93.新種
ショウリュウの都、農場にあるロロの家。
「行ってきま~す」
意気揚々と声を上げてそこから出て来たのはロロだ。彼はいつものように志吹の宿へと向かうつもりで今日はどんな依頼を受けようかと鼻歌を歌いながら考えている。しかし普段ならばすぐ傍にある老木の下で瑞葉が自分を待っているのだが今日は珍しくまだいないようだ。
「寝坊か?」
そんなことを呟きつつたまには待つ側になるのも悪くないと木の幹を背に空を見上げる。ぼーっとしながら流れる雲の動きを眺めていると頭の中に浮かぶのは凍湖シンシンの国での出来事だった。
既に二か月以上も経っているにも関わらず、それはふとした拍子に思い出される。かの凍湖シンシンの王であるアルザード16世の身体へと剣を振り下ろした感覚を、肉を裂き血が飛び散ったあの瞬間を未だにはっきりと覚えている。それは彼の中に強く強く刻み込まれた記憶だ。
今でも彼は考える、あれは正しい事だったのだろうか、と。もしもアルザード16世が単なる嫌な奴であれば、悪を体現したような者であればこれほど悩むことは無かっただろう。しかし彼との対話の中で凍湖シンシンの国と国民への想いを理解しその為に心を砕いて来た事を知り、単なる戦争を引き起こした悪人としては見れなくなってしまった。それ故に他の道が無かったのだろうかとつい彼は想像を膨らませてしまう。
「ロロ~、ごめん遅くなった」
そうこうしている内に瑞葉が家から出てくるのが見える。ロロは思考を無理矢理に打ち切って身体を起こす。
「珍しいな。寝坊でもしたのか?」
「ロロじゃないんだからそんな事しないわよ。お母さんに色々と心配されてね。新聞見た?」
「いや、まだだけど」
「なんか新種の魔物が現れてるんだって」
「新種の魔物?」
ロロの内にあった先程までの考えはその言葉を聞いてすぐに仕舞い込まれることとなった。
志吹の宿、そこは普通の宿としての機能も備えているが、このショウリュウの都にいる冒険者たちが集まり依頼を受けたり情報交換を行う場でもある。今日、ここはいつも以上に盛況で多くの冒険者たちが屯していた。
「なんか多いな」
「だね。あ、ハクいた」
既に席についていたハクハクハクは二人に気が付くと手を振った。彼女の手には道中で買ったのか一冊の新聞が握られている。
「おはよう、ハク」
「うん、お、おはよう」
「なんか今日は凄い集まってるな」
ハクハクハクがロロ、瑞葉と組んでいるのは周知の事実である為に席を空けて貰っていたようだが、もしもそんな気遣いを皆がしていなければ彼らの座る席は無かったことだろう。実際、周囲には椅子が足りず立ったまま話しているものも少なくない。
「み、みんな、新聞の話、してるみたい」
そう言ってハクハクハクが新聞を机の上に広げる。その紙面には一面で大きく新種の魔物の存在が報じられていた。
「これが新種の魔物か?」
そこには目撃者の証言を元に描かれた絵が描かれている。見た目は首が三つに増えた牙獣と言った様子だ。
「大きさは、その、普通の牙獣と、変わらないぐらいだって」
「話は瑞葉から聞いてたけど実際に見るとなんか凄いな。新種の魔物が出たなんて話初めて聞いたし」
「そのせいで今日はお母さんが凄い心配してね。家を出るのも遅くなっちゃったのよ」
新種の魔物が出た、そんな話を聞いたことがある冒険者はいない。イザクラ考古学団の家老のような魔王大戦よりも前から様々な魔物を見て来た者でさえ、そんな話は聞いたことが無いのだから。
強いて言えば突然変異のような個体であれば目撃談は幾つかある。肌の色が違う、腕の数が違う、以前に虎狼ホンソウの国でロロ達がミザロと共に対峙した首の多いクビナシトラもその一例だ。しかし今回のように群れでの存在が確認されるような事態は初めてのことだ。こうして志吹の宿で彼らが集まり情報を交換し始めるのも無理は無いことだろう。
「討伐の依頼はもう出てるのか?」
「出てるみたいだけど私たちには受けられないんじゃない?」
「何で?」
「そりゃあ、この魔物がどのぐらい危険なのか誰にも分からないし」
「あ~」
瑞葉の言う通り新種の魔物を経験の浅い者達に任せる道理はない。確かに討伐依頼は出ているものの、それは信頼できる者達へ既に任されている。
「聞いた話では天柳騎の三人が討伐に向かったそうだ」
「牛鬼さん!」
そう言いながら横からやって来たのは牛鬼だ。彼は三等星の冒険者で歴も長く崎藤とも親しくしており多くの事情に精通している。
「天柳騎ってことはディオンさんとか柳さんが?」
「そうだ。あの三人に任せておけば問題はあるまい」
未だ虎狼ホンソウで戦争終結の祝祭に赴き主力を欠いたザガ十一次元鳳凰や遺跡関連で進展があったのか忙しくしているイザクラ考古学団の事を考えると天柳騎の三人は現状の志吹の宿において最も力のあるチームと言っても過言では無い。柳、アグニと二等星を二人抱えディオンも三等星の中で実力派と称えられており新種の魔物と対峙するにあたりこれ以上ない面子と言えるだろう。
「それじゃあ俺達は別の依頼を受けるか」
「とりあえず崎藤さんに聞いて見よっか」
「主等三人では魔物討伐の依頼は受けられんぞ」
「え?」
三人は不思議そうに牛鬼の方を見た。それもそうだろう、今まで彼らは三人だけで幾度となく依頼を受けて来たし、今は猫の手も借りたいほど忙しいはずだ。
しかし理由を聞けば三人はすぐに納得する。
「新種の魔物への警戒でな、三等星以上の者が居なければ依頼を外での依頼は受けられんのだ」
「あ~、そう言われると仕方ないのか」
もしも天柳騎の三人ですら手を焼くほどに新種の魔物が強いのであれば彼らのような四等星は逃げる事すら難しいかもしれない。これまでに知られている魔物であれば弱点を突くなどの対策もあるかもしれないが、相手は基本的に未知の魔物だ。少なくとも天柳騎の三人が情報を持ち帰るまでは一旦そのような体制が敷かれることとなった。
「も、もしかして、こ、ここにいっぱいいるのって……」
「うむ、彼らの多くは四等星。そもそも依頼を受けられぬ者達だな」
そう言われて見ると外に行きたくとも行けない燻りのようなものを彼らが抱えているのが分かるだろう。冒険者として働く彼らの多くは基本的には人々の役に立とうとしたり一攫千金を狙うような者が多い。どちらにせよ一刻も早く魔物の数を減らそうと日々力を奮って来た彼らにとってこの待機時間はもどかしいものだ。
「じゃあみんな一緒に行って一気に魔物を討伐しよう」
ロロの言葉に三人は思わず話を聞いてたのか、というような目で見た。
「依頼を受けられないからここにいるんでしょ?」
「そうだけどさ、牛鬼さんが居れば受けられるだろ? だからみんなで行って山狩りでもしたらどうかなって」
「それは……、そうかも……?」
反射的に瑞葉は何か反論しようとしたのだが、改めて考えると特に悪い所はなく寧ろここで屯しているよりはずっとましに思えたぐらいだ。ちらりと牛鬼の方を見れば彼は若干嫌そうに視線を逸らしている。
「いや、どうだろうな……。流石に三等星が一人いれば何でも出来るという事もあるまい」
「じゃあ聞いてみようぜ!」
こういう時に行動が早いのがロロだ。彼は立ち上がると牛鬼の手を引いて崎藤の元へと向かう。瑞葉とハクハクハクはその姿を苦笑いと共に眺めていた。
「大勢での依頼になるかもね」
「う、うん。その、緊張する、ね」
ハクハクハクは自身の緊張を誤魔化すように手指同士を押し付け擦り合っている。彼女らは二人共人見知りでこの場にはあまり話をした事の無いような冒険者も大勢いるのだ。この後の事を考えれば多少なりとも気が重くなるのは無理はない。
しかしハクハクハクの瞳から読み取れるの感情はそれだけではない。彼女の視線は今、牛鬼と共に崎藤と話をしているロロに向けられている。しばらくすると話がまとまったのかロロが小走りでそこを離れ、
「大昇竜の山で山狩りする人~! 七人募集してま~す! 誰でもいいので一緒に行きませんか~!」
彼の言葉にここで屯していた人たちのざわつきは一層大きくなる。ここにはロロ達の知り合いはあまりいない、突然の誘いに腰が引けるのも当然だろう。しかしやがてとある二人組の冒険者が手を挙げる。
「それ、参加していいか?」
「四等星なんだけど大丈夫?」
ロロはそれに目を光らせて親指を立てる。
「もちろん! 三等星なら牛鬼さんがいるから大丈夫だぜ!」
それを皮切りにぽつぽつと手を挙げる者が出てすぐに定員は埋まった。瑞葉はそこで手を挙げた者達がまるで知らない人ばかりだったので思わず襟を摘んで溜息を一つ。
「あぁ、たくさん集まっちゃったねぇ」
無論それは悪い事ではないのだが、そうは言っても気が重くなるのは仕方ない事だ。ハクハクハクもきっと同じ気分だろうと思って彼女を見ると、しかし彼女はどこか嬉しそうにしている。
「ハク?」
「……やっぱり、ロロは、その、凄いな、って」
瑞葉は思う、ハクハクハクの言うほどロロのやっている事は大した事では無いだろうと。その一方でこうも思う、誰にでも出来る事であっても誰もやろうとはしなかった事だ、と。だからこそここに無意味に冒険者たちが屯することになったのだ。
「じゃあ次は私たちも一緒にやろうか」
「……うん!」
大昇竜の山に潜む魔物の討伐という依頼はつつがなく終わった。想定していた程度の魔物の数で新種らしき姿も見られず実力通りに問題なく終わらせたという事になる。依頼を終えて宿に戻ると朝にあれほど集まっていた冒険者たちはすっかり居なくなっていた。ここに居ても仕方ないと帰ったのか或いは三等星を見つけて何らかの依頼へと向かったのだろう。
牛鬼や他の冒険者たちとは解散しロロ、瑞葉、ハクハクハクの三人は宿で打ち上げを行っている。並んだ料理の数々はハクハクハク用に量が多めに作られている。
「いや~、新種の魔物、いなかったな」
そんな料理の一つを摘みながらロロは溜息交じりにそう呟く。瑞葉の方はその能天気さに溜息をついてしまうのだが。
「あのねぇ、新種の魔物なんて危ないんだからいない方がいいでしょ」
「でも見てみたくないか? 牙獣みたいなのに首が三つあるんだろ?」
「見たくないわよ……」
ハクハクハクはあっという間に皿の一つを空にしながらふと、思う
「……し、始祖の魔獣みたい、だね」
その言葉にロロと瑞葉は思わず彼女の方を見た。
「あ、あの、ちょっと、思っただけ、で……」
急に勢いよくそうしたものだからハクハクハクはしどろもどろになっていたが二人は驚かそうと思ったわけではない。
「そういえばそうだよね……。何で今まで気付かなかったんだろ」
「始祖の魔獣のさ、落とし子だっけ? あれが関係したりしてるのかな?」
彼らもに参加した始祖の魔獣の討伐。その相手は三つ首の狼王ドゥアロ、名前が示す通り三つの首を持つ狼のような魔物だった。彼らはその巨大過ぎる姿の全貌を見たわけではないが、その小さな分身のような存在である落とし子に関しては何度も見て戦っている。
今回現れた三つ首の牙獣はある意味ではそれとそっくりな存在であると言っても過言では無いだろう。
「三つ首の牙獣もすごい再生力を持ってたりしてな」
「どうだろ。でもそう言えば逃げてった落とし子もいたしそれと混ざった、とかなのかな?」
ドゥアロとの戦いからは既にかなりの時間が経っている。逃げた落とし子が別の生き物に影響を与えるには十分と思われる程度の時間が。
「まあ柳さん達が帰って来たら色々と分かるんじゃない? それまでは新種の魔物についてはお預け、いいね?」
「え~……。まあいっか、いない方がみんな安心できるのは確かだもんな」
「そういう事」
「じゃあ明日もこの辺の山の中を調べようぜ! いないってわかれば山に入って仕事する人たちも安心だろ?」
その言葉に瑞葉とハクハクハクは思わず苦笑いを浮かべた。
山狩りと言うのは冒険者であってもそう楽な仕事ではない。道なき道を進みながらどこから現れるかわからない魔物に神経を擦り減らす、それなりに消耗の激しいものだ。感知魔法などで多少は楽を出来るとはいえ連日やりたい者はあまりいないだろう。
とはいえロロを止めるのが困難な事は二人共理解している。
「まあ、誰か三等星の人がいればね……」
たとえここに居らずとも都中を走り回って探し出しかねない、ロロはそんな想像が二人の中でされているとは露ほども思っていないようだった。
新種の魔物について天柳騎の三人によって詳細が知らされたのは数日後のことだ。それを聞いた崎藤は即座に他の都へと共有する手はずを整え、更には虎狼ホンソウにいるミザロやザガ達を呼び戻すことに決めたという。




