92.嵐の前
ショウリュウの都、志吹の宿。依頼を終えた三人の冒険者が宿の扉を叩く。
「今日も疲れたな」
「そうね」
「お腹、空いた」
ロロ、瑞葉、ハクハクハクの三人は魔物討伐の疲れをそれぞれ口にしながら受付に立っていた崎藤に依頼完了の報告を済ませる。
「いやあ助かるよ。今はほんと猫の手も借りたいってぐらいに忙しいからね」
崎藤は手際よく報告書を読み確認の判を押すと彼らに報酬を手渡す。若干普段よりも急いでいるように見えるのはその間にまた別の冒険者がやって来ていたからだろう。
「ローロ、ズーハ、ハークハーク! 三人共元気そうだな!」
「ディオンさん!」
彼はディオン、全身鎧を着込んだ非常に目立つ三等星の冒険者だ。ロロ達は何度か依頼を共にした縁もあり親しくしている者の一人でもある。彼は崎藤に報告書を渡しながらロロ達と話を続ける。
「魔物退治の依頼か?」
「はい、トウボクサイの群れを討伐に」
「ほう、初めて一緒に依頼に行った時もトウボクサイの討伐だったな。あの頃はまだまだ不安の残る様子だったが随分成長したようだ」
彼らが初めて依頼を共にした時はまだロロと瑞葉が冒険者になって数か月の時期だ。魔物と対峙するにも不安だらけで初めての事に頭を悩ませ苦労していたのを彼らもよく覚えている。今はと言えば多くの経験をして来たおかげか多少の事には狼狽えもせず冷静に対処できる術を身に付けていた。
「よし、久しぶりに会ったことだ、ここは一つ奢ってやろう」
「本当ですか?」
「ああ、好きなだけ食うといい」
「好きなだけ……?」
思わずロロと瑞葉がハクハクハクの方を見た。ディオンもそれを見て彼女の食いっぷりの事を思い出したようだが。
「……ふ、一度言った言葉を引っ込めるわけにはいくまい。丁度報酬も出たことだしな」
ディオンは崎藤が差し出した報酬を掲げる。それは袋を一見してわかる程度には大きな額のようだ。少なくともハクハクハクの食費一度分で無くなる事は無いだろう。
戦争終結からひと月が経った。人々は元の生活へと徐々に戻り始めているが全てが元通りとは中々いかない。国はまず手始めに街道の整備に力を入れているのだが未だ人手が足りていないのが現状だ。前線に多くの人を裂いていた期間が長く、魔物や獣の増加は勿論、草木が生い茂り土砂が流れ道を塞いでいる場所も少なくない。
故に冒険者は大忙しだ。戦える者はほぼ総動員で街道整備の為に駆り出されて、魔物退治や危険な地域の土砂や倒木の運搬を行っているのだ。ロロ達やディオンが行っていたのもそうした類の依頼で手の足りない場所へと飛び回っては次々と道の安全が確保されつつある。
幸いそれらの努力は実りつつあり、今では商人などの往来も増えそう遠くない未来には町の往来は元へ戻ることだろう。
ロロ達とディオンが宿で催していた打ち上げはいつの間にやら彼らの知り合いが次々と参加し、気が付けば人数はねずみ算式に増えて宿中を巻き込んだ宴になっている。
「丸盆の町への道はもう開通したらしいぜ」
「宿場町だしなぁ。お国の手が入ったんだろ? 俺達が入る余地はねえだろ」
「都を繋ぐ大街道は大体終わったんだよな?」
「ああ、俺達に残ってんのは小さい町やらへの道ばっかだ。俺なんか三日前から出てたんだがとんだ山道で細い道を土嚢袋担いで走り回ってたんだぞ」
人々は最近流れている噂や依頼の愚痴などを好き勝手に話している。初めはロロ達と話をしていたディオンもいつの間にか彼らの間を渡り歩き情報収集でもしているようだ。
「なんか気付いたら凄い人数になってるな」
「そうね。ちょっと委縮しそう……」
「え~、楽しいだろ」
「わ、私も、ちょっと、苦手……」
このような大所帯になると瑞葉とハクハクハクは少々委縮しがちで喧騒から離れた隅の方でじっとしがちだ。しかしながら今ではそうしていても自然と彼女らに話しかけに来る者も少なくない。
「あなた達も居たのね」
「あ、ソラさん」
気が付いたら彼らのすぐ後ろに居たのは魔法師を自称する冒険者ソラだ。彼女も人数の多さに人酔いしたのか落ち着いた場所を求めていたところで三人を見つけたらしい。
「ソラさんも依頼帰りですか?」
「ええ。魔物の数が多いから私の魔法はかなり当てにされてるのよ」
彼女は様々な魔法を扱うが最も得意とするのは感知系の魔法である。広範囲をかなり正確に感知できるため山狩りを行う際には呼ばれることが多いようだ。
「あなた達は相変わらずあっちこっちに忙しなく走り回ってるみたいね。勤勉な事だわ」
尤も、彼女は冒険者業に対してそこまで前のめりではない。どちらかと言えば家に籠って魔法の研究をすることに時間を使いたく思っており今回のような状況はあまり望ましくないようだ。今も斜に構えた態度で飲んだくれる冒険者たちを見つめている。
「今はみんな大変だからな。俺達が頑張ってちょっとでもみんなが楽になるならって思うと頑張らずにはいられないよな」
「よくやるわ……」
「でもソラさんだって依頼に行ったんですよね」
「……魔法は実践の場で使ってこそ意味があるからね」
ソラは舌打ちをしながら空いていた椅子に座る。彼らの前にはハクハクハクの為の大量の料理がありその一つに手を伸ばしながら不意に尋ねた。
「ところで、あなた達の中に治癒の魔法が使える人がいるって聞いたんだけど」
その言葉を聞いて三人が固まる。この後に起こる事を察したからだ。ロロはジュースを一気飲みすると突然立ち上がり、
「あ~、ちょっとトイレ行って来るな!」
そう言ってその場を逃げ出した。
「逃がさないわよ!」
そしてソラがその後を追う。嵐のように去って行った彼女の背中を見つめ瑞葉は思わず呟いた。
「相変わらずというか、一生治らなんだろうね、あれ」
「そ、そう、だね」
魔法師を名乗るだけあって魔法への興味は人一倍、どころか行き過ぎて犯罪に片足突っ込んでると感じられる事すらある、それがソラだ。彼女の犠牲となったロロに黙祷を捧げているとさっきまでロロが座っていた場所に別の者が座り込む。
「あ、安川さん」
「よう。元気そうで何よりだ」
彼もまた親しくしている冒険者の一人だ。音を操る彼の魔法には助けられた場面も多く街中で見かければ軽く話をする程度の間柄ではある。そんな彼に瑞葉はどこか訝し気な表情を向ける。
「どうした? 何かあったか?」
「いや、もしかしてソラさんがロロを追って行ったからここに来たのかな、って」
その問いに安川は言葉を詰まらせる。ソラは珍しい魔法を扱う相手を付け回す悪癖がある。以前、三人はその悪癖の事で安川から相談を受けたことがあったのだ。そしてそれは解決しなかった。
「安川さんならこの喧騒の中でもソラさんの位置ぐらいは把握できるだろうし、ロロを追い掛けて行ったのも分かってるんじゃないですか?」
「そうそう、そういえば知ってるか? とうとうミザロ達が虎狼ホンソウの方へ行ったらしいぞ」
露骨な話題逸らしは肯定しているのと変わらないのだが、瑞葉は呆れたように溜息をつくだけでそれ以上突っ込んで話すのはやめることにした。
「向こうには一か月ぐらい滞在するんですよね」
「だな。全く、連中が帰って来ないと俺らの仕事が増えるんだけどな」
凍湖シンシンとの戦争を終わらせた英雄とされるミザロ達は凱旋の為に山河カンショウの国の都と国境付近の町や村を回った後、とうとう虎狼ホンソウの国へと足を踏み入れることになった。たった一か月でそれらを回るのは中々無茶な日程だったのだがそれをやり遂げ、虎狼ホンソウの国では王都及び国境付近を回る予定である。幸い向こうの日程はそこまで過密では無いようで少しはのんびりする時間も取れるだろう。
不意に安川が咳払いを一つした。そして口元を隠しながら声を発する。
「お前らも行きたかったんじゃないか?」
瑞葉とハクハクハクはそれを聞いて思わず身震いした。その問いの内容が彼らが先に行われた暗殺に関わっていてこのような場で尋ねるなんて何を考えてるんだ、という事ではなくその声が突如耳元で囁かれたかのように聞こえたからだ。
「何です、今の……」
「特定の相手にだけ声を届ける魔法だ。面白いだろ?」
「あ~、まあ、突然使われると怖いですね」
怖いって何だよ、と安川が悪態をつく。そんな中で二人は彼の問いについて色々と考えていた。先に口を開いたのは瑞葉だ。
「私は、ああいう場は苦手ですから。前にここでミザロさん達が凱旋してた時に思いましたけど、ああいうのは見てるぐらいが丁度いいです」
「そうか。そっちはどうだ?」
「私は……」
ハクハクハクは少し考え、それから両の拳を胸元でぎゅっと握り締めた。
「もっともっと強くなる! それで、それから、で、いい、かな……」
「謙虚だな。お前らが頑張ってるのはみんな知ってると思うがねぇ」
それからしばらくは安川はその場に居座っていたがやがてソラが彼の存在に気付いたところでそそくさと去って行ったのだった。その後も様々な冒険者が彼女らの席を訪ね近況を話し合ったり、今度一緒に依頼へ行かないかなどと話をし楽しい時間は過ぎて行くのだった。
異変は徐々に起こりつつある。人々はそれに気付かぬまま時を過ごしていた。最初にその事に気が付いたのはショウリュウの都で活動する普通の冒険者だ。彼はいつものように依頼を受けて牙獣を討伐しに向かい、そこでとあるものを目撃する。
「……ん? 何だあれ」
それを見て彼は牙獣の群れだと最初は誤認した。しかしすぐに気付く、頭が複数あるが身体は一つしか無い。三つの首を持つそれは牙獣でありながら牙獣ではない何かだ。
「突然変異か?」
それでも彼は臆することなく武器を取り出したのだが、すぐにその考えを改める事となる。
「おいおいおいおい!」
それは一頭だけでなく何頭も何頭も、身体の数は十を超え頭の数はその何倍も見え始める。
「こりゃ撤退だな」
彼は慎重な性格であった、それ故に目の前の牙獣のような何かを殲滅することよりも自身が生き残りこの情報を持ち帰る事を選んだのだ。この事は志吹の宿を通じて多くの冒険者や他の町にも共有されることとなり、余談であるがその冒険者はそれなりの報酬をもらったのだとか。
尤も、牙獣の件が氷山の一角に過ぎないと気付くのにそう時間はかからないのだが。




