」

 ロロが掌に魔力を集めて行くとそれに伴って周囲の風も徐々に集まっていく。安川は自らの魔法で魔力の流れを音として認識することができ、今、彼の耳はロロの魔力の流れを認識していた。そして唖然としてしまう。

「風よ、撃ち抜け!」

 ロロが掌を前に突き出すと前方に風が撃ち出される。その威力は掌のすぐ近くで当たったとすれば堪えきれず後ろに倒れてしまうだろう。しかしそこから数歩離れれば今の時期に涼しい風が吹いて良い気分になれそうだ。

「どうだ!」

「……下手過ぎる」

 安川から見てロロの魔力量は決して低くはない。下手な四等星よりは多いだろう。しかし魔力制御がどうにもならない。ロロの体内を流れる魔力は良く制御されている。身に付けている服や手に持った剣を流れる分についても問題ない。しかし体から完全に離れた途端に混迷し傍から見てどうしたいのかわからない程に乱れている。

「ま、こんな感じでさ、魔法が下手なんだよ。前にゴウゴウさんに色々教えてもらってさ、他の魔法も試したんだ。でもできなかった。その時に基本が出来てないからその先はもっと難しいって言われてさ、まあどうしたもんかなって」

「……そうだな。これだけ下手なら俺の魔法なんかでも羨ましくなるのはよくわかった」

 ゴウゴウは魔法に関してはかなり造詣が深く教えるのも上手いのだが、それでもこの程度にしかならなかったならもはやどうにもならないだろう、と安川は一人納得する。

「ん? あ、違うって」

「は?」

 だからロロの言葉の意味が安川にはわからない。そんな彼にロロははっきりと言った。

「安川さんの使ってる魔法が羨ましいんだよ。めちゃくちゃ便利だしすっごく役に立つじゃん」

「便利? 役に立つ? どこがだよ」

「それがあればたくさんの人を助けられるんだぜ」

 強い魔物が現れた時、この魔法は傷一つ付けることができなかった。人々に魔物の牙が迫った時、この魔法はそれを防ぐことはできなかった。それを何度も繰り返しかつての仲間は皆土の下で眠っている。

「今日だってその魔法で俺が危ないってわかったから助けに来てくれただろ?」

 魔法のおかげで遠くにいるロロの状況が分かった。だから助けに行く決断ができた。そんなこと本当は安川もわかっている。

「遠くで助けを求めてる人の声だって聞こえるかもしれないし、迫ってくる危険があるかどうかだってわかる。暗いところとかで周りがどんなかわかるってのも便利じゃん」

 そんなこと、本当はわかっている。安川は知っている。取り返しのつかないことなどいくらでもある。自分が遭遇したのはその類で皆に平等に降りかかる不幸でしかない。何もできなかったからと自身を卑下することはない。

「安川さんだって本当はわかってるんだろ?」

 その通りだ。それでももう辛くて、疲れたんだ。

 ロロは俯く安川を見るのをやめ、魔力灯を消すと空を見上げる。

「俺はさ、かっこいい冒険者になりたいんだ」

 瞬く星々の輝きが彼の目に映る。明かりの消えた今、それまでよりもはっきりと映るそれらは、それでもとても手が届かない程遠くに見えた。しかしそんなことは彼には関係ない。

「俺の母さんは冒険者だったんだ。まあ俺が小さい頃に死んじゃったからあんまり覚えてないんだけどさ。ただ父さんとか、母さんのことを知ってる人はみんな立派な人だったって。最期の時も一緒にいた人を庇って死んだんだって、それは悲しいことだけど死ぬ時まで立派な人だったって言ってたんだ」

「……俺はそんなに立派なやつになれなかったな」

「別に母さんみたいになるのが良いってわけじゃないと思うけどな。立派だと思うことは確かだよ、でも俺が目指すのはそこじゃないんだ」

「じゃあどこを目指してるんだ?」

「……実際さ、母さんがいないってのは寂しかった。父さんは一人で頑張ってくれたけどさ、それでも周りのみんなは母さんがいるんだよ。俺にはいないってのは結構寂しかった。瑞葉とは幼馴染なんだけどさ、うちが父さん一人だから小さい頃はよく瑞葉の所に預けられてさ。ほとんど姉弟って感じなんだよな。それでよく絵本読んでてさ、冒険者が出て来るやつ」

「冒険者が魔王を倒してってやつか?」

「そうそう。そういうやつ。あれを読みながら母さんもこういう冒険者だったのかな、なんて思ってみたりしてさ。父さんは母さんが冒険者として何してたのかなんて話してくれなかったし、勝手に想像してたんだよね」

「つまりお前は母親と絵本の冒険者を重ねて、そういう冒険者に自分もなりたいと思ったってことだろ?」

「……母さんは絵本の冒険者にはなれなかったんだよ」

「……どういうことだ?」

「絵本の冒険者はみんな魔王やドラゴンを倒して帰ってくるんだ。英雄としてみんなに慕われたり、王様になったり、その後があるんだ」

 しかしロロの母は帰ってこなかった。絵本に出て来る冒険者にはなれなかった。

「俺はかっこいい冒険者になるんだ。魔王は俺が生まれる前に倒されちゃったし、ドラゴンが出たなんて話は聞いたこと無い。でもたくさんの悩みを抱えた人がいる」

 ロロが星空に手を伸ばす。星を手にすることなど出来るはずもない、だとしてもその手は真っ直ぐ空に向けて伸ばされる。決して自らに疑いなど持っていないかのように力強く。安川はその姿が夜空に輝くどの星よりも眩しく見えた。

「俺はさ、命懸けで人を助けるっていう母さんの志を持って、それでも絵本の冒険者みたいにみんなの所に帰ってくるんだ」

 ロロが安川に笑いかける。

「それってかっこいいだろ?」

 安川は反射的に皮肉めいたことを口にしかけたがそれをぐっ、と堪え。

「そうだな」

 そう頷く。まるで鮮烈な光のようだ、安川はそう思う。目の前の少年の前に幾多の苦難が現れることは疑いようもない。どんな人であれ自らの望みに向かうにはそれらが立ちはだかるのだから。しかしきっとそれらに負けず立ち向かえる、そんな強さを持っている。

「お前ならできるさ」

 心からの言葉だった。冗談やお為ごかしでない未来ある後輩への純粋なエール。それを受けてロロは安川に手を伸ばした。

「安川さんも手伝ってよ。俺さ、あんまり器用じゃないから。今日もさ、牙獣に襲われてさ、実は怖かったんだ。左腕さ、まだ痛いんだぜ」

 ロロの左腕、そこには血が滲んだ包帯が巻かれている。

「一人じゃ最後は恐怖に負けてたかもしれない。でもさ魔力灯が消えた時に安川さんが助けてくれただろ? それでこうやって包帯も巻いてくれた」

 巻くのが随分と久しぶりで不格好な巻き方になったのを安川は少し後悔している。しかしロロはそれを気にすることなく安川に手を伸ばし続けている。

「俺はまだまだ新人だしさ、これからも今日みたいに安川さんに手伝ってほしいんだ」

 目の前に差し出された手を前に安川は考え込む。この手を取るべきか否か。自分は取るに足らないようなつまらない冒険者だ。力も体力もなく魔力も大したことは無い。少し珍しい魔法が使えるが、それだって他の評価をひっくり返せるほどの物ではない。そんな自分に疲れて、冒険者を辞めようと考えている、それなのにこの手を取るべきなのか、と。

「……ロロ、お前は俺に冒険者を続けろと言うのか?」

「最後に決めるのは安川さんだよ」

「……そうだな」

 迷いはあった。辞めようと思い立つまでにかけた時間はよく覚えていた。仲間を失い、打ちひしがれ、恐怖と憔悴の中で自堕落な日々を過ごしてきた。やがて稼いできた金が底を尽き、そのまま死ぬことさえ頭を過った。しかし仲間に救われた命を捨ててはならないと思い直し冒険者を辞めて安全な仕事を探すことを決めた。彼は仕事を探す為に最低限の貯金を作るべく冒険者に復帰した。比較的安全な依頼を数件こなし目標額稼ぎ次第辞める。後はそれだけだった。

 それでもその日、星空の下で二人は握手を交わす。


 村の中には家の明かりはもちろん、魔力灯やろうそくの類に至るまであらゆる明かりが消されている。足元も覚束ない暗さであったが、もはや人に足を踏まれても気にする人などいない。誰もが同じように空を見上げている。村の外でも冒険者や警備を買って出た村の有志も時折空を見上げる。

 星を見よう、あの綺麗な星を。

 祭りの夜が更けて行く。やがて眠気を訴える者から徐々に宿へ戻るのだろう。その時まで、空を見上げよう。あの星を見よう。






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